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木から落ちた猿

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試訳「スマルとは何者か?」 序文

 ワヤンにはポノカワンと呼ばれる道化たちが登場する。これは親父と三人の息子たちで、スマル(父)、ノロ・ガレン、ペトルそしてバゴンの名をもつ。一晩のワヤン上演で真夜中、ゴロゴロという場面からが彼らの登場である。とくに父親のスマルは、ワヤン世界の最高権力者たるブトロ・グル(シヴァ)の兄ともされ、ワヤンの世界に多大な影響力を付与されている。
 このスマルが、どういった経過でワヤンの世界に導入されたのか、また彼の担う機能・役割は何なのか?といったことは、今日に至までワヤンに関心を持つ者にとっては、興味深い問題である。
 スリ・ムルヨノ著、『スマルとは何者か? Apa dan Siapa Semar? 』は、これらのスマルに関する問題を、網羅的、アカデミックに探索した名著である。日本語訳はでておらぬので、拙訳で恐縮ではあるが、ご紹介する。インドネシア語で130頁ほどの分量であるが、頭から全部、通して載せて行きます。しばらくは、この本の訳が続くこととなるので、ご海容のほどを。
 まずは序文から。

序文

ビスミラーイ・ラーマニ・ラーヒム
 この、いと弱き人間に恩寵をお与え下さった、栄光につつまれ、高貴なるアッラーのお御身に『神に栄光あれ』との感謝の意を捧げます。かの恩寵により、筆者はこの卑小なるワヤンの本を再び著すとができました。
 この本は新しい本というわけではない。1975年にBP・ALDAから初版が出版された『ワヤンの起源、哲学そしてその未来 Wayang, Asal-usul,Filsafat dan Masa Depannya 』という本の第十章と十一章を独立させたものである。今回の再版に際して題を改めた。基本的には初版と第二版に違いはないが、たくさんのご要望に想いを馳せて、この本では『スマルとは何者か? Apa dan Siapakah Semar? 』という点について独立させ、拡大し探求した。
 この本では多くの専門家たちの意見を比較した。NJ・クロム博士、ジョインボル博士、プリヨフトモ教授、プルボチャロコ教授、クス・サルジャナ博士、GAJ・ハゼウ教授、ピゴー博士、セルレア博士、キ・M・A・マックフォールド教授、セの・サストロアミジョヨ博士、ヴァン・スタイン・カレンフェルズ博士、I・R・プジャウィヤトノ教授、リー・クーン・チョイその他の方々である。
 上記専門家たちの意見を比較し、『スマルとは何者か?』という命題の意味と本質を探求した。
 ワヤンのスマルは一枚の皮に過ぎないとはいえ、それは深く、入念に学ぶに大いなる価値をもつ、象徴=シムボルである。我々はシムボルを持たない人生は無い、ということを意識しなければならない。文字や絵は言語のシムボルであり、それは人間というもののシムボルでもある。
 シムボル、つまり象徴とは真実なるものなのか?象徴とは具象(対象)に対する人間の概念の乗り物、また意味付けであり、それゆえシムボルは、精神の表現、客観的魂の態様、つまり人間の概念の意図する形象として、再びひとつの形を与えられるのである。それゆえ、象徴はつねに概念を指し示しているのである。
 であるから、象徴化(シムボライズ)とは、人間の精神の精髄たる活動、また核となる活動なのである。またシムボライズとは、具象的また非具象的な問題に対する、人間がもつ本質的な解決法でもある。たとえば典礼、宗教、神秘主義、神話、儀式、藝術作品その他。
 さあ、ここにワヤンのスマルの象徴する意味が横たわっている。ワヤンにおけるスマルは、難解な性質の象徴を担っている。ワヤンのスマルの人物像を学び、典礼、神秘主義、儀式、宗教、彼の担う規範と性質を知り、理解できるよう期待しよう。
 スナン・カリジョゴ IAIN(Institut Agama Islam Negeri 国家イスラーム学院)の布教学(Ilmu Da'wah)とガジャ・マダ大学の神学哲理の碩学、キ・M・A・マックフォールド教授も、プノカワンとスマルの役割が、ワリ・ソゴとイスラム布教者たちの説教者としての役割と成果を伝えることにある、という意見を持っていた。
 さらに著者の心を励ましてくれたのは、ジェンドラル・ビムビンガン・マシャラカット・イスラム(イスラム布教会)の理事、エフェンディ・ザルカシEffendi rkasi 博士の1975年4月24日にR・プジョスブロト Poedjosoebroto の著作のための激励の言葉である。
 「ワヤンの問題のあらゆる側面のなかでも、多くの人にまだ知られていないものに、イスラム布教とワヤンの関係がある。」
 ワヤンの人物を見回してみても、ワヤンを見たことのある人で、スマルを知らない人はいないと言ってもよいだろう。それはスマルがいつも魅力的であることと、入念にそして深く学ぶだけの価値があるからである。
 著者はこの本が、全てを言い尽くしているなどとは思っていない。多くの不足があるであろうし、また体系的な点での見落としもあろう。どうかこの謙虚さと深い敬意をこめた小さな贈り物が、好意をもって迎えられ、ワヤンに興味を持つ方々にワヤンの花園を見るためのささやかな手引きとなり得ますように。
 最後に、写真やワヤン、書籍をお貸し下さり、数々の価値ある提案、教示を与え、この本の出版に尽力してくれた友人、同僚たちに感謝の言葉を捧げる。とはいえ、この本の内容については、彼らは責任を負うものではない。

1978年6月14日
著者 Ir・スリ・ムルヨノ

(つづく)
by gatotkaca | 2012-01-23 13:10 | 影絵・ワヤン
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