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木から落ちた猿

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イスモヨ・トゥリウィクロモ その34(最終回)

 アルヨ・スマン、つまりサンクニは今度は自分が狩られる番だと感じて馬首を返し、逃げようとして丘を降り始めた。しかし、まずいことにその道はスマルの息子たち、ガレン、ペトル、そしてバゴンが見張っていた。引き返すわけにもいかず、馬から飛び降りて、自分だけ助かろうとして逃げる。だがさらにまずいことに、その辺りにはスマルの息子たちが作った罠がたくさん仕掛けられていたのである。もはや避けられず、彼は落とし穴に落ちてしまった。サンクニは許しを乞い、深い落とし穴から助け出してくれるよう頼んだ。ペトルが縄を投げ、サンクニを引っ張り上げてやった。サンクニは捕まり、両手を縛り上げられた。ペトルは言った。「パティ、あんたはクロウォの悪行、強欲を計画するやつだ。クロウォの悪行はみんな、あんたの企んだことだ。このペトルが尋ねる。『パティよ、まだ生きていたいかね?』」
 「トル、そなたは知らんのだ。私はクロウォの叔父。クロウォはパンダワの血族。そなたは私を害するつもりなのか?どうかご慈悲を。私はそなたの父の友ではないか?」サンクニは拝み込んだ。
 「おまえは、我が父スマルを亡き者にしようとし、平和な俺たちの村をぶち壊した。それが親父さんの友達だって?」バゴンがサンクニに乗りかかって言った。
 「許してくれ!バゴン。私は醜い年寄りだ。パンダワの親族でもあるのだ。そなたらはパンダワの従者ではないのか?」サンクニは慈悲を乞うて叫んだ。
 「パティさんが自分は年寄りだって分かってて、パンダワの一族でもあるってんなら、なんでパティさんはいつもパンダワに悪さをするんだ?なんでいつも罪深い残酷なことを企むんだ?」ガレンが声を荒げた。「純朴なクラムピス・イルンの村人たちが、クロウォとあんたが来たせいで何人犠牲になったと思う?」
「サンクニをサテ(焼き鳥)ってのはどうかな?サテ・パティってのを一度やってみようよ。」バゴンが提案した。
 「心の腐った年寄りは、肉も臭いぜ。」ペトルが答えた。「豊かな恵みのあるこの地でサンクニみたいなやつの肉を食いたいなんて者がいるか?」
 「じゃあこれはどうかな?まず細かく刻んで、それから壷に入れてお酢を注ぐ。サンクニの漬け物の出来上がりってのは?」バゴンが言った。
 「残念ながらナイフが無い。まあ、俺たちは庶民を押さえつけて搾り取るような輩とは違う。」ペトルが言った。
 「もっと良いのがあるぜ。こいつを田んぼの真ん中に縛り付けて、稲を狙って来る鳥を追い払う案山子にするのさ。」ガレンが言った。
 「サンクニの身体には毒がある。害虫退治にちょうど良いな。」ペトルが答えた。
 「ならん。罪を犯してはいかん。私がアスティノの大臣、パティだと知らんのか?」
 「アスティノ国にいるときはな。でも今はこうやって捕まってる。おいらの目の前にいるのはただの罪人だ。おまえの運命はおいらたちに握られているんだ。」ペトルが言った。
 「一番良い方法を思いついたぜ。」バゴンが声を上げた。「今回の騒動の首謀者としてこいつの処分は、クラムピス・イルンの人たちに任せるのが公平だと思うな。」
 「いいね。」ペトルが言った。
 「おれもそれで良い。」ガレンも言った。
 「わしは反対だな。」後ろから声がした。
 その声に三人は驚き、振り返ると、アルジュノとスマルが立っており、一部始終を見ていた。言ったのはスマルであった。
 「なんで親父さんは反対なのさ?親父さんは殺されかけて、クラムピス・イルンの人たちもひどい目に会わされたんだぜ。」ペトルが叫んだ。
 「この男は、」スマルが答えた。「大戦争バラタ・ユダの火種を撒き続けた。今殺しては、戦争の残忍さを見ること無く終わることになる。彼を放してやれ。放っておけばさらにあちこちで戦争の火種を撒き散らし続けるだろう。そして必ずや、彼自身がその炎に焼かれることになるのだ。」
 「こんな悪人を放してやるのかい?こんな奴を許してやる道理があるのかい?」ペトルが声を上げた。「そんなことをしたら一体どこに正義と公正があるっていうんだい?」
 「むろん、悪事は報いを受けなければならん。しかし、我らがこやつらの真似をする必要は無い。」スマルが言った。
 「でも、こいつは人殺しだ。強盗だ。みんなを傷つけたんだ。」バゴンが叫んだ。
 「彼らの悪行、残忍さを真似して彼らを傷つけて、一体何になるのだ。」アルジュノが言った。「放っておいても、彼らは自らの行為の報いを受けることになる。」
 「パティ・スンクニ殿、」スマルが言った。「私がスマルだ。我が主人アルジュノもここにおる。あなたは昼も夜も、あちこちと我らを探していましたな。もう私を必要ではなくなりましたかな?」
 恐怖で顔を青くし、身体を震わせながら、サンクニはスマルに答えようとした。「スマル兄、またアルジュノよ。今日は運悪く私の負けとなった。しかしここでお前たちの運は尽きたのだ。クル・セトロの戦場で我らに勝算が無いとでも思うか?」
 「欲に目が眩んだ者にはもはや何の力も無い。パンダワの品格の高さはサンクニのごとき者に比ぶべくも無い。」スマルはペトルに言った。「我が息子たち、ペトル、ガレン、バゴンよ。お前たちはクロウォの真似などしてはならん。お前たちとクロウォは違うのだ。だからサンクニを放してやれ。」
 解放されると、一言も無くサンクニは去って行った。
 今や戦いは終わった。アスティノ軍は総崩れとなり、もはや残っていなかった。生き残った者は慌てふためいて逃げ去り、クロウォたちも兵たちより先に散って行った。クロウォたちが逃げて行く中、アディパティ・カルノはもう一度スンジョト・クントを放とうとしたが、思いとどまった。グバル・ソドでの出来事が頭をよぎり、心臆したからである。
 撤退の司令も無く、クロウォたちとアスティノ軍は、それぞれ身の安全を思い、戦場を後にした。

インドロ・プラストの城門

 スリ・クレスノは馬車から降り、戦場に会したクサトリアすべてが参集した。戦闘を共にしたアビマニュは、スリ・クレスノの馬車にいるパティ・ウドウォに随行した。今や、一同がここに会し、スリ・クレスノの命を待つ。
 「パンダワならびにドゥウォロワティの一族たちよ、スマル兄とアルジュノを探す我らの仕事は彼らを見つけ出すことが出来、ここに終わった。我らを不安は解消され、我らは満たされている。さあ、前に進もう。」そして、「一つの仕事は終わったが、慢心して心を緩めることはならぬ。さらに注意深く、さらに意識を高めて、今までの経験から学ばねばならぬ。忘れるな、敵はその歩みを止めておらんのだ。」
 「それに」アルヨ・ビモが言葉を継いだ。「今我らが為すべきを言上するなら、今夜ここを出発すべきだ。そうすれば夜明けには国に着くことができる。」
 「ビモの言う通りだ。」スリ・クレスノは言った。「アルヨ・スティヤキ、今夜また兵たちを進軍させることに同意するかね?」
 「むろん。幾人かの兵が先程の戦いで斃れ、さらに多くの者が傷つきました。死んだ者たちを埋葬し、怪我人を手当てします。残りの者たちは道中の護衛として進軍することに同意いたします。」さらに言った。「傷ついた者たちは担架に乗せ、車で運びます。」
 「それが良い。旅を続けるにあたって、予期せぬ道中の危険に備えねばならん。」スリ・クレスノはスマルに言った。「スマル兄よ。兄の祝福を乞う。今夜我らは行軍を続け、夜明けにはインドロ・プラストへ着くでしょう。」
 「私としては、兵たちが大丈夫であれば、今夜出発しても問題は無い。」スマルはビモに尋ねた。「アルヨ・ビモ。兵たちは長い道のり、大丈夫かな?」
 「スティヤキ殿の報告によれば、兵たちはまだ十分元気で、行軍に差し支えは無いとのこと。」アルヨ・ビモが答えた。
 「スティヤキの報告がそのようなら、私が行軍にとやこう言う理由は無い。」また言った。「さあ、旅を続けよう。」

 スリ・クレスノはアルヨ・スティヤキに、兵たちに司令を下すよう命じた。静かに、落ち着いて一行はブキット・スリブの谷を出て、インドロ・プラストへ向かった。

 アルヨ・スティヤキは精鋭の司令官数人と共に馬に乗って、ドゥウォロワティ軍の先頭を行った。遥か前をアルヨ・ジョヨマンゴロが斥候部隊を率いて行く。隊列の中央には王の馬車に乗ったスリ・クレスノとスマルが、アルヨ・ウドウォを御者にして進む。アルジュノはウドウォと一緒に力を尽くす。馬車の左にはアルヨ・ソムボ、右にはエロウォノが随行する。馬車の後ろにはアビマニュに率いられた歩兵が続く。アルヨ・ビモは軍の殿(しんがり)にあり、ガトコチョは空から守っている。
 夜明けが近づき、アマルトの地平線を数千の星が飾る。太陽サン・スルヨが地平線に現れ、暗がりが散って行くのを告げる、雄鶏の声が遠くかすかに聞こえる。星の光がだんだんぼやけてきて、太陽バガスコロが光を放ち始める。山の反対側、東の地平線から赤い色がにじむように広がり、辺りの世界が色を取り戻して行く。夜の暗がりに墨色だった空が徐々に夢のような光に色づいて、夜明けを喜びのうちに迎え入れるのである。
 道々鎌を肩に担ぎ、畑に鋤を運ぶ農民たちが見える。水牛や牛があても無く彷徨う。農夫や百姓女たちがぞろぞろと田畑の作物を売りに市場に向かう。鳥たちがさえずり、雄鶏が鳴き、村の生活の美しさを醸し出す。太陽が輝き、ハンマーや大槌が打ち鳴らされ始める。
 先頭の兵たちがインドロ・プラストの門に入り、間もなく軍が戦いから帰還した知らせが広まる。知らせに太鼓とクントン(小太鼓)が打ち鳴らされ、ベルがあちこちで鳴る。あらゆる街角からタムブール(太鼓)の音が広がる。ドゥウォロワティの主(あるじ)、スリ・バトロ・クレスノの到来を告げる楽隊の音で、人々が家からぞろぞろ出て来て、大通りを埋め尽くし、行列が押し渡る。
 森を抜け、谷を渡り、山々を越え、丘を越え、未踏の地を後にして、一行は国境に着いた。太陽サン・スルヨは世界を照らし、夜の闇は、希望と情熱に満ちた日の光に取って代わられる。
 インドロ・プラストの門は太陽バガスコロの光に照らされ輝き、サン・イスモヨの化身、バドロノヨ・スマルは目に鮮やかな光を放つ。門はこの日、サン・バドロノヨの勝利の証となり、口数すくなく微笑む。その心は戦場での輝ける信念で喜びに満ちていた。スリ・クレスノの手はあたかも全能の力を得た者を鼓舞するように固く握られていた。笑いながらスマルが言った。「希望の夜明けが目前にある。絶対の確信をもって言おう。最後の勝利は正義と公正の側にあるのだ。」
 一行は街に入って行く。インドロ・プラストでは、国と民のために仕事を成し遂げた兵たちを祝う宴が催されるのだった。
(了)
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by gatotkaca | 2012-08-08 02:02 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その33

