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木から落ちた猿

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ガトコチョは誰がために死す?(その1)


 『戦場の兵士たちが月明かりのもとで目覚めたときの、戦場に散った英雄の母、美しきヒディムビー Hidimbi 〈アリムビ〉のことを話そう。ガトートカチャ Gatotkaaca 〈ガトコチョ〉の死を悼み、彼女はそのあとを追うために身支度を整え、ドゥローパディー Dropadi 〈ドゥルパディ〉に暇ごいしようとしていた。そのくぐもった声は、あたかも竹が裂けるかのよう、悲痛な響きであった。


 「ああ、王女さま、悲しみにくれ、哀れに涙する者の願いを聞き届けてくださいますよう。わたしは遠くへ行くのです。わたしを見上げ、絶望なさらないで。あなたの上掛けを賜りますよう、王女よ、祖先に連なる旅に出ようとするわたしを熱から守るため、そして、パーンダヴァ Pandawa 〈パンダワ〉たちと同じ天界へ向かうわたしが困難にみまわれることのありませぬことのため。


 来世において、わたしが人に生まれ変わることができたとしても、わたしはあなたがたと離れることはけしてありません。そしてもし、ビーマ Bhima 〈ビモ〉の足下に招かれ、クシャトリアたる彼にお仕えできるなら、それにまさる喜びはありません。我が息子はパーンダヴァの戦争における、我が犠牲のともがらとなり、それはおそらくビーマの重荷を軽くするお役にたったことでありましょう。かくて彼は天界で待つことを許されたのです。」


 ヒディムビーはこのように語り、ドゥローパディーに暇ごいする。ドゥローパディーは悲しみに満ちてその心は打ち震えた。心乱れ、悲しみに震え彼女は、母に幸せを与えてくれた亡き英雄に、いまだ報いていないと感じていた美しきヒディムビーが炎の中に入ることを許した。かくて、ガンダマダナ Gandhamadana 山の頂に行ったときのことを思い起こし、ドゥローパディは泣き伏したのである。


 それから娘たるドゥローパディーはヒディムビーにたずねた。「おお、愛するお方よ、あなたの悲しいお言葉が、わたしをおおいに悲しませます。わたしは、あなたのご子息からのご親切を、けして忘れはしないでしょう。まさしく、その寛大さが彼に死をもたらしたことを、わたしは悼みます。


 今ここにわたしは誓う、王女よ。来世に生まれ変わるわたしとわたしの子らすべては、あなたをお迎えにあがります。戦場に散った今は亡きあなたのご子息もまた。我が王国の半分を差し出し、パーンダヴァすべてによって捧げられるでありましょう。彼に報いるために十分なものを差し出しましょう。」


 ドゥローパディのヒディムビーへの言葉はこのようであった。かくて彼女は祭壇に登り、クンティー Kunti 〈クンティ〉に拝跪すると、すぐさま旅立った。その旅を語るのはやめておこう。息子の亡骸の横たわるところにいたり、彼女は火の中に身を投じ、英雄たるビーマの息子とともに火葬にふされたのである。』〈「カカウィン・バーラタユダ」第19歌・13~19節〉

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 ガトコチョ Gatotkaca は、ジャワの演劇、ワヤンにおけるマハーバーラタ演目群の主要人物のひとりで、主人公パンダワ Pandawa 五王子の次兄ビモ Bima の息子である。彼はラクササ raksasa (羅刹)と人間の混血で、空を飛び、夜を見通す超能力を持つ。その心純情にして、スーパーマン、数々の演目で大活躍し、現代のインドネシアでは最高の人気を集める人物のひとりである。マハーバーラタの大詰め、パンダワ五王子と彼らを憎むコラワ Kurawa 百王子の反目は世界を二分する大戦争バラタユダ Baratayuda を惹起させる。ガトコチョは、バラタユダにおいてパンダワ五王子の父違いの兄にしてコラワ軍最高の戦士カルノ Karna と戦い、カルノの必殺の武器によって若い命を散らす。だが、彼の犠牲によってカルノは最大の武器を失い、パンダワの三男アルジュノ Arjuna との一騎打ちで、一歩おくれをとることになる。いわば、ガトコチョはパンダワ最大の難敵カルノの戦力をそぐための生贄とされたのである。

