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木から落ちた猿

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イスモヨ・トゥリウィクロモ その34(最終回)

 アルヨ・スマン、つまりサンクニは今度は自分が狩られる番だと感じて馬首を返し、逃げようとして丘を降り始めた。しかし、まずいことにその道はスマルの息子たち、ガレン、ペトル、そしてバゴンが見張っていた。引き返すわけにもいかず、馬から飛び降りて、自分だけ助かろうとして逃げる。だがさらにまずいことに、その辺りにはスマルの息子たちが作った罠がたくさん仕掛けられていたのである。もはや避けられず、彼は落とし穴に落ちてしまった。サンクニは許しを乞い、深い落とし穴から助け出してくれるよう頼んだ。ペトルが縄を投げ、サンクニを引っ張り上げてやった。サンクニは捕まり、両手を縛り上げられた。ペトルは言った。「パティ、あんたはクロウォの悪行、強欲を計画するやつだ。クロウォの悪行はみんな、あんたの企んだことだ。このペトルが尋ねる。『パティよ、まだ生きていたいかね?』」
 「トル、そなたは知らんのだ。私はクロウォの叔父。クロウォはパンダワの血族。そなたは私を害するつもりなのか?どうかご慈悲を。私はそなたの父の友ではないか?」サンクニは拝み込んだ。
 「おまえは、我が父スマルを亡き者にしようとし、平和な俺たちの村をぶち壊した。それが親父さんの友達だって?」バゴンがサンクニに乗りかかって言った。
 「許してくれ!バゴン。私は醜い年寄りだ。パンダワの親族でもあるのだ。そなたらはパンダワの従者ではないのか?」サンクニは慈悲を乞うて叫んだ。
 「パティさんが自分は年寄りだって分かってて、パンダワの一族でもあるってんなら、なんでパティさんはいつもパンダワに悪さをするんだ?なんでいつも罪深い残酷なことを企むんだ?」ガレンが声を荒げた。「純朴なクラムピス・イルンの村人たちが、クロウォとあんたが来たせいで何人犠牲になったと思う?」
「サンクニをサテ(焼き鳥)ってのはどうかな?サテ・パティってのを一度やってみようよ。」バゴンが提案した。
 「心の腐った年寄りは、肉も臭いぜ。」ペトルが答えた。「豊かな恵みのあるこの地でサンクニみたいなやつの肉を食いたいなんて者がいるか?」
 「じゃあこれはどうかな?まず細かく刻んで、それから壷に入れてお酢を注ぐ。サンクニの漬け物の出来上がりってのは?」バゴンが言った。
 「残念ながらナイフが無い。まあ、俺たちは庶民を押さえつけて搾り取るような輩とは違う。」ペトルが言った。
 「もっと良いのがあるぜ。こいつを田んぼの真ん中に縛り付けて、稲を狙って来る鳥を追い払う案山子にするのさ。」ガレンが言った。
 「サンクニの身体には毒がある。害虫退治にちょうど良いな。」ペトルが答えた。
 「ならん。罪を犯してはいかん。私がアスティノの大臣、パティだと知らんのか?」
 「アスティノ国にいるときはな。でも今はこうやって捕まってる。おいらの目の前にいるのはただの罪人だ。おまえの運命はおいらたちに握られているんだ。」ペトルが言った。
 「一番良い方法を思いついたぜ。」バゴンが声を上げた。「今回の騒動の首謀者としてこいつの処分は、クラムピス・イルンの人たちに任せるのが公平だと思うな。」
 「いいね。」ペトルが言った。
 「おれもそれで良い。」ガレンも言った。
 「わしは反対だな。」後ろから声がした。
 その声に三人は驚き、振り返ると、アルジュノとスマルが立っており、一部始終を見ていた。言ったのはスマルであった。
 「なんで親父さんは反対なのさ?親父さんは殺されかけて、クラムピス・イルンの人たちもひどい目に会わされたんだぜ。」ペトルが叫んだ。
 「この男は、」スマルが答えた。「大戦争バラタ・ユダの火種を撒き続けた。今殺しては、戦争の残忍さを見ること無く終わることになる。彼を放してやれ。放っておけばさらにあちこちで戦争の火種を撒き散らし続けるだろう。そして必ずや、彼自身がその炎に焼かれることになるのだ。」
 「こんな悪人を放してやるのかい?こんな奴を許してやる道理があるのかい?」ペトルが声を上げた。「そんなことをしたら一体どこに正義と公正があるっていうんだい?」
 「むろん、悪事は報いを受けなければならん。しかし、我らがこやつらの真似をする必要は無い。」スマルが言った。
 「でも、こいつは人殺しだ。強盗だ。みんなを傷つけたんだ。」バゴンが叫んだ。
 「彼らの悪行、残忍さを真似して彼らを傷つけて、一体何になるのだ。」アルジュノが言った。「放っておいても、彼らは自らの行為の報いを受けることになる。」
 「パティ・スンクニ殿、」スマルが言った。「私がスマルだ。我が主人アルジュノもここにおる。あなたは昼も夜も、あちこちと我らを探していましたな。もう私を必要ではなくなりましたかな?」
 恐怖で顔を青くし、身体を震わせながら、サンクニはスマルに答えようとした。「スマル兄、またアルジュノよ。今日は運悪く私の負けとなった。しかしここでお前たちの運は尽きたのだ。クル・セトロの戦場で我らに勝算が無いとでも思うか?」
 「欲に目が眩んだ者にはもはや何の力も無い。パンダワの品格の高さはサンクニのごとき者に比ぶべくも無い。」スマルはペトルに言った。「我が息子たち、ペトル、ガレン、バゴンよ。お前たちはクロウォの真似などしてはならん。お前たちとクロウォは違うのだ。だからサンクニを放してやれ。」
 解放されると、一言も無くサンクニは去って行った。
 今や戦いは終わった。アスティノ軍は総崩れとなり、もはや残っていなかった。生き残った者は慌てふためいて逃げ去り、クロウォたちも兵たちより先に散って行った。クロウォたちが逃げて行く中、アディパティ・カルノはもう一度スンジョト・クントを放とうとしたが、思いとどまった。グバル・ソドでの出来事が頭をよぎり、心臆したからである。
 撤退の司令も無く、クロウォたちとアスティノ軍は、それぞれ身の安全を思い、戦場を後にした。