 別の場所ではエロウォノとジョヨドロトが戦っていた。その力は拮抗していた。むろんジョトドロトは不死身の戦士である。超能力に長け、戦術に通じたセノパティだ。あらゆる危険に対応できる強力な戦士である。動きは機敏で速く、敵の攻撃を察知する。しかし夕べ生まれたばかりの鶏のひなのようなエロウォノはマヤンコロの弟子だ。まだ若いとはいえ、完璧な戦闘のイルムを持ち、献身的な若者であり、瞑想の修行にもよく励む。ジョヨドロトが素早く動けば、エロウォノはさらに速く、機敏さではジョヨドロトを遥かに上回る。ジョヨドロトは適わないと感じ、敵の強さと能力を思い知り、自身が長くは持つまいと感じた。ジョヨドロトは右手の拳撃と同時に、必殺の左蹴りを放った。ジョヨドロトの拳を一瞥して、エロウォノは身体を傾け、続く蹴りで反撃しつつ態勢を整えた。だがジョヨドロトの攻撃は明らかにフェイントで、拳を避けられるとすぐさま蹴りを放ち、一瞬でジョヨドロトは左回し蹴りをしながら下に潜り込み、エロウォノの足を打とうとした。柔軟な身体と機敏さを持つエロウォノは両足をしっかり地に着け、身体の力を緩める。身体が雲の上にいるようになったエロウォノは両足を続けざまにジョヨドロトの顔面に向けて放った。ジョヨドロトは避ける間も無く、顔面にエロウォノの蹴りを受け、地面に倒れ伏した。ジョヨドロトがもはや戦えないと見て、その身体はスティヤキとアディパティ・カルノが戦っている方へ飛ばした。グバル・ソドの時と同様のアディパティ・カルノの尊大さを見て、怒りがわく。放たれたスンジョト・クントに失神させられたことを思うと怒りがわく。アディパティ・カルノの後ろを取ると、すぐさま殴り掛かった。しかしカルノはその辺の兵士とは違い、容易く裏をかくことは出来ない。後方の風の動きを察知して、相手の動きよりも速く腕を両脇に固めてアディパテ・カルノはエロウォノの殴打を受け止めた。身体を固くして攻撃を受け切ったアディパティ・カルノは後ろに回り込む。アルヨ・スティヤキも攻撃を仕掛けるが、肩をつかまれ前に押し出され、体をかわされる。エロウォノが再び殴り掛かり、避けきれず、エロウォノの攻撃が胸に当たり、カルノは倒れる。起き上がったジョヨドロトは、アディパティ・カルノを挟撃するエロウォノとスティヤキを見て怒り、飛び上がり、アルヨ・スティヤキの背に向かって突進した。闘気に満ちたスティヤキはジョヨドロトの殴打をものともせず、反撃した。またもや激戦が始まった。しかしジョヨドロトの力はスティヤキに遠く及ばぬ。間もな彼はスティヤキの連続攻撃で疲れ果ててしまった。アディパティ・カルノ、ドゥルソソノ、そしてジョヨドロトは劣勢であった。味方の不利を見て、パティ・スンクニは丘の後方に隠れていたアスティノ軍の伏兵に合図を送った。アスウォトモ、カルトマルモ、ドゥルマガティ、チトラクソそしてチトラクシらに率いられたアスティノ軍が大挙して戦場に押し寄せて来た。十分に強いスティヤキ、ソムボ、エロウォノとはいえ、多勢に無勢、ついに身を守るのに精一杯の状態となった。

 上空の白雲の傍らにいたゴトコチョは、埃が舞い上がるのを見、槍と盾、剣とビンディがぶつかり合う音を聞いた。その音に気付いた彼は直ちに埃の舞い上がる中に降下し、戦闘がクロウォ兵とのものだと知った。スティヤキ、ソムボ、エロウォノを取り囲んでいたアスティノ兵たちは、相手を確かめる間もなく打ち倒されていった。クロウォノ多くは、空からの稲妻のようなガトコチョの攻撃に、為す術無く、アスティノ兵たちは散り散りになり、戦場を放り出してばらばらに逃げて行った。ソムボを捕まえていたドゥルソソノは、集中攻撃を受けた。ソムボはドゥルソソノが疲れ果て、虚勢を張っているだけと思い込み、不意を突かれたのだった。しかしソムボが地面に投げつけられた時、ガトコチョは攻撃した。横っ腹にゴトコチョの蹴りを受けてドゥルソソノはソムボを放した。ガトコチョの攻撃に驚いたドゥルソソノは胸を拳で打たれ、あっという間にひっくり返った。
 戦いは苛烈さを増した。ドゥルソソノ、ジョヨドロト、アディパティ・カルノが戦闘不能になったとはいえ、クロウォは数えきれぬほどいる。スティヤキや他のクサトリたちも疲労困憊していた。もはや乱戦となり、互いに殴り合い、蹴り合い、突き合う。飛ぶことのできるガトコチョは鳥がバッタを捕らえるように、空中から敵を薙ぎ倒した。
 ドゥウォロワティ軍の形勢が不利になって来たその時、突然、戦場から逃げるアスティノ兵たちの叫び声が聞こえた。状況が一変した。今やクロウォ勢はドゥウォロワティの兵たちの格好の的となった。スティヤキはアスウォトモと、エロウォノはチトラクソ、チトラクシ兄弟と、ソムボはカルトマルモと対峙した。ドゥルマガティだけは木の後ろに隠れていた。アスティノ兵たちが逃げたのは、突然アルヨ・ビモが戦場に乱入して来たからであった。スマルとアルジュノを探していた森の中から、戦闘の様子が見えたのである。戦っているのが誰だか分かると、彼はすぐさまドゥウォロワティ軍に合流し、アスティノ軍を襲ったのだ。
 一方、川に落ちたドゥルソソノは、ずぶ濡れになってやっと岸に上がった。彼はアルヨ・ビモを見るやすぐさま襲いかかった。一言の挨拶も無くドゥルソソノはビモの胸に拳を打ち込んだ。けれどその攻撃は完全に無視され、反撃も無ければ、避けもしなかった。大きなハンマーを鋼に打ちつけるような、耳をつんざく音がした。ドゥルソソノはその一撃でビモが倒れただろうと思ったが、ビモにとってはカポックの実が当たったようなものだった。ドゥルソソノはナルパティ・ドゥルユドノの次、クロウォの二番目である。憎しみにあふれたその言動は殊更パンダワを傷つけてきた。幼少の頃からクロウォとパンダワは敵対し、クロウォ側の母デウィ・アングンダリと叔父アルヨ・スマン、つまりパティ・サンクニらは彼らを煽動し続けて来た。クロウォたちは、パンドゥの兄、ドゥレストロストロの手中にあるアスティノ王国を奪い返されることのないよう、何度もパンダワたちを殺そうとしてきた。バレ・スゴロゴロの物語では、クロウォの企みでパンダワはあやうく火に焼かれ、黒こげになるところであった。しかし、パンダワを亡き者にしようとするクロウォたちの企みを、ドゥレストロストロら長老たちが注意したことは無かった。アスティノ王国の後見人、スンタヌ王の息子、ルシ・ビスモでさえ、手をこまねいているばかりで、アスティノの長老たちはパンドゥの子供達が滅ぶのに同意しているかのように見えた。
 過去の出来事を思い返し、誠実で正義と公正を守るアルヨ・ビモは、クロウォに対し平静ではいられなかった。クロウォはパンダワと共に生きようとしなかったからである。クロウォはことあるごとにアスティノ王国の主権を奪おうとして来た。アルヨ・ビモはドゥルソソノに反撃した。アルヨ・ビモがドゥルソソノの腕をつかみ、渾身の力を込めてその身体を宙吊りにして放り投げた。ドゥルソソノは草むらに音を立てて落ちた。ドゥルソソノは気を失ってしまった。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-08-07 16:11 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その32