 しかし、現在みられるワヤンの物語の中で、ガトコチョの死が担う役割は、たんにカルノに対するカウンターというだけにとどまらないように思える。ジャワでのガトコチョをめぐる数々の挿話は、インド版マハーバーラタを大きく逸脱して変容している。そしてその変容はガトコチョの死の意味をも変えていると思えるのである。ここでは現在のワヤンの物語に見られるガトコチョ説話を抽出し、彼の役割の変容を考えてみたい。


 先にガトコチョは現在インドネシアにおけるワヤンの人気者であると述べた。インドネシアではたしかにそうなのであるが、マハーバーラタの本場たるインドではガトートカチャ〈ガトコチョ〉はどのように受け止められているのであろか?マハーバーラタの研究者である前川輝光氏の『マハーバーラタとラーマーヤナ』(2013年、春風社刊)には、「筆者は(中略)インド人と少し親しくなると、「『マハーバーラタ』の登場人物では誰が好きか?」という質問をするのが習慣となった。これまで優に三けたは調査したと思うが、ガトートカチャの名を挙げた人物の記憶がない。『マハーバーラタ』に取材した近現代の文学や映画などでも、ガトートカチャが特に注目されているケースを知らない。」(前掲書123~124頁)とある。どうやらインドでのガトートカチャは「あくまで物語に彩りを添える名脇役」(前掲書111頁)にすぎないようである。本家インドでは、さほど注目されないガトートカチャが、ジャワではなぜかくも人気者となったのであろうか?ジャワに入ってから加えられたガトコチョ説話の変容の中に、そのヒントがあるかもしれない。ジャワの人々が、ガトコチョに託した思いが、その変容のありように隠されているはずなのである。

 以下、現在のワヤンにおけるガトコチョの主たるエピソードを拾い上げてみよう。



ガトコチョをめぐる物語


 ガトコチョは、パンダワの次兄ビモとラスクシ raskusi 〈女羅刹〉アリムビ Arimbi の子である。アリムビはラクササの王国プリンゴダニ Pringgadani の王、プラブ・アリムボ Prabu Arimba の妹だ。実はプリンゴダニ国とパンダワには、彼らの先代からの因縁がある。まずは、そこから話を始めよう。


 1. パンダワたちの父、アスティノ国王プラブ・パンドゥ・デウォノト Prabu Pandu Dewanata は、版図拡大を目指して、プリンゴダニ王国に攻め入った。一説によれば、時のプリンゴダニ国王プラブ・トルムボコ Prabu Tremboko またの名をアリムボコ Arimbaka は、賢者たるパンドゥをおおいに敬い、彼の弟子であったとも言う。この説では、両国の関係はたいへん良好であったが、パンドゥの兄、盲目のゆえに王位を得られなかったダストロストロ Drestrastra の妃グンダリ Gundari の兄、アルヨ・スマン Arya Suman 〈後の日のスンクニ Sengkuni 〉がアスティノ国の大臣の地位を狙い画策した陰謀で戦争が惹起する。この戦いでトルムボコはパンドゥの矢に弊れたが、パンドゥもまたトルムボコのクリス keris (短剣)で傷を負い、病に伏し、やがて亡くなる。パンドゥが若くして逝去したため、アスティノ国は兄のダストロストロの手に委ねられた。〈演目 Lakon「パムクソ Pamuksa 」より〉


 2. ダストロストロの息子たちコラワ百王子、特に長兄ドゥルユドノ Druyudana はパンダワを憎み、ことあるごとにパンダワと反目する。百王子とスンクニはパンダワ殺害を計画、バレ・スゴロ・ゴロ Bale Sigala-gala の館を建設し、パンダワを招く。館には燃えやすい材料が用いられていた。パンダワたちが寝入った頃合いを見計らって、館に火がかけられた。パンダワたちはかろうじて館から脱出し、しばらく身を隠すことにする。