インドロ・プラストの城門

 スリ・クレスノは馬車から降り、戦場に会したクサトリアすべてが参集した。戦闘を共にしたアビマニュは、スリ・クレスノの馬車にいるパティ・ウドウォに随行した。今や、一同がここに会し、スリ・クレスノの命を待つ。
 「パンダワならびにドゥウォロワティの一族たちよ、スマル兄とアルジュノを探す我らの仕事は彼らを見つけ出すことが出来、ここに終わった。我らを不安は解消され、我らは満たされている。さあ、前に進もう。」そして、「一つの仕事は終わったが、慢心して心を緩めることはならぬ。さらに注意深く、さらに意識を高めて、今までの経験から学ばねばならぬ。忘れるな、敵はその歩みを止めておらんのだ。」
 「それに」アルヨ・ビモが言葉を継いだ。「今我らが為すべきを言上するなら、今夜ここを出発すべきだ。そうすれば夜明けには国に着くことができる。」
 「ビモの言う通りだ。」スリ・クレスノは言った。「アルヨ・スティヤキ、今夜また兵たちを進軍させることに同意するかね?」
 「むろん。幾人かの兵が先程の戦いで斃れ、さらに多くの者が傷つきました。死んだ者たちを埋葬し、怪我人を手当てします。残りの者たちは道中の護衛として進軍することに同意いたします。」さらに言った。「傷ついた者たちは担架に乗せ、車で運びます。」
 「それが良い。旅を続けるにあたって、予期せぬ道中の危険に備えねばならん。」スリ・クレスノはスマルに言った。「スマル兄よ。兄の祝福を乞う。今夜我らは行軍を続け、夜明けにはインドロ・プラストへ着くでしょう。」
 「私としては、兵たちが大丈夫であれば、今夜出発しても問題は無い。」スマルはビモに尋ねた。「アルヨ・ビモ。兵たちは長い道のり、大丈夫かな?」
 「スティヤキ殿の報告によれば、兵たちはまだ十分元気で、行軍に差し支えは無いとのこと。」アルヨ・ビモが答えた。
 「スティヤキの報告がそのようなら、私が行軍にとやこう言う理由は無い。」また言った。「さあ、旅を続けよう。」