「まさしく。誤り無くば、この辺りはウィロトとアスティノの国境線であり、辺境の地です。ドゥウォロワティはウィロト、アスティノと近いですからではないですか?」ジョヨディロゴは続けた。「スマル兄とアルジュノ殿のことは分かりません。我らは軍の斥候で、はるか前を行軍しておりますから。」
 「そなたは地位のある者ではないのか?軍を率いる司令官たるセノパティがその軍の様子を知らんと?では、あの大型の馬車に乗っているのは誰だ?スマル兄とアルジュノではないのか?」
 「馬車の中におられるのは、我が主、スリ・クレスノです。それ以上はお答えできません。」ジョヨディロゴが答えた。
 「素晴らしい、しかしそなたは私が誰か知らぬのかね?答えを誤るな。」
 「お許しあれ、ナルパティ。私は任務を与えられた一兵卒にすぎません。私に与えられた権限以上のことはお答えできません。ナルパティ・アンゴは偉大なる戦士でいらっしゃる。兵卒の心をお分かりと存じます。」ジョヨディロゴは続けた。「私は真実を知っております。あの高貴なる方が誰かを。だがお答えすることはお断りする。」
 「手本となるにたる兵士よ、そなたは知らぬ。アルジュノは我が兄弟だ。スマル兄は我が兄弟たちパンダワの国アマルトの従者。他のクサトリアたちと私を一緒にしないでもらいたい。もう一度尋ねる。スマル兄とアルジュノはここにいるのか?」
 「今一度お許しを乞う。私は知らぬ。私に分かるのは、この軍をドゥウォロワティに率いて行くことが、我が任務であるということだけだ。」ジョヨディロゴが答えた。
 「私にたてつこうというのか?」
 ジョヨディロゴが答える間も無く、ジョヨドロトが馬を駆り、突然馬上から彼の胸目がけて蹴った。不意をつかれて彼は倒れ、地面に転がった。しかし、すぐに立ち上がると、ジョヨドロトに打ってかかった。ジョヨドロトは有利な位置にいたので、さらに蹴りを放ち、彼はまた倒れ伏してしまった。
 ジョヨディロゴがやられたのを見て、号令が飛び、精兵たちがすぐさまアディパティ・カルノとジョヨドロトに攻撃を仕掛けた。クロウォ軍は既に準備をしており、ドゥウォロワティの兵を迎え撃ち、激しい戦闘となった。多勢に無勢、間もなく兵たちはジョヨドロトとドゥルソソノに圧倒された。ドゥウォロワティの兵卒が一人、馬で逃げ、状況をアルヨ・スティヤキに報告した。
 すでに軍の準備を整えていたアルヨ・スティヤキは、精兵の一人が必死の形相で馬を駆って来るのを見て、何が起こったかを悟った。兵の報告を待つまでもなく、スティヤキは戦場へ向かう号令をかけた。アルヨ・スティヤキはアディパティ・カルノと対峙した。幾人もの兵たちが血を流して横たわっている。数人のドゥウォロワティ兵は馬から降り、傷つき倒れた兵たちを本体へ運んだ。アルヨ・スティヤキは馬を近づけ、言った。「ドゥウォロワティの兵たちが無礼を働いたなら、私、アルヨ・スティヤキはアディパティ・カルノ兄にお許しを乞う。しかし、これほどの惨い目にあうような過ちがあったのですかな?」
 「ドゥウォロワティの兵は礼儀を弁えていると聞いておったが、実際は違っていたようだ。私とクロウォたちが何者であるかを弁えておらぬ。私の質問に、何の答えも無い。ドゥウォロワティの兵どもは礼儀を知らぬ。そなたアルヨ・スティヤキは、ドゥウォロワティの兵がどれほど死んだか尋ねんのか?」素っ気なくアディパティ・カルノが聞いた。
 「いいえ、彼らに誤りがあったなら、このアルヨ・スティヤキは兵が幾人死のうが問題にしません。それはこちらの責任ですから。改めてお許しを乞います。」アルヨ・スティヤキは言葉を続けた。「彼らが無礼な口をきいたなら、死を受け入れるべきなのでしょう?」
 「仲間内の無礼なら陳謝を受け入れもしようが、私に対する無礼、このアンゴ王に対してはそれ相応の罰を受けねばならぬ。私は我が行為の責任を取る。そなたはどうしたい?」アディパティ・カルノは挑戦の声を上げた。
 微笑みながらアルヨ・スティヤキは答えた。「さきほど私は言いませんでしたかな、我が兵たちに誤りあらば、お許しを乞う、と。大口叩くな!このような行いが王に相応しいのか?そなたは戦闘司令官だが、穴の中のアリにも等しい。逃げ隠れするトカゲだ。アディパティ・カルノが何者かと見れば、自分の声に驚き縮こまるコオロギ、甲虫の類いだ。ドゥウォロワティの兵は違う。そなたに尋ねる。そなたらクロウォは何がしたいのだ?」
 「私とクロウォたちはスマル兄とアルジュノを要求する。この隊列にいることは分かっている。われらに渡すか、それともドゥウォロワティ軍をばらばらにされたいか?」
 アディパティ・カルノの言葉を聞き、アルヨ・スティヤキの顔は真っ赤になった。拳をアディパティ・カルノに突きつけ、言った。「スティヤキには拳がある。そなたの顔を打つ拳がな。アディパティ・カルノには戦う勇気があるか?アディパティ・カルノは男か?クサトリアを気取り、王の地位を持つが、その振舞いは礼儀を知らぬ。さあ、前へ出ろ、その名を残すためにな。」
 答えを待つ間も無く、アディパティ・カルノの馬が飛び跳ね、スティヤキの馬が驚き、アルヨ・スティヤキは足を締めて馬を落ち着かせた。馬の胸がのしかかり、スティヤキはとげの付いた鋼の網をかけられた。アディパティ・カルノの馬はスティヤキの馬にはね返され驚き、飛び跳ねて御せなくなった。その時スティヤキの右足がアディパティ・カルノを襲った。気の荒い超能力の馬の動きに驚きながらも、危険なスティヤキの蹴りを避けなければならず、アディパティ・カルノは一瞬でスティヤキの馬を避けながら、馬から飛び降りた。スティヤキの攻撃は的をはずれ、ドゥルソソノとジョヨドロトに当った。両の拳がクロウォの二人に向けられた。避けきれずに腕に当たり、ジョヨドロトとドゥルソソノは跳ね上がって馬から落ちた。スティヤキの攻撃はさらに続き、攻撃を待ち受けるアディパティ・カルノに向かった。スティヤキの馬は倒れ、アディパティ・カルノは身をかわして避けた。さらにアディパティ・カルノはあぶみを締めるスティヤキの足をつかんだ。スティヤキの足は引っ張られ、二人はもんどりうって倒れた。二人はすぐに立ち上がり互いに拳で殴り合った。二つの拳がぶつかり合い、共にやや後退した。誉れ高き戦士二人は一騎打ちの手管も知り尽くしていた。互いに相手の死角を突いて打ち合い、二つの影が行ったり来たりした。ジョヨドロトとドゥルソソノはアディパティ・カルノの助っ人に入ろうとしたが、白熱する会議のような競り合いと超能力に、手を出せなかった。馬上にいたパティ・スンクニは危険を避けていつでも逃げ出せるよう構えていた。
 ソムボとエロウォノは軍と共に戦場に向かっていた。パティ・スンクニはすぐさま口笛を吹き、アスティノ軍に攻撃を命じた。アスティノグンとドゥウォロワティ軍は激しい戦闘に入った。エロウォノとソムボは戦闘に飛び込もうとしていたジョヨドロトとドゥルソソノに近づき、激しい戦いとなった。二人のクサトリアは年長であった。ドゥルソソノが司令を発した時、反撃を受け、彼はスリ・クレスノの息子ソムボに呪いの叫びを浴びせた。
 でっぷり太って背の高いドゥルソソノは身体の動きが固く、鈍かった。一方ソムボはスリムな身体で、動きはスリ・グンティン鳥のよう、速さはシカタン鳥のようだ。前に出るかと思えば後ろに退き、蹴りを放つ。ドゥルソソノの動きは混乱する。幸い頑丈な身体と厚い皮膚を持っているので、巨大な象のように、ソムボの執拗な攻撃も効いていないようだ。とはいえ間もなく呼吸は乱れ、胸も喘いで動きに迷いが出て軽やかさも無くなった。反撃できなくなって、連打される太鼓のように攻撃を受け続けた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-08-05 23:56 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その31

