人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

木から落ちた猿

gatotkaca.exblog.jp

イスモヨ・トゥリウィクロモ その18

 マヤンコロも同様に考えていた。遠くに止まること無く群がる軍が見え、グバル・ソドの山に登って来る。無数の槍が秋のチークの森のようだ。風にはためく旗や幟が山の峰のようだ。太鼓や銅鑼の音が僅かな休みも無く鳴り渡る。先陣を切る部隊では騎馬隊が先頭を走る。
 軍隊は苦行所へ続く歩道の切れ目に至り止まった。馬から下りた数人の者は司令官、セノパティの階級章を付けた制服を着ていた。前を歩くのは王のようで、後ろに数人の大臣を引き連れている。客たちは入り口のマットに座すよう誘われた。苦行所に入って来た四人の官僚たちは、アンゴ国王アディパティ・カルノ、パティ・サンクニ、ドゥルソソノとジョヨドロトであった。マットは一枚しかなかったので、四人は座ろうとしなかった。立ったままアディパティ・カルノは言った。「ここは苦行所ですか?サン・プンデトよ、失礼いたします。この苦行所の名と、師父のお名前、何処からいらした方かを伺いたい。」
 両の手を組み、敬意を表してブガワン・マヤンコロは答えた。「この村の人々はここをグバル・サド山と名付けました。私の名はマヤンコロ、私の後ろにいるのは孫のエロウォノと申します。我らは故郷を嵐に襲われ、遠くからこの山に来ました。」マヤンコロは言葉を続けた。「宜しければ、王族ともあろう方々が、このような所へいらしたわけを教えていただけますかな?」
 「師父のお心遣いに感謝しよう。我らがここへ参ったは、師父のお助けを乞うため。アルゴ・セト山の頂上はどこにあるのか教えていただきたい。」
 アルゴ・セトを探しているというアディパティ・カルノの話を聞き、マヤンコロは血の気が引き、息を呑んだ。エロウォノも驚き、顔色が変わった。その様をアディパティ・カルノは俊敏に察知した。彼は、この白い猿がアルゴ・セトの場所を知っており、それを隠そうとしていることを見抜いた。そして尋ねた。「長かった旅も無駄ではなかったようだ。我らの探すアルゴ・セトはこの山の近くであるようだ。」アディパティ・カルノは続けた。「師父マヤンコロは我らにその場所を教えてくれると期待するが。」
 「お尋ねして宜しいか?あなた方はどちらの国の王族であらせられる?」ハヌマンが聞いた。
 「師父はこの山がアスティノ国の領地にあることをご存じないのか?ここはアスティノの支配下にある。師父はこの国の王並びにその一族を知らぬのか?」アディパティ・カルノが言った。
 「千のお許しを乞う。我ら二人は遠くからやって来た者。この山がどこの国の領地で王族の方々が誰なのかまでは存じません。どうかお許しを。」ハヌマンは答えた。
 「師父は本当に、この国の所有者、支配者を知らぬというのか?」アディパティ・カルノは言った。「師父はこの山に住むにあたって、報告もせず許可を得ずにおるということかな?」バスカルノが聞いた。
 「今一度お許しを乞いまする。我らは遠くから彷徨ってこの村に来ました。この国の規則にも疎いのです。」マヤンコロは答えた。
 「はははは、」アディパティ・カルノは笑った。「そなたは猿であり、国の法も知らぬ山の苦行者だと言う。しかし、そなたの物腰、言葉遣いから、そなたが王宮の作法を身に付けておることが分かる。我が目を欺く事はできぬ。猿の行者よ。さあ、グバル・ソド〈ママ、アルゴ・セトの誤りか?〉の頂上はどこだ、それだけ言え!」
 グバル・ソドの大地は鳴動し、天には稲光が迸る。雷の音は八紘、全世界に轟き渡る。ハヌマンはアディパティ・カルノの言葉を聞き、彼がアルゴ・セトの場所を知り、そこに誰がいるのかに気付いたことを確信した。答えを待たずにカルノがまた言った。「私はアンゴ国王。我が名はナルパティ・バスカルノだ。我が後ろにあるは、アスティノのマハパティ、アルヨ・スマン。そして背の高い偉丈夫はアスティノ王ドゥルユドノの弟、その名はドゥルソソノ。戸口に立っているのはシンドゥプロ Sindupura の王、アルヨ・ジョヨドロト。アスティノの住人としての師父に問う。アルゴ・セトはどこだ?」
 「我らは新参者にて、この辺りのことは良く知りません。この山に住んで以来、アルゴ・セトの山頂などという名は聞いたこともありません。」ハヌマンが答えた。
