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木から落ちた猿

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タグ:ナクロ・サデウォ ( 3 ) タグの人気記事

スリ・タンジュンの物語

 ● サデウォを主人公とした「スドモロ」には、続編ともいえる物語があり、「スリ・タンジュン Sri Tanjung 」という。東部ジャワの都、バニュワンギ Banyuwangi の名の由来となったとされる物語である。バニュワンギはインドネシア、東ジャワ州の同名県の県都。人口約8万。ジャワ語で〈バニュ〉は水、〈ワンギ〉は芳香を意味する。バニュワンギ県はジャワ島東端部に位置し、バリ海峡に面する。古くからバリ島との交流が盛んで、今日でもフェリーが県内のクタパン港から日に何本も往来している。バニュワンギをはじめとするジャワ島東端部は、かつてバランバンガンBalambanganの名で呼ばれる地方王朝の支配下にあり、さらに中部ジャワ,バリ,マドゥラの諸勢力が入りこみ、オランダ東インド会社をまじえて複雑な抗争を繰り返した歴史をもっている〈http://kotobank.jp/word/バニュワンギ〉。
 以下にその物語の概要を記す〈http://id.wikipedia.org/wiki/Sri_Tanjungによる〉。

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スリ・タンジュン
 スリ・タンジュン Sri tanjung はまたバニュワンギ Banyuwangi (芳香の川)の物語としても知られている。妻の夫に対する献身の物語としてジャワ文化の至宝たる伝説である。この物語はマジャパイト Majapahit 時代から著名である。物語は中世ジャワ語による文学作品としてしられ、歌であるトゥムバン tembang としてキドゥン Kidung の詩形式で構成されている。また、この物語はジャワの慣習におけるルワット Ruwat の儀式において用いられることでも知られている。スリ・タンジュンの名は香りたかい花、タンジュンの花によっている。
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〈タンジュンの花http://biojojo.blogspot.jp/2012/01/tanjung-mimusops-elengi-l.htmlから〉

起源
 この物語の起源、作者は不明であるが、東部ジャワ、バニュワンギが発祥の地と言われている。バニュワンギの街の名の由来の伝説だからである。この物語は13世紀初頭のマジャパイト王国の時代に著されたとされる。この説は考古学的証拠の他トゥムバンの形式からも推測されるものである。スリ・タンジュンの物語はチャンディ・パナタラン Candi Panataran 、ガプラ・バジャン・ラトゥ〈バジャン王宮の門〉 Gapra Bajang Ratu 、チャンディ・スラワナ Candi Surawana 、チャンディ・ジャブン Candi Jabung の壁面レリーフに取り入れられている。

物語
 物語は以下のようなものである(1)。物語はパンダワ Pandawa 一族の凛々しく強壮なクサトリア ksatria 〈王族〉であるラデン・シダパクサ Raden Sidapaksa に始まる。彼は、シンドゥルジョ Sindyreja 王国を統治するスラクラマ王 Sulakrama に仕えていた。彼は王の命で山中の苦行所に住まう祖父バガワン・タムバ・プトラ Bhagawan Tamba Petra のもとへ薬を探すために使者として赴いた。そこで彼はとても美しい娘、スリ・タンジュンと出会う。スリ・タンジュンはふつうの娘ではなく、その母は地上に降り、人の妻となった天界の妖精ビダダリ bidadari であった。それゆえスリ・タンジュンは類いない美しさをそなえていたのである。ラデン・シダパクサはスリ・タンジュンと恋に落ち、やがて結ばれた。妻となってのち、スリ・タンジュンはシンドゥルジョ国に住まうこととなった。スラクラマ王はスリ・タンジュンの美しさに魅了され、彼女を恋い焦がれた。王は夫の手からスリ・タンジュンを奪い取ろうと欲っし、シダパクサからスリ・タンジュンを引き離す計画を企てた。
 シダパクサはスラクラマ王に命じられ、スワルガロカ Swargaloka 〈天界〉へ書状を送る使者とされた。その書状には「この書状を運んできた者はスワルガロカを攻撃する」とあった。母の贈り物として父、ラデン・スダマラ Raden Sudamala から魔法のスレンダン selendang 〈スカーフ〉を譲り受けていたスリ・タンジュンの助けで、シダパクサはスワルガロカへ飛んで行くことができた。スワルガロカに到着したシダパクサは、いまだ書状の内容を知らぬまま、神々にそれを渡してしまったのである。そのため彼は神々から攻撃を受けることとなった。しかしついに、祖先であるパンダワを呼び、誤解を解くことができた。かくてラデン・シダパクサは解放され、神々から祝福を授かった。
 いっぽう地上では、シダパクサが出発したあと、スリ・タンジュンはスラクラマ王の誘惑を受けていた。スリ・タンジュンは拒んだが、スラクラマは無理強いした。スリ・タンジュンは抱きつかれ、犯されようとした。そこへシダパクサが現れ、王に抱きつかれている妻の姿を目撃した。心悪しく狡猾なスラクラマ王は、スリ・タンジュンの方から彼を姦淫に誘ったのだと彼女を中傷した。シダパクサは王の言葉を信じ、妻が浮気をしたと思い込み、怒りと嫉妬で燃え上がった。スリ・タンジュンは彼女の貞節と無実を信じてほしいと乞うた。悲しみに胸いっぱいになってスリ・タンジュンは言った。私が自決した時、血が流れず、香りたかい水が流れ出たなら私が無実である証です、と。暗く激しい目つきでスリ・タンジュンを刺すように見るシダパクサの前で、彼女はクリス〈短剣〉でその身を差し貫いて死んだ。奇蹟が起こった。スリ・タンジュンの誓いのとおり、彼女の刺し傷からは血ではなく、芳しい香りを放つ水が溢れ出たのである。ラデン・シダパクサは己の過ちに気付き、自らの行為を後悔した。スリ・タンジュンの魂 sukma はスワルガロカに飛び、デウィ・ドゥルガ Dewi Durga と出会った。スリ・タンジュンの身に降り掛かった不公正な出来事を知り、デウィ・ドゥルガと神々は彼女を生き返らせたのである。スリ・タンジュンは再び夫のもとへ帰った。神々はシダパクサにスラクラマ王の罪を罰するよう命じた。彼はスラクラマ王を決闘で殺し、復讐を果たした。この地には、香りたかい水にちなんだ名が与えられたと言う。かくてブラムバンガン Blambangan 国の都には、今にいたるもバニュワンギ Banyuwangi 、つまり「香りたかい水」という名が与えられたのである。

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 スリタンジュン物語に関するブログ記事を見つけたので下記に訳す〈http://sritanjungarti.blogspot.jp/2008/12/sepintas-tentang-cerita-sri-tanjung_27.html〉。

