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木から落ちた猿

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ワヤンの女たち 第37・38章 〈最終回〉

37. なぜ違う説があるのか?アウウォトモの誕生について

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〈アスウォトモ Aswatama 〉


 ●拝啓スリ・ムルヨノさま
 私はワヤンが好きなのですが、ワヤンの専門家のように詳しくはありません。私のワヤンの世界は幼い頃その上演を観て以来、コミックやワヤン・クリ、ワヤン・オランの上演を観て培われたものです。ワヤン好きのひとりとして、いつも『ワヤンとその登場人物』の記事は読んでいます。
 1976年12月26日と1977年1月2日のドゥルノとアスウォトモに関するスリ・ムルヨノ氏の記事で疑問がわきました。というのも、私が知っていた話と違っていたからです。私の知るドゥルノとアスウォトモに関する物語を紹介させていただきたいと存じます。
 バムバン・クムボヨノ(ドゥルノの若い頃の名)は『海の向こうの地 tanah seberang 』の出身の若きブラフマンでした。ある日彼は、経験をつむため、また師を同じくする友クルポとスチトロに会うため、『ジャワの地』へ渡ろうとしました。クムボヨノは海岸にいたり、渡ることが出来ずに立ち往生してしまいました。その頃はまだ舟が無かったのです。困り果てた彼は、すぐに約束を誓いました。ジャワの地へ渡してくれる者がいれば、女なら妻にむかえ、男なら兄弟になろうと。クムボヨノの誓いを一頭の牝馬が聞いていました。それは天界の妖精ビドダリ bidadari のひとり、デウィ・ウィルトモ Wilutama が変身したものでした。ウィルトモは罪を犯し、神からの罰をうけて馬となっていたのです。この罪は誰かの妃となることで消えます。かくてその牝馬はクムボヨノを乗せて海を渡ることに成功し、クムボヨノは約束どおり馬と結婚しなくてはならなくなったのです(不思議なことですが)。牝馬と人間クムボヨノの結婚でアスウォトモという赤子が生まれました。だからこの赤子が馬の脚を持ち、泣き声も馬のようであったのは不思議ではないのです。アスウォトモが生まれると馬はビドダリの姿に戻り、天界カヤンガン Kahyangan に帰って行きました。
 赤子のアスウォトモを連れて、クムボヨノは旅を続けました。アスティノ国でクルポと出会い、クルピと結婚して、アスウォトモはふたりの間の子とされました(1976年12月26日、スリ・ムルヨノ氏の記事参照)。
 妻と子を得たのち、クムボヨノは今はポンチョロラディヨ国の王になっているというスチトロに会いたいと願っていました。それで、妻と子を残してクムボヨノはポンチョロ国へ向かいました。
 ポンチョロ国に着くと、『己惚れ sok 』て『まわりを気にしない acuh 』クムボヨノは生まれ故郷の習慣のままでした。(もう王となってプラブ・ドゥルポドと名乗っていた彼を)無礼にも幼名のスチトロと呼びました。(今はスーツを着る身分になっているのに)子どもが家の外から友達を呼ぶのとはわけが違います。『あちら』の人だと思われてしまうでしょう。この礼儀をわきまえない態度はポンチョロ国の大臣ゴンドモノの怒りをかい、容赦なくぼろぼろになるまで打ち据えられたのでした。
 幸いスチトロが彼に気付き、クムボヨノへの暴行を止め、彼は死なずにすみました。ポンチョロ国で十分に治療され、クムボヨノはアスティノ国へ帰りました。しかし、ドゥルポドに恨みを抱いたのでした(1977年1月2日、スリ・ムルヨノ氏の記事参照)。
 以上のヴァージョンとスリ・ムルヨノ氏のヴァージョンのどちらが正しいものなのか、わかりやすく教えてください。まずは私の手紙に心をとめてくださったパ・スリ・ムルヨノに感謝申し上げます。

敬具
スラマット・リヤディ・ガダス Slamat Riyadhi Gadas
ボゴール、コタ・ポス69 Kotak Pos 69, Bogor


38. どちらが本当か:アスウォトモは馬のウィルトモの子か、デウィ・クルピの子か?

 アスウォトモに関しては多くのご質問をいただいた。まず最初のものは、ブアナ・ミング紙上の1976年12月26日付けのダヌ・スブロト氏のコラム『眠る前のおとぎ話 Dongeng sebelum bobo 』におけるアスウォトモの物語である。彼の物語では、アスウォトモはウィルトモの子であるということになっていた。さらに1977年1月15日にはハリ・S・キンタルソ Hari S. Kintarsa さんからお手紙をいただいた(11, Bowser Place Curtin, 2605, Canberra ACT/Philip College Canberra )。以下のようなものである。
 「遅ればせながらイル・スリ・ムルヨノ氏のワヤンの記事を読んで、一読者としてお手紙いたします。お説を伺いたく存じます。パンディト・ドゥルノまたの名バムバン・クムボヨノはビドダリのウィルトモを妻として馬の脚を持つアスウォトモをもうけたのではありませんか?私の知る物語ではそのようになっております。お教えください。氏のご厚意に感謝いたします。」
 その通りである。アスウォトモに関しては二つの説があるのだ。マハーバーラタ(「マハバラタ・カウェダル Mahabarata Kawedar 」1936年、281頁参照)ではアスウォトモはクルピの息子である。彼は産まれた時、オセラワス Ocerawas の天界から来た馬のような、いななく声で泣いたと語られている。いっぽう、ダランおよびワヤン上演で準拠するプストコ・ロジョ・プルウォ Pustaka Raja Purwa では、彼は『天馬 kuda sembrani 』となったバタリ・ウィルトモの子であり、田舎のワヤンでは、アスウォトモは『アスウォトモ・アナ・ベロ Aswatama anak Belo (belo=馬の子)』と名付けられる。
 どうしてこのようなのか?その答えはずっと以前に書いたことがある。「ワヤン、その起源、哲学、そして未来 Wayang , Asal-usul, Filsafat dan Masa depannya 』という本の第九章235〜254頁(ワヤンの書の背景)で説明してある。
 ワヤンの物語はさまざまなダランによって上演されるたびに、次第に混沌としていく。しかし変わらず支持者たちに楽しまれ、内在化され、高い支持を得ているのである。なぜか?どうか『ワヤンとその登場人物〈マハバラタ編〉』第三版の第十章「ワヤンのラコンは混沌としているが、素敵で、幾時代にも渡って指示されている」をお読みいただきたい。

