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木から落ちた猿

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ワヤンの女たち 第3章

3. サウィトリ、喜びも悲しみもこえて誠実さを見せた女性

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 スティアワンの運命の日がやって来た。朝早くデウィ・サウィトリは夫に近寄り言った。
 「あなた、今日はひとりで森に行かないでください。あなたを探せなくなってしまします。木を探しに森に行かれるときはお伴することをお許しください。」
 スティアワンは睨みながら言った。
 「そなたはあの森の広さを知らぬ。どうやって行くというのか?そなたは断食の苦行で弱っているのだぞ。」
 デウィ・サウィトリは答えた。
 「私は断食で疲れてなどおりません。どれほど喉が渇こうともやると決めたのです。」
 ブラフマン王ジュマトセノとスティアワンはサウィトリの言葉を聞き入れるしかなかった。彼女はこの苦行所に来てから今まで一度も願いごとをしたこなどなかったからである。デウィ・サウィトリは沈痛な思いで夫のあとに従って行った。彼が立ち止まれば待ちながら。籠に果物を集めてから、スティアワンは木を伐り始めた。しかし、とつぜん頭痛におそわれて体から汗が流れた。よろめきながらスティアワンはサウィトリに言った。
 「頭が槍で刺されたように痛む。立っていられない。すこし横になりたい。」
 デウィ・サウィトリは夫に近寄り、地に膝をつけて座った。そしてスティアワンの頭を彼女の胸に当てて横にならせた。バトロ・ナロドの言葉が思い出され、スティアワンの運命の日が来たことを知ったのである。
 その時、赤い王冠を被った者が現れた。その目は赤く、不吉な面持ちで、手には網を持っている。まさしく恐ろしい意図を秘めた者だ。彼、バトロ・ヨモ Btara Yama 〈死神ヤーマ〉はスティアワンの傍らに立ち、言った。
 「やあ、サウィトリ。そなたの夫の命はここで尽きたのだ。」
 バトロ・ヨモはスティアワンの魂を網で捕らえ、連れて行こうとしているのだ。誠実なる妻デウィ・サウィトリは誓いを果たすためバトロ・ヨモについて行こうとした。バトロ・ヨモは言う。
 「戻れ、サウィトリ。夫の屍骸の世話をするがいい。夫に対する義務を果たすのだ。」
 サウィトリは答えた。
 「あの方がどこへ連れて行かれようとも、そこが私の行くところです。ですから私をお止めにならないで下さい。」
 「そなたの言葉はまさしく徳高いものだ。それゆえ一つ望みを言うがよい。ただしそなたの夫を生き返らせることはできぬぞ。」
 サウィトリは答えた。
 「義父上に王位と力と健康を戻してください、そして義父上の目を見えるようにしてください。」
 バトロ・ヨモは答えた。
 「そなたの望みは叶えよう。道中障り無く帰るがよい。」
 しかしサウィトリは言った。
 「私は我が夫と共にいられれば何の障りもありません。ひとたび高貴なる人とまじわりを持ったなら、ずっとお仕えしたいのです。」
 サン・バトロ・ヨモは言った。
 「そなたの言葉は賢者を喜ばす。それゆえもう一つ望みを言え。だがスティアワンを生き返らせることはだめだ。」
 デウィ・サウィトリは答えた。
 「私に百人の息子を授けてください。我が国がパンジャン・プンジュン、パシル・ウキル、ロ・ジナウィ、グマ・リパ・トト・トゥントゥラン・カルト・ラハルジョでありますように〈とこしえにして、山海に恵まれ、物安く、人あふれ、秩序と法が守られてある〉。」
 バトロ・ヨモは言った。
 「百人の美丈夫たる息子たちと、まったき幸福を与えよう。だからサウィトリよ帰るのだ。もうずいぶん遠くまで来てしまったぞ。」
 デウィ・サウィトリは答えた。
 「夫のいなくなった私が、どうすれば百人の息子をつくれるのでしょう。夫がいなければ、私には安寧も幸福もありません。ですからスティアワンを生き返らせてください。」
 バトロ・ヨモは言った。
 「よかろう。そなたの夫の魂を放してやろう。望みどおり幸せになるがよい。スティアワンには百歳まで寿命を与えてやる。」
 デウィ・サウィトリの願いを叶えると、バトロ・ヨモは姿を消した。サウィトリは夫が倒れているところへ戻った。膝をついて座り、スティアワンの頭をそっと持ち上げて胸にあてた。まもなくスティアワンはずっと眠っていたかのように目を開いた。デウィ・サウィトリの心は溢れんばかりであった。髪を結い上げながら夫の手を握りしめたのであった。
 夜も更けていた。幸せに満ちた二人は苦行所へもどる支度をした。苦行所のプラブ・ジュマトセノはとつぜん目が見えるようになって、おおいに驚いた。幸運を大いなる神マハ・クアサに感謝し、子どもたちの帰りを待った。まもなくステイアワンとデウィ・サウィトリは戻り、デウィ・サウィトリは跪いて森でバトロ・ヨモと出会った出来事を話したのだった。

 この物語にあらわされた知恵とはなにか?どうか読者諸賢自身で考えて(nggolekki 探して)ほしい。この物語で語られるスティアワンの『死』は、実際の『死』ではなく比喩、つまり「パスモン pasemon 〈メタファー〉」なのだ。妻たる者が被る災いはサウィトリのようなものだけではない。夫が友を失うこともあるし、衣食を欠くことも、元気を無くしたり自信をなくすこともあるだろう。
 そんな時こそ、誠実なる妻としての女の価値が試されるのである。女/妻は夫の元気を、自信を取り戻してあげることができるだろうか?彼を残して去って行かないでくださいね。
 この物語では、まさしくサウィトリは夫を死から蘇らせてみせるのである。


1976年10月17日 ユダ・ミング
(つづく)
by gatotkaca | 2013-07-02 15:54 | 影絵・ワヤン
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