スリ・タンジュン物語総覧

 スリ・タンジュン Sri Tanjung の物語は17世紀にバニュワンギ Banyuwangi で書かれた文学作品である。当時のバニュワンギは東部ジャワ最後の王国、バランバンガン Balambangan 王国の一部であった。オランダのジャワ文学研究者であるテオドール・ゴーティール・トーマス・ピゴー Theodoor Gatier Thomas Pigeaud は、この物語を『古代ジャワとジャワ・バリ魔除けの物語の起源とbellstric〈語意不明〉形式文学への関連性 Original Old Javanese and Javanese-Balinese exorcist tales and related literature in a bellestric form 』と題する書に収録した。ピゴーが『ジャワ・バリ』としたのは、これらの中世ジャワ語で書かれた文学が、マジャパイトに至る東部ジャワ諸王国の文学活動を源泉とし、後にバリ島で、ワトゥ・レンゴン Watu Renggong 統治下のゲルゲル Gelgel 王国(一部の地域を除く)において発展したものだからである。これらは「チャロナラン Calon Arang 」、「スダマラ Sudamala 」、「ワルガサリ Wargasari 」、「ナワ・ルチ Nawa Ruci 」、「スブラタ Subrata 」、「サティヤワン Satyawan 」といった一群の文学作品たちである。

 スリ・タンジュンの物語は13世紀初頭、東部ジャワで生まれ、後に口承文学として伝えられたと思われる。その過程でこの物語はジャワ・ヒンドゥー文化に統合され、ナクラ Nakula とサハデワ Sahadewa の後裔としてヒンドゥーの物語の主要人物の中に取り込まれた。たとえばブリタール Blitar のチャンディ・パナタラン Candi Panataran のバトゥル・プンドポ Batur Pendopo 〈謁見所〉のレリーフにはスリ・タンジュンの他、サン・スティヤワン Sang Swtyawan もが描かれている。同様にクディリ Kediri のバトゥル・チャンディ・スワワナ Batur Candi Surawana にはブドゥ・サとガガン・アキン Bubuk Sah-Gagang Aking という人物も見出せる。これらのレリーフは生の完全性を求めるという主題を持った物語である。

 スリ・タンジュンの物語で重要な点は、ルワタン ruwatan の要素が見出せることである。これはバリ語でパングルカタン panglukatan もしくはパニュパタン Panyupatan 、パバユハン Pabayuhan とも呼ばれるもので、自己の内にあるネガティヴな事柄を溶解し、より強靭で聖なる状態を保持するための儀式である。このパングルカタンの要素は、クディリ、プラマハン Plamahan のチャンディ・ティゴワンギ Candi Tirowangi (1358年)、中部ジャワ、ラウ Lawu 山のチャンディ・スク Candi Sukuh (1439年)、チャンディ・チェト Candi Ceto のように、他のいくつかの祀堂でも重要な主題となっている。この三つのチャンディにはスドモロ物語のレリーフがある。この物語はスリ・タンジュン物語と密接な関係にあり、現在でもバリ島ではパングルカタンの儀式を催す際に語られるものである。

 現代においてもスリ・タンジュンの物語はバニュワンギ周辺の大衆の間で、「バニュワンギ」の名(香りたかい水の意)の由来を物語る伝説として生きづいている。

 バリ島において、スリ・タンジュンの物語は1970年代に人気の絶頂にあったアルジャ Arja の舞踊劇の演目として著名であった。1980年代においても、バリ島のいくつかの地域で、この物語はパングリカタンの儀式のためのワヤンの演目としてとりあげられていた。

 現在、この物語はバリ島の人々にほとんど忘れ去られたかのようである。噂では、バリ島のある村ではスリ・タンジュンの物語を語ることはタブーとされているという。理由はわからない。確かなことは、この物語には何らかの強い力が内包されているのだと想像できるだけである……。

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 もともとバニュワンギの地名に関する由来譚であったのだろうが、ドゥルゴ女神との関係から、サデウォとの関連が生じたのではないかと思われる。上記ブログ記事にもあるように、ルワタン説話の一種と理解されているようだが、妻が貞節の証に自決し、神の恩寵で再生するというプロットは、ラーマーヤナにおいてシーターが純血を証明するために火に入る場面を連想させ、むしろサティヤ Satya 〈インドでのサティー〉の一変形ではないかという気もする。
 妻を信じきれないシダパクサのダメさ加減や、王様のいやらしいところなど、個人的にはお気に入りの物語である。
 さて、ワヤンにもデウィ・スリタンジュンは登場するが、こちらでは話がだいぶ違っている。ワヤンではよくある父探しの話のヴァリエーションになっていて、あまり面白くない。スリタンジュンが水と関連する出自であることや、命の水/バニュ・パングリパンを持っているといった点に、元話の面影が見受けられる〈http://indonesiawayang.com/galeri-wayang/tokoh-mahabarata/mahabarata-wayang-s/sritanjung-dewi/〉。

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 デウィ・スリタンジュン Dewi Sritanjung はアマルト国のクサトリアン・サウォジャジャル Kesatrian Sawojajar 〈クサトリアンはクシャトリアの居住区〉のナクロとデウィ・スレンゴノワティ Dewi Srengganawati の娘である。スレンゴノワティはナルマダ・ワリウ narmada Waliu 川に住まうラクササ亀、ルシ・ボドワノゴロ Resi Badawanangala の娘である(プルウォチャリト Purwacarita によれば、ボドワノゴロはギシクサモドロ Gisiksamodra /エコプラトロ Ekapratala 国の王として知られている)。彼女にはデウィ・サヤティ Dewi Sayati を母とする、二人の異母きょうだいがあり、それぞれの名はバムバン・プラムシント Bambang Pramusinta とデウィ・プラムワティ Dewi Pramuwati という。
 デウィ・スリタンジュンはとても美しく、教養高く、機智に富み、柔軟な思考を持ったひとである。彼女はまた超能力のタフな女戦士でもある。さらに母から与えられた小箱 cupu を持つ。この中には「命の水/バニュ・パングリパン Banyu Panguripan 」が入っている。そして祖父から与えられた呪文、アジ・プンガシハン Aji Pengasihan を持つ。
 デウィ・スリタンジュンは幼い時から、祖父ルシ・バドワナゴロと共にワリウの苦行所で暮らしていた。大戦争バラタユダ Bharatayuda が終わった時、デウィ・スリタンジュンは父を求めてアスティノ国に向かった。その途中、彼女はトゥンゴロノ Tunggarana の森にあるゴワシルマン Gowasiluman 国のラクササ王、プラブ・アジバラン Prabu Ajibarang と出会い、だまされて彼と一緒にアスティノ国に攻め上った。
 アスティノ国でデウィ・スリタンジュンは、サハデウォ Sahadewa〈サデウォ〉とデウィ・スレンゴノワティ Dewi Srengganawati の息子で、彼女のいとこであるバムバン・ウィドパクソ Bambang Widapaksa と出会った。かくて二人は力を合わせてプラブ・アジバランを斃した。彼らの父たち、ナクロとサハデウォによって、デウィ・スリタンジュンとバムバン・ウィドパクソは妻合わされ、プラブ・パリクシト Prabu Pariksit の治めるアスティノ国の軍司令官に任命されたのであった。