 今問題になっている件について:どちらが本当なのか?
 答えは:『すべて本当である』。というのもワヤンは歴史ではなく象徴/シムボルだからである。ヒンドゥーの人々がヌサンタラ Nusantara 〈インドネシア〉の地に到来する以前、西暦の最初の時代にインドネシア(ヌサンタラ)の民族はすでにワヤン上演、あるいは影絵の上演を行っていた。ここでの影とは、祖先の霊(魂)である。ジャワ族の手で『祖先の魂』は『ワヤン』上演となったのだ。この説明は科学的とは言えないが、『ジャルウォ・ドソック Jarwa dosok 〈神話的解釈〉』である。科学的見地からもハゼウ Hazeu 博士が第一のワヤンの書の9〜24頁で、私がおおざっぱに述べたことが検討されているのでお薦めする。
 さて、ヒンドゥーの人々はヴェーダやラーマーヤナ、マハーバーラタをインドネシアにもたらした。そこには神々への崇拝、献身が描かれている。マハーバーラタやラーマーヤナ、またヒンドゥー教は、我らの祖霊崇拝と適合するように変容した。そうすることによって我々はラーマーヤナやマハーバーラタの物語を受け入れ、それらの物語もヌサンタラの民族の生活態度のリズムと呼吸に適合させられたのである。
 影絵上演は当初、女性 Nyonya による魔術・宗教的行為に他ならなかった。『ジャワ』誌でイル・モウンス Ir.Mouns は次のように書いている。
 「 Het Indonesisch Schaduwspel kan oorsproonkelijk niet vel anders dan de magische mis of meer gedramatiseerde handelingen van goede, en kwade gesten, van de zielen der afgestorvenen. Zijn cultureelen inhoud dunkte het eerst aan de godsidee, waaarvan de machtige, epiche Hindoe verhalen zoo gansch en al doortrokken waren. 」
 「さて、あきらかに、ラーマーヤナとマハーバーラタの神話は神と神、僧侶と僧侶、王と王のシステムとして現れて来る。この物語はヌサンタラの民族に受け入れられ、のちに『語り sanggit 』として成立し、王たちが神の子孫であると語った。その目的は何か?王たちに権威と『尊厳malati 』を与えるためである。そして王は神の化身/子孫とされたのである。」
 それゆえ、ジャワではかつてこのようであった。「 Kendita minang kadanga dewa 」「絡み合ったジャムベ jambe の木の根(互いに交差した)と神の兄弟を持つことは超能力と無敵のしるしである」。
 こういった話は古代ジャワ文学のほとんどすべてに見出せる。アスウォトモに関する書においても、アスウォトモはバタリ・ウィルトモの子であり、チュンドマニ Cundamanik 〈アスウォトモの持つ重代の武器、火を放つ矢〉を持つと語られる。歴史書においても、たとえばケン・アロク Ken Arok は実際は『庶民』の出であるが、王となったのでその出自に権威が附され、おとぎ話やババッド babad〈歴史物語〉ではバトロ・ブラフマ Batara Brahma の息子ということになっている。またアイルランガErlangga 王はウィスヌの化身とされ、他にもまだたくさん例はある。これらの物語は、ラデン・ンガベイ・ロンゴワルシト Raden Ngabei Ranggawarsita によって構成された9巻におよぶ「プストコ・ロジョ・プルウォ」となった(重ねればその厚さは50センチにもなる)。その書の中で、王たちは神(バトロ・グル〈シヴァ〉)の子孫であり、ウィスヌ、ブロモ、パリクナン Palikenan 、マヌモヨソ Manumayasa 、サクトレム Sakutrem 、サクリ Sakri 、ポロソロ Palasara 、アビヨソ Abiyasa 、パンドゥ Pandu 、アルジュノ、オンコウィジョヨ Ankawijaya 、パリクシト Parikesit 、ユドヨノ Yudhayana 、さらにユドヨト Yudhayata と降りて来てパヌムバハン・セノパティ Panembahan Senopati 、スルタン・アグン Sultan Agung 、パク・ブウォノⅠ世 Paku Bhuana Ⅰ 、そしてその他のパク・ブウォノへといたる。そうだろうか、変ではありませんか? Apa tumon dan apa tidak aneh?
 答えとして、ワヤンというものはたしかにアナクロニズム〈時代錯誤〉なものであるが、変ではないのだ。というのも、宮廷詩人 Pejangga たちの仕事は文学を書くことであるが、それは王を賛美することでもある。王に愛され/気に入られるように、王に権威を与え、賛美するのである。王を崇拝し、賛美する書として例をあげれば、アイルランガ王に捧げられた『アルジュノ・ウィウォホ〈アルジュナ・ヴィヴァーハ〉 Arjuna Wiwaha 』、ダルモウォンソ Dharmawangsa に捧げられた『ウィロト・パルウォ Wirata Parwa 』が挙げられる。これらの書はしばしば『プジャ・サストロ Puja Sastra 〈王に捧げる書〉』と呼ばれる。
 現在でも『アサル・ババ・スナン Asal Bapak Senang 〈あなたさまの思い通りに〉』を標榜して行動する者はいる。だから驚くほどのことではない。古来よりそういうことはすでにあった。だからパンダワは神々の子孫とされているのである。それらについては『ワヤンとその登場人物』で書いた。

 さて、読者諸賢は混乱したり困ったりしなくて良い。まずは読書なさることをお薦めする。しだいに疑問がわき、混乱し、困り果てるとしたら、それは良いしるしである。というのも、それは人生を生きている証しであるからだ。何も考えずに生きている人だっているのだから。
 その考えを科学的に検討すれば哲学となる。私とは何者か?どこから来たのか?どこへ行こうとしているのか?何を求めて?しかし、人は毎回そのように考えるわけではない。たとえば、プラトンだ。彼も妻の浪費にどう対処したものかを考えるときだってあったのだ。その時も、彼は考えてはいるが、それは哲学ではない。近年の人は現実性や宇宙について考え、哲学的考察をすると言われている。
 さて、ワヤンでアスウォトモや王たちが、神々と関わる存在であるのはなぜかということについての私の考えはおわかりいただけたと思う。読者のみなさんにも考えていただきたいと思う。そしてオーストラリアや他の国々の人たちにも。

1977年2月13日 ブアナ・ミング
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(「ワヤンの女たち」おわり)
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by gatotkaca | 2013-08-08 06:48 | Comments(0)

ワヤンの女たち 第36章

36. 貞淑な妻スムボドロ、他の男に触れられるくらいなら死を選ぶ女

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〈デウィ・スムボドロ Dewi Wara Sumbadra 〉

 魅惑的で甘やか、美しく『清らかな心 merak ati 』を持つ女。その女の名はロロ・イルン Lara Ireng 、またの名ブロトジョヨ Bratajaya 。名はロロ・イルンだが肌がイルン(黒い)わけではない。心がイルン(完璧)なのである。ふつうの女はこんなふうに言われたら誇らしく思うだろう。「ワァ、アユネ・コヨ・スムボドロ Wah, ayune kaya Sumbadra 〈スムボドロみたいに魅力的だね〉。」母性愛にあふれてすばらしく魅力的な女の人ということだ。
 幼い頃、彼女はウィドロカンダン村に暮らした。彼女ら兄妹を育てたのはキヤイ・ドゥマン・オントゴポ Kyai demang Antagopa とニャイ・サゴピ Nyai Sagopi である。ウィドロカンダンがスンコプロ Sengkapura からの強盗に襲われた時、ロロ・イルンはラクササ〈羅刹〉たちの囲みから逃げ仰せた。逃げられたのは、彼女が空手や柔道といった武道に長けていたからではなく、彼女に無礼を働こうとする者すべてを『うっとりさせる menyihir 』からである。この時もスンコプロのラクササたちはロロ・イルンを見ると、彼女の美しさと可愛らしさに『目が眩み semlengeren 』、『気絶して klenger 』しまったのだった。
 この時また、彼女は美しいサトリアと出会った。その名はパマディ Pamadi 〈アルジュノの別名〉。この出会いが、スムボドロとアルジュノの愛の物語の始まりだった。二人の視線は隠しようもなかった。幸福感に打ち震えてサン・ダナンジョヨ(パマディ)はニャイ・サゴピに尋ねた。
 「サゴピさん、あなたまでがラクササたちに追われる原因となったあの人は誰なのです。」
 「おおラデン raden 〈王子〉。」ニャイ・サゴピは答えた。「率直に申せば、私たちがラクササどもに追われていたのは、私の娘、ロロ・イルンに理由があるのです。スンコプロ国のコンソ Kangsa が彼女を連れて行って妃にしようとしているのです。」
 「あなたの娘ロロ・イルンが原因であるなら、この災難の一番の原因となられる娘さん自身が、私とじかに話して助けを求めるのが良いと存じます。」
 アルジュノは言葉遊び(いたずら)を仕掛けた。アルジュノの真意を察したニャイ・スゴピはふり返って言った。
 「我が子ロロ・イルン。サン・ダナンジョヨが私たちをお助けくださいます。あなた自身でお頼みしなさい。あなたがこの災難の一番の原因なのだから。」
 「キヤイ・ドゥマンのお話では、こちらのサトリアさまはお仲間や困っている人(女の人)をお助けくださるのがお好きであられるとのこと。ですからあのサトリアさまは、私たちをお助けくださる気がないのだと思われます。お気になさる必要はありません。助けていただければ感謝いたしますが、お助けくださらなくとも、それはもう済んだこと。それが私たちの運命なのですわ。我ら三人はラクササたちの餌食となり、私はコンソの妃にされてしまうのでしょう。」
 ロロ・イルンの答えを聞いて、彼は怒りもせず、むしろロロ・イルンの性格に敬意を感じた。何も言わずにアルジュノはロロ・イルンの前から去り、ニャイ・スゴピとスマルを見張りに残し、追いかけて来ているラクサアたちを追い払いに行った。
 アルジュノがラクササたちを斃し、ロロ・イルンは逃げることができた。ロロ・イルンはアルジュノに失礼をしたと思い、恩返ししたいと思ったが、彼は何処かへ消え去っていたのだった。
 アルジュノ以外にもロロ・イルンに思いを寄せる王子がいた。彼の名はブリスロウォ Burisrawa 。彼は恋に目が眩み、己を失うほどの思い入れようであった。ブリスロウォにとってロロ・イルン(スムボドロ)以外にこの世に女性は存在しないと言えるほどだったのである。夜毎に妄想にふけり、スムボドロの名を呼んでいた。さまざまな手段を講じたが、すべては手拍子に終わっていた。
 恋の成就のため、『愛の呪文 aji pengasihan 』を探しに行くほどだったが、成功しなかった。お金も尽きて、怪我もした。要するに彼は恋に酔っておかしくなってしまっていたのだ。最後の手段として、必死の願いで彼はスムボドロを誘拐し、ものにしようと企んだのである。