ブキット・スリブの戦い

 秋が訪れた。樹々の葉はしぼみ、枯れ落ちて緑は失われ、葉がジャングルの地面を覆い尽くす。風に吹かれて、枯れ葉が飛び、断崖にあたる。荒野を吹く風の音に、森に住む動物たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。雄牛、鹿、虎、その他の動物たちが身を守る場所を探す。野獣たち、飛び猿たちが慌てふためいて森から逃げて行く。なにゆえか、大いなる力によって樹々は倒れ、幹は崩れ落ちる。これぞ、アルヨ・ビモの歩みに他ならぬ。山を登り、谷をくだり、川を渡ってスリ・クレスノの行方を追っているのだ。とはいえ、未だ見つからぬ。アマルトを遥かに離れ、長き道のりを行き、彼は心の内に思うのである……。
 ブキット・スリブ(千の山)の中のある谷間に幕舍を張って休息する兵たちが見えた。その様子は定期的な見回りに出ているようではなく、敗残兵のようであった。観たところ、痛みにうめいて横たわる兵や、手や足、他の場所に包帯を巻いている兵たちもたくさんいるようである。杖をついて、跛をひいて歩く者、今にもたおれそうに顔をしかめて、うなだれている者もいる。グバル・サドでハヌマン、エロウォノと戦い、嵐に吹き飛ばされたアスティノ兵たちの残党であった。
 幕舍は急場しのぎのとても簡単な作りであった。アディパティ・カルノはパンティ・スンクニやセノパティたち、ジョヨドロト、ドゥルソソノ、カルトマルモ、アスウォトモ、それにチトラクソ、チトラクシらと会議していた。バスカルノの話が聞こえて来た。「まるで夢のようだ。私がエロウォノと対決し、スンジョト・クント・ウィジョヨダヌを構え、射放とうとした時、まさに奇跡が起こったのだ。山一帯を黒雲が包み、後は何が起こったのか解らぬ。スンジョトが射放たれた時、不思議な白猿が来て、スンジョト・クント・ウィジョヨダヌをつかみ、防いだ。もっと不思議なのは、この谷に飛ばされて、私が気付いた時には、クント・ウィジョヨダヌは私のもとにあったことだ。」また続けた。「アスティノ軍に起こったことは本当にあったことなのだろうか?」
 「たしかにそうだが、」アルヨ・スマンが言った。「私の観たところ、アンゴの宝具をはね返したのは白猿ではなかったようだが、しかし……」
 「しかし、あの山には他の者はいなかった。」バスカルノが遮った。「私が思うに、やはりあの白猿がクントをつかみ取ったのだ。」
 「あまりに一瞬の出来事で、ナルパティは激怒していたから、辺りを見る余裕も無かったであろう。私はあのろくでなしの猿めの蹴りを受け、苦行所の前のブリンギンの木の枝にぶら下がっていたのだ。そこからは全てがはっきり見えたぞ。あの時、ナルパティ殿はクントを射放とうとしていた。するとエロウォノの前にルシの衣装を着たクサトリアが現れたのだ。その姿形は、まるで愛の神コモジョヨのようであった。」
 「あの時、俺とジョヨドロトはもう立っていられず、あの後のことは何にもわからんのだ。」ドゥルソソノが言った。
 「それで、どうしたのです、アルヨ叔父?」バスカルノが尋ねた。
 「現れたルシはとても威厳にあふれていた。」アルヨ・スマンは声を高めた。「そなたの武器は既に射放たれていたが、突然、山一帯が真っ暗になり、何も見えなくなってしまったのだ。そしてものすごい風のうねりが聞こえた。後は私も気を失ってしまった。夜明けになって気がついたら、この山にいたというわけだ。」
 パティ・スンクニの話を聞き、誰も口を開けなかった。ナルパティ・バスカルノですら。皆、自分たちが奇跡を経験したのだと思うばかりであった。唐突にアルヨ・スマンが沈黙を破った。「しかしこの謎の大体を解く鍵はある。」
 「鍵とは何だ、アルヨ叔父。」アディパティ・カルノが言った。
 「顔や身体の一部、服装などを見るに、むろん彼では無い。しかし、輝く目の光、高貴な物腰、威厳に満ちた顔つき、私の推測が誤りでなければ、エロウォノの後ろにいた、かのルシは、」サンクニは言った。
「アルヨ叔父は誰だと思うのです?」
 身を震わせ、かすれた声でためらいながらアルヨ・スマンは答えた。「おお、我が考えが誤りでありますように。だが多分そうなのだ。疑い無く、あれはアルジュノだ。」アルヨ・スマンの身体は震えていた。
 幕舍に居並ぶ者皆、アルヨ・スマンの言葉に驚き、アディパティ・カルノは立ち上がるほどであった。その顔は抑えきれぬ怒りに真っ赤になった。その心の内は悲嘆にくれていた。というのも後の日のバラタ・ユダの戦場で、ナルパティ・バスカルノはカヤンガンの宝具、クント・ウィジョヨダヌに望みを託していたからである。アルジュノが容易く頼みのクントをはねのけることが出来るなら、クル・セトロの荒野での自らの運命はどうなるのか。苦しみのあまり、高い超能力を持つアルジュノに対する羨望の念が生まれ、その思いがバスカルノの心を縮み上がらせた。アルジュノは容易くクントを奪い取ることが出来たにもかかわらず、その誠実さから返して来たのである。どこまでも沈みこむ心の内で、バスカルノはとうとう自らの運命をなるがままに任せることにしたのであった。しかし最上のクサトリアとして彼の心は起こったことに臆するを善しとしなかった。その意志力でバドロヨノ捜索に光を見出し、言った。「アルヨ叔父、私をからかって面白いかね?」
 「このような状況で私がそなたをからかうなどありえぬ。からかって何の得があるというのだ。私がさっき言ったように、これが真実でなければどんなに良いことか。そうであれば、我らクロウォにとってこれはひとつの警告となる。アルジュノとスマルが共に出奔しているとするなら、後の日のバラタ・ユダに向けて何をしているのか?新たな超能力を求めておるのだろうか?おそらく、あのルシはアルジュノなのだ。」アルヨ・スマンが続けた。
 「それが確かなことなら、アルヨ叔父よ、一刻も早くスマルとアルジュノの行方を探さなくては。もう一度探しに行きましょう。クント・ウィジョヨダヌを射放ちましょう。その時には……。」
 アディパティ・カルノの言葉が終わらぬうちに、突然山の谷間のジャングルから騒音が聞こえて来た。ジョヨドロトはすぐさま飛び上がり、外へ見に行ったが、幕舍の前で見張っていたドゥルマガティが幕を突き破って入って来た。「何があった、ドゥルマガティ?」
 「この轟は大勢の兵の行軍です。はためく旗を見れば、この幕舍へ向かって来るのはドゥウォロワティ軍です。」
 「それは確かなことなのか?」アディパティ・カルノが遮った。「だが、なぜドゥウォロワティがこの山にやって来るのだ?」
 「さもなくば、」アルヨ・スマンが言った。「アルヨ・スティヤキがアルジュノとスマルを見つけたのだ。」
 「多分そうだ。」アディパティ・カルノが言った。
 「トリガルトのガルドパティ王の報告によれば、アルヨ・スティヤキは、トリガルト軍を攻撃した後、ドゥウォロワティとアスティノの国境線に見張りとしてドゥウォロワティ軍を残したという。」アルヨ・スマンが言った。ドゥルマガティに彼は尋ねた。「ドゥウォロワティ軍はどの方向から来たのだ?」
 「北から南に向かっています、叔父上。軍の中央に大きな馬車が見えました。ドゥウォロワティの馬車のようです。」ドゥルマガティが答えた。
 「これではっきりした、アディパティよ。スリ・クレスノと一緒に馬車にいるのが、スマルだ。」
 「スマルがいようといまいと、」バスカルノが言った。「ドゥウォロワティ軍が随行する馬車を追うのみ。我らの望むようにスマルがいたとしても、我らのもとへ来ないというなら攻撃だ。」
 「大いに結構。」アルヨ・スマンが言った。ドゥルソソノとジョヨドロトにはドゥウォロワティの一行を追う準備が命じられた。「だが注意するのだ。スリ・クレスノは策士だ。一行の後方や周辺に伏兵が居るやも知れぬ。」
 謀議は散開、各々こまごまとした役割分担で準備に入った。号令、ゴング、ドラ、鉦、太鼓、あらゆる音を鳴らし、鞍をかけられた馬がいななき、ふるいにかけられ籠に敷き詰められた米のよう、入り乱れた兵は統率される。巣から飛び立つ蜂のように、兵が大挙して谷から出る。号令の声がかたまってあちこちに反響する。円形に軍を広げ、ガムラン・ドゥグンを聞きながら進むドゥウォロワティ軍を取り囲む。馬に乗って行軍し、ガムランの音色を楽しんでいたアルヨ・スティヤキは一行に危険が迫っていることに気付かないかのようだった。と、急にその手が挙がり、軍の一時停止を合図した。二人の司令官が馬を駆って来たのだ。アルヨ・スティヤキは二人の司令官が現れたと同時に、その意図を理解した。号令と共に軍は左右、前後に広がった。広がった兵たちは、周りに向けて武器をかざし、Uターンして後ろの軍に対峙した。アルヨ・スティヤキはその赤馬を疾走させ、数人の司令官たちと共に守りを固めた。軍の後方には、アルヨ・ソムボが白馬で駆けつけた。右辺にはバムバン・イラワン、左辺にはアビマニュが精兵たちと共に並ぶ。殿(しんがり)にはアルヨ・ガトコチョがリラックスした身振りで後方からの攻撃に備えていた。
 四頭の白馬に曵かれたドゥウォロワティの王の馬車は、アルジュノと共にいるパティ・ウドウォの御者の技で、疾走した。道の砂利を踏みしめる車輪の轟音がきしむ。曲がり道にさしかかり速度を緩めた馬車に、突然左右と前方の三方向からアスティノの兵の雄叫びが聞こえて来た。セノパティ、ジョヨディロゴが馬で駆け寄り、その後ろには精兵たちが続く。彼らは前方からの軍を止めにかかる。ジョヨマンゴロとジョヨマンドロの率いる軍が左右から駆け寄って来る。
 アスティノ軍が包囲をかけてきたのを見て取ったアルヨ・スティヤキは、スリ・クレスノに報告するため、すぐさま馬を返した。「左右、前方から軍が押し寄せ、我らの行軍を阻もうとしています。アスティノ軍のようです。」
 スリ・クレスノは微笑みながら答えた。「クロウォが計画を続行するであろうことは解っていた。知恵を使うのだ。戦わずに済みそうなら、そのように。だがクロウォが戦いを主張するなら、暴力も辞さない。善きようにはからえ。」
 直接命令を待たずに、スティヤキは手綱を引き、矢のように前方へ駆けていった。アスティノ軍を食い止めたセノパティ・ジョヨディロゴは、赤い馬に乗っている者が、まさしくアディパティ・カルノであると分かった。ジョヨディロゴは馬から降り、敬意を表した。声をかける間も無く、アディパティ・カルノが話しかけて来た「ドゥウォロワティの兵とお見受けする。尋ねることを許されよ。スリ・クレスノ兄もおられるのか?」
 「まさしく。我らが主スリ・クレスノもむろん居られます。」ジョヨマンゴロが答えた。
 「スリ・クレスノ兄が行軍に随行するとは尋常ではない。ドゥウォロワティ軍は何処から来て、また何処へ向かうおつもりか?」アディパティ・カルノが尋ねた。
 「ドゥウォロワティの各地を回り、今ドゥウォロワティへ戻るところです。」ジョヨマンゴロが答えた。
 「されど、ここはアスティノとウィロトの国境ではないか。クレスノ兄はウィロトを訪問されたのか?あるいは、アルゴ・セトから降りて来たばかりとか?この一行の中にスマルとアルジュノがおるのではないかな?」

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-08-04 11:35 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その30