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 スリ・タンジュンと夫となるウィドパクソ(シドパクソ)の母の名がどちらもスレンゴノワティなのが気になるが(これではいとこでなく、異父きょうだいになってしまうから、結婚できないだろう)、「エンシクロペディ・ワヤン」でも双方ともスレンゴノワティとなっているので、典拠の記載に混乱があるのかもしれない。
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by gatotkaca | 2014-03-05 00:13 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

双子の兄弟ナクロとサデウォに違いはあるのか? その2

(前回からのつづき)

スドモロ物語の構造とサデウォの役割

 以下では三機能体系説を援用して、スドモロ物語の構造を考えてみたい。
 物語はバトロ・グルの呪詛によってデウィ・ウモがバタリ・ドゥルゴに変身させられることから始まる。バトロ・グルはジャワにおけるシヴァ神の呼び名である。インドにおけるトゥリムールティ Trimurti 神学はジャワでは展開しなかったようで、ここでもグル(シヴァ)は単に天界の主権者として設定されており、インドのような複雑多岐に渡る複合的性格は付されていない〈ジャワにおけるグル=シヴァの変容は、松本亮「ジャワ影絵芝居考」誠文図書、1982を参照〉。三機能体系に当てはめれば、少なくともこの物語においては、第一機能に属すると看做してよいだろう。一方のドゥルゴもインドでのドゥルガーと異なる性格付けがされており、ジャワではグルの妃ウモが呪われてラクササに身を堕した存在とされている。ラクササとはインドのラークシャサのことであるが、ジャワにおけるラクササはインドのアスラ、ダーナヴァ、ラークシャサ、ブータといった魔物の系列すべてを含む。つまりドゥルゴは神に敵対する魔物の一員とされているのである。〈ジャワにおけるドゥルガー女神の変容については、当ブログで〈ドゥルガー〉タグを付した記事で論じた。〉沖田瑞穂氏の指摘にあるようにアスラは第三機能の性格を持つ。スドモロにおけるドゥルゴ・プロットは第一機能たるグルの呪いによって第三機能に属することとなったウモ(ドゥルゴ)がサデウォの手助けを得て、第一機能に復帰する物語であるといえる。
 一方、サデウォ自身もまたこの物語の中で、クンティーによって一旦すてられ、試練の後にパンダワに復帰する。また、天界の住人であったチトロセノとチトランゴドもグルの呪いでラクササに身を堕し、ナクロとサデウォに殺されることで、ビダドロに復帰する。
 つまりスドモロ物語はドゥルゴ、サデウォ、チトロセノ・チトランゴドの三組の第三機能と、グル、パンダワの第一機能との対立と和解の物語である。これは先述したインド・ヨーロッパ語族の神話における第一機能と第三機能の対立とその後の合流という話形に対応している。ただ、インド・ヨーロッパ語族の話形では第三機能は最初の段階では異物として存在し、事件後に体系に組み込まれるのに対し、スドモロにおいては、最初は一体であった者たちが、対立し、その後に和解するという形に変容している。これは、この物語の主題がルワットであり、物語成立当時のルワットの対象が王族・国家であったことに起因するのではないかと考えられる。聖なる存在として生まれた王族が、ある事件によって汚れをおび、試練を経て再び浄化される、というのが初期ルワットの概念であったからではないだろうか。モジョパイト時代に成立したルワットの物語はほとんどが、王族の『魔除けの書』として成立したものであり、そこでは聖なる存在が汚れをおび、再び浄化されるというプロットが採用されている。後代に成立したと思われるムルウォコロ Murwakala の物語では、グルの息子であり食人の魔王バトロ・コロの餌食として設定される者たちは、スクルタ Sukerta と呼ばれ、そのカテゴリーには一人っ子、五人兄弟など、出生にともなう汚れが現れてくる。これはルワットの対象が一般庶民におりてきたことから生じたと思われるのである。
 また、今日のワヤンの多くの演目に、同根発生→対立→犠牲の提供→和解・融合というプロットが見られることから、インド・ヨーロッパ語族ではないジャワ民族においては、上位二機能と第三機能の出自が異なるという概念がなく、すべての存在が同根発生したとする信仰があったのかもしれない。この物語に登場する道化役のスマルには、グルの兄であるという説話が存在する。スマルは民衆の代表者、肥沃の象徴とされ、明らかに第三機能を担う存在であるが、第一機能の代表者たるバトロ・グルと同根発生の存在とされているのである。このスマルの設定がスドモロ成立時にすでに存在したかどうかは不明だが、こういった設定をもうける素地がジャワ文化の中にあったことは明らかだろう。
 ドゥルゴは本来、第一機能に属するウモであったわけで、第三機能におとしめられた彼女の復帰の仲介者としては、第三機能に属し、第一機能との親和性の高いサデウォを必要としたのである。サデウォの行うルワットを補佐するのが、第一機能のグルと第三機能のスマルの二者であることも、その証左であろう。そしてサデウォ自身も、その過程において上位二機能と第三機能の対立と和解という説話形を反復することになる。ルワット執行者の候補としては、ビモをあげることもできる。モジョパイト時代にはビモ〈ビーマ〉によるルワットの物語『ビーマ・スワルガ』も存在する。そこではルワットを行う者がビモとなっているのである。ビモによるルワットは、地獄の火山に投げ込まれた父パンドゥ〈パーンドゥ〉と義母マドリム〈マードリー〉を追って、自らも地獄の劫火に飛び込み、彼らを救い出すというかたちで描かれている。もともと第二機能の肉体的強靭さを誇る戦士であるビモのルワットは、やはり彼の強靭な肉体の誇示を通して行われることになる。ジャワでのビモは、インドのビーマに対して、より第三機能的側面が追加されるかたちでの変容を生じているが、ビモの聖性・超越性の発現は、やはりその強靭な肉体の力を持ってして表現されるのである。しかしスドモロの物語におけるドゥルゴのルワットは力の誇示では果たし得ない。「スタソーマ」や「チャロナラン」でもそうであるように、魔物に身を堕した優しき女神〈かつての聖人〉のルワットを行う者は、誠実さと謙虚さを兼ね備えた賢者でなければならないのである。とすれば、パンダワのうちで第三機能に属し、なおかつ第一機能との親和性をもち、「世に賢者として知られる者」たるサデウォこそが相応しい。
 もう一方のルワットといえるチトロセノ、チトランゴドについては、カランジョヨ、カラントコというラクササとなり、彼らがパンダワの敵対者であるドゥルユドノ〈ドゥルヨーダナ〉に組する者となったことから、戦闘での敗北(死)を契機に行われることになる。この戦闘の段階でナクロが参加するのも、ナクロがサデウォと双子でありながらも、より第二機能・戦士機能との親和性が高い人物であることによると考えられよう。
 このように、マハーバーラタからの二次創作として、ジャワで独自に生まれた「スドモロ物語」においても、インド版「マハーバーラタ」に見られた三機能体系の要素が色濃く反映されていることがわかった。ナクロとサデウォという双子のあいだにある差異についても、少なくともスドモロ物語の成立時期までは継承されていたということができるだろう。