 ある真っ暗な夜、彼はマドゥコロの宮廷の庭に忍び込み、デウィ・スムボドロを誘拐しようとした。彼の計画はほとんど成功しかけていた。彼はスムボドロの眼前に立った。恋しさのあまり、ブリスロウォは己を失っており、スムボドロに襲いかかろうとした。スムボドロは驚いて逃げ出し、部屋に入って身を隠そうとしたが、悪漢ブリスロウォは彼女に追いついてしまった。ブリスロウォが彼女の体に触れようとしたまさにその時、スムボドロはクリス〈短剣〉を抜き放ち、己が身に突き立てた。彼女の思いはこうだ。
 「他の男に触れられるくらいなら、私は死を選びます。」
 スムボドロは血にまみれて、カサトリアン〈クサトリアの居住地〉・マドゥコロの地に横たわったのだ。誰が彼女を殺したのかを探るため、彼女の遺骸は〈舟に乗せられて〉河に流され(ラルン larung )たのだった〈ラコン「スムボドロ・ラルン」〉*。
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 この時、アルジュノは『ワヒュウ・マクトロモ Wahyu Maktarama 』を授かるための苦行に出ていた。スムボドロは独り残ることを潔しとしなかったのだ。スムボドロもマドゥロ Madura 国〈マドゥコロの誤植か?〉の地で解脱したのだ。世俗の華飾から離れて道を求める夫〈アルジュノ〉の手助けをするために、スムボドロもマドゥコロの地を離れたのである。
 スムボドロはふつうの女性とは違い、バタリ・スリ/ウィドワティ Batari Sri/Widawati の化身である。だから結婚の持参金も法外であった。スムボドロを妻に迎えるためには、「婚礼」の儀式にさまざまなものを用意する必要がある。ガムラン・ロコノント Lokananta の伴奏、デウォダル dewa daru の樹、ウォノロ・セト wanara seta 〈アノマン〉を馭者とする黄金の馬車、同じ姿をした140頭の湖に住む水牛の行列(パンチャル・パングン pancal panggung )、そして式の来賓には天界の美女アプサリ hapsari たちと神々を呼ばねばならないのだ ** 。
 今時の「セブン・アップ seven up 」した親のいる若者であってもとても無理な注文である。というのも、これらはみな金では買えないものであり、『聖なる行為』と儀式/供物でのみできることなのだから。

1976年12月19日 ブアナ・ミング

(つづく)

訳注
* 「スムボドロ・ラルン」では、この後スムボドロの遺骸を見つけたビモとノゴギニの息子、オントセノ Antasena が祖父オントボゴ神から与えられた『命の水』を用いて彼女を生き返らせることになる。

** スムボドロとアルジュノの結婚は「パルト・クロモ Parta Krama〈アルジュノの結婚〉」というラコン〈演目〉として著名である。
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by gatotkaca | 2013-08-07 07:34 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第35章

35. ムストコウェニ、秘密文書を盗んだ女

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〈デウィ・ムストコウェニ Dewi Mustakaweni 〉

 国家の機密文書を探る諜報活動を描いたワヤンの物語として、ムストコウェニ Mustakaweni の話をしよう。ムストコとは頭を意味し、ウェニは髪の毛を意味し、ムストコウェニとは頭脳明晰であることを意味する。ここで彼女が盗もうとするのは『情報 baen-baen 〈知恵・脳〉』ではなく、一個の書としての『カリモソド』(国家の機密文書)である。国家機密を知るということは、その国の弱点を握るということだ。であるから、カリモソドを手に入れるということは、パンダワたちの命運がムストコウェニさんの手中にあることになる。
 ムストコウェニはパンダワを滅ぼそうとしてカリモソドを盗むのである。なにゆえか?プラブ・ブミロコ Prabu Bumiloka 〈ムストコウェニの兄〉とムストコウェニは、マニマントコ Manimantaka 国王の祖父プラブ・ニウォトカウォチョ Niwatakawaca がアルジュノに殺された復讐を目論んでいたからである(ラコン〈演目〉『アルジュノの響宴 Arjuna wiwaha 』)。
 ムストコウェニは何故、盗みをはたらかねばならなかったのか?彼女は盗みに長けたラクササ〈羅刹〉の一族であり、その美しさから適任とされたからである。ムストコウェニはプラングバルジョ Pranggubarja 国(マニマントコ国)の軍士官学校 Akademi Angkatan perang 出身の女戦士である。彼女は諜報活動分野の優等生であり、さまざまなトロフィーも受賞していたほどだった。
 諜報活動、軍事、戦略、詐術に長けた彼女は、ガトコチョ Gatukaca 〈パンダワの次男ビモの息子〉に変身することにした。彼女がドゥルパディ(ユディスティロの妃)の前に現れたときも、スリカンディ〈アルジュノの第二夫人〉以外には誰も疑わなかったのだ。スリカンディはこの客に妖しい匂いを感じた。多分ムストコウェニは歯磨きを忘れていて、歯に挟まった生肉の匂いがしたのであろうと思われる。それに彼女は、パンダワ一族が普段使っている『アンドリヨ・ディオール Andrya Dior 』の香水をつけるのも忘れていた。彼女はまずアマルト国の近所に開店したばかりのサロン『アンドリヨ』に行って、縮れッ毛を直してもらっておくベキだったのだ。とはいえずる賢く、抜け目ないムストコウェニは、まんまとジマット・カリモソド Jimat Kalimasada を手に入れて逃げおおせた。その知らせを聞いたスリカンディはとても驚き、金庫の鍵の番人を怒鳴りつけた。「チャンディ・サプトアルゴ Saptaarga 〈チャンディは祀堂〉の建設現場で検査作業中の兄上ユディスティロさまが、命令書も無しにカリモソドの書を外に持ち出す指示をなさるはずが無いわ。」

 不安になったスリカンディは、ムストコウェニを追跡する。スリカンディとムストコウェニの一騎打ちとなった。しかしムストコウェニは空を飛んで逃げ去り、スリカンディはそれ以上追跡できなかった。今風に言えば、怪盗ムストコウェニは国境にヘリコプターを用意してあり、さっそうとヘリコプターに飛び乗り空の靄の彼方に消え去ったのであった。
 幸運にも、そこに一人の若者が現れた。プリヤムボド Priyambada である。彼はアルジュノの息子と名乗った。それを聞いてスリカンディは驚いたが、喜びもした。彼が航空士官学校 Akademi Militer Jurusan Udara 卒業生であったからだ。プリヤムボドはムストコウェニ追跡を請け負った。『剣士 fighter sabre 』としても優秀な彼は、素早くカリモソドをムストコウェニから取り返した。慌てたムストコウェニは、すぐさまスリカンディに変身した。プリヤムボドは騙されて、偽のスリカンディにカリモソドを返してしまった。偽のスリカンディはムストコウェニの姿に戻る。ムストコウェニに嘲笑われたプリヤムボドは己を恥じた。彼も変身能力を学んでいたから、プラブ・ブミロコに変身すると、ムストコウェニを迎えに来たふりをしてまんまとカリモソドを取り返したのである。ムストコウェニはバラ色の頬につたう汗を拭いながら、髪の花飾りをひきちぎった。かくて激しい騙し合いとなった。プリヤムボドはペトロ Petruk 〈ワヤンにおける道化、プノカワンのひとり〉のもとへ行き、カリモソドを預けて、プラブ・ダルモクスモ〈ユディスティロ〉以外の者に渡してはならぬと申し付けた。ムストコウェニはプリヤムボドの超能力の矢(愛)で射られ、着物を剥ぎ取られて、恥部を隠すスレンダン selendang 〈片掛け〉一枚となってしまった。恥ずかしさで、河に身を投げようとしたが、果たせなかった。
 これはひとつのシムボルである。何を意味するか、読者諸賢自身でお考えください。男と女が戦えば、恋に落ちるのである。
 カリモソドを持たされたペトロはどうなったか。彼はそのまま逃げてしまった。というのもカリモソドを持つものは王になれるからである。もちろんカリモソドを手にしたペトロは王様になった。
 この物語からある推測がなりたつ。これは15〜16世紀頃に成立したラコン〈演目〉であり、そこでは人々はチャンディ〈ヒンドゥー・ブッダの祀堂〉を建設してはならず、他形式の礼拝場を建設した。というのも、チャンディを建てるとカリモソドを失うからである。カリモソドを手にした者は、乞食であろうと王になれるのだ。
 昔の話ではない。今もそうである。チャンディ建設は別の崇拝に取って代わられた。それこそが『ビネカ・トゥンガル・イカ・タン・ハナ・ダルマ・マングルワ Bhineka Tunggal Ika tan hana dharma mangrwa 』(異なっているが、ひとつである。真実は二つに分けることができないから)なのだ。

