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木から落ちた猿

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イスモヨ・トゥリウィクロモ その24

 「サン・マハ・ルシの仰ることは本当ですか?」ダナン・ジャティがさらに尋ねた。
  「人間の生のあり方は予め定められている。民衆と王、導かれる者と導くものによって作られるものも決められているのだ。王は民衆から生まれる。民衆が王の導きを必要とするからだ。王は必然的に必要とされる存在なのだ。公正、繁栄、幸福をあまねく達成するための政治を制御するためだ。後の日のバラタ・ユダにおけるそなたの態度は、この戦争の最重要の目的に沿っていなければならない。クル・セトロの荒野は正義が試される場であり、強欲と高貴、公正、理想とが相対する場である。しかし、忘れてはならぬ。クロウォたちがいかに無慈悲な者たちであろうとも、アスティノ国の民が無慈悲な者なわけではない。後の戦争において犠牲となる民衆は最小限にとどめなければならぬ。パンダワはアスティノを殲滅するために戦うのではなく、クロウォとそれに組する王たちのみと戦うのだ。そしてこのこともまた忘れてはならぬ。パンダワに組するアマルトの民衆もまた、自由と独立を求めて戦うのだということを……。」
 サン・マハ・ルシの教えに心奪われていた弟子たち、ビクたちは、突然目も眩むような稲光を見て驚愕した。弟子たち、ビクたちは驚いて立ち上がり、辺りを見回した。しかし何も見えなかった。サン・ルシは弟子たちを優しく鎮めた。「先程も言ったように、我らは邪悪な者に狙われている。辺りに危険が迫っているようだ。恐れ、緊張することはない。わざわざ敵を呼ぶつもりも無いが、来たならば、静かに迎え入れれば良い。さあ、ハヌマン。招かれざる客が来るようだ。すぐにグバル・ソドの山を降りるのだ。弟子たち、ビク、プンデト、アルゴ・セトにいる人々よ、危険が迫っているようだ。立ち去る用意をせよ。」
 すぐさまハヌマンとエロウォノはその場を辞して、グバル・ソドから降り、弟子たち、ビク、プンデトたちも、それぞれの役目を果たし、立ち去っていった。はっきりとはしないが、山全体に警告が鳴り響いていた。
 苦行所のプンドポには、サン・ルシとダナン・ジャティだけが残った。サン・ルシは言った。「ダナン・ジャティよ、今や最後の仕事を果たす時が来たようだ。我らが直面すべき危険が、アルゴ・セトに訪れたようだ。」
 「それで、我らがアルゴ・セトに残ったわけですか?ハヌマンとエロウォノは如何致します?彼らにも残ってもらいますか?」ダナン・ジャティが尋ねた。
 「私の最後の仕事は、招かれざる客と私自身が対峙することなのだ。」サン・ルシが答えた。
 ダナン・ジャティがサン・ルシの言葉に応える前に、姿無き声が聞こえた。「兄は我が来訪を知っておったというわけか。この会見と、兄の敬虔さに挨拶を送ろう。」辺りに緊張が走った。辺りには風と滝の水音のみが聞こえ、苦行所周辺に反響していた。大地は回転を止め、鼓動が高鳴って行く。サン・ルシは沈黙を破った。「まだ迷っておるのか、招かれざる客よ。そなたの前におるのはイスモヨ、マハ・クアサの命で地上に降りた神の眷属なるぞ。そなたの到来を私が気付かぬと思うてか?」
 「今すぐ、お目道理願えるのかな?」声は尋ねた。
 「ここを離れよう。我が野卑なる身体はそなたと相対するに相応しくない。我らがすでに合意した所で、会おうではないか。」そしてダナン・ウィジョヨジャティの方を見ながら言った。「本来ならそなたは我らの会見に立ち会うことは許されないのだが、我らはバラタ・ユダについて話し合うゆえ、そなたもそばにいる必要があろう。」
 姿を見せない声の主に向かってマハ・ルシ・ライェンドロが言った。「我が高貴なる客人よ、アルゴ・セトの絶景を見て、涼まれよ。私と私の弟子に真実をお話願いたい。」
 「この館で楽しむことを了承されたことに感謝しよう。」そして輝く光が苦行所に現れた。
 その間、ルシ・ライェンドロはダナン・ウィジョヨジャティに瞑想に入るよう促しながら言った。「ダナン・ジャティよ。我が高貴なる客人と会う前に、まずは精神と身体を浄めるのだ。会見の際、思念を集中させ、俊敏に対応できるように。客人に失礼があってはならん。」そのようにサン・ルシは言い、すぐさま瞑想の準備に入った。石の上に結跏趺坐し、両の掌を拝跪する時のように合わせ、胸の前に組んだ。頭を上げ真直ぐ前を見て、視線を鼻先に合わせた。間もなくサン・ルシは人体の九孔を閉じ、五感を消滅させた。目の中を見据え、耳の中に耳をすまし、嗅覚は鼻の中に、味覚は下の中、触覚は身体の中に収め、全ての感覚を滅する。静かなる空洞と静かなる思念に自身を集中させ、思考の純度を高め、心清らかに、ヒヤン・ウェディの偉大さに向け凝縮させる。全知全能なるものを見出し、塵芥のごとき人間の性質を消滅させる。死すべき世界の『存在たる感覚』は消え失せる。今や彼は『不存在』なる世界にあるからである。神への献身が為されたのだ……。
 しかしルシ・ダナン・ウィジョヨジャティは姿無き声の出現に、何が起こるか不安で落ち着かず、五感を滅し、九孔を閉じようとして果たせず、行為に集中しようとしても、心も思念も乱れ、空しく失敗するだけだった。
 次第に精神と肉体を制御し、物理的性質を滅することがかなうようになった。招かれざる客に対する不安は増し、ダナン・ジャティは追いつめられて行った。意識の内外から危機感が増して来る。彼は、やって来たこの客に、邪悪で危険な意志を感じていた。

(つづく)
by gatotkaca | 2012-07-25 05:33 | 影絵・ワヤン
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