 「身の程知らずの坊主め、アディパティ・カルノを欺く事はならん。そなたはアルゴ・セトの場所も、その山頂に苦行する者が誰かも知っておるはず。何をもって苦行者となり、何をもって見知らぬ場所に住まうか。この地を支配する国に何を捧げるつもりか。」アディパティ・カルノは粗野に言い放った。
 その粗野な物言いに、マヤンコロは立ち上がり、先程から合わせていた手を放した。マヤンコロは穏やかに答えた。「王たる貴族、ナルパティなら作法と徳は弁えていよう。王族たる者が我らに問うなら答えよう。されど相手が王族であろうと知らぬものは知らぬ。盲目に見ろと言い、聾者に聞けと命ずるようなもの。アルゴ・セトのことに関しては、私は盲目であり聾者である。もともと我らはアスティノ国が生まれる以前からこの山に住んでいる。後から王族どもが見つけ支配したにすぎぬ。ここに住むのに王族の許可を得なかったとしても、我らがここに住むに何の障りも無い。」ハヌマンは答えた。
 「無作法な猿だ!」ドゥルソソノがわめいた。「アスティノの力を知らんのか?この犬ころめ!ひき肉になりたいか。貴様を放り投げ、細切れにしてやる!」
 「我らはただ、アルゴ・セトが何処にあり、そこに住まう者が誰なのかを知りたいだけだ。それとも、この苦行所と共にお二人の身体もバラバラにして見せようか?」アディパティ・カルノが言った。
 今やアルゴ・セトに苦行中のサン・マハ・ルシ・ライェンドロムクスウォのことがクロウォたちに知られれば、敵となることは明らかだった。クロウォたちをグバル・ソドから追い返す以外に手は無かった。クロウォたちが無理強いしてこないうちは、衝突を避けようとハヌマンは慎重に考えを巡らせた。ハヌマンはアディパティ・カルノに声をかけた。「王族の者よ、高潔なクサトリアたる者は、その行動は人の手本とならねばならない。王族の誠実さ、正しさは、まさしく我らの羨望の的となる。このマヤンコロには、あなた方もそのように見える。我が見立てによれば、王族たる者は知っていようがいまいが、我らを無理強いする輩ではないはずだ。」
 「マヤンコロ、そなたの訴え、揶揄はまさしく我が心に訴えるものだ。つまりそなたは、私の目的を知っているのだ。とぼけるのも、我らに指図するのもやめてもらおう。自ら教えるか、それとも追い出されたいか?」アディパティ・カルノが大声で言った。「アルゴ・セトを探す、我らの目的を知っておるのだな?アスティノの考えによれば、マハ・ルシ・ライェンドロムクスウォはそこにいる。彼こそバラタ・ユダの破滅から世界を救うことのできる唯一の人なのだ。彼に、クロウォとパンダワに平和をもたらしてくださるよう、私はお願いしたい。分かるかな?」
 「バラタ・ユダの問題を語るには私は身分が低すぎます。私には王族の問題など分かりません。戦争はおろか、クロウォとパンダワの問題など、とてもとても。なぜそんなものをこのグバル・ソドなどへ持って来られるのですか?」彼は答えた。
 「サン・ブガワン。我らがここへ参ったは、そなたの意見や忠告を聞くためではない。我らに必要なのはアルゴ・セトの山頂がどこにあるかだけだ。もう十分だ!」アディパティ・カルノが叫んだ。
 「サン・ブガワン。」アルヨ・サンクニが言った。「サン・ブガワンが本当は誰なのか知らずにいた我らをお許し下さい。歴史に記されたお方よ。何百、何千年の昔、超能力にして偉大なクサトリアたる白い毛の猿の物語がありましたな。神に愛された猿は、その名をハヌマン。彼こそはポンチョワティとアルンコの大戦争において、ロモウィジョヨの王国のセノパティとして偉大な功績を上げた方だ。誤り無くば、ハヌマンは今、このグバル・ソドにおられる。真実なら、我らの過ちを正すため、サン・ブガワンに教えを乞いましょう。」
 突然、雲が立ち籠め太陽の光を遮り、あたりは荒涼とした雰囲気になった。風が止まり、竹の葉を擦るように風が巻いているようだった。苦行所一帯がしんと静まり返り、皆はアルヨ・スンクニの言葉に茫然と佇んだ。クロウォたち、とりわけアディパティ・カルノは、目の前にいる者が、古より名高い偉大なるセノパティ、ハヌマンであることを理解した。

(つづく)
by gatotkaca | 2012-07-17 00:00 | 影絵・ワヤン
<< イスモヨ・トゥリウィクロモ その19 イスモヨ・トゥリウィクロモ その17 >>