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〈バムバン・プリヤンボド Bambang Priyambada 〉

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〈王になったペトロ、プラブ・ドゥルタワルノ Prabu Durtawarna (Petruk dadi ratu) 〉

1976年8月8日 ユダ・ミング


(つづく)
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by gatotkaca | 2013-08-06 09:44 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第34章

34. 復讐の炎の中からドゥルポドの子、スリカンディとトレスノジュムノが生まれる

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〈トレスノジュムノ Tresnajumena(ドレストジュムノ Drestajumena )〉

 ポンチョロラディヨ国の祭式場は優美で荘重だが神聖なるたたずまいである。すべては唯一至高の神トゥハン・ヤン・マハ・エサへの信仰に敬虔なる王、プラブ・ドゥルポドの意向である。その時、祭式場の外は人影もなく索漠として、国はあたかも無人であるかのような雰囲気に包まれていた。なにゆえか?それは祭式場の中でプラブ・ドゥルポドが「結跏趺坐」して特別な瞑想に入っていたからであり、精神を集中し、世界の創造神サン・プンチプタ・アラム Sang Pencipta Alam に願うのだ。国と民とをお導きあれと。
 とはいえ、ドゥルノに捕まり、解放されてからというもの、プラブ・ドゥルポドは憂鬱で心が落ち着かぬ。鄭重に扱われ、解放されたとはいえ、恥辱と侮蔑、憤りが心の内奥を突き刺し押しつぶさんばかりに膨れあがっていたのだ。思考は混乱し、いまわしいドゥルノの顔が瞼に浮かぶ。ドゥルノが魂を失って地面に横たわる、その姿を見るまでは心が晴れぬのだ。
 心乱れて、プラブ・ドゥルポドはすぐさま瞑想をやめ、儀式場を出ると後宮の庭タマン・サリ taman sari に向かった。涼しい空気を吸い、復讐心に満ちて乱れた思考をはっきりさせるためである。しかし庭園の美しさも心をさます役にはたたず、心の内は乾き切った森に突っ立っているかのようだった。我慢ならずプラブ・ドゥルポドは美しく雄大で、涼しく快適な宮殿の中にに入った。しかし、そこでもサン・プラブの心はおさまらぬ。鼓動はいよいよ激しくなり、肋骨を叩くようだ。血圧は370/180に上がっていた。ふつうの人であったら、すでに血管が破れて気絶していたことだろう。
 宮殿中を歩き回って疲れ果て、彼は玉座にすわって運命を深く考えた。とつぜんプラブ・ドゥルポドは玉座から立ち上がり叫んだ。
 「大臣たちよ、すぐに魔術と供物を捧げる祈りの儀式に長けた占い師とブラフマン、ウィク wiku 〈比丘〉、パンディト、ルシたちを集めるのだ。」プラブ・ドゥルポドは怒りに満ちた口調で命じた。
 大臣 nayaka たちはとつぜんの命令に神経を尖らせた。というのも、ここ数週間というもの彼らは何の仕事も無かったからである。恐れ、畏まって彼らはすぐさま仕事にとりかかった。
 かくて瞬く間に祭式場の庭にブラフマン、ウィク、ルシ、そしてプンディトたちが供物を捧げる儀式を執り行うために集められた。そして儀式が始まったのである。
 プンディト、ウィク、ブラフマンたちは魔術の準備にとりかかった。
 奇蹟が起こった。幾百の香が焚かれ、炎がめらめらと燃え上がる。あたかも山が噴火したかのようである。しかし、誰ひとりその場を動かない。彼らは望みがかなったことを知ったのである。炎が鎮まると、祭儀の炎の中からふたりの赤子が現れた。ひとりは左手に弓を持ち、右手に矢を握った女の子であった。もうひとりは男の子で、完璧な戦装束で、右手に武器を携えていた。
 ふたりの赤子はとりあげられ、洗礼を受けた。女の子はスリカンディ Srikandi と名付けられ、男の子はトゥレスノジュムノ Tresnajumena 〈一般にはドレストジュムノ Drestajumena 〉と名付けられた。このトレスノジュムノが、後の日の大戦争バラタユダでドゥルノの首を討ち取ることになる。
 さて、ダランの語りにおいてスリカンディとトレスノジュムノが祭壇の炎の化身であるとされるのは、隠された象徴があるのだ。スリカンディとトレスノジュムノは怒りの欲望 nafsu amarah から生まれた。その怒りはプラブ・ドゥルポドの心に燃える復讐と憎悪の炎なのである。
 人生の課題を果たすとはどういうことか?読者諸賢自身で考えてみて下さい。

1977年1月16日 ブアナ・ミング


(つづく)
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by gatotkaca | 2013-08-05 06:49 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第33章

