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木から落ちた猿

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イスモヨ・トゥリウィクロモ その29

 「イスモヨ兄よ、」サン・バトロは叫んだ。「兄はひとりの神である。神としての責務を果たすために地上に降りたのだ。兄が神々の法に抗うなら、これ以上続けられぬよう、私が思い知らせてやることになるぞ。」
 「私はまさしく神々の法を実行しておる。運命を定められた生命を守護し、見守っているのだ。そなたグルこそ、パンダワを亡き者にしようとするクロウォを支持したことを忘れてはならぬ。そなたと、その息子ヨモディパティは『人間世界』からイスモヨを消そうとした。そなたグルは、最高神マハ・デウォたる地位を濫用してはならんのだ。」
 「兄が神々の定めに抗う行為を続けるなら、私は地上に降り、兄を罰することになるだろう。」
 「世界とそこにある者たちに罰を与えるのは、世界の支配者たるそなたの権限だ。そなたグルは私を罰する権限を持つ。しかしそなたグルの罰が、正義と公正に基づくものでないなら、それは神々の定めた法が誤りであることを意味する。グルよ、忘れるな。世界の創造主は世界を全体でひとつとして創り賜うた。そこでは我らの存在も、地上の人間たちもひとつなのだ。世界の全ては神々のために創られたのではなく、世界で一番重要なのが神々というわけでもない。我らは人間たちのために創られたのだ。我ら神々は人間を管理するためにいるのだから。我ら神々とは本当のところ、仲介者にすぎないのだ。」イスモヨは続けた。「そなたサン・グルが、私がサン・ヒヤン・トゥンガルから与えれた管理者としての権限を濫用していると考え、それゆえ私を罰するというなら、やればよい。ジュングリン・サロコの支配者よ、どうぞ為されよ。」
 サン・ヒヤン・バトロ・グルは用意を整え、にぶく光る黄金の光が強くなり、サン・イスモヨに向けて放射された。サン・イスモヨの身体から白い点がいくつも現れ、それは天から降る雪のように見えた。サン・ヒヤン・グルから放射されるにぶい光に粉砕され、イスモヨの身体が光り、噴火する山のように燃え上がった……。
 一方、ルシ・ライェンドロを連れ去った黄金の光を追っていた青い光は、黒雲に包まれてその行方を見失っていた。彼はイスモヨとバトロ・グルが言い争っている場を包んでいる黒雲の周りをぐるぐる回っていたので、二人の言い争う声ははっきり聞こえていたのだった。同じく、後をつけていたダナン・ウィジョヨジャティにもすべては聞こえていたが、その姿を見つけることは出来ないでいた。
 地表はイスモヨに向けられた炎の光で真っ赤に染まっていた。炎はさらに大きく燃え上がり、の太陽サン・スルヨの輝き、また地獄の火山チョンドロ・ディムコの溶岩のよう、灼熱の炎となっていた。炎が燃え上がり、イスモヨを包んでいた黒雲は散り、代りに白雲が天を覆った。青い光はそれを見て鼓動を高鳴らせ、炎に近づき、その中に入って行った。間もなく、イスモヨの身体を焼いた黄金の光は一人の神にその姿を変えた。四本の腕を持ち、その手には槍を携える。これこそカヤンガン・ジュングリン・サロコの支配者、サン・ヒヤン・バトロ・グルである。一方炎の中に入った青い光もその姿を変え、サン・ヒヤン・ウィスヌとなった。二人は並んで燃え上がるイスモヨの前に立った。