ワヤンのパクム〈演目のあらすじ〉に見いだせる双子の差異

 モジョパイト時代においては、ナクロとサデウォの差異があるていど意識されていたことが明らかになったと思うが、現在のワヤンではどうであろうか。彼らがワヤンで活躍する場面はめったになく、二人が共に登場するさいには、二人の間の差異はほとんど表現されない。ただ、数は少ないが、ナクロ、サデウォを単独で主人公とした演目もあることはあるのだ。ここでは、それらからいくつかの演目のプロットを提示して、双子に差異が存在するかを検討する。各演目のあらすじは、「エンシクロペディ・ワヤン Ensiklopedi Wayang Indonesia, SENA WANGI, Jakarta, 1999 」全六巻から適宜引用する。
 まず二人が共に活躍を見せる場を二つ紹介する。
 ひとつめは、演目「マルトの森を開く Babad Alas Wana Marta 」である。この演目で、ウィロト国の一角マルトの森(またの名ムルタニ Mertani )を与えられたパンダワたちは、魔物たちの棲むこの森を開拓し、自分たちの国アマルト Amarta 国を建国する。この時、森を支配していたチントコプロ Cintakapura 国のジン Jin〈精霊〉の五人兄弟がパンダワ五王子によって斃され、ジンたちの魂はそれぞれパンダワたちと一体化し、彼らの超能力を倍加させる。ナクロと共にサデウォは、サプジャガドSapujagad とサプレブSapulebuという名のラクササ・ガンダルウォを斃した。サプジャガッドの魂は、かくてナクロの体内に、一方サプレブの魂はサデウォの体内に入った。それゆえ、サプジャガドが所持していたアジ・プラノウォジャティAji Pranawajati がナクロに、サプレブが所持していたアジ・プルモノジャティ Aji Purnamajati という能力は、サデウォのものとなった。二つのアジ(呪文)の能力は、記憶力に優れ、事象や問題に対する正確な分析能力であるとされ、二人の能力に特に差異は設けられていない。
 もうひとつは、パンダワとコラワの最後の大戦争バラタユダの終盤にある。今は亡きマドリムの兄プラブ・サルヨ Salya 〈シャルヤ〉がコラワの司令官に任命されたとの知らせが広まった時、プラブ・クレスノ Kresna 〈クリシュナ〉はナクロとサデウォに、プラブ・サルヨのもとへ赴き、コラワ側についた彼らの伯父に命を差し出すよう命じた。愛する二人の甥の到来に、プラブ・サルヨはおおいに困惑した。ナクロとサデウォはこの時プラブ・サルヨに身も魂も差し出すと申し出た。モンドロコの王ははっとして、目の前にいる双子が身の置き所の無いさまになったことへの責任を果たさなければならないと感じた。バラタユダにおいてもしパンダワが敗れれば、プラブ・サルヨは、二人の甥の未来を破壊する罪を負うことになるのだと。ナクロとサデウォに対し、プラブ・サルヨは自身の弱点を教えた。彼を負かしうるのは、白い血をもつ者だけである、と。ゆえに二人の甥にプラブ・サルヨはバラタユダにおいてパンダワ方の司令官にプラブ・ユディスティロを立てるようにと教えたのである。バラタユダの舞台における役を果たして、ついにプラブ・サルヨはジャムス・カリモソドの書に当たって戦死した。
 ここでの双子の役割はバラタユダの帰趨に関わる重要なものではあるが、双子の機能に特に差異は無い。
 では、彼らそれぞれを主役とした演目においてはどうであろうか。

1.ナクロを主役とした演目

a. ナクロの結婚 Nakula Krama
 このラコンはラコン・スムパラン(sempalan)に含まれる。物語は、アウ・アウランギット王国のプラブ・クリダクロトの娘デウィ・ルトノ・サユティRetna Sayati のことが語られる。結婚候補者として定められるため、かくてサユムボロ・プラン(武闘大会)が催された。
 デウィ・サユティの兄インドロ・クロトを負かした者は誰であれ、サユティの夫として選ばれるのだ。サユムボロには他の者も参加した。カルトマルモ、ジョヨドロト、そしてアディパティ・カルノである。しかし、彼らには運がなかった。
 ナクロはインドロ・クロトを破り、デウィ・ルトノ・スヤティ(サユティ)と結婚する資格を得た。
 このラコン・パクムはあまり著名でないので上演は稀である。

b. チョンドログニ Candrageni
 ある日ナクロはトゥランチャン・グリビグの王に身をやつし、プラブ・チョンドログニと称した。彼はプラブ・アノム・ドゥルユドノ、プラブ・ボロデウォ、そしてアディパティ・カルノに挑戦状を送った。
 三人の王は挑戦状を受け取った。かくてすぐさま戦いとなったが、三人とも敗れ、その妃たち、バヌワティ、スルティカンティと共にトゥランチャン・グリビグに捕らえられてしまった。
 いっぽうプラブ・ユディスティロと弟たちは、五年間も何の音沙汰もなく失踪したナクロを、おおいに心配した。ブガエアン・アビヨソの指示により、彼らはドロワティ国に赴き、スリ・クレスノに会見した。
 プラブ・ユディスティロからの知らせを聞いたクレスノは、トゥランチャン・グリビグ攻撃を命じた。まずアルジュノがポノカワンたちと共に先行した。王国に到着するとアルジュノはすぐさまプラブ・ドゥルユドノ、プラブ・ボロデウォ、アディパティ・カルノとデウィ・バヌワティ、スルティカンティを、プラブ・チョンドログニと妃のデウィ・スティヨ・プルノモにも知られることなく解放した。
 その後、ガトゥコチョとアビマニュがチョンドログニに対し書状を届けた。その内容はアマルト国王は彼の国を攻撃するというものだった。戦いが勃発した。パンダワの武将、王族たちはことごとくチョンドログニの超能力に拮抗し得なかった。ついにクレスノがサデウォに一騎打ちを頼み、チョンドログニはサデウォとの一騎打ちで元のナクロの姿に戻り、再び兄弟たちの下へ参じた。
 このラコンはチャランガンに含まれ、しばしば上演される。