33. ドゥルポドはドゥルノを侮蔑した報復を受ける

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〈ドゥルポド Drupada 〉

 「友の裏切りほど心を傷つけるものは無い。」かくしてドゥルノはパンダワとクロウォの教練を開始した。
 「炭は何百リットルのバラの水で洗われようとも白くはならぬ。若くして石頭となれば、老いては害ある莫迦となる。
 さあ、息子たちよ、今の教えを心に留めておくのだ。悪には正義で応える。そして善には美徳で応ずるのだ。徳の高い人は良きことを話すであろう。しかし逆に良きことを話す者が徳を身に付けているとは限らぬ。同様に、良識ある者は慈悲深く、かならず勇敢である。しかし勇猛な者が慈悲深いとは限らないのだ。
 地球が周り始めて以来、日と月は歩み続け、止まろうとはしないと知れ。それゆえこの人生を現実としてとらえよ。世界にあまねく創造神トゥハン・プンチプタ tuhan Pencipta に献身せよ。自身の人生をこの世に生きる人々に善を施すことで満たすのだ。」
 「我が息子たち、パンダワとクロウォたちよ。スラユ Serayu 河の流れを心に思い浮べてみよ。流れは下流へと進み、波はしだいに崩れて泡となっていく。かくて川岸を波が打ちつけ、すべては一掃される。あたかも勇猛な英雄が大地の女神プルティウィ pertiwi のもとに現れ、正義と公正を護るかのように。勝ち負け、成功と失敗もまた交互にやってくる。されど山はそびえ続ける。夜明けには必ず陽が射し、夕暮れには必ず陽は沈む。人生もまたかくの如し。浮き沈みや貧富、貴賤も交互にたち現れる。永遠に続くものなど無いのだ。それゆえそなたらすべては、つねに注意と警告に思いを致さねばならぬのだ。」
 「プラブ・ドゥルユドノよ、修練を始めよう。弓を取り、矢をつがえよ。目を鳥にせよ。さて、射放つ前に、わしの質問に答えるのだ。いま何が見えておるかね?」
 ドゥルユドノはせわしく答えた。
 「葉と枝がそろったブリンギンの樹が見えます。それから枝の間に取り付けられた鳥の模型が見えます。私にはみんな見えます。」
 「おお、息子よ、王よ。そうであるなら、射放ってはならぬ。無駄なだけじゃ。」ドゥルノは残念そうに言った。
 師の批判を聞き、ドゥルユドノは納得いかぬ不機嫌な面持ちであった。彼は矢を放った。矢は鳥とは見当違いの方向へ飛び、ブリンギンの樹の根元に突き刺さった。かくてパンダワとクロウォたちのもの笑いとなったのである。怒りと恥ずかしさでサン・ドゥルユドノの顔は真っ赤になった。弓は叩き付けられ、壊れてしまった。彼は傲慢にその場から立ち去った。
 「おお、息子よ。わしは射放つなと言ったではないか。無駄だと。」ドゥルノは残念そうに続けた。
 「さて、ではダナンジョヨ Dananjaya 〈アルジュノ〉よ、やってみるのだ。鳥の模型に狙いを定めろ。まだ射てはならぬ。まずはわしの質問に答えるのだ。今何が見えるかな?」
 ダナンジョヨは静かに答えた。
 「今私に見えるのは、鳥の模型の頭だけです。」
 「矢を放て。」ドゥルノが短く命じた。
 ダナンジョヨの矢は弓から放たれ、鳥の頭に当たり粉々にしたが、鳥の胴体はそのままであった。
 この成功に兄弟たちは盛大に拍手した。満足し、ドゥルノはアルジュノを抱きしめ、接吻した。
 「まさしくそなたは我が弟子。集中し凝視することの出来る者だ。」ドゥルノはダナンジョヨを称賛した。
 「さて、息子たちよ。これよりわしはそなたらの戦闘における武勇を試したい。プラブ・ドゥルユドノよ、やってみよ。ポンチョロ国を攻め、プラブ・ドゥルポドを捕らえるのだ。ただし彼を傷つけてはならぬ。」
 かくてドゥルユドノは弟たちと共にポンチョロラディヨ国へ出立した。しかし彼らは手ぶらで帰って来た。ポンチョロ軍にさんざんに打ちのめされて戻って来たのである。
 次はパンダワ兄弟の番である。彼らはプラブ・ドゥルポドを傷ひとつ負わせずに生け捕りにするために、ポンチョロ国へ出発した。アルジュノはプラブ・ドゥルパディを捕らえ、愛する師であるドゥルノの前に連れて来た。
 ドゥルノの前に引き連れられたプラブ・ドゥルポドはショックで顔面蒼白であった。恐れてのことではない。恥辱のためである。彼は数年前のことを思い出していた。その時はドゥルノがぼろを着て彼の前に現れ、ドゥルポドは彼を侮蔑しポンチョロ国から追い出したのであった。
 「やあ、偉大なる王プラブ・ドゥルポド陛下。」沈黙を破ってドゥルノが言った。
 「今や陛下には魂をお護りするボディーガードが必要のようですな。」あの時のお返しにドゥルノが嘲笑った。
 「十分だ。昔から今に至るまで、あなたは私の友だ。同じ人間とはいえ、カルマ〈業〉も役割も異なる。パンディトは苦行所で暮らす。いっぽう王は王宮で国を支配する。今あなたは我が弟子たちの武勇により、我が捕虜となった。しかしあなたはかわらず我が友である。私はあなたに何ら罰を与えない。ただ約束を守ってもらいたいだけだ。我らがまだ我が父ルシ・バラトウォジョの弟子であった頃、あなたは約束した。王となったあかつきには、友である証としてポンチョロラディヨ国の半分を与えようとな。」
 かくて約束は果たされ、ポンチョロ国は二つに分けられた。プラブ・ドゥルポドはポンチョロの王のままであった。
 さて、かくてルシ・ドゥルノは恨みを晴らした。プラブ・ドゥルポドを打ち負かし、捕らえて辱めたのである。
 しかしこれでお互い納得したというわけではない。今度はプラブ・ドゥルポドが恨みを抱いたのである。
 彼は独り断食し、ドゥルノ打倒の方法を探った。さあ人生はこのようなもの。人間は人間性の問題を完全に解決することはできない。プラブ・ドゥルポドはどうしたか?物語はつづく。

1977年1月9日 ブアナ・ミング


(つづく)
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by gatotkaca | 2013-08-04 15:54 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第32章

32. 賢者にして武器に熟達した超能力のパンディト、ドゥルノは権力に酔った人に片輪にされる

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〈ルシ・ドゥルノ Resi Drona 〉


 ある朝、格段の若きパンディト〈僧〉が、しっかりとした足取りでポンチョロラディヨ国王宮の門をくぐって行った。受付で名前を書き、登録を済ませ、ドゥルノは美しく煌めく王宮に入って行った。彼はプラブ・ドゥルポドに大歓迎されると信じ切っていた。父の弟子として若き日より共に過ごした仲である。しかしどうなったか?
 麗しい希望はすべて雲散霧消したのだ。プラブ・ドゥルポドの言葉はシニカルで、彼の心を傷つけるものであった。
 「へい、ブラフマン!」ドゥルポドは叫んだ。「何たる無礼者か。お前と俺が友であるなど、ありえない。俺のような偉大なる王が、お前ごとき家無しの貧乏人と友であるはずがない。無礼者の気違いめ。貧乏人と金持ちの王が友であるなど聞いたことも無い。俺と友だなどと思っているとはとんだ気違いだ。」
 「ああ、スチトロ Sucitra 〈ドゥルポドの幼名〉。」ドゥルノは信じられない思いで言った。「思い出してくれ、そなたは我らの約束を忘れたのか。我らが共に、我が父ルシ・バラトウォジョの弟子であった頃の約束を。」
 ポンチョロ国のパティ〈大臣〉、ゴンドモノ Gandamana はドゥルノの挙動をずっと観察し、礼儀知らずの『詐欺師 sok 』であると判断した。ゴンドモノはドゥルノがドゥルパディをスチトロと呼んだのを聞いて怒りで頭に血が昇り、ドゥルノを外へ引っ立てていった〈親しくない者が、高貴な人を幼名で呼ぶことは無礼にあたる〉。ドゥルノは体中ががたがたになるまで打ちのめされたのだった。左腕は折れて曲がり、鼻はオウムのくちばしのようにひん曲がった。バスに乗って事故に遭い、10メートルの谷底へ転落して大けがしたした人のようなありさまとなったのだ。
 ドゥルノを叩きのめして気が済んだゴンドモノは、気絶した彼を遠くへ放り投げた。彼は義兄弟(クルポ)の家まで飛んで行った。超能力の人とはいえ、腕が曲がり、骨ががたがたでは集中治療が必要であった。あるいは中央病院に入院である。体中を針で刺されるような不快感を、ドゥルノは忘れようも無かった。プラブ・ドゥルポドとパティ・ゴンドモノの残忍で凶悪な所行、侮蔑への怒りが胸中に渦巻いていた。心の内で罵っても収まらず、自身への侮蔑に対する復讐を誓ったのだ。ドゥルノは息を切らせながらよろめき歩いて考えた。
 「わしに過ちがあったのか?いいや、これは人生における試練なのだ。どれほど苦くとも、この胆汁を飲む方が良いのだ。一気に飲み干せば、我が人生に『祝福』がある。この経験こそが真の師となるのか?それなら今は眠ろう。新たな出会いに託すこととしよう。」