 ウィスヌはスリ・クレスノとなり、イスモヨはバドロノヨに戻った。二人はアルゴ・セトの苦行所で対峙した。彼らが話始めようとすると、突然アルジュノが現れた。彼こそマハ・ルシ・ライェンドロの弟子、ルシ・ダナン・ウィジョヨジャティその人であったのだ。
 アルジュノが現れたのを見て、スリ・クレスノは言った。「この今、我らが直面している問題について話合うのはまさに相応しいと言えるだろう。我ら全て、パンダワ、ドゥウォロワティ、ウィロト、そしてパンダワ側に立つ国々全てはスマル兄とそなたアルジュノの失踪に心傷めていた。スマル兄とアルジュノの失踪はアマルトの雰囲気が曇ったことに原因がある。そのような状況はまさしくバラタ・ユダが惹起した際にはクロウォたちに有利に働くことになる。私はアマルトが兄とアルジュノを失うことを大いに恐れ、心配しているのだ。」
 「スリ・クレスノ陛下、あなたは私がいなくなるようなことがあると、何が足りないとおっしゃるのかな?陛下は避けられぬバラタ・ユダが起こった時、それが戦争における不利を生むと言う。アマルトの民衆全てはパンダワに味方するだろう。だが、戦争においては、その民衆こそが最大の犠牲者となるのだ。小さな戦争においても民衆は必ず犠牲を強いられる。後の日のバラタ・ユダには数十の国々が関わることになるだろう。それは数百万、数千万の人間にとっての脅威となる。私は陛下にお尋ねしたい。このような多大なる民衆の犠牲は何のためにあるのか?」スマルは尋ねた。
 「スマル兄よ、」スリ・クレスノは言った。「兄にバラタ・ユダの意味と目的を説明する必要があるのですか?あなたは私以上に理解されているはず。この戦いは正義と公正のための戦いなのだ、と。誰のために、そしてどちらに味方されるべきなのか、バドロノヨ兄が尋ねる必要はないと思われます。」
 「先程私は言った。私の払う犠牲は私個人の犠牲ではなく、全ての民衆、全ての人間の犠牲を意味する、と。アマルトの勝利はパンダワの勝利だ。そしてアスティノの敗北は属国とその全ての民衆がパンダワの手に落ちることを意味する。では、パンダワの勝利はアマルトの民衆の勝利を意味するだけでなく、アスティノの民衆そしてその属国の民衆の勝利をも意味するのか?それともパンダワがクロウォを敗った後も民衆の運命はクロウォが支配していた時のままなのか?」
 緊張が走った。しばらくスリ・クレスノは黙ったまま、一言も発し得なかった。というのも、スマルの発した疑問に対してスリ・クレスノは未だかつて考えを巡らせたことが無かったからである。心の内でスリ・クレスノは気付いた。今までクレスノ自身もパンダワたちも、スマルを独立した存在として考えず、いわばパッチワークの部品としてしか見ていなかったことに。この今、パンダワだけでは乗り越えられない危急存亡の時において、スマルこそが最後の希望なのだ。スマルとその息子たちが受けた恩恵と言えば、おんぼろの小屋と遠く離れた小さな村だけである。スリ・クレスノの考えるようなことは、スマルにはすでに解り切ったことだったのだ。彼は言った。「このようなことを言ったからといって、誤解してはならん。私はパンダワの勝利で何かを得ようなどとは思っていない。私はパンダワのために犠牲を払うことに、何の見返りも求めてはおらんのだ。犠牲となるとはいえ、それは自身の意思による献身なのだ。パンダワへの献身が、すなわち人間への献身ということではないが、高潔なる理想に身を捧げることではある。今為すべきことに専念するのみだ。私にとってパンダワとは正義と公正の旗印である。我が献身が勝利を決定づける意味を持つなら、それは正義と公正のためである。それこそが私が払う犠牲の意味である。私が先程尋ねたのは民衆の運命なのだ。」
 辺りは静まり返る。スリ・クレスノは、スマルによって提起された問題に驚く。姿を現してから一言も発さなかったアルジュノが、沈黙を破った。「パンダワはパンダワのためだけに戦うわけではありません。パンダワはアスティノを手に入れるためだけにクロウォを打倒するわけではないのです。今私は、スマル兄にご自身のご意見をお返しする。バラタ・ユダは正義と公正のための戦いなのだ、と。パンダワはクロウォに搾取され、抑圧されている民衆の尖兵となって戦うのです。」
 「千の正義と公正も、人間に寄り添い、人間のためのものでなければ、それは正義でも公正でもないのだ。」バドロノヨは言った。
 「スマル兄が考える民衆のための正義とは何ですか?」スリ・クレスノが尋ねた。
 「パンダワは民衆のために存在し、アマルトは民衆のために存在する。民衆の助けを得ずして、パンダワがバラタ・ユダで勝利し得るなどと期待してはならん。私が思う民衆のための正義とは、バラタ・ユダが行われるなら、それは民衆のためでなければならない、ということだ。」スマルが答えた。
 「どういう意味でしょう?」
 「パンダワの勝利は、民衆の勝利であり、それはアマルト、ドゥウォロワティ、ウィロト、またアスティノやアスティノの属国の民衆をも含めた全ての民衆の勝利でなければならない。バラタ・ユダは、民衆にとっての最後の苦しみでなければならぬのだ。」
 「兄の意図をもう一度確認できませんか?」
 「大地の富は、人間の繁栄と幸福のために使われなければならないのだ!」スマルは叫んだ。
 スマルの言葉を聞き、スリ・クレスノは喜びをあらわにして笑った。話し合いに心を昂らせて気付かぬうちにハヌマン、バムバン・イラワン、アルヨ・スティヤキ、ソムボ、ガトコチョ、そしてガレン、ペトル、バゴンを連れたアビマニュたちが苦行所に集まって来ていた。三人の息子たちは、スマルを見て、喜びのあまり泣きじゃくった……。
 「終わったんだよ、息子たちよ、泣かなくてもいいんだよ。楽しみも苦しみも、喜びも悲しみも、人生の彩りにすぎん。努力無しに幸福を得ることはできない。もっと厳しい苦しみにもこれから耐えて行かなければならないのだ。ナルパティ・ハヌマン、ポンチョワティのセノパティよ、アルンコとポンチョワティの戦いを忘れたか?」
 「スマル父さん、クラムピス・イルンの村はクロウォたちに滅ぼされてしまったよ。村人たちの家は壊され、みんな殺された。女たち、娘たちは汚され、財産は奪われちまった。」ペトルが泣きながら伝えた。
 「すんだことだ。息子たちよ。過ぎ去ったことは気にかけるな。クロウォとはそういう連中なのだ。すんだことはすんだこと。為すべきことはまだある。どんな困難にも強い意志と不屈の心で向き合うのだ。クロウォたちのことは放っておけ、彼らはこれから自らのして来たことの責任を負うことになる。人生を決めるのは祈りでも、呪文でもない。行動することだ。カルマ、業とは為したことへの責任が結果として帰って来るという法なのだ。何にも持ってなかった頃に戻ったと思って一からやり直すのだよ。」スマルの子供達への言葉はこのようだった。
 「ナルパティ・ハヌマン、」スマルはハヌマンに声をかけた。「私はそなたに何をもってお返ししようか?ナルパティは、今の状況が危機的であることは解ってくれているだろう。申し訳ないがしばらくは、そなたに相応しいものをお返しすることができぬのだ。」
 「スマル兄よ、ハヌマンがアルゴ・セトの安寧を護る役を果たせていたなら、それだけで満足です。自分の役目を果たすことが出来たなら、それに勝る幸せはありません。ただ、このハヌマンは心苦しいのです。結局は、アルゴ・セトに予期せぬ客たちが来てしまいました。パンダワとドゥウォロワティのクサトリアたちです。」そしてスティヤキとガトコチョに向かって言った。「私をお許しください。この身の程知らずの老いぼれ猿を。皆さんがお出でになった時、無礼を働きました。大いなるお許しを乞います。力に頼り、礼儀を忘れた。さきほど私が戦いを放り出したのは、あの時大事な要件があったからなのです。腹立ちまぎれに失礼なことを口にしましたが、今は平静を取り戻しました。ナルパティ・アルヨ・スティヤキとソムボよ、お許し下さい。バラタ・ユダの予行練習とでもお考え頂けますように。」
 「ハヌマン師父、」ガトコチョが言った。「許しを乞うべきは私です。来るなり挨拶も無く打ちかかるなど、真に礼儀知らずなことでありました。共に各々の役目を果たそうとしてのことだったのです。」
 「ハヌマン兄よ、諺に言うではありませんか」スティヤキが言った。「英雄の精神を認めることのできる者は英雄である、クサトリアの尊厳を守ることのできる者はクサトリアである、と。困難の中でこそ友情は見出されるのです。」
 「スリ・クレスの陛下、」ハヌマンがスリ・クレスノに言った。「千のお許しを乞います。忙しく動き回り、時間を持てず、ハヌマンはドゥウォロワティにご挨拶に伺う暇がありませんでした。」
 「お言葉に感謝する。ハヌマンよ、あなたがアルゴ・セトにいてくれたお陰で、クロウォの侵攻を防ぐことができた。アルゴ・セトの山頂に来ようとしたクロウォの計画を壊すことができたのです。」スリ・クレスノが言った。
 「アルジュノ殿下、ハヌマンはアルゴ・セトにある間、多くの失礼をいたしました。今、改めて殿下にお許しを乞います。今回の苦しみ、困難すべてを今後の手本として、美しい思い出としてハヌマンは自身の墓にまで持っていくつもりです。」
 「ハヌマン兄よ、終わりの無い祭りは無く、終わらぬ旅も無い。」アルジュノは言った。「始めたものは終わりにしなければならぬ。永遠なる存在へ至ることが、目覚めた者の役割だ。その目覚めをもって、糧となし、高潔なる理想のために生きるのだ。兄よ、高潔なる理想がどこかにある。我らは人間の理想のためにこの人生を捧げるのだ。」
 「スマル兄よ、アルジュノの言葉は我らには皮肉ですな。終わらぬ祭り、終わらぬ旅を我らは生きている。思うに、今や、我らが共に歩んで来た旅を分ち、終わらせる時が来たのです。兄よ、ハヌマンはお暇を乞う。スマル兄からお預かりした、バムバン・イワランを、またあなたにお任せしたい。我が弟子としていた間、たいしたことを教えることは出来ませんでしたが、とはいえ、私はそなたイラワンにお願いする。益体も無い教えとはいえ、それを人生の糧として発展させていくように……。」涙を流しながらハヌマンはスリ・クレスノを見て、それから身を低くして拝跪した。「スリ・クレスノのお体におわす我が主よ、私はお暇を乞います。我が使命が我が身にある限り、私は働き続けるでありましょう。高貴なる王、ウィスヌの化身よ、祝福を乞う。ハヌマンはスウォロ・ギリへ戻ります。」
 押し寄せる感情に心奪われて、そこにいる者皆、スリ・クレスノまでも、ハヌマンの拝跪する姿を茫然と見ているだけだった。不意にハヌマンの身体は一条の光となり、天に飛び、雲の彼方へ消え去った。苦行所に居並ぶ者みな、こみ上げる感情にただ茫然とし、ハヌマンに対する敬意に心が一杯になった。皆が感傷的になっている中で、スマルだけはハヌマンの、猿の身でありながら、あらゆる点で最も人間らしい、その誠実さに深く感銘を受けていたのだった。感情の昂りが平静に戻ってから、彼は言った。「心の内は抑え、今為すべきことに意を注がねばならぬ。信念と自覚を持って、私はさらに確信した。今や我らはかようなる状況を打破せねばならぬ。ずっと自問して来たことであるが、私のような目的と自覚を持っている人間はいない。それが最後の答えだ。強欲の暴虐が地上を恣にしている今、クサトリアの魂がこの状況を救うために捧げられようとしている。さらに多くの誠実なる英雄たちが犠牲となるだろう。災厄からこの世を救うために自らを捧げるのだ。」そしてスリ・クレスノに向かって言った。「さきの質問に対するそなたの答えはどうだ?高貴なるスリ・クレスノよ。」
 「アルジュノがすでに答えたように、パンダワはクロウォを滅ぼすためだけに戦うわけではありません。アスティノを得るためだけに戦うのでもない。それはまさしく民衆のためなのです。パンダワはパンダワのために生まれたのではなく、一般の民衆の生の安寧のために、その人生を捧げるのです。」さらに続けた。「スマル兄よ、兄とアルジュノを長く待っている者たちがおります。さあ、山を降り、アマルトへご帰還されますよう。」
 答えを待たずに、スリ・クレスノはすぐさまスマルの手を取り、立ち上がらせると、苦行所の外へ導いた。アルジュノとクサトリアたちも後を追い、アルゴ・セトを降りたのである。
 グバル・ソドの谷間で、パティ・ウドウォに率いられたドゥウォロワティ軍がアルゴ・セトから降りて来た一行と合流した。四頭の馬に曵かれた馬車が用意され、スマルはスリ・クレスノと並んで座すよう促された。アルジュノは御者となるパティ・ウドウォと同行した。
 間もなく、ガトコチョ、アルヨ・スティヤキ、バムバン・イラワン、そしてアビマニュも馬車に随行した。アルゴ・セトはもはや遥か遠景となっていた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-08-03 08:36 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その29

 「イスモヨ兄よ、」サン・バトロは叫んだ。「兄はひとりの神である。神としての責務を果たすために地上に降りたのだ。兄が神々の法に抗うなら、これ以上続けられぬよう、私が思い知らせてやることになるぞ。」
 「私はまさしく神々の法を実行しておる。運命を定められた生命を守護し、見守っているのだ。そなたグルこそ、パンダワを亡き者にしようとするクロウォを支持したことを忘れてはならぬ。そなたと、その息子ヨモディパティは『人間世界』からイスモヨを消そうとした。そなたグルは、最高神マハ・デウォたる地位を濫用してはならんのだ。」
 「兄が神々の定めに抗う行為を続けるなら、私は地上に降り、兄を罰することになるだろう。」
 「世界とそこにある者たちに罰を与えるのは、世界の支配者たるそなたの権限だ。そなたグルは私を罰する権限を持つ。しかしそなたグルの罰が、正義と公正に基づくものでないなら、それは神々の定めた法が誤りであることを意味する。グルよ、忘れるな。世界の創造主は世界を全体でひとつとして創り賜うた。そこでは我らの存在も、地上の人間たちもひとつなのだ。世界の全ては神々のために創られたのではなく、世界で一番重要なのが神々というわけでもない。我らは人間たちのために創られたのだ。我ら神々は人間を管理するためにいるのだから。我ら神々とは本当のところ、仲介者にすぎないのだ。」イスモヨは続けた。「そなたサン・グルが、私がサン・ヒヤン・トゥンガルから与えれた管理者としての権限を濫用していると考え、それゆえ私を罰するというなら、やればよい。ジュングリン・サロコの支配者よ、どうぞ為されよ。」
 サン・ヒヤン・バトロ・グルは用意を整え、にぶく光る黄金の光が強くなり、サン・イスモヨに向けて放射された。サン・イスモヨの身体から白い点がいくつも現れ、それは天から降る雪のように見えた。サン・ヒヤン・グルから放射されるにぶい光に粉砕され、イスモヨの身体が光り、噴火する山のように燃え上がった……。
 一方、ルシ・ライェンドロを連れ去った黄金の光を追っていた青い光は、黒雲に包まれてその行方を見失っていた。彼はイスモヨとバトロ・グルが言い争っている場を包んでいる黒雲の周りをぐるぐる回っていたので、二人の言い争う声ははっきり聞こえていたのだった。同じく、後をつけていたダナン・ウィジョヨジャティにもすべては聞こえていたが、その姿を見つけることは出来ないでいた。
 地表はイスモヨに向けられた炎の光で真っ赤に染まっていた。炎はさらに大きく燃え上がり、の太陽サン・スルヨの輝き、また地獄の火山チョンドロ・ディムコの溶岩のよう、灼熱の炎となっていた。炎が燃え上がり、イスモヨを包んでいた黒雲は散り、代りに白雲が天を覆った。青い光はそれを見て鼓動を高鳴らせ、炎に近づき、その中に入って行った。間もなく、イスモヨの身体を焼いた黄金の光は一人の神にその姿を変えた。四本の腕を持ち、その手には槍を携える。これこそカヤンガン・ジュングリン・サロコの支配者、サン・ヒヤン・バトロ・グルである。一方炎の中に入った青い光もその姿を変え、サン・ヒヤン・ウィスヌとなった。二人は並んで燃え上がるイスモヨの前に立った。