2.サデウォを主役とした演目

a. サデウォの結婚 Sadewa Krama
 これについては二つの物語がある。
  ギシサモドロGisiksamodra 国で、プラブ・ボドワンゴノロBadawanganala の娘、デウィ・スレンゴノワティSrengganawati 争奪のサユムボロ(嫁取り競技)が行われた時、サデウウォが赴いた。そのサユムボロでは、「スジャティニン・ラナン・ラン・スジャティニン・ワドン Sejatining lanang lan sejatining wadon(真実の男と真実の女)」を説くことが出来た者は誰でも王の娘と結婚できる、ということであった。サデウォはそのサユムボロに勝利した。
 サデウォはスラミラSelamirah国のプラブ・ラサデウォ王の娘、デウィ・ラサウランRasawulanと結婚する。デウィ・ラサウランはドゥルソソノとアルジュノに求婚されていた。というのも、ウィクwiku(比丘)・プンデト(僧侶)たちによれば、デウィ・ラサウランを妻にし得た者はバラタユダに勝利するであろうとのことであったからである。この婚姻申込で、コラワに従ってドゥルソソノに随行していたカルノと、アルジュノに付き従ったオントルジョとアビマニュの間に争いが起った。しかし、デウィ・ラサウランは、彼女が問う謎掛けに回答することが出来た者を夫に選ぶと言う。その問題は簡単であった。つまり、愛情の真実の意味は何か、とういうことであった。しかし、デウィ・ラサウランは、その答えには漏れの無い十全なものを求めた。ドゥルソソノとアルジュノは答えることが出来なかった。プラブ・クレスノの提案で、サデウォが答えることを命じられ、彼の答えは成功をもたらした。

b. ワヒュウ・シ・ヌグロホ Wahyu Sih Nugraha
 ラコン・チャランガンに属す。サデウォが失踪し、パンダワたちは悲しみに包まれていた。プラブ・クレスノは慰めながら、パンダワたちにガルボルチ国へ行けば、サデウォにまた会える希望があると示唆した。
 その頃、ガルボルチのプラブ・ガルボスモンドは、ジウォンドノを呼び、指導者としての教えを与え、王位をジウォンドノに譲る事にした。だが、国の安寧のため、パンダワの武将サデウォを生贄として探しだすことが条件であった。
 一方サデウォは、スマル、ガレン、ペトル、バゴンと共に森にいた。彼はワヒュウ・シ・ヌゴロホを得たいと願っていた。道中、その望みを失敗させようとするバトロ・コロとバタリ・ドゥルゴの妨害をうけた。かくてサデウォはジワンドノの差し向けたヘスティピングルに拉致された。ガルボルチ王国で、サデウォは殺されず、訓戒を受けた。ジウォンドノはワヒュウ・シ・ヌグロホの化身だったのだ。かくてジウォンドノはサデウォの体内に入った。
 パンダワたちがガルボルチ国に到着し、神よりの恩恵を授かったサデウォと再会した。

c. ワヒュウ・カユ・マニ・イマンドコ Wahyu Kayu Manik Iandaka
 ラコン・チャランガンに含まれる。このワヒュウはサデウォのおかげでパンダワに与えられた。最初このワヒュウはグオ・コリソンゴのブガワン・スクモニングラトが所有していた。このワヒュウ・カユ・マニ・イマンドコの意味を説き明かした者は誰あろうと、これを所有するブガワン・スクモニングラトから与えられるのだ。
 最初にボモノロカスロが来てワヒュウを乞うたが、その意味を説き明かすことができなかった。無理矢理奪おうとサン・ブガワンを殺そうとしたが、スクモニングラトの超能力で、苦行所から放り出された。
 続いてサデウォがやって来てワヒュウの意味を説き明かし、これを得る事に成功した。カユ kayu(木)は生命の象徴、マニ manik(ダイヤモンド) は権力の象徴である。その意味するところは、人生の目的は memaniking dunia(地上のダイイヤモンド)となることであるというものだ。これは信仰に基づいて得られるものである。またグオ・クリソゴ Guwa Krisanga (九つの門を意味する)とは、人間の持つ九つの孔に入ることである。
 ブガワン・スクモニングラトの承認を得てワヒュウは与えられ、彼はサン・ヤン・ウェナンの姿に戻った。
 このラコンはあまり著名でない。

 まず1-a.と2-a.を比較してみよう。それぞれの結婚を扱う演目であるが、ナクロがサユムボロ・プランでの戦闘の勝利によって妃を獲得するのに対して、サデウォはイルム(英知)の開示によって嫁取りに成功する。これは戦士機能と親和性を持つナクラ、賢者としてのサハデーヴァという、ウィカンデル・デュメジルが提示した双子の特性の相違にぴったり適合している。
 1-b. は第三機能と上位機能との対立・和解説話のヴァリエーションといえるだろう。ここでナクロは主に武力を用いて上位機能と敵対し、ナクロの戦士性が強調されている。そしてナクロと対抗できるのは同じ第三機能のサデウォだけである。興味深いのはこれと同工異曲のプロットがスマルの息子とされるポノカワン Ponokawan たちを主人公にした演目でも見られるということである。この第三機能の優位性が高いプロットに関しては、ポノカワンの問題もかかわるので、別の機会に取り上げたい。
 2-b. c. においてサデウォは武力ではなく、英知によって成果を得る。ちなみにワヒュウ wahyu とは天啓のことである。ここにおいてもデュメジル・ウィカンデル説におけるサハデーヴァの賢者性が反映されていると考えられる。
 以上のように、ワヤンの演目においても、ナクロは戦士的特性を、サデウォは賢者的特性を維持しているといえよう。これらの演目の上演はまれであり、ワヤンの観客たちにとりたてて注目されることは少ないとはいえ、少なくとも演目を構成する側にある、一定の素養を有した者たちは、意識的かどうかは別としてもナクロとサデウォに一定の差異を認めているということになるだろう。インド・ヨーロッパ語族の三機能体系に基づくナクラ、サハデーヴァの差異は、マハーバーラタの物語がジャワに渡り、幾多の変容を受けた後もナクロとサデウォの扱いの中で通奏低音のように鳴り響き続けているのである。

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 といった小難しい話は抜きにして、現地のワヤン好きに聞くと、ナクロとサデウォの最大の違いはおでこだ、という。
 ソロ・スタイルのワヤン・クリの造形では、おでこの出ているのがナクロ、おでこが髪で隠れているのがサデウォだそうである。小さくて見にくいかもしれないが、下図をとくと眺めてくださればお分かりいただけるだろう。

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 これも、無理矢理三機能体系説にあてはめれば、ナクロはおでこを出して(顔のすべてを露出して)己の美しさを誇示しているのに対し、サデウォはひかえめに隠している、ということになろうか。
 とはいえ、一般的には「おでこ」が双子の最大の違いということになるだろう。

(了)
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by gatotkaca | 2014-03-03 05:00 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

双子の兄弟ナクロとサデウォに違いはあるのか? その1

スドモロ物語の主役はサデウォだ!