 スリ・クレスノはアルヨ・スティヤキに、兵たちに司令を下すよう命じた。静かに、落ち着いて一行はブキット・スリブの谷を出て、インドロ・プラストへ向かった。

 アルヨ・スティヤキは精鋭の司令官数人と共に馬に乗って、ドゥウォロワティ軍の先頭を行った。遥か前をアルヨ・ジョヨマンゴロが斥候部隊を率いて行く。隊列の中央には王の馬車に乗ったスリ・クレスノとスマルが、アルヨ・ウドウォを御者にして進む。アルジュノはウドウォと一緒に力を尽くす。馬車の左にはアルヨ・ソムボ、右にはエロウォノが随行する。馬車の後ろにはアビマニュに率いられた歩兵が続く。アルヨ・ビモは軍の殿(しんがり)にあり、ガトコチョは空から守っている。
 夜明けが近づき、アマルトの地平線を数千の星が飾る。太陽サン・スルヨが地平線に現れ、暗がりが散って行くのを告げる、雄鶏の声が遠くかすかに聞こえる。星の光がだんだんぼやけてきて、太陽バガスコロが光を放ち始める。山の反対側、東の地平線から赤い色がにじむように広がり、辺りの世界が色を取り戻して行く。夜の暗がりに墨色だった空が徐々に夢のような光に色づいて、夜明けを喜びのうちに迎え入れるのである。
 道々鎌を肩に担ぎ、畑に鋤を運ぶ農民たちが見える。水牛や牛があても無く彷徨う。農夫や百姓女たちがぞろぞろと田畑の作物を売りに市場に向かう。鳥たちがさえずり、雄鶏が鳴き、村の生活の美しさを醸し出す。太陽が輝き、ハンマーや大槌が打ち鳴らされ始める。
 先頭の兵たちがインドロ・プラストの門に入り、間もなく軍が戦いから帰還した知らせが広まる。知らせに太鼓とクントン(小太鼓)が打ち鳴らされ、ベルがあちこちで鳴る。あらゆる街角からタムブール(太鼓)の音が広がる。ドゥウォロワティの主(あるじ)、スリ・バトロ・クレスノの到来を告げる楽隊の音で、人々が家からぞろぞろ出て来て、大通りを埋め尽くし、行列が押し渡る。
 森を抜け、谷を渡り、山々を越え、丘を越え、未踏の地を後にして、一行は国境に着いた。太陽サン・スルヨは世界を照らし、夜の闇は、希望と情熱に満ちた日の光に取って代わられる。
 インドロ・プラストの門は太陽バガスコロの光に照らされ輝き、サン・イスモヨの化身、バドロノヨ・スマルは目に鮮やかな光を放つ。門はこの日、サン・バドロノヨの勝利の証となり、口数すくなく微笑む。その心は戦場での輝ける信念で喜びに満ちていた。スリ・クレスノの手はあたかも全能の力を得た者を鼓舞するように固く握られていた。笑いながらスマルが言った。「希望の夜明けが目前にある。絶対の確信をもって言おう。最後の勝利は正義と公正の側にあるのだ。」
 一行は街に入って行く。インドロ・プラストでは、国と民のために仕事を成し遂げた兵たちを祝う宴が催されるのだった。
(了)
by gatotkaca | 2012-08-08 02:02 | 影絵・ワヤン
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