 炎はさらに大きく燃え上がり天にまで昇り、大地を覆い尽くした。その光は世界をあまねく照らす太陽のように広がった。燃え上がる炎はサン・ヒヤン・バトロ・グルにも制御できないほど大きくなり続け、彼は目の前の事態に恐怖を感じた。その時、千の山が噴火したかのような轟く声が聞こえた。轟く声は地震と嵐が起こったように大地に鳴り響いた。これこそイスモヨの声であり、それは彼を焼く炎の中から出ているのであった。「ええ、ブトロ・グル、そしてウィスヌよ。世界を作り維持する者、この地上を意のままにする権力を持つ神々よ。そなたらは、自らに与えられた権力と権威の何たるかを知らぬ。そなたらはその権力と権限を己の好き勝手に濫用している。そなたらは、己が見守り、導くべき、世界の生命の守護に尽くしておらぬ。そなたら神々は、己の守り、打ち建てるべき正義と公正をないがしろにしている。余、サン・ヒヤン・イスモヨは世界を創り賜うた創造神の定めし法と秩序に則り、正義と公正を守るために地上に降下した。そなたらは、自らが守り導くべき世界で、正義と公正を損ねたのだ。余、イスモヨはそなたらの下す罰を受けよう。そなたらの壊した、生命に定められたはずの道を取り戻すためにな。」
 「イスモヨ兄よ、あなたのおかれた状況はすでに明らかだ。なおも態度を改めようとはせぬのか、兄よ。」サン・ヒヤン・バトロ・グルの手には、宝具プソコ・パムンカスが握られていた。「カヤンガン・ジュングリン・サロコのプソコ・パムンカスを受けたいのか?」続けて言った。「兄が世界を焼き尽くそうとしても『私』がいる。世界の支配者たる私が天より雨を降らせ、消し尽くしてくれる。」
 それを聞いたイスモヨは大笑し、叫んだ。「その力をもって、そなたが余の人間の身体を溶かし、破壊しようとも、サン・ヒヤン・マハ・トゥンガルの化身たるサン・ヒヤン・イスモヨを消し去ることはできぬ。そなたは余に下した罰を、余がそなたに下せぬと思っておるのか?」大笑する声が宇宙全体に響いた。
 イスモヨの言葉を聞いたヒヤン・ジャガッド・ギリ・ノトはすぐさまジュングリン・サロコの宝具を抜き、炎に向けて放った。炎はさらに大きくなり、天を嘗めるばかりに広がった。ヒヤン・グルの宝具が敗れたのを見て、ウィスヌ神は、天を覆う炎にスンジョト・チョクロ・バスコロを放った。天から激しい雨が炎に降り注いだ。しかし炎はおさまらず、勢いを減ずることも無かった。同時に、百万の雷のごとき耳をつんざく声が響き、百万の稲光のごとくまばゆい光が現れた。天に届かんとする炎は、万の山の高さのラクササに変じた。サン・ヒヤン・グル(シヴァ)とサン・ヒヤン・ウィスヌはさらわれ、許しを乞う間もなくその口の中に銜えられた。「兄よ、イスモヨ兄よ、お許しを。我ら二人はもはや兄に干渉いたしません。」
 トゥリ・ウィクロモして二人の神を口に銜えたイスモヨは、グルとウィスヌの過ちを認める声を聞き、「世界を崩壊させ得るイスモヨの力をまだ疑うか?されど余はアワタラ(人間への化身)としての役目を果たす途路にあるゆえ、ここまでにしておこう。余は自らの役目を自覚しておる。余はそなたらの画策したバタラ・ユダを空しくさせるために、そなたらの権威に対して抗しうるだけの力を持っている。だが、それは創造主の定めし生き方を犯すことになる。起こるものは起こるままにしておくしかない。されど人にはそれを止める努力をする権利がある。創造神たるマハ・クアサは、努力する権利を人間に与え賜うたのだ。余は世界を満たす生命を脅かす災厄に抗い続けるだろう。」
 「兄の意志がそのようなら、私を解放して頂きたい。支配者たる者の権限を脅かさず、私は私、兄は兄の役目を果たせばよいのだ。」ブトロ・グルは言った。
 「無論、余は従う。正義と不正義、公正と不公正、誠実と虚偽、本物と偽物の対立、競争は創造主の定めし生のあり方だからな。対立と競争が無ければ、正義と公正も生まれない。永遠なる生命とは、発展と完全性を求める人間の闘争であるからだ。とはいえ、その競争と対立が強欲に浸食されることがあってはならぬ。その競争は平等に、そして公平に行われなければならないのだ。」
 サン・ヒヤン・ジャガッド・ギリ・ノトは解放され、まだトゥリ・ウィクロモのラクササ姿のままのイスモヨに、別れも告げずに去って行った。続いてウィスヌ神が言った。「イスモヨ兄よ、なぜ私も解放してくださらないのですか?」
 「ウィスヌよ、そなたとはまだ話さねばならぬことがある。」イスモヨは言った。「余が果たすべき役割を持って人間に化身したことを、そなたは知っておるはず。そなたもまた余のように化身しておるからな。余が普通の人間カウロ(民衆)として人間になったのに対し、そなたはスリ・クレスノの体内に宿り、バラタ・ユダにおいて正義と公正を勝利へ導く役目を負っている。パンダワの勝利によって、ようやく強欲なるクロウォは殲滅されることになる……。」
 「イスモヨ兄よ、話ができるように、まずはトゥリ・ウィクロモを解き、私を解放してくださいませんか?」ウィスヌが尋ねた。
 「されど余のアワタラ(化身)とそなたのアワタラは大いに異なっておる。そなたは王で、余は臣民(カウロ)だ。同じ高さに立ち、同じ低さに座ることなどできようか。余は今、真実に腹を割って真実を語り合いたいのだ。」イスモヨが答えた。
「おお、イスモヨ兄よ。」ウィスヌが言った。「兄はこのウィスヌをお疑いなのですか?約束します。ここで話されたことは、アワタラとなっても実行されるでしょう。」ウィスヌは続けた。「兄のお望みは解っております。ウィスヌは解っております。アワタラの違いは、与えられた役割の違いに過ぎない。兄は民衆として、ウィスヌは民衆を率いる支配者としての役割を与えられました。しかし、世界がバラタ・ユダの災厄に脅かされている今、兄は私をお見捨てになったではありませんか。」
 「そなたは知っておろう、ウィスヌよ。余がそなたを残して去ったのは、神の計画の執行者たるアルジュノに認識させ、確認させる必要があったからなのだ。彼は後の日のクル・セトロの荒野で、兄弟たち、祖父、そしてその師と対峙しなければならぬ。また、余は彼に説かねばならなかったのだ。パンダワがアスティノとその属国を支配し得たときの心構えを。パンダワの勝利は民衆の生活に取って何の利益があるのか?そなたウィスヌは、このイスモヨがそなたの傍らにあるかぎり、パンダワの勝利を約束する、と言ったが、それを余に説明したことがあったか?我らが話し合い、同意すること無しに勝利を達成することができるのか?」
 「兄のご意志がそのようなら、」ウイスヌが答えた。「私は過ちを認めます。イスモヨ兄に対する見方が間違っておりました。しかしながら、そのことを兄と相談しなかったのは、我々は皆、志を同じくしているとの思いからなのです。この話し合いにおいて、まず私は兄に千のお許しを乞い、陳謝いたします。アワタラの役割として、我らの計画を共に実行いたしましょう。」

 その間、ハヌマンはまだ身体に巻き付いた赤い光と格闘していた。彼は全力を振り絞って脱出しようとした。風神バユの四兄弟が到来し、彼に力を与えた。セトゥ・ボンド Setu Banda 、ガジャ・ウルコ Gaja Wreka 、グヌン・マエノコ Gunung Maenaka 、そしてマヤンコロ自身が一つになったのである。たちまちに彼の身体に巻き付いていた赤い光は千切れ、大地に打ち捨てられた。するとそれは神の一人、魂を引き抜く神、死神ヨモディパティに変わった。正体を現したヨモディパティは天に飛び、カヤンガンへ帰った。ハヌマンは驚いた。気を取り直すと、彼はすぐさまアルゴ・セト山へ飛んだ。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-08-01 20:43 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その28