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 ナクロ Nakula 〈インドではナクラ〉とサデウォ Sadewa 〈サハデーヴァ〉はジャワの影絵芝居ワヤン・クリ・プルウォ Wayang Kulit Purwa のマハバラタ Mahabarata 演目群における中心人物、パンダワ Pandawa 五王子の四男・五男である。彼らは双子で容姿も瓜二つ、パンダワ五王子のなかでもまことに地味な存在で、ワヤンでもほとんど活躍の場がない。活躍するのは、長男・次男・三男のユディスティロ Yudistira 〈ユディシュティラ〉、ビモ Bima 〈ビーマ〉、アルジュノ Arjuna 〈アルジュナ〉であり、末の双子は添え物状態である。語り部であるダラン Dalang も彼らを紹介するさい「このふたりは双子だ。」ですませてしまうくらいだ。
 膨大なワヤンの演目のなかでも彼らが目立った働きをする場面は、数えるほどしかない。もっとも本家インド版マハーバーラタでも彼らは目立たない存在であるから、ワヤンで地味なのはやむなしであろうが。
 そんな彼らであるが、ジャワで重要な物語とされる『スドモロ Sudamala 』では、弟のサデウォが主役に抜擢され、バタリ・ドゥルゴ Batari Durga 〈ドゥルガー女神〉を魔除けするという重大な役割を担っている。ここでの魔除けはジャワにおいてはルワット Ruwat と呼ばれ、古代ではグルワット Nguruwat とも呼ばれた。ジャワのワヤン専門雑誌「チュムポロ Cempala 」の記事を引用しよう。
 「グルワット Nguruwat も、マラプタカ malapetaka(災厄)を除く聖なる儀式である。
 グルワットは、個人個人あるいは、一定の集団によって行われ、また、あるマラプタカ(疫病)から国を守るためにも行われた。
 「スラット・プストコ・ロジョ・プルウォ Pustakaraja Purwa」によれば、グルワット・ヌゴロ Nguruwat Negara(国家の厄除け)がスリマハプングン Sri Mahapunggung 王によって行われた。そのとき彼の国は疫病にみまわれていたのである。コロ〈Kala=現代のジャワで魔除けの対象となる魔物〉以前の時代に行われたルワット・ヌゴロの証拠である。古代においてルワット・ヌゴロがあったという他の証拠は、モジョパイト Majapahit 時代の遺産であるチャンディ Candi 〈祠堂〉としての二つのモニュメントである。それによれば、幾人かの専門家がルワット・ヌゴロの儀式に関係している。それは、あるスピリチュアルな方法で、マラプタカから国を解放するものである。そのチャンディとは、チャンディ・スク Candi Sukuh であり、そこには、スドモロ説話のレリーフがある。
 チャンディ・スク以外に、もう一つのモジョパイトの遺産で、ルワット・ヌゴロの儀式に関係するのは、チャンディ・スロウォノ Candi Surowono である。このチャンディには、スドモロ説話のルワタンの場面が描かれたレリーフがある。デウィ・クンティ Dewi Kunti 〈パンダワの母〉の出発から始まり、サデウォがドゥルゴのルワットに成功し、スドモロ(病を癒す者)の異名を受けるまでである。
 専門家の解釈では、スドモロ説話を伴ったチャンディは、国家安泰を願って建設された。スドモロ説話は、今にいたるもブルシ・デサ bersih desa (村の大掃除)やブルシ・カディパテン(kadipaten は王制時代の貴族の領土に相当する行政区)の儀式において、ふつうに上演される。だから村やカディパテンの感謝祭の儀式において、『スドモロ』は最も選ばれることの多い演目なのである。」〈“Ruwatan Negara di Masa Lampau” Cempala : Edisi : Muruwakala Ruwatan , Oktober,1996〉
 スドモロの物語はバリ島にも渡って、かの有名な『バロン・ダンス Barong Dance 』のもととなっている。「スドモロ」物語自体はジャワのオリジナルであり、インド版マハーバーラタには存在しない。モジョパイト時代に創られたルワットを主題とする物語は「ビーマ・スワルガ Bima Swarga 」や「スタソーマ Sutasoma 」、「チャロナラン Calon Arang 」が著名であり、ルワットに関わるマハーバーラタの登場人物としてはビーマ〈ビモ〉が最も重要な役割を担っていた〈“Bhima pada masa Majapahit” Hariani Santiko : Cempala : Edisi : Bima ,Nopember 1996 『モジョパイト時代のビーマ』参照〉。
 しかし、「スドモロ」においてはサデウォが主役に抜擢され、ドゥルゴ女神をルワットする。ドゥルゴは今日でも、ジャワの民間信仰においてはバトロ・コロと並んで畏怖の対象となる強力な神であるにもかかわらず、である。なぜビモではなく、また双子の兄であるナクロでもなく、サデウォなのか。たまたま彼が選ばれただけなのか、それとも彼でなければならない理由があるのか。ここではその問題を考えてみたいと思う。