 身分を隠したままウィロト Wirata 国の国難を救ったのち、パンダワはカミヨコの森 Wana Kamiyaka の一画、マルトの森 Wana Marta を開拓し、アマルト Amarta 国を建設することになる。パンダワがカミヨコの森をさまよっている時、プリンゴダニ国の王女アリムビはビモを夢に見て恋いこがれ、ビモを求めてカミヨコの森にやってくる。アリムビはビモに求婚するが、ビモは彼女の言葉を疑い、アリムビを捉え打据えようとする。今にも殺されようとするアリムビを、まずは話を聞いてあげましょうと、パンダワの母クンティが庇う。クンティは「こちらへおいで、美しい娘よ。」とアリムビに声をかける。クンティは苦行により超能力を得た女性とされ、その言葉はおのずから現実となるといわれる。かくて醜いラクササの風貌であったアリムビはこの時、世にも愛らしい美しい姿に変わるのである。クンティとパンダワの長兄プントデウォ Puntadewa のとりなし、さらには美しく変わったアリムビの姿を見て、さしものビモも彼女を妻にすることに同意する。

 そこへ妹を捜して森へやって来た兄のアリムボが現れる。父トルムボコの仇を討とうとして、アリムボはパンダワに挑戦する。だが、ビモの剛力の前には歯が立たず、あえなく斃れるのである。一説によれば、いまわのきわのアリムボは、ビモにアリムビとプリンゴダニ国を託したともされる。アリムボ亡きあとのプリンゴダニ国の王位は、妹のアリムビに継がれることとなった。〈演目「バレ・スゴロ・ゴロ」「マルトの森を拓く Babad alas Wana Marta 」より〉


3. アリムビはビモの子を産む。しかし、赤ん坊のへその緒が切れない。いかなる刃物、武器を用いてもへその緒を切ることはできず、パンダワ一族は困り果てる。パンダワの三男アルジュノは神からの啓示を得ようと苦行に出る。

 この時、天界カヤンガン・ジュングリンサロコ Khayangan Jungringsaloka はビダダリ bidadari 〈天界の妖精〉ガガルマヤン Gagarmayang を妻に得ようと欲するギリンウェシ Gilingwesi 国のラクササ王コロ・プラチョノ Kala Pracona が派遣したラクササ軍の攻撃を受けていた。ラクササ軍討伐をアルジュノに託すため、天界からナロド Narada 神が地上に降下する。神の宝具たる武器スンジョト・クント Sunjata Kuntha をアルジュノに渡すためである。しかし、コラワの武将カルノが父、太陽神スルヨ Surya の手助けでアルジュノになりすまし、ナロドは誤ってカルノにクントを渡してしまう。アルジュノはクントを取り戻そうとするが果たせず、手にし得たのはクントの鞘 warangka のみであった。報告を受けたナロド神は、その鞘でビモの息子のへその緒を切るよう命ずる。クントの鞘を当てると、それまで切ることの出来なかったへその緒はたちまちのうちに切れ、鞘は赤ん坊の腹の中に吸い込まれて消え失せる。驚く一同にナロド神は言う。クントの鞘は赤ん坊に超能力を授ける。天界を救う任は、この赤ん坊に託された。しかし、この子が成長したあかつきには、クントの持つ者の手によって死にぬことになるだろうと。