イスモヨ・トゥリウィクロモ

 三界の上空に昇った黒雲の中で、サン・マハ・ルシは雲の上に足を組んで座していた。その前には、彼を運んで来た黄金の光があった。サン・マハ・ルシは瞑想から覚醒して徐々に瞼を開いた。前にいる光を見、それから辺りを見回して、マハ・ルシ・ライェンドロは言った。「神々の世界、地上の人間界、それらは創造主ヒヤン・ウィセソの創りし世界である。そなたは何者か。私にはそなたが天界ジュングリン・サロコの王たるヒヤン・バトロであるとは思われない。まさしくそなたは神界の王位を放り出して生あるものたちの世界に降りて来たが、ことさらにゆえあって私に会いに来たのか?」
 「まさしく!我は神界の王位を放り出してまで、兄(けい)に会う必要があったのだ。」黄金の光が言った。「もう我が何者か分かっておろう。」
 「そなたは、目の前にいる者が、人間界マヤポドに降りた神であるバトロ・イスモヨであることをまだ疑うか?」マハ・ルシが答えた。「我が心は驚いておる。そなたがほめられぬやり方で地上に降りて来るほどの問題があるのか、はなはだ疑問なのだ。そなたの行為は礼儀を弁えぬ悪しきものだ。」
 「説明の必要があるのかな?」光は答えた。
 微笑みながらマハ・ルシは言った。「そなたが高貴なる者であることを言う前に、そなたの目的を説明すべきではないか。」
 「兄よ、兄に我が到来の目的が分からないということなどあり得ない。我が地上に降臨する必要を知らぬなどあり得まい?」ジュングリン・サロコの支配者たるサン・ヒヤンは言った。「我が到来は兄のアマルト出奔と関わりがあるのだ。」
 「ではそれが目的であると?そなたは私がアマルトを出奔し、アルゴ・セトにいるのがなぜなのか知りたいと?」イスモヨは尋ねた。
 「まさしくその通りだ。我は尋ねたい。あなたがかようなる態度を取る理由は何だ?周囲ではバラタ・ユダの準備が整えられているというのに。」サン・ヒヤン・バトロは応じた。
 「その質問に答える前に、私も尋ねたい。周囲の状況や我が出奔と、そなたの到来に何の関係があるのだ?」イスモヨが尋ねた。
 「イスモヨ兄はバラタ・ユダに向けて、既に態度を定めたであろう。」サン・ヒヤン・バトロが答えた。「イスモヨ兄はパンダワに味方する、とな。しかし一方で兄はまだパンダワを疑っておる。パンダワの態度をな。だから兄はパンダワが戦争に勝利した時に戻るつもりなのであろう。兄は俗世での恩恵を求めているのだ。兄が明らかに利己主義に陥って、神の法を破ろうとしているのが、その証拠だ。」続けて言った。「兄はバラタ・ユダが地上で起こることが、ジュングリン・サロコを支配する神々の合意による決定であることを知っておろう。これは必然である。バラタ・ユダのみが、クロウォとパンダワの紛争を解決する唯一の道なのだ。二つの違反を犯すという兄の過ちは、真実、神々の法を犯すことになるのだ。」
 笑いながらイスモヨが答えた。「ジュングリン・サロコの支配者たるサン・ヒヤン・バトロよ。世界の法を定め、守護する者よ、そなたの説は正しい。まったく正しい。」イスモヨは言葉を返した。「私はそなたに質問を返そう。一つめ。数百万の人間の魂を犠牲とするバラタ・ユダが必然であるとは、どこの神が、何に同意して決定したのだ?バラタ・ユダの意味するものは、人間による人間の殺戮であり、特定の者たちの殺し合いに、関係のない多くの民衆が巻き込まれてバラタ・ユダの犠牲となる。二つめ。そなたは、私が人間を育て上げ、守ることを使命として地上に降りたことを知らぬのか?そなたは命を守ることは、公正と正義を打ち立てることによってのみ可能であることを知らんのか?」
 「兄は、公正と正義の保証に基づく人間の生命の守護を任務とするという。それは知っている。しかし兄自身も神であり、神々の決定に抗うことは、神々に対する裏切りである。パンダワを守ることは、神の決定に対する違反となる。兄は一方に味方することなく、中立でなければならぬからだ。パンダワに味方する兄は、反逆者ということにならぬか?」
 「バラタ・ユダが必然であるという、神々の決定はこの世界の定めに反するものだ。世を創りたまいしプラヤパティ〈プラジャーパティ〉は、生命を成長し発展するものとして創り賜うた。プラキトリは人間の生を、活動するもの、相関関係にあるもの、依存し合うもの、相互に決定し合うものとして定めた。そしてこの世にある物質と魂は、不存在なる世界を目指して、つねに発芽することを期待され見守られ、継続されるのだ。」イスモヨの言葉は続いた。「この世の定めに沿うとは、生き、成長し、発展することだ。成長し、調和し合い、融和する。あるものが他のものと互いに依存し合う。そうすれば、互いに殺し合い、破壊し合うこともない。戦争である者が他の者を破滅させることもなくなるのだ。例えば、カエルは生きるために蚊を食い、蛇も生きるためにカエルを食う。しかし文化と文明を持つ人間の生き方はそのようなものではないはずだ。」イスモヨは続けた。「私は公正と正義を支え、人間と世界を守るために地上に降りた。クロウォは正義と公正を犯し、人間の文明を破壊しようとしている。クロウォの脅威を黙って受け入れて良いものか?幾千もの人間の魂の安寧を脅かすバラタ・ユダを止めようとしないことは罪ではないのか?」
 光の姿から姿を変えたジュングリン・サロコの支配者バトロ・グルは顔を真っ赤にして声を張り上げた。「神々にとって戦争は恐れるべきものではないぞ。人間にとって生き死には必然だからだ。生や死は、いわばこちらの世界からあちらの世界へと住処を移すだけのこと。死すべき世界から、不死なる世界へな。プルシャ(空)、即ち精神界においては生も死も無く、それは世界の始まりと終わりと共にある永遠なる生命なのだ。死とは全ての人間にとって必然であり、イスモヨ兄がバラタ・ユダを止めようとすることは世界の運命を妨げることでもあるのだ。プルシャ(空・無)とプラキトリ(プラクリティ、色・有)の道程を妨げることを意味するのだ。バラタ・ユダは人間の戦争であり、兄は神である。どうして兄は人間の責務に干渉するのだ?」
 バラタ・ユダについての話を聞き、イスモヨは声を上げて大笑いした。バトロ・グルを笑い、彼の言葉が誤りであることがはっきりしたのだ。そして言った。「世界の王たるグルよ、そなたグルは言った。私の行為が無駄であると。神なら分からぬ者は一人も無いと。だが、生と死、プルシャとプラキトリの行為が創造神ヒヤン・プンチプタの定めた世界の法であるとしても、それは殺し合い、滅ぼし合って為され必要などないはずだ。公平にこの世に生まれた人間たちが、公平に生を全うして何が悪いのだ。人間の生きる道としてまず、正義と公正をおいた神が、地上に強欲が横行するのを為すがままにしておくことの意味は何なのだ?」雲海の上に座したまま、イスモヨは言葉を継いだ。「人間が互いに殺し合い、滅ぼし合うのを放ってくなら、世界はアダルマ(徳の無い)の世界となり、人の生き方から法も規則も、正義も公正も失われてしまうだろう。そのような状況から生まれるのはサニャサ SANYASA(ニヒリズム)の生き方であり、それは他の者をないがしろにする個人の欲望に従う生き方であり、独善と自分の勝ちだけを求める生き方だ。サニャサはアハムコロ AHAMKARA(エゴイズム)、利己主義を生む。クロウォは現実世界における強欲の生む三つの性質、即ち無道たるアダルマ、虚無主義たるサニャサ、利己主義たるアハムコロの権化である。アワタラAWATARA (生まれ変わり/化身)として人間世界に降りた神たる私は、人として生きて行く。人として私は、クロウォの行為を放ってはおけない。サニャサなるクロウォに対して責任を放棄するなら、私の『化身』は何の意味があるのか。『人間』として私はクロウォに対抗するのだ。」

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-31 22:27 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その27

アルゴ・セト山頂の災厄

 アルゴ・セト山頂に飛んで行った二つの煌めく光がこの物語の核心をなす。
 マハ・ルシ・ライェンドロは瞑想における肉体からの離脱の段階の途中にあった。その時、予期せぬ事態が起こった。一方、ダナン・ウィジョヨジャティはまだ五感を閉じることが出来ないでいた。心の内に不安が高まり、一杯になっていた。五感を補って深い瞑想を完全ならしめるはずの第六感が、ダナン・ジャティを敏感にし、警告を発していた。
 太陽神サン・スルヨがその天界を照らしに帰るしるしとして、東の地平線が朧げな赤に染まる。雄鶏が鳴きわめき、鳥たちのさえずりがアルゴ・セトの静寂を埋め尽くす。サン・マハ・ルシは既に黄金の彫刻のよう、光を放っている。それは瞑想が頂点に達した証だ。突然、赤い光がサン・マハ・ルシに向かって瞬いたが、光がサン・マハ・ルシに触れようとした寸前、ダナン・ジャティがその赤い光から飛びついた。赤い光は巻き付くように襲って来た。ダナン・ウィジョヨジャティはプロペラのように回転して抗ったが、その赤い光に絡めとられてしまった。ダナン・ウィジョヨジャティが格闘している間に、黄金の光がサン・マハ・ルシの身体を包んでしまった。瞑想の状態であり、ダナン・ウィジョヨジャティも赤い光と格闘していて守ることもできず、サン・マハ・ルシの身体は黄金の光に包まれ、見えなくなってしまった。
 ダナン・ウィジョヨジャティは、全身を赤い光に巻き付かれて何もできなかった。なんとか逃れようともがいたが、無駄であった。怒りに駆られたダナン・ウィジョヨジャティは渾身の力を込め、すべてのイルムと超能力を込めた。耳をつんざく大声と共にダナン・ウィジョヨジャティは拘束から逃れ、サン・マハ・ルシの身体を連れて行こうとする黄金の光に飛びついた。
 黄金の光はサン・マハ・ルシをどこかへ連れて行こうとしているようだった。黄金の光の傍らに、別の青い光があり、サン・マハ・ルシを連れて行こうとしている黄金の光を追いかけていた。ダナン・ウィジョヨジャティが逃れたさっきの赤い光がまたダナン・ウィジョヨジャティを追いかけて来ている。格闘していると、叫びながらハヌマンが現れた。アルジュノは自由を取り戻して叫んだ。「ハヌマン、赤い光の方を頼む。私はサン・マハ・ルシを助ける。」ハヌマンはすぐさまダナン・ウイジョヨジャティを追いかける赤い光に飛びついて、捕まえた。赤い光とハヌマンは激しく格闘した。激しい格闘の末、ハヌマンの身体は赤い光と共に大地に落下した……。
 サン・マハ・ルシの身体を連れて行った黄金の光は今や青い光に追いかけられていた。ダナン・ウィジョヨジャティもそれを追った。突然、空が真っ暗になり、青い光もダナン・ウィジョヨジャティも、サン・マハ・ルシを見失った。
 戦いは激しさを増した。赤い光は光でありながら、その動きは人間のようだった。ハヌマンはその光が人型のものが光の姿となっているのだと確信した。光はあちこちに飛び回ったが、超能力のハヌマンは逃さなかった。ハヌマンと赤い光は声を上げてぶつかり合った。
 ダナン・ウィジョヨジャティは、やはりサン・マハ・ルシを探しているように見える青い光に、見失ったことを気付かれないようにしなければならないと考えた。そこですぐさま霧に変化して、青い光の行く先を追った。辺りを回って探したが、黄金の光がどこへ隠れたのか、何の手掛りも無かった。ダナン・ウィジョヨジャティは思った。『招かれざる客』はサン・マハ・ルシと同等の超能力を持っている。自分では探せない、と。彼は目の前の青い光を追いかけ続けた。自分では無理だが、この青い光を追えば見つける手掛りになるかもしれない。
 ようやく空が明るくなり、太陽サン・スルヨが光りはじめた。闇の世界は夜に閉じ込められ、徐々に暗さがはれてきた。東の方の赤い光がすべてのものに色を与え、世界の半球を照らし、祝福する……。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-30 23:57 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その26