インド版マハーバーラタにおけるナクラ・サハデーヴァの機能と相違点

 まずは、インド版マハーバーラタにおいて双子の兄弟ナクラとサハデーヴァに違いが見いだせるのか、という点から検討してみよう。ここでは沖田瑞穂氏の『マハーバーラタの神話学』〈2008年、弘文堂〉で詳しく論じられているデュメジルとウィカンデルの説を引用する。
 スウェーデンのインド・イラン学者ウィカンデル S. Wikander は、パーンダヴァ五王子の構成を「パーンダヴァ伝承と『マハーバーラタ』の神話的下部構造」と題する論文においてデュメジル Dumezil の三機能体系説を用いて解釈した。三機能体系とは、階層化された三つの機能の働きによって世界が成立し維持されているとする、インド・ヨーロッパ語族特有の観念である。三つの機能はそれぞれ、聖なるものや法律、王権に関する領域をつかさどる第一機能、主として戦争における力に関わる第二機能、そして豊穣・美・平和・多数性など多岐にわたる生産と関連する領域を司る第三機能として分類される。ヴェーダ祭式において召喚される神々としてミトラ・ヴァルナ、インドラ、アシュヴィン双神がある。ミトラ・ヴァルナは宇宙の主権者であり第一機能を、戦士であるインドラは第二機能、そして医師であり人間と家畜の繁栄を司るアシュヴィンが第三機能にそれぞれ位置していると考えられる。
 マハーバーラタにおいてパーンダヴァ五兄弟の誕生は次のように語られる。パーンドゥ王にはクンティーとマードリーという二人の妃があった。しかし王は女性に触れると死ぬという聖仙の呪いによって、自らが子をもうけることができなくなってしまう。王妃クンティーは、望んだときに好きな神を呼び出し、その神の子を宿すことができるという祝福を授かっていた。そこでパーンドゥはクンティーに呪文を用いて神々を呼び、子を授かるよう求めた。クンティーはまずダルマ神を呼び、ユディシュティラをもうけた。次に風神ヴァーユによってビーマを、神々の王インドラからはアルジュナをもうける。クンティーに素晴らしい三人の息子ができたのを羨んだもうひとりの妃マードリーは、自分にも息子がほしいと望んだ。クンティーは一度だけという約束で彼女に呪文を貸し与える。マードリーはたった一度の機会から最良の結果を得ようと、双子の神アシュヴィンを呼び、双子の息子ナクラとサハデーヴァをもうけたのである。
 ウィカンデルは、パーンダヴァ五兄弟の父神であるダルマ、ヴァーユ、インドラ、アシュヴィンがインド・イラン神話における三機能体系の各神と対応すると主張した。そしてパーンダヴァたちには父神たちの機能が忠実に再現されていることを明らかにしたのである。「マハーバーラタ」時代にミトラ神と置き換わったダルマ神の息子ユディシュティラは王権・聖性の第一機能を、ヴァーユとインドラの息子、ビーマとアルジュナは戦士としての第二機能、そしてアシュヴィン双神の息子ナクラとサハデーヴァは美と豊穣・生産を司る第三機能を継承している。ここではナクラ、サハデーヴァにみられる第三機能との関わりのみ記す。第一・第二機能とパーンダヴァの上の三人との関係の詳細は上記『マハーバーラタの神話学』を参照していただきたい。
 ヴェーダの若く美しい双子神アシュヴィンは、牛や馬などの家畜を保護し、人や家畜の傷や病を癒し、青春や安産を司る豊穣神であり、互いに瓜二つで、つねに行動を共にする。ヴェーダ文献では双神の差異はほとんど示されていないが、例外的に『リグ・ヴェーダ』第一巻一八一歌第四詩節では、双子の出自の差異が語られている。それによれば、双神の一方は「裕福な戦争の勝利者」であり、他方は「幸運な(subhaga)天の息子」である。戦争の勝利者とされるアシュヴィンの一方には戦士機能との関連が想定され、幸運な天の息子とされるほうのアシュヴィンには、天上の主権機能との関連が窺われるという。
 アシュヴィン双神の差異に関してはわずかな資料しか存在しないが、ウィカンデルは「ナクラとサハデーヴァ」〈Wikander, “Nakula et Sahadeva”, Orientalia suecana Ⅳ(1958):66-96. 〉と題する一九五八年の論文において、「マハーバーラタ」におけるアシュヴィンの双子の息子、ナクラとサハデーヴァに当てられている形容句を詳細に検討することで、第三機能の双子の間に見られる差異を明らかにした。彼によれば、ナクラとサハデーヴァは双方とも第三機能の代表者に相応しくその美しさを賛美され、また叙事詩のすべての英雄と同様に戦闘における強さも持ち合わせている。しかし双子のうちナクラだけに用いられる形容句には、「美しい( darsnya )」「無比の戦士( atiratha )」、「あらゆる戦に長じた( sarvayudhavisarada )」など、美しさと強さを強調するものが目立つが、これらの語が単独でサハデーヴァに用いられることはない。これに対してサハデーヴァは、賢明さ、謙虚さ、温厚であることなどによってナクラと区別されている。こういった差異を明瞭に示す一例をあげる。『マハーバーラタ』第十七巻において、パーンダヴァとドラウパディーは山へ最後の旅に出かけ、そこで次々に倒れて死んでいくが、この時それぞれの死は、各人の犯した罪に対する神罰として説明される。ナクラの罪は「他の人間たちよりも美しいと主張したこと」であり、サハデーヴァは「より賢明( prajina )である」と主張したことであった。また第二巻の骰子賭博の場面で、ユディシュティラは双子の性格を次のように表現している。ナクラは「浅黒い肌の若々しい英雄、炎の瞳、獅子の肩、長い(たくましい)腕を有する」、サハデーヴァは「ダルマを教示する者で、世界において賢者として知られている」。
 またウィカンデルは、双子のそれぞれと三人の兄たちとの協力関係においても一定の傾向が見られることを指摘している。戦闘において五人のパンダーヴァが互いに協力しあう時、ビーマはナクラと、ユディシュティラはサハデーヴァと共に戦う。第十四巻において、アシュヴァメーダ(馬祀)の準備のためにユディシュティラが政治を離れた時、サハデーヴァは彼の代理として内政を任され、ナクラはビーマと共に王国の防衛を担当する。
 この論を補足する意味で、デュメジルは次のような例をあげて双子の差異をより明確にした〈G.Dumezil, Mythe et epopee Ⅰ, Gallimard (Paris), 1968, P80〉。放浪の旅の十三年目に、兄弟たちがヴィラータ王の宮殿で変装して過ごしたさい、ナクラは馬丁に、サハデーヴァは牛飼いに身をやつす。馬はインド・ヨーロッパ語族の代表的戦闘手段である戦車を牽く動物であることから戦士機能と関連し、牛はその産物である乳製品が祭式に不可欠であることから、聖なる機能と関連する。つまり、馬丁となったナクラは第二機能に、牛飼いに変装したサハデーヴァは第一機能に近い性質を示している。
 以上からマハーバーラタにおいて、ナクラとサハデーヴァの双子には次のような差異が認められることになる。ナクラは美しさと強さに秀でており、兄弟の中ではビーマと特に親しく、第二機能・戦士機能との結びつきを示す。サハデーヴァは知恵、正義、賢明さなどの分野に優れ、ユディシュティラと協力関係を示しており、第一機能・聖性・王権と密接な関係にあるということになる。
 もうひとつ重要な要素をあげておくと、パーンダヴァの五人は始めから密接な関係を築いているわけではないということがある。デュメジルはインド・ヨーロッパ語族の神話では、上位二機能と第三機能は元来対立関係にあったが、ある事件を契機にその対立が解消され、それによって三種の機能神による神界が形成されるという構造の説話が語られていたことを示した。北欧のアースとヴァンの戦争と講話の物語などがこの構造を最も明瞭に表しているという。
 インドでは「マハーバーラタ」第三巻第十二章から十五章に語られているインドラとアシュヴィンの争いの物語に、この構造が見て取れる。この物語では、かつては神々の一員と認められず蔑まれてきたアシュヴィンが、ソーマにあずかる資格を獲得し、神々の一員となることが語られている。
 ウィカンデルによれば、これと同じ構造がパーンドゥの五人の息子においても見られるという。パーンダヴァの五人のうち、ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナの三人は第一夫人クンティーの息子だが、ナクラとサハデーヴァの双子は第二夫人マードリーの子である。その後パーンドゥはマードリーの体に触れることで、聖仙の呪詛が発現し急逝する。マードリーは夫に殉じて炎に身を投じる。残された双子はマードリーの遺言によって、クンティーが育てることになる。クンティーは五人の息子を分け隔てなく育て、兄弟たちも皆、最後まで彼女を実母として敬うのである。ここではマードリーの死という重大事件と引き換えに、異母兄弟の関係にあった五人が、等しくクンティーの息子として緊密なグループを形成することになるのである。つまり第三機能は始めは異物として存在し、一定の契機を経て上位二機能と合流することになるのである。

「スドモロ」のあらすじ

 さて、「スドモロ」のあらすじである。ここではイル・スリ・ムルヨノ著『スマルとは何者か』〈“Apa & Siapa Semar” Ir.Sri Mulyono : PT Gunung Agung, Jakarta 1982〉にある『スドモロの書 Kidung Sudamala 』の記載にそって紹介しよう。現在上演されるワヤンでの「スドモロ」も基本プロットに大きな変化はない。ここではこの物語の最初期の文献である『スドモロの書』におけるプロットを用いる。各プロットに付した番号は、筆者の便宜による。