 赤ん坊は、ナロド神に連れられ天界を脅かすラクササ軍の大臣パティ・コロ・スキプ Kala Sakipu と対決するが、巨体のラクササに一蹴される。神々は赤ん坊を天界の火山チョンドロ・ディムコ Candradimuka の火口に投げ入れる。さまざまな武器が放り込まれ、さらに超能力の三つの衣装が与えられ、逞しい若者の姿が現れた。神から与えられた三つの衣装とは、空を飛ぶ力を持つクタン・オントクスモ Kutang Antakusma の上着、雨にも濡れず、熱を通さぬチャピン・バスノンド Caping Basunanda の帽子、そしてあらゆる危険から身を守るポド・カチャルモ Pada Kacarma のサンダルである。若者にはプトゥット・トゥトゥコ Putut Tutuka 、またの名ガトコチョが与えられた。ガトコチョはコロ・サキプ、さらにはコロ・プラチョノを打倒し、プリンゴダニへ帰還する。かくて「鋼の筋肉、鉄の骨、汗はコーヒーの香りがする OTOT KAWAT BALONG WESI KRINGETE WEDANG KOP 」と讃えられる超能力の武将ガトコチョが誕生した。〈演目「ガトコチョの誕生 Gatutkaca Lair 」より〉


4. ガトコチョはプリンゴダニ王国の唯一の王位継承者であった。しかし、それを快く思わないガトコチョの母アリムビの弟、ブロジョドゥント Brajadenta はプリンゴダニの王位を狙っていた。もはや叔父たちの争いは避けようも無かった。デウィ・アリムビが夫のビモに従ってしばしばジョディパティ Jodipati で過ごしたので、今やプリンゴダニ王国の中枢はブロジョドゥントの手中にあった。彼は王を自称するにいたったのである。

 ブロジョドゥントの言い分では、兄プラブ・アリムボ亡き後、王位継承権は男子たる弟のものであり、アリムビのような女の身に継がれるべきではない、というものであった。ブロジョドゥントの叛意は、弟たちブロジョムスティ Brajamusti 、ブロジョラマタン Brajalamatan 、ブロジョウィカルポ Brajawikalpa に支持された。しかし下の弟たち、プロボケスウォ Prabakeswa 〈プロボケソ Prabakesa 〉とコロブンドノ Kalabendana は謀反に反対した。

 王権を守るため、ガトコチョは自らの叔父たちと戦わざるをえなかった。この戦いでブロジョラマタンとブロジョウィカルポがガトコチョの手にかかって死に、ブロジョドゥントとブロジョムスティはプリンゴダニから逃走した。ブロジョラマタンの魂は、ガトコチョの左手に宿り、護符となった。いっぽうブロジョウィカルポの魂はガトコチョの背中にあって、彼を守る強力な盾となったのである。ガトコチョはプリンゴダニ国の王となり、プラブ・コチョヌゴロ Prabu Kacanegara と称した。この名は国と民に献身する者を意味する。〈演目「ガトコチョの即位 Gatotkaca winisuda 」より〉


5. 逃走したブロジョドゥントとブロジョムスティはカヤンガン・セトロ・ゴンドマイト Kahyangan Setra Gandamayit のバタリ・ドゥルゴの庇護を求めた。バタリ・ドゥルゴによってブロジョムスティはガトコチョそっくりの姿に変えられた。そしてアスティノ国の女の館へ行き、プラブ・ドゥルユドノの妃デウィ・バヌワティ Dewi Banowati を誘惑するよう指示された。

 プラブ・ドゥルユドノとコワラ一族の怒りは激しかった。彼らは「偽のガトコチョ」を捕らえ、殺そうとしたが、失敗に終わった。コラワ一族は誰一人「偽のガトコチョ」にかなわなかったのである。コラワ一族はパンダワに義を果たすよう求めた。ガトコチョがデウィ・バヌワティに無礼をはたらいたと聞いたビモはガトコチョを探し出し、打ちのめそうとした。ガトコチョを打ちのめそうとするビモの前にパンダワの盟友プラブ・クレスノ Prabu Kresna が現れた。かくてガトコチョはアスティノ国へ行き、「偽のガトコチョ」を捕らえることを命じられたのである。