 ルシ・クルポの苦行所の庭で、パンダワとクロウォたちが球技に夢中になっていた。とつぜんボールとユディスティロの指輪が井戸に落ちてしまった。クロウォもパンダワも、どうやって取れば良いのか見当もつかない。困っているとドゥルノが曲がった左腕を抱えながら現れた。微笑みながら彼は言った。
 「やあ、王子様たちよ。マハバラタ〈偉大なるバラタ〉の子孫ともあろうものが井戸に落ちた指輪も拾えないのかね?」
 クロウォとパンダワは見知らぬ人の言葉を聞いて、皮肉に笑い、莫迦にした口調で答えた。
 「おじさんは出来るのかい?年とって、あと何年生きられるかわから無いようなあんたが?でも、もし指輪とボールを取ることができたなら、あんたはすごい人だ。俺たちはあんたの弟子になるよ。」
 ドゥルノは微笑んで彼の力を見せた。目の前の草の茎を引き抜き、巧みに指輪を狙って草を操った。弓から矢が放たれるように、その草が的に当たり、次々と草が長い鎖のようにつながっていく。
 ドゥルノはゆっくりとその草の鎖を引き、指輪とボールを拾い上げたのである。
 パンダワとクロウォたちは、ルシ・ドゥルノの腕前に驚き、茫然とした。驚きながら彼らは言った。
 「わあ、あなたは本当にすごい。敬意を表します。どうか私たちを弟子にしてください。あなたのようなことが出来るようになりたいんです。」
 ドゥルノは満足の笑みを浮かべた。彼はパンダワとクロウォたちを連れてルシ・クルポの家に行った。パンダワとクロウォたちは、ドゥルノがマハルシ・クルポの義兄弟であることを初めて知った。そして彼が超能力の人であり、武器の達人であることも。パンダワたちのドゥルノへの尊敬の念はさらに増したのだった。
 いっぽうドゥルノの心にも安堵と希望が差したのである。これで恨みを晴らすことが出来る。彼は心中に思った。
 「おお、スチトロ、もうすぐ会えるぞ。我が復讐の時を待っているが良い。お前はわしを辱めた。今度はわしが同じことをしてやろう。待っていろドゥルポド、度し難い気違いやろうめ!」
 さて、プラブ・ドゥルポドは如何なる仕返しを受けたか?物語を続けよう。

1977年1月30日 ブアナ・ミング

(つづく)
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by gatotkaca | 2013-08-03 13:17 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第31章

31. ドゥルノの妻デウィ・クルピはアスウォトモを産み、彼は馬のいななきのような声で泣いた

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〈アスウォトモ Aswatama 〉

 アスティノ王の霊的相談役ルシ・ガウトモ Resi Gautama 〈ゴータマ〉にはスロワット Surawat 〈シャラドヴァット〉という息子がいた。真摯な苦行により、スロワットは成人したとき神の恩寵を受け、デウィ・ジナノパディ Jinanapadi という天界の妖精ビダダリを与えられた。ルシ・スロワットとデウィ・ジナノパディの間にグンドノ・グンディニ(男と女)の兄妹が産まれ、クルポ Kerpa とクルピ Kerpi と名付けられた。幼少からクルポとクルピはプラブ・スンタヌの子として育てられたのである。
 アスティノ宮殿の内で教育されたとはいえ、彼の体内にはプンデト 〈僧侶〉の血が流れていた。彼は神への献身と心の修練を好み、ある程度大きくなった頃には実の父のところへ戻って暮らし、敬虔な人となった。後の日に「マンドリ mandri 〈賢者〉」たるルシになり、パンダワとクロウォたちを育成したのも驚くべきことではない。
 クルポがまだ若い頃、ゴンゴ河の源で、後の日の超能力の持ち主、クムボヨノが生まれた。彼は有名なプンデト、ルシ・バラトウォジョ〈バラドヴァージャ〉の息子であった。

 このような物語である。
 ルシ・バラトウォジョは世俗の享楽から離れて生活し、霊的な喜びを求め続けた。彼らは粗末な苦行所で生活していたが、そこは美しく平和なところであった。苦行所は平穏で、樹々や動物たちも平和に暮らしていた。人々も命無き物も整然として、平和であった。偉大なるマハルシ、バラトウォジョの聖性による「報酬 taswab 」ゆえである。昼も夜も彼は跪いて祈り、涅槃 Nirwana への到達だけを祈っていた。
 ある美しい春の日、マハルシ・バラトウォジョは弟子たちと連れ立ってゴンゴ河のほとりに降りて来た。偉大なる神サン・マハ・ガイブの創り賜うた世界の美しさを眺めるためである。とつぜん、サン・ルシは立ち止まった。優しい誘いをかける女に目を止めたからである。彼女はゴンゴ河に身を浸しいるところだった。その女性はスリタジ Sritaji という名であった。予期せぬ美しい女の身体は、バラトウォジョの信仰を吹き飛ばしてしまった。むらむらと男の本能がわき起こり、サン・ルシの精液がこぼれ、河に漂った。その子種をサン・デウィがドローナ drona (小さな器)で受け止めた。それがクムボヨノとなり、彼はまたドゥルノ〈ドローナ〉とも呼ばれるのである。かくてデウィ・スリタジはバラトウォジョの妻として穏やかに平和に暮らした。
 ある時、神からのお告げにより、クムボヨノは父の後を継いで「賢者」たるルシとなった。彼は若きプンデトであり、超能力と英知にあふれ、物理的、精神的武器の扱いに長けていた。
 ある日、ルシ・ドゥルノはポンチョロラディヨ国の王になったという旧友を訪ねようと思い立った。彼の名はドゥルポド Drupada といった。ポンチョロ国への途中彼はアスティノ国に立ち寄り、これも旧知の仲で会ったクルポを訪ねた。その時、彼はクルポの妹デウィ・クルピに一目惚れしてしまったのだった。
 かくてデウィ・クルピはドゥルノの妻となった。この結婚で二人の間には息子が産まれた。ワヤンでは馬の脚を持つ人物として描かれる。彼が産まれた時、馬のいななきのような声で泣いたからである。
 客として集まっていたルシたちはこの出来事に驚いた。赤ん坊の声はふつうに戻り、とつぜん不思議な声が列席する皆の耳に響いた。
 「おおドゥルノよ。そなたの子の泣き声は天界の王の馬のようであった。それゆえ彼はアスウォトモ Aswatama と名付けられる。これは馬のいななきのような声という意味だ。」
 さて、母デウィ・クルピが、馬の脚を持つ人物アスォトモを産んだ次第はこのようなものである。馬の脚を持つとはどういう意味なのか?
 アスウォトモの馬の脚は、彼が偉丈夫たる人、力強く、超能力にあふれていることを意味する。野生の馬のように機敏で素早く、器用なことを意味しているのだ。
 今もしばしばこんな言葉を耳にするだろう。「わぁ、ダイナモDynamo ・サッカーチームのアヤクス Ayax はほんとに馬力があるなぁ。」
 アスウォトモも同じなのだ。
 なぜかワヤンでのドゥルノは、身体が不具に描かれている。この続きはまたの機会に。
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〈若き日のドゥルノ(クムボヨノ) Kumbayana 〉

1976年12月26日 ブアナ・ミング


(つづく)
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by gatotkaca | 2013-08-02 10:45 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第30章

30. ダルモクスモ、ドゥルパディ、パンダワたちが、国の安寧と神への感謝を捧げる大祭スサジ・ロジョ・スヨを催す

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〈クリシュナ(クレスノ)がシシュパーラ(スポロ)の首をチャクラで射る〉