 その傍らで、ハヌマンとスティヤキの激しい戦いに負けず劣らずの戦いが繰り広げられていた。エロウォノの一撃で倒れたソムボは、何のダメージも無く立ち上がり、素早く反撃した。弓から放たれた矢のように拳が真直ぐ放たれた。既に身構えていたエロウォノはソムボの拳を受け止めながら、掌でソムボの顔を打った。ソムボはエロウォノの反撃に圧倒され、受けきれなかった。蹴りを放ちながら、しつこく続くエロウォノの連打から離れようとした。ソムボはエロウォノに抗し得なくなった。頭では分かっていたが、逃げようとはしなかった。どうにか勇気を鼓舞し、弱気を押さえつけ、気力を振り絞ってエロウォノに向かって行った。互いに打ち合い、あらゆる戦術、技倆を駆使した。ソムボはエロウォノが超能力のクサトリアであることを認めざるを得なかった。打撃も蹴りもエロウォノには効かなかった。エロウォノは技倆ではなく、気力で戦っていた。戦っているうちに、エロウォノに隙が生じているとソムボは感じた。しかしソムボは、エロウォノがハヌマンからやって来る者たちが仲間であると知らされていたことには気付かなかった。敵に隙があるのを見て、彼が手を抜いていることを見誤ったのだ。ソムボは、エロウォノが彼の決死の攻撃に臆していると見た。エロウォノは相手を思いやって手加減していた。ソムボは誘いをかけてみた。エロウォノはその攻撃を相手と同等の力で受け止めた。迷い無く腕を当てると、ソムボは力を加えた。結果は明らかだった。エロウォノが攻撃の力を加減したのを見計らって、ソムボは両足をそれぞれ目とみぞおちに向けて放った。幸いエロウォノは目に向けられた蹴りを避けたが、みぞおちのそれは避け損なってしまった。堪えきれずエロウォノは地面に倒れ込んだ。その機に乗じて、ソムボはすぐさま、突っ伏したままのエロウォノに追い打ちをかけた。彼の右足が力一杯胸をとらえた。エロウォノは消えていた。ソムボは、倒れても気絶せず、猫のように素早いエロウォノの動きに驚かされた。彼は突っ伏したまま、ソムボの攻撃を受け止めた。ソムボの足がエロウォノの胸に向けて放たれた時、素早くその足はつかまれ、力一杯引っ張られた。力を込めた蹴りを引っ張られ、ソムボはひっくり返された。幸いにも身体が木にぶつかって、谷底へ落ちるのは免れたが、ソムボは気を失って倒れた……。
 アルヨ・スティヤキはソムボを助けようとしたが、ハヌマンの攻撃に遮られ、ハヌマンの標的となった。振り回されたアルヨ・スティヤキは立っていられなくなった。しかしこのレサンプロのクサトリアは尋常でない強さである。彼の身体に当たったハヌマンの拳はしびれ、感覚が無くなったほどだ。鋼のごとき身体とはいえ、ハヌマンの連続攻撃とソムボへの心配で、アルヨ・スティヤキはなす術が無かった。
 アルヨ・スティヤキが蹴りと拳の攻撃を受けた、その時、天に黒雲が上がりアルゴ・セト山の斜面を昇って行った。打ちかかろうとしていたハヌマンは不意を突かれて、雲に襲いかかられ、身体を包まれた。突然襲いかかって来た黒い影に気付き、彼が数歩退くと、それは続けざまに攻撃して来た。彼は突然攻撃して来た者が誰であるかに気付いた。漂う黒雲は誰あろう、アルゴ・セト上空を飛んでいたプリンゴダニの若き王、アルヨ・ガトコチョであった。アルヨ・スティヤキとハヌマンの戦いを見て、スティヤキの不利に、即断で攻撃をしかけてきたのだ。
 エロウォノは気を失ったままのソムボを助けようとしたが、突然木の後ろから現れた影に襲われた。光のごとき早さで彼は避けた。ガレン、ペトル、バゴンが、まだ気を失っているソムボを助けた。
 「そなたは何者だ。名も名乗らず襲って来たクサトリアよ。目を盗んで攻撃するとは、盗人と同じ卑しき者ぞ。」エロウォノは攻撃をしかけてきたクサトリアに挨拶した。
 「私はパンダワの武将、アルジュノの息子、アビマニュ。倒れている者を襲うのがクサトリアのすることか?」アビマニュが答えた。「山の子よ、そなたは誰だ。幸運の分からぬ者よ。無謀にもドゥウォロワティの王子、ソムボ兄を害しようとするのか?」
 「私は山に住む村の者、バムバン・エロウォノ。殿下、勘違いしないでいただきたい。私は助けようとしただけです。」エロウォノが答えた。
 「人間らしさを持ち合わせておるのか、ソムボ兄を害するつもりはないと?」アビマニュが叫んだ。
 「クサトリアとして、倒れた相手を攻撃することなどできません。私は失神したソムボ殿下を攻撃から守ろうとしただけです。ただそれだけです。そう出なければ、私に死を賜りますよう。」アロウォノは説明した。
 「自らの行いを認めぬとは、愚か者め、罰を受けよ。」アビマニュはエロウォノに討ってかかった。平手で胸に、すぐさま続けて左足でエロウォノの急所に打ちかかった。エロウォノその場から動かずに、身体を回してアビマニュの攻撃を避けた。避けざまエロウォノはアビマニュの腕を打ち、同時に左手で蹴りを逸らした。エロウォノの反撃でアビマニュはひっくり返った。兵法に熟達した若きクサトリア、アビマニュにとって戦いこそ最高の学びであった。とはいえ、反撃を避けながら彼は比類無き戦士たるエロウォノに称賛の念を禁じ得なかった。すぐさま彼は続けざまに攻撃した。最初の攻撃を避けたようにエロウォノが避けてくれるよう念じながら。アビマニュの希望は希望として止められた。エロウォノにはすでにアビマニュの思惑が読めていたからである。今度は飛び上がって退き、次の攻撃に備えた。目論見をはずされたアビマニュが息継ぎした時、エロウォノは光のように跳び、右拳を放ち、左手で胸を守った。アビマニュは迷いの無い攻撃に驚いた。劣勢を感じたアビマニュは両腕を交差してエロウォノの攻撃をしのいだ。強い衝撃に耳が遠くなった。その時エロウォノは左手をアビマニュの腹に打ちつけた。かろうじて吐くのをこらえて、足下に退くと、ようやくエロウォノの攻撃が止んだ。二人は互いを伺い、戦いへの気力を燃え上がらせた。気力を振り絞って二人は攻撃しながら突進した。腕がぶつかり合い、避けることは出来なかった。二人は態勢を整えながら前に出た。
 別の場所ではハヌマンとガトコチョが激しく戦っていた。二人は互いに殴り合い蹴り合った。ガトコチョは戦うために生まれて来たような男だ。一方ハヌマンも歴戦の戦士として経験豊富である。彼に比肩し得る者は少ない。闘技場に放たれた闘鶏のように左右から攻撃を繰り出し、圧倒する。プンデトであり、老いた猿であるとはいえ、ポンチョワティのセノパティだ。次々に繰り出されるガトコチョの攻撃もことごとく見切られ、当たらない。遠くから見ると、彼らの戦いは、早すぎてプロペラが回転しているように見える。ハヌマンは、招かれざる客を迎えたアルゴ・セトの様子が気がかりで、ガトコチョに多くの隙を見せた。戦いながらも、山頂の様子が気にかかる。打撃を受け止めた時、ハヌマンはアルゴ・セトの山頂に突如として煌めく光を見た。かの招かれざる客に違い無い。マハ・ルシに危険が迫っている。ハヌマンに隙が生じ、ガトコチョの一撃が入った。ハヌマンは転倒し、谷間に向かって転げ落ちていった。語るに難しい動きで、彼の身体は上方に固定され、山頂を見詰めながら立ち上がった。また、瞬く光がマハ・ルシの苦行所の灌木に入っていったのが見えた。明らかに敵は既に到着している。彼は山頂へ登ろうとしたが、その目の端に後ろから襲って来るガトコチョが見えた。すばやく身体を回してガトコチョの攻撃を受け止め、ガトコチョの身体めがけて連続で蹴りを放った。ガトコチョの攻撃は空振りに終わり、逆にハヌマンの連続攻撃にさらされた。避けるには自身の能力を使って、空へ飛ぶしかない。逡巡することなく、ハヌマンも飛んだ。戦いは空中戦となり、まるで二羽のガルーダが戦っているようだ。しかし、突然ハヌマンはこう言うと、アルゴ・セトの山頂目指した飛んで言ってしまった。「ご友人、戦いを続けたいのなら、山頂で待っているぞ。アルゴ・セトに危機が迫っている。また会おう。」
 ハヌマンの身体が輝き、山頂へ飛んで行った。エロウォノもすぐさま戦いを放棄して、飛び上がると、ハヌマンを追って行った。
 ガトコチョとアビマニュはすぐさまアルヨ・スティヤキとガレン、ペトル、バゴンに介抱されているソムボのところへ行った。ソムボが意識を回復すると、スティヤキは言った。「殿下、もう間違いありません。アルジュノとバドロノヨ師父は、ここを昇って行った山頂にいるのです。追いかけますか、それとも後にしますか?」
 「そうであれば、スティヤキ叔父はソムボ殿下を介抱して、ここにいてください。私が空を飛んで山頂に向かいます。アビマニュとバドロノヨ師父の三人の息子は徒歩で私の後をついて、アルゴ・セトの山頂に向かってください。」とガトコチョが答えた。
 「しかし、我らを足止めした年寄りの猿は、何者だったのだろう?」アルヨ・スティヤキが続いて言った。「敵というわけではなさそうだが、なぜ我々を山頂に登らせまいとしたのだろうか?」
 父親と共に、何世代もの時代を生きて来たペトルも、あのプンデトの猿の素性はよく分からなかった。そして言った。「間違っていなければ、私らが山頂へ向かうのを止めたさっきの年寄り猿は、ポンチョワティのクサトリアですよ。彼こそハヌマン。ポンチョワティがアルンコを滅ぼした時の戦士。神の如き超能力の猿です。」
 「そうか、我らが戦ったのは、あの何百年何千年という長き時代に渡って名の知られたハヌマンであったのか?」アルヨ・スティヤキは驚いて声を上げた。
 「敵ではないどころか、敬意を表すべき友であったのか。しかしなぜ彼は我々が山頂へ登るのをとめたのだ?解せないな。」
 「多分、」ガトコチョが言った。「彼はこの山を守り、何人も山頂に昇らせないようにする役を与えられていたのでしょう。きっとアルジュノ叔父も山頂に居られるはず。戦いを放棄したハヌマンが叫んでいたことを思い返せば、彼は別の任務があって呼ばれたのではないかと思われます。」
 「彼が何か叫んでいたのは憶えているが、実際は何が起こったのだろう?」スティヤキが尋ねた。
 「私の考えでは、」アビマニュが言った。「ハヌマンとその弟子は山頂の見張りとして、グバル・ソド山に居たのだろうと思われます。山頂にはきっと、守らねばならない重要なものがあるのです。戦っていた時、山頂に瞬く光を見ました。去り際に我々にハヌマンが叫んでいたのは、山頂に危機が迫っているということだったのでしょう。」
 「思い出した。最後にハヌマンが叫んでいたのは、山頂に危険が迫っているということだったのだ。」ガトコチョが言った。「そうとなれば、山頂へ急ぎましょう。そこで我らの助けを必要とする者が誰なのかわかるでしょう。」
 「されば、すぐに山頂へ出発しよう。叔父上はソンボ殿下を介抱してここで待っていてください。」
 もはや疑い無い。ガトコチョは山頂へ向けて天に飛んだ。アビマニュは三人の召使いたちと共に追いかけた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-29 01:40 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その24

 「サン・マハ・ルシの仰ることは本当ですか?」ダナン・ジャティがさらに尋ねた。
  「人間の生のあり方は予め定められている。民衆と王、導かれる者と導くものによって作られるものも決められているのだ。王は民衆から生まれる。民衆が王の導きを必要とするからだ。王は必然的に必要とされる存在なのだ。公正、繁栄、幸福をあまねく達成するための政治を制御するためだ。後の日のバラタ・ユダにおけるそなたの態度は、この戦争の最重要の目的に沿っていなければならない。クル・セトロの荒野は正義が試される場であり、強欲と高貴、公正、理想とが相対する場である。しかし、忘れてはならぬ。クロウォたちがいかに無慈悲な者たちであろうとも、アスティノ国の民が無慈悲な者なわけではない。後の戦争において犠牲となる民衆は最小限にとどめなければならぬ。パンダワはアスティノを殲滅するために戦うのではなく、クロウォとそれに組する王たちのみと戦うのだ。そしてこのこともまた忘れてはならぬ。パンダワに組するアマルトの民衆もまた、自由と独立を求めて戦うのだということを……。」
 サン・マハ・ルシの教えに心奪われていた弟子たち、ビクたちは、突然目も眩むような稲光を見て驚愕