 ガトコチョは、「偽のガトコチョ」を捕らえようとしたが、その超能力に翻弄された。幸い先にブロジョドゥントを滅することができ、彼の魂がガトコチョの牙となった。ついに「偽のガトコチョ」は斃され、死のきわにその姿はブロジョムスティに戻った。ブロジョムスティの魂はガトコチョの右手に宿ることとなった。〈演目「ブロジョドゥント・ブロジョムスティ Brajadenta-Brajamusti 」より〉


6. アンドン・スマウィ Andong Smawi の苦行所のブガワン・シディ・ウォチョノ Bagawan Sidik Wacana の孫、プルギウォ Pergiwa とプルギワティ Pergiwati は、父であるアルジュノを求めて、苦行所から旅立った。チャントリクcantrik〈僧の従者〉・ジョノロコ Janaloka に護られて旅を続けていた二人はコラワ一族に出会う。コラワたちは天女のように美しい双子の姉妹「パタ・クムバル patak kembar 」を探していたのだ。その双子を見つけ出すことが、プラブ・クレスノとデウィ・プルティウィ Dewi Pertiwi の娘、デウィ・シティ・スンダリ Dewi Siti Sundari とプラブ・ドゥルユドノの息子レスモノモンドロクモロ Lesmanamandrakumara の結婚の条件であったのだ。同じくパンダワもデウィ・シティ・スンダリとアルジュノの息子アビマニュを結婚させたいと願っていた。

 コラワ一族がジョノロコに無理強いしようとして、戦いとなりジョノロコは殺されてしまう。デウィ・プルギウォとプルギワティは逃走しようとして谷に落ちるが、アビマニュと四人のプノカワン Punokawan 〈道化たち〉に救われる。この争いの中で、アビマニュはプルギウォとプルギワティが自身の異母きょうだいであることを知る。プルギウォとプルギワティを奪おうとしてコラワたちがアビマニュを襲う。戦いは避けられそうもなかった。そこへガトコチョが手助けにかけつけ、コラワたちを追い払った。ガトコチョはこのときデウィ・プルギウォに一目惚れする。〈演目「プルギウォ・プルギワティ Pergiwa-Pergiwati 」より〉


7. プルギウォとガトコチョの結婚にはいくつかのハードルがあった。しかしデウィ・プルギウォ自身はガトコチョを愛していた。二人の最大の障害はアルジュノであった。アルジュノはデウィ・バヌワティに、彼女の息子レスモノモンドロクモロとデウィ・プルギウォを結婚させる約束をしていたのである。アビマニュとデウィ・シティ・スンダリが結婚した代わりに、プルギウォをレスモノモンドロクモロにやることになったのだ。パンダワ一族の他の者たちはアルジュノの意見に反対した。そこでアルジュノは、ガトコチョに実現困難な条件を突きつけてきたのだった。

 アルジュノの出した条件とは、結婚の捧げものとして次のものを用意することであった。天界カヤンガン・ティンジョモヨ Kahyangan Tenjamaya からガムラン・ロカノント Gamelan Lokananta を持ってくること、花嫁は40人の双子の娘、脚先の白い水牛40頭に付き従われること。しかし叔父たちブロジョドゥント、ブロジョウィカルポ、ブロジョラマタン、ブロジョムスティの霊と、オントセノ Antasena 〈ビモの長男〉、アビマニュ、イラワン Irawan 〈アルジュノの息子のひとり〉らパンダワの若者たちの手助けのおかげで、すべての条件を満たすことができた。かくてガトコチョとデウィ・プルギウォは結婚し、二人のあいだに息子サシキロノ Sasikirana が生まれる。〈演目「ガトコチョの結婚 Gatotkaca Palakrama 」より〉


8. ガトコチョは兄弟たち、パンダワ一族を愛し、献身したが、とりわけアルジュノの息子ラデン・アビマニュを愛した。

 アビマニュはウィロト国王マツウォパティ Matswapati の娘デウィ・ウタリ Dewi Utari と結婚することとなった。ガトコチョは全力でアビマニュを助けた。アビマニュのために叔父コロ・ブンドノを誤って殺すことにまでなってしまった。これがガトコチョの運命に大きな影響を与えることになる。