 ウォノマルトの森に新しい国、アマルトが建設された。それは偉大にして、威光を放つ国であった。パンジャン・プンジュン、パシル・ウキル、ロ・ジナウィ、グマ、リパ、トト・ラハルジョ〈歴史に語られ、海を擁し、山を背に、物価安く、反映し、秩序整う〉。アマルト国は公正にして繁栄する国となったのだ。
 ある明るい朝、カササギとラワ・チュチャク鳥 burung cocak Rawa がさえずり、太陽サン・スルヨがアマルトの大地を照らす。グンディン gending 〈ガムラン曲〉の音が響く。道々には旗指物が飾られ、その前後では人々が大いなる祝賀の宴を準備する。それはインドロプラスト国設立の宴だ。インドロプラスト、またの名アマルト国の美しさはプラハスト prahastha 、すなわち八番目の神の国カエンドランであると言われる。宮殿ではサン・プラブ・ユディスティロが賓客たるスリ・クレスノ Sri Kresna とスリ・ボロデウォ Sri Baladewa を迎える準備に忙しい。彼らは国の大祭スサジ susaji の準備と、ギリバドロ Giribadra 国のプラブ・ジョロソンド Prabu Jarasanda に捕まっている王たちをどうやって助けようかとせわしく話し合っている。プラブ・ジョロソンドは冷酷、貪欲、残忍な王で、帝国主義者、隣国を蹂躙していた。はじめのうちは小国を征服していたが、今やアマルト国とドゥウォロワティ Dwarawati 国〈クレスノの国〉を制服しようと目論んでいるのだ。彼はクムビノ Kumbina 国のプラブ・ビスモコ Prabu Bismaka も打ち負かし、征服していた。かくてスリ・クレスノとボロデウォはセノ〈ビモ〉、アルジュノと共にプンディト〈僧侶〉に身をやつし、〈ギリバドロの〉宮殿に潜入してプラブ・ジョロソンドの妃、デウィ・プンガシ Pengasih と会った。彼女は美しく魅力的な女性であったが、独り孤独に過ごしていたのである。なぜか?王、サン・プラブがたくさんの妾を持っていたからである。
 はじめアルジュノはプラブ・ジョロソンドの妃たちに疑いの目で見られたが、彼の甘い笑顔は妃たちを魅了してしまった。彼の本当の目的は?アルジュノが後宮に入った目的は無敵で知られるジョロソンドの強さの秘密と弱点を探るためであった。アルジュノたち三人の潜入の知らせはプラブ・ジョロソンドの耳に入っていた。そこで彼は側妾たちの動向に注意していた。彼は怒り、すぐさま後宮に向かった。アルジュノを咎め、打ちのめそうとしたのである。
 セノがジョロソンドを迎え撃った。かくてセノとジョロソンドの激しい闘いとなった。ジョロソンドは神のごとき超能力の持ち主で、セノは彼に敵わなかった。
 アルジュノはデウィ・プンガシから情報を得ようとした。彼は説得した。「プンガシ妃よ、助けて下さい。」アルジュノが艶かしく言った。
 「もちろんよ。アルジュノさま。」プンガシはやさしく答えた。
 「あなたがお望みになるのなら、私はこの魂も賭けてみせましょう。」かくてアルジュノはジョロソンドを倒す方法を聞き出すことに成功したのである。プラブ・ジョロソンドを倒したければ、彼を休ませてはならないというのだ。アルジュノはすぐさま暇乞いし、セノを助けるためにジョロソンドに立ち向かっていった。
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〈プラブ・ジョロソンド Prabu Jarasanda 〉

 ビモはプラブ・ジョロソンドに一息つく暇も与えず攻め立てた。ジョロソンドに疲労の色が見えた。その隙をついて、ビモのゴド gada 〈棍棒〉、ルジョ・ポロ rujak polo の一撃が打ち込まれた。ジョロソンドの頭は砕かれ、脳漿が地面に滴り落ちた。ギリバドロ国でのドラマは終わった。囚われの身となっていた王たちは開放され、ただちにスリ・クレスノにインドロプラスト国へ招かれたのである。その間にもインドロプラスト国は準備を整えていた。祝賀の日を前に、近隣諸国からの客たちが訪れて来ていたのだ。そこにはプラブ・ドゥルユドノとプラブ・スポロ Supala の姿もあった。
 さながらD-デイ * のように、儀式はすぐに開始された。それはレスパティ・マニス respati manis の日〈木曜ルギの日 Kamis Legi 〉であり、第八の月であった。その年のスンコロ sengkala は『 Rasa Gembira Gapuraning Urip 〈人生の門で幸せを感じる〉』であった。刻々と大祭の始まりが近づいていた。スリ・クレスノが皆の前に現れ、言った。「我が友たる高貴なる王たちよ、まずは、感謝とようこそのご挨拶を申し上げる。この大祭に恩寵を与え賜う神に感謝の祈りを捧げる。」スリ・クレスノの言葉が終わらぬうちに、プラブ・スポロの騒々しい声があがった。「ストップ!!!俺はこの大祭の進行役をスリ・クレスノに任せるのは認めない。ドゥウォロワティは小国にすぎぬ。プラブ・ユディスティロとも関係ない。俺は提案する。アスティノ国のプラブ・スユドノ Suyusana 〈ドゥルユドノの別名〉にこの大祭の進行役をお願いしたい。憶えておけ、スリ・クレスノはウィスヌ神の化身などではない。だから、列席の方々もスリ・クレスノを崇める必要などないのだ。俺はスポロ、スリ・クレスノより偉大な王だ。」会場は騒然となった。スリ・クレスノは微笑んで、壇上から降り、スポロに近づいた。「やあ、スポロ。お前の誓いを憶えているかね。」
 「憶えているとも。俺はウィスヌの化身を侮蔑することは許されない。だが、俺が侮蔑したのはクレスノであってウィスヌじゃない。」スポロが否定した。「スポロよ、思い出せ。」クレスノが続けた。「かつてそなたは不具の身体で生まれた。腕が四本であったろう。私の指に触れることで、そなたは完全な人間の姿になることができたのだ。そして、そなたは私に誓ったであろう?」
 「嘘だ、俺はそんなことは言っていない。」スリ・クレスノは微笑みながら、手を上に挙げた。突如その手が光り輝き、チョクロ cakra の矢が現れた。チョクロの輝きが天を裂き、スポロの頭上にいたると、彼は跡形も無く消え失せたのだった。驚きの沈黙の後、会場は再び何も無かったかのように平穏に戻った。かくてスリ・クレスノは聖水を宮殿の床にふりまき、香を焚いた。青い煙が空に立ちのぼり、部屋中が豊かな香りに包まれ、特別な神秘の雰囲気が醸し出される。アマルトの安寧が祈願された。天から香り高い不思議な雨が降り注ぎ、大祭の祈願が神々に受け入れられたことを証した。公正にして繁栄する国。しかし後の日に国も財宝もそのすべてが賽子賭博によって奪われてしまうのである。
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〈スポロ(シスポロ)Supala 〉

1976年8月15日 ユダ・ミング

* D-デイ(D-Day)とは、戦略上重要な攻撃もしくは作戦開始日時を表す際にしばしば用いられたアメリカの軍事用語。語頭のDの由来については諸説あるが、一例として漠然とした日付を表すDayの頭文字という解釈がある

(つづく)
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by gatotkaca | 2013-07-30 09:32 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第29章