 炎はさらに大きく燃え上がり天にまで昇り、大地を覆い尽くした。その光は世界をあまねく照らす太陽のように広がった。燃え上がる炎はサン・ヒヤン・バトロ・グルにも制御できないほど大きくなり続け、彼は目の前の事態に恐怖を感じた。その時、千の山が噴火したかのような轟く声が聞こえた。轟く声は地震と嵐が起こったように大地に鳴り響いた。これこそイスモヨの声であり、それは彼を焼く炎の中から出ているのであった。「ええ、ブトロ・グル、そしてウィスヌよ。世界を作り維持する者、この地上を意のままにする権力を持つ神々よ。そなたらは、自らに与えられた権力と権威の何たるかを知らぬ。そなたらはその権力と権限を己の好き勝手に濫用している。そなたらは、己が見守り、導くべき、世界の生命の守護に尽くしておらぬ。そなたら神々は、己の守り、打ち建てるべき正義と公正をないがしろにしている。余、サン・ヒヤン・イスモヨは世界を創り賜うた創造神の定めし法と秩序に則り、正義と公正を守るために地上に降下した。そなたらは、自らが守り導くべき世界で、正義と公正を損ねたのだ。余、イスモヨはそなたらの下す罰を受けよう。そなたらの壊した、生命に定められたはずの道を取り戻すためにな。」
 「イスモヨ兄よ、あなたのおかれた状況はすでに明らかだ。なおも態度を改めようとはせぬのか、兄よ。」サン・ヒヤン・バトロ・グルの手には、宝具プソコ・パムンカスが握られていた。「カヤンガン・ジュングリン・サロコのプソコ・パムンカスを受けたいのか?」続けて言った。「兄が世界を焼き尽くそうとしても『私』がいる。世界の支配者たる私が天より雨を降らせ、消し尽くしてくれる。」
 それを聞いたイスモヨは大笑し、叫んだ。「その力をもって、そなたが余の人間の身体を溶かし、破壊しようとも、サン・ヒヤン・マハ・トゥンガルの化身たるサン・ヒヤン・イスモヨを消し去ることはできぬ。そなたは余に下した罰を、余がそなたに下せぬと思っておるのか?」大笑する声が宇宙全体に響いた。
 イスモヨの言葉を聞いたヒヤン・ジャガッド・ギリ・ノトはすぐさまジュングリン・サロコの宝具を抜き、炎に向けて放った。炎はさらに大きくなり、天を嘗めるばかりに広がった。ヒヤン・グルの宝具が敗れたのを見て、ウィスヌ神は、天を覆う炎にスンジョト・チョクロ・バスコロを放った。天から激しい雨が炎に降り注いだ。しかし炎はおさまらず、勢いを減ずることも無かった。同時に、百万の雷のごとき耳をつんざく声が響き、百万の稲光のごとくまばゆい光が現れた。天に届かんとする炎は、万の山の高さのラクササに変じた。サン・ヒヤン・グル(シヴァ)とサン・ヒヤン・ウィスヌはさらわれ、許しを乞う間もなくその口の中に銜えられた。「兄よ、イスモヨ兄よ、お許しを。我ら二人はもはや兄に干渉いたしません。」
 トゥリ・ウィクロモして二人の神を口に銜えたイスモヨは、グルとウィスヌの過ちを認める声を聞き、「世界を崩壊させ得るイスモヨの力をまだ疑うか?されど余はアワタラ(人間への化身)としての役目を果たす途路にあるゆえ、ここまでにしておこう。余は自らの役目を自覚しておる。余はそなたらの画策したバタラ・ユダを空しくさせるために、そなたらの権威に対して抗しうるだけの力を持っている。だが、それは創造主の定めし生き方を犯すことになる。起こるものは起こるままにしておくしかない。されど人にはそれを止める努力をする権利がある。創造神たるマハ・クアサは、努力する権利を人間に与え賜うたのだ。余は世界を満たす生命を脅かす災厄に抗い続けるだろう。」
 「兄の意志がそのようなら、私を解放して頂きたい。支配者たる者の権限を脅かさず、私は私、兄は兄の役目を果たせばよいのだ。」ブトロ・グルは言った。
 「無論、余は従う。正義と不正義、公正と不公正、誠実と虚偽、本物と偽物の対立、競争は創造主の定めし生のあり方だからな。対立と競争が無ければ、正義と公正も生まれない。永遠なる生命とは、発展と完全性を求める人間の闘争であるからだ。とはいえ、その競争と対立が強欲に浸食されることがあってはならぬ。その競争は平等に、そして公平に行われなければならないのだ。」