 アビマニュは第一夫人のデウィ・シティスンダリを欺いて、ガトコチョと共にデウィ・ウタリのもとへ赴いた。アビマニュはデウィ・ウタリに、自分がまだ独身であると偽り、ガトコチョにも口裏を合わせてもらっていた。デウィ・シティ・スンダリを護っていたコロ・ブンドノは、ガトコチョとアビマニュは狩りに出かけていると思っていたのだが、不審に思い二人を探し、彼らがウイロト国の女の館にいることを突き止める。

 コロ・ブンドノはアビマニュに正直に告白するよう進めたが、受け入れられない。コロ・ブンドノは仕方なくデウィ・ウタリに、アビマニュにはすでにシティ・スンダリという妻がいることを話してしまう。コロ・ブンドノが嘘をばらしてしまったのを聞いて、ガトコチョは激しく怒る。思わず彼の頭を殴りつけると、勢いあまってコロ・ブンドノは死んでしまった。コロ・ブンドノの霊は、後の日のバラタユダでガトコチョの行為に報いを与えることを誓う。デウィ・ウタリも思わず、アビマニュを呪うのである。アビマニュは傷だらけになって死ぬことになると〈これには、アビマニュ自身の軽率な誓いを原因とする異説もある〉。

 デウィ・シティ・スンダリも呪いを受けることになった。彼女はアビマニュの片棒を担いだとスマルをはげしく罵った。怒ったスマルは、子どもができない不妊の身となるようデウィ・シティ・スンダリを呪った。〈演目「ガトコチョ・スロヨ(ガトコチョの手助け) Gatotkaca Sraya 」より〉


9. バラタユダでのスルハン Suluhan 〈(松明を灯した)夜の戦い〉がガトコチョの最後となった。ガトコチョはアディパティ・カルノと戦い、彼の持つ必殺の武器クントウィジョヨダヌ Kuntawijayadanu がガトコチョの中にある鞘に収まったのである。ガトコチョはパンダワの一族の犠牲になるため、アディパティ・カルノと対決した。神の定めにより、クントを持つ限りこの世でアディパティ・カルノは無敵であったのだ。カルノの手からクントが射放たれた時、ガトコチョは天高く飛んでこれを避けようとした。クントの届かぬ高さまで飛ぼうとしたのである。クントは届かないように見え、カルノは不安におちいった。失墜しようとするクントに黒い影が近づき、クントは再び上昇した。コロ・ブンドノの霊がクントを助け、ガトコチョのへそに突き立てたのである。クントは鞘に収まり消え失せた。ガトコチョは死の間際、自らの身体をカルノの戦車の上に落とし、カルノの戦車は粉砕された。かつての誓いのとおり、コロ・ブンドノはガトコチョに報いたのである。コロ・ブンドノとガトコチョの魂は共に天界スワルゴロカ Swargaloka に昇っていった。ガトコチョの母アリムビは戦場に散った息子の遺骸を抱きしめ、声を限りに泣いた。その声はバラタユダの戦場クルカセトロ Kurukasetra の遥か彼方まで響いた。夫ビモの許しを得て、アリムビは息子の遺骸を焼く炎に入り、この世を去ったのである。〈演目「ガトコチョの戦死 Gatotkaca Gugur 」より〉


 以上に挙げた演目とあらすじは、「エンシクロペディ・ワヤン・インドネシア Ensiklopedi Wayang Indonesia, SENA WANGI, 1999, Jakarta 」および「チュムポロ:ガトコチョ特集号 Cempala Edisi Gatotkaca , Juli 1996, P.T.Daniasta Perdana 」の記事をとりまとめたものである。各演目の展開には、異説もあるが、それについては後述する。この他にもガトコチョが主役となる演目は多数あり、枚挙にいとまがないが、とりあえずここに挙げた演目でガトコチョの生涯と彼を取り巻くプリンゴダニ国の説話の大筋はつかめると思われる。



