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木から落ちた猿

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橋口五葉、渡辺庄三郎、伊東深水

 千葉市美術館へ◆生誕130年 橋口五葉展◆2011年6月14日(火)~7月31日(日) を観に行ってきました。
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  橋口五葉はずっと気になっていた人なのだが、画集もでていないし、彼の全貌というのは皆目見当がつかなかったので、たいへんありがたい展覧会であった。五葉については「我が輩は猫である」をはじめとした漱石の著作の装丁者、そして東京江戸博物館のおみやげ絵はがき「髪梳ける女」の作者ということぐらいしか知識がなかった。今回四百点におよぶ展示は壮観であった。
 晩年の五葉は浮世絵の研究から自らの版画制作に着手し、大正三年「浴場の女」を発表。大正九年までに私家版木版11点を完成させたが、翌大正十年二月、流感から中耳炎を患い、脳膜炎を併発してわずか41歳で没した。これらの木版画および画槁も観ることができた。
 五葉が版画制作にはいったきっかけは、浮世絵商から出発し、一連の「新版画」の版元となった渡辺庄三郎との出会いであった。絵師・彫師・摺師を版元が演出し、錦絵にかわる現代の風俗画、風景版画を世に問うことをめざした渡辺庄三郎は、高度な彫摺術を活かした新作の下絵に、洋画家でありながら浮世絵に造詣の深い五葉を起用したのである。これが「新版画」最初の美人版画「浴場の女」を生んだ。
 しかし五葉はそのできに満足せず、五葉・庄三郎の共同は一作のみで終わった。その後庄三郎は、鏑木清方を通じて、当時十八歳の新鋭伊東深水の協力を得る。以後、深水は庄三郎のもとで六十数点にもおよぶ美人版画を製作した。「新美人版画」は伊東深水の名で記憶に止められることとなり、五葉は半ば忘れられた画家となっていった。
 「五葉,深水それぞれの第一作を出版した庄三郎は、その美人版画を比べ、五葉の繊細な才能、技術は認めながら、形は整っていて美事であるが、内面からにじみ出る女があまり感じられない、一方深水は、人間味そのままの女がにじみ出て感じられる」と述べた。(版画芸術60号・1988)
 たしかに巨星・伊東深水とくらべれば五葉の絵は若干生命力におとることは否めない。しかし、装丁・ポスターなどの仕事にみられるようにすぐれたデザイン感覚を持ち合わせていた五葉は、そのバランス感覚ゆえ、深水のようなデモーニッシュなまでの爆発力はついに発露させ得なかったのではないだろうか。今回あらためて五葉の諸作をみると、そのあやういまでのバランス感覚と繊細な美しさは、彼のはかない人生と相まって、とても愛おしいものにみえた。五葉、好きです。
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by gatotkaca | 2011-06-22 16:37 | 雑記 | Comments(1)