 サン・ヒヤン・ジャガッド・ギリ・ノトは解放され、まだトゥリ・ウィクロモのラクササ姿のままのイスモヨに、別れも告げずに去って行った。続いてウィスヌ神が言った。「イスモヨ兄よ、なぜ私も解放してくださらないのですか?」
 「ウィスヌよ、そなたとはまだ話さねばならぬことがある。」イスモヨは言った。「余が果たすべき役割を持って人間に化身したことを、そなたは知っておるはず。そなたもまた余のように化身しておるからな。余が普通の人間カウロ(民衆)として人間になったのに対し、そなたはスリ・クレスノの体内に宿り、バラタ・ユダにおいて正義と公正を勝利へ導く役目を負っている。パンダワの勝利によって、ようやく強欲なるクロウォは殲滅されることになる……。」
 「イスモヨ兄よ、話ができるように、まずはトゥリ・ウィクロモを解き、私を解放してくださいませんか?」ウィスヌが尋ねた。
 「されど余のアワタラ(化身)とそなたのアワタラは大いに異なっておる。そなたは王で、余は臣民(カウロ)だ。同じ高さに立ち、同じ低さに座ることなどできようか。余は今、真実に腹を割って真実を語り合いたいのだ。」イスモヨが答えた。
「おお、イスモヨ兄よ。」ウィスヌが言った。「兄はこのウィスヌをお疑いなのですか?約束します。ここで話されたことは、アワタラとなっても実行されるでしょう。」ウィスヌは続けた。「兄のお望みは解っております。ウィスヌは解っております。アワタラの違いは、与えられた役割の違いに過ぎない。兄は民衆として、ウィスヌは民衆を率いる支配者としての役割を与えられました。しかし、世界がバラタ・ユダの災厄に脅かされている今、兄は私をお見捨てになったではありませんか。」
 「そなたは知っておろう、ウィスヌよ。余がそなたを残して去ったのは、神の計画の執行者たるアルジュノに認識させ、確認させる必要があったからなのだ。彼は後の日のクル・セトロの荒野で、兄弟たち、祖父、そしてその師と対峙しなければならぬ。また、余は彼に説かねばならなかったのだ。パンダワがアスティノとその属国を支配し得たときの心構えを。パンダワの勝利は民衆の生活に取って何の利益があるのか?そなたウィスヌは、このイスモヨがそなたの傍らにあるかぎり、パンダワの勝利を約束する、と言ったが、それを余に説明したことがあったか?我らが話し合い、同意すること無しに勝利を達成することができるのか?」
 「兄のご意志がそのようなら、」ウイスヌが答えた。「私は過ちを認めます。イスモヨ兄に対する見方が間違っておりました。しかしながら、そのことを兄と相談しなかったのは、我々は皆、志を同じくしているとの思いからなのです。この話し合いにおいて、まず私は兄に千のお許しを乞い、陳謝いたします。アワタラの役割として、我らの計画を共に実行いたしましょう。」

 その間、ハヌマンはまだ身体に巻き付いた赤い光と格闘していた。彼は全力を振り絞って脱出しようとした。風神バユの四兄弟が到来し、彼に力を与えた。セトゥ・ボンド Setu Banda 、ガジャ・ウルコ Gaja Wreka 、グヌン・マエノコ Gunung Maenaka 、そしてマヤンコロ自身が一つになったのである。たちまちに彼の身体に巻き付いていた赤い光は千切れ、大地に打ち捨てられた。するとそれは神の一人、魂を引き抜く神、死神ヨモディパティに変わった。正体を現したヨモディパティは天に飛び、カヤンガンへ帰った。ハヌマンは驚いた。気を取り直すと、彼はすぐさまアルゴ・セト山へ飛んだ。

(つづく)
by gatotkaca | 2012-08-01 20:43 | 影絵・ワヤン
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