29. 牛肉屋のビロウォがウィロト国王の威信を護る


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〈ジャガラビロウォ Jagal Abilawa 〉


 神秘の泉は煮立ってしまいロジョモロの遺体は、粥のようにくたくたになってしまった。パティ・ルポケンチョとケンチョコルポはビロウォを激しく攻撃した。ビロウォは実はブロトセノ〈ビモ〉であった。ビモにとって二人の頭をたたき割り、来世へと送ってやっても支障はなかった。とはいえ、ケンチョコルポとルポケンチョも超能力の持ち主であった。ケンチョコルポは日に千回死のうとも、ルポケンチョが触れればたちまち生き返るのだ。
 ビモは二人に息つく間も無く打ち叩かれたが、じっと息を詰めてこらえた。いかに強いとはいえ、さすがのジャガラ・ビロウォにも疲れが見えて来た。ビモは考えた。ロジョモロはすでに死に、彼らの企みも潰えた。ケンチョコルポとルポケンチョの相手をしている必要は無い。ドゥウィジョカンコ Dwijakangka (プントデウォの偽名)の合図で、彼は退くことにした。しかしルポケンチョとケンチョコルポも黙っておらず、敵が退くのを見て、すぐさま追いかけてきた。とつぜん、ルポケンチョとケンチョコルポの前にドゥウィジョカンコが立ちふさがった。
 「この奴隷め、お前は礼儀を知らんのか。俺が誰だか知らぬと見える。俺はウィロト国の大臣だ。なぜ敬意を払わぬ。俺はそんじょそこらの貴族とは違う。特別なんだ。敬意を払え。ええ、お前の頭にあるのは何だ。」ケンチョコルポが傲慢に怒鳴りつけた。怒鳴りつけられても、ドゥウィジョカンコは少しもひるまず穏やかに言った。
 「おお、高貴なる我が主ウィロトの大臣さま。私の頭にあるのはグルン・クリン gelung keling 〈丸く結い上げた髷。プントデウォの特徴のひとつ。〉です。」
 「命令だ、今すぐはずせ!グルン・クリンの髪型は貴族の者だけに許されるのだ。」怒鳴りながら近づき、彼はカンコのグリン〈髷〉を無理矢理崩そうと手を伸ばした。どうなったか?ケンチョコルポの手がカンコの頭に触れると、彼はどたりと倒れ伏したのである。なにゆえか?グルン・クリンから火が噴き出したのだ。ケンチョコルポの顔目がけてカリモソドの超能力の火が噴いたのである。ルポケンチョは兄弟が倒れたのを見て驚き、カンコに襲いかかろうとした。しかし結果は同じであった。二人とも同士討ちにあったように、宙返りしてひっくり返ったのだった。
 カンコが卑しめられようとしたのを見て、ビモは自制心を失った。すぐさま二人に襲いかかったが、敵わず、退いた。スマルに会って負けたことを話し、ぼやいた。『神の身たる asarira Batara 』スマルは笑いながら言った。
 「おおご主人、偉丈夫たるビモよ。この敵は二人に見えて実は二人ではない。彼らを斃したいのなら、同時に二人を殺すのです。ご存知か。古の時代、ある猿の王がおりました。その名はスバリ Subali 。彼もあなたと同じような経験をしたのです。スバリはマエソスロ Maesasra とルムブスロ Lembusuro という二人のラクササ〈羅刹〉と戦いました。スバリは危うく負けそうになりましたが、いい方法を思いつきました。かのラクササ二人の頭をひっつかみ、『耳を揃えて mengadu kumba 』二人のラクササの頭をぶつけて砕いたのです。脳みそが出て、彼らの人生は終わりました。」
 スマルの話を聞き、ジャガラビロウォは熱く燃えて進み出た。ケンチョコルポとルポケンチョは彼の両手にとらえられ、二人の頭は同時に打ち合わされた。二人の敵は地面に横たわり、もう動かなかった。
 ウィロト国を脅かす災厄のすべてが消え失せた。かくてプラブ・マツウォパティは真実、敵を殲滅してくれた功労者が、身を隠していた自身の孫たちパンダワであったことを知ったのである。かくて彼らは変装を解き、ウィロト王宮の宴に参列した。感謝のしるしとして、ウィロト国王プラブ・マツウォパティはパンダワたちに、住処としてウィソマルト Wisamarta の森の地を贈った。ウィスマルトこそ、のちの日のインドロ・プラスト Indra Prasta 、またの名アマルト Amarta 国である。
 これこそ人生の闘いである。「ブチック・クティティク・オロ・クトロ Becik ketitik ala ketara 〈善は見られ、悪は露見する〉」。

1976年12月19日 ユダ・ミング

(つづく)
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by gatotkaca | 2013-07-29 10:01 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ワヤンの女たち 第28章

28. ウィロト国を蝕む『病』の首謀者、ロジョモロはポロソロとデウィ・ロロ・アミスの誤った精液から産まれた


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〈ロジョモロ Rajamala 〉

 ロジョモロ Rajamala はポロソロ Palasara の息子で、ロロ・アミス Lara Amis の病という『災い mala 』から生じた。ご存知のように〈『ワヤンとその登場人物〜マハバラタ編』13章〉、ロロ・アミスはジャムナ河の上でポロソロに病を治癒してもらった。舟が二つに割れ、人間となった。その名をルポケンチョ Rupakenca とケンチョコルポ Kencakarupa という。ロジョモロ、ルポケンチョ、そしてケンチョコルポは、他の兄弟たちと共にウィロト国のマツウォパティ王のもとで育てられた。三人とも信頼しうる超能力の将となった。さらにルポケンチョは王子となり、戦闘指揮官セノパティとなった。超能力におぼれ、彼らは己惚れと虚栄心にみちた者となっていった(semongah- sesongarang, hadigang, hadigung, hadiguna うそつきで尊大、もっともっとと欲深い者)。
 王の聞こえよろしく、ウィロト王宮と同等の規模と美しさを持つカサトリアン〈クサトリアの居住区〉を建てていた。前庭は『リンギン・クルン ringin kurung 〈宮殿の入り口に門のように植えられるブリンギン(バニヤン・ガジュマル)の樹。〉』を備え、入り口はガプロ gapura 〈アーチ上の大門〉になっていた。今ならさしずめ、床は輸入大理石、自動冷房完備といったところか。典礼があれば三人ともお大臣の服装で列席した。帽子と冠は24金で彫刻が施され、3カラットはあろうかというダイヤモンドで飾られていた。肩と胸は勲章でいっぱいだ。その重さでなで肩になっている。吊り下げた剣、ゴムビョル gombyor 〈ズボン〉は、まるでパサル・クレウェル pasar Klewer 〈スラカルタにある市場〉で売ってるもののように最高の垂れがついている。まさに『貪欲』なる者たちだ。その行為は残虐で、冷酷、サディスティックである。命令に従わない者あれば、相手のことなどお構いなく、怒鳴りつけ、平手打ちをくらわすのだ。
 大笑いしながら話し、英雄の評定があれば、つねに称賛を求めた。花の首飾りがかけられ、美しい女の踊りがつづく。目につく女があれば、ロジョモロはあれこれと物色する。花と香油を売るサリンドリ Salindri という美しい女が目にとまった。彼女は実は賽子賭博に敗れた罪で十二年間身を隠しているドゥルパディその人であった。ロジョモロはサリンドリの美しさと妖艶さに心奪われた。いてもたってもいられなくなり、こみ上げる欲望に、欲求不満がつのっていくのだった。
 そこで彼ら三人は考えた。俺が王になったあかつきには、お前は将軍セノパティだ。俺は超能力にあふれている。俺なしではウィロト国は立ち行かぬ。
 かくて三人はウィロト国王プラブ・マツウォパティ Matswapati に対する「クーデター」を画策する。御前試合を装った陰謀である。戦士としてロジョモロが出場する。プラブ・マツウォパティに挑戦者を選出させる。マツウォパティは国を賭け、ロジョモロはその地位と魂を賭ける。マツウォパティが負ければ、国はロジョモロのものだ。
 秘教や詩文学の教えに繰り返し説かれるように、『力 jaya kawijayan 』に驕る者は、超能力などあてにならないものだという教えを知らぬ。災いに見舞われたときには、期待はずれで、信頼できない( iku boreh paminipun, tan rumasuk ing zasad amung aneng sajabaning daging, yen kepengkok pancabaya ubayane balenjani 〈体内に入れず/皮と肉の間だけでよい/約束を違えれば/災厄に見舞われよう〉)。まさしくそのとおりである。御前試合の競技場で第21ラウンドのゴングが鳴った。ロジョモロはウィロト国側の戦士ジャガラ・ビロウォ Jagal Abilawa に向かっていった。
 ジャガラ・ビロウォまたビロウォ Bilawa(実はビモ)は始めのうちはロジョモロを倒すことができなかった。というのも、『神秘の力の池 kekuatan kolam gaib 』を持っていたからである。彼は斃されてもその不思議な池で沐浴するか、その水に入れば生き返るのである。幸いにもアルジュノとスマル Semar がついていてくれた。スマルはアルジュノに知恵を授ける。アイスキャンディー売りに化けて池に近づくようにと。そしてその池に重代の武器、短剣プラングニ Pulanggeni を投げ入れるのだ。プラングニを入れると超能力を宿した池の水はたちまち沸騰して役に立たなくなってしまった。超能力は消え失せ、ただの水になってしまったのである。
 それゆえ、ビロウォに斃されたロジョモロの遺体は池に入れられても生き返ることなく、水に浸かった布のようぐったりし、骨から剥がされた肉のようにふにゃふにゃになったままだった。
 賭けはむちゃくちゃになり、ロジョモロの計画は砕け散った。クーデターの計画は潰えたのである。
 ウィロト国を蝕み、乗っ取ろうとした『病』の王ロジョモロの物語はこのようなものである。
 もう一度言おう。「スロディロ・ジャヤニングラト・スウ・ブラスト・トゥカピン・ウラ・ダルマストゥティ Suradira jayaningrat swuh brasta tekaping ulah darmastuti (どれほど超能力をそなえ、力があっても、不正、不実、強欲の目的を持つ者は、高貴なる魂、平穏なる愛と平和の心によって必ず滅せられる)」。
 勇猛さと超能力が如何ほどであったとしても、その志が善でなければ、平和を目指す心に打ち負かされるだろう。

1976年12月12日 ユダ・ミング

(つづく)
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by gatotkaca | 2013-07-28 08:08 | 影絵・ワヤン | Comments(0)