スドモロの書
1. 呪詛されたバタリ・ウモ Batari Uma
 サン・ヒワン・トゥンガル Sang Hyang Tunngal とサン・ヒワン・ウィセソ Wisesa はバトロ・グル Batara Guru 〈シヴァ神〉にデウィ・ウモが夫を裏切ったと訴えた。バトロ・グルは怒り、美しかったデウィ・ウモは呪われ、醜い女ラクササの姿のバタリ・ドゥルゴにされた。彼女はいつの日かサン・サデウォの名を持つパンダワの末っ子によって魔除けされるだろうと告げられた。かくてバタリ・ドゥルゴはセトロ・ゴンドマユ Setra Gandamayu 〈魔物の国〉において精霊たちの首領となることを命じられた。

2. チトロセノCitrasena 呪われる
 サン・チトロセノとチトランゴンド Citranggada という二人のガンダルウォがいた。彼らはバトロ・グルに対して無礼を働いたため、罪を負った。サン・バトロがその妻と共に池で沐浴していた時の事である。二人のビダドロ bidadara 〈天界の住人〉もまた呪われてラクササとなり、カラントコ Kalantaka とカランジョヨ Kalanjaya の名を与えられた。後に彼らはプラブ・ドゥルユドノ Prabu Duryudana 〈コラワ(カウラヴァ)百王子の長兄〉に仕えることとなった。

3. クンティの不安
 今やコラワたちが、二人の超能力のラクササの助力を得たことが知られ、それはパンダワ陣営も知る所となった。その知らせを聞いてデウィ・クンティはひじょうに不安になった。困り果てて彼女は自らセトロ・ゴンドマユへ赴いた。そこで彼女はバタリ・ドゥルゴと対した。デウィ・クンティが二人のラクササの消滅を願うと、バタリ・ドゥルゴは命じた。その願いは承認される。もしデウィ・クンティが赤い山羊(ここではジャワ人を指す)を一匹贈る事にどういするなら、と。サン・デウィはその願いに同意したが、ドゥルゴの狙いがサデウォであることを知ると、同意を止め、その場を辞した。

4. クンティ記憶喪失となる
 クンティが辞した後、ひとりの女セタン setan 〈悪魔〉、カリコ Kalika がドゥルゴに呼ばれ、デウィ・クンティを追い、憑依するよう命じた。サン・デウィは憑依され、記憶喪失のようになった。彼女は再びバタリ・ドゥルゴに伺候し、サン・バタリの願いに同意して王宮へ帰った。

5. サデウォ生贄となる
 息子たちは母の到来を迎えた。彼らは困り果てていたところであった。というのも、母が目的も知らせずに出かけていたからである。今や彼らは心安らかになった。しかし突如、サン・クンティはサデウォがバタリ・ドゥルゴに捧げられることを求めた。もし与えられなければ、疑いなく彼ら全員が呪われるであろう、と。サン・サデウォはデウィ・クンティに曵かれてセトロ・ゴンドマユへ運ばれた。バタリ・ドゥルゴにサン・サデウォが捧げられた後、彼女は王宮へ戻り眠った。カリコはサン・デウィの身体から抜け出てセトロ・ゴンドマユへ帰った。

6. サデウォ、スマル Semar に守られる
 それからラデン・サデウォは(スマルの待つ)森のカポック綿の樹(ポホン・ランドゥ pohon ranndu)に縛り付けられた。そこへカリコがやって来て、もしサン・サデウォが彼女を好いてくれるなら、彼の束縛をといてやろうと言った。かくて縛縄は解かれた。しかしサン・サデウォはカリコの望みに従わなかった。カリコは怒り、合図の音を鳴らした。あらゆる種類の怪物が、皆、叫び声を上げながら現れた。ムカデやサソリ、あらゆる悪鬼たちがサン・サデウォを苦しめた。しかしサン・サデウォの心は平静を保っていた。
 そしてバタリ・ドゥルゴが到来し、サン・サデウォに魔除けを頼んだ。サン・サデウォは同意しなかった。怒りに駆られてサン・バタリ・ドゥルゴは彼を飲み込もうとして脅した。しかしサン・サデウォは落ち着いたままであった。

7. マハデウォがバトロ・グルに報告する
 見守っていたブガワン・ナロドはサン・サデウォが殺されようとしていることを知った。彼はソルガに戻り、サン・ヤン・マハデウォにサン・サデウォの状況を知らせた。サン・ヤン・マハデウォにサン・サデウォを奪い返す勇気は無かった。そこでサン・ナロドと共にバトロ・グルに伺候した。

8. ドゥルゴ、サデウォに魔除けされる
 バトロ・グルは彼を取り返すことに同意した。彼はセトロ・ゴンドマユに降下し、サン・サデウォに命じた。「バタリ・ドゥルゴを魔除けせよ。余はそなたに入魂する」。バトロ・グルが憑依したサン・サデウォは言った。「バタリ、私は我が主にまっすぐ立つ事を願います」サン・バタリは彼の求めに応じ、その時彼女の姿は変わり、美しさを取り戻した。

9. サデウォ、スドモロの名を与えられる
 森の中の様子も一変した。薮や灌木は全て庭園となった。セタンやハントゥ hantu 〈悪霊〉の全ては神に変化した。サン・バタリはサン・サデウォに大いに感謝した。かくてサン・スドモロ(汚れを浄化する者の意)の名が与えられ、さらにプラン・アラス Prang-Alas の苦行所のブガワン・タムブロプトロ begawan Tambrapetra の娘デウィ・パドポ Dewi Padapaとの結婚が命ぜられた。かくてバタリ・ウモは天界へ帰った。

10. サデウォの結婚
 サン・サデウォはスマルと共にプラン・アラスへ向った。そこでブガワン・タムブロプトロの娘との結婚が行われた。スマルも結婚を望んだ。彼に選ばれたのはサン・デウィの侍女、ニニ・トウォnini Towok (冗談・滑稽の意)であった。
 弟を追って、ラデン・サクロ(ナクロ)がセトロ・ゴンドマユを目指して来た。そこは既に庭園と化し、カリコが守っていた。カリコはサン・サクロをサン・サデウォと勘違いした。サン・サクロは彼がサン・サデウォの兄弟であると明かし、サン・サデウォのところを教えてもらった。兄弟の再会の後、サン・サクロはサン・パドポの姉妹、サン・ソコ Soka と結婚した。

11. チトロセノ、サデウォに魔除けされる
 二人のラクササ、サン・カラントコとサン・カランジョヨはパンダワを攻撃して来た。戦闘が勃発し、パンダワは敗れた。兄たちの敗戦を聞いて、サン・サクロ、サデウォは迅速に国に帰った。挨拶を交わし,互いの慕情が解消して、彼らは戦場に身を投じた。二人のラクササは敗れ、ビダドロに変じた。彼らはサン・サデウォに感謝を捧げた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2014-03-02 01:06 | 影絵・ワヤン | Comments(0)