プリンゴダニ国説話の源流


 まず1.に挙げたアスティノ国王パンドゥとプリンゴダニ国のプラブ・トルンボコの争いとそれに伴うほぼ相撃ちの結末は、ジャワ独自の設定であり、インド版マハーバーラタには存在しない。そもそもインド版にはプリンゴダニという国は無いのである。ジャワにおいても、ヒンドゥー国家時代のカカウィン Kakawin 文学作品ではまだ登場していない。カカウィン文献でガトコチョが登場するのは、12世紀クディリ Kediri 王国のジョヨボヨ Jayabaya 王時代に成立した「カカウィン・バーラタユダ Kakawin Bharatayuddha 」(ムプ・スダ Mp Sedah 、ムプ・パヌル Mp Panulu 作)と同じく12世紀クディリのジョヨクルト Jayakreta 王時代に成立した「カカウィン・ガトートカチャスラヤ Kakawin Gatotkacasraya (ガトートカチャの手助け)」(ムプ・パヌル作)の二つであるが、いずれにもプリンゴダニ国の設定は無い。

 プリンゴダニ国の設定がいつ頃生じたのかはよくわからない。だが、中部ジャワのラウ山 Gunung Lawu にはその名もプルタパアン・プリンゴダニ Pertapaan Pringgodani と呼ばれる苦行所があり、その伝承ではマジャパヒト王国最後の王、プラブ・ブロウィジョヨ Prabu Brawijaya 五世がラウ山に逃れ、一帯を支配し、苦行所を開いたとされる。。『プリンゴダニ Pringgodani 』という語は、竹から転じて人を意味するプリン Pring 、場所意味するンゴン Nggon 、そして精進・修正を意味するンダダニ Ndadani の縮まったンダニ Ndani から成るとされ、『自身を精進させる場』を意味するという。そしてこの地の民話として人食いのボコ Baka 王が、プリンゴダニの苦行者に退治されるという物語が伝えられている。この物語はマハーバーラタにあるエーカチャクラーのバカ王をビーマが退治する物語と酷似した内容であり、このマハーバーラタのエピソードは、ビモによるエコチョクロ Ekacakrra 国のボコ王 Prabu Baka 退治として現在のワヤンでもよく知られた話である。

 また、ムラピ山 Gunung Merapi の南方にあるカリウラン Kaliurang 地域にもプリンゴダニ宮殿の伝説が伝えられているという。それによればカリウランのプラワンガン Plawangan にハリ Hari 〈アリ〉一族の支配する王国があった。その名がプリンゴダニ国であり、王の名はハリムボコ Harimboko 、またトルムボコ Tremboko といった。この王は人食いの魔王であった。あるときこの国を訪れたブロトセノ Bratoseno という名の若者が生贄の身代わりを申し出た。王の娘ハリムビ Harimbi はブロトセノに恋し、父王に今回は見逃してくれるよう懇願したが、王は許さず、ブロトセノと闘いとなり、斃された。トルムボコの死後、王位は長男のハリムボ Harimbo が継いだ。妹のハリムビはブロトセノとの結婚を願ったが、ハリムボは許さず、彼女を追放した。ハリムボは父の仇を討とうとしてブロトセノと戦ったが斃された。兄の死後、ハリムビが王位を継いだという。この物語は、ワヤンに見られるプリンゴダニ説話との共通性が見られる。これらの説話がどのような経緯で成立したのかは定かでは無いし、ワヤンのプリンゴダニ国説話とこれらの民話の成立のどちらがより古いのかも確かなことはわからない。しかし、プリンゴダニ国という名が、「かつて存在し、大国に制服・吸収された小国」というイメージを背負っていることは指摘できるであろう。


(つづく)

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by gatotkaca | 2014-03-30 01:52 | 影絵・ワヤン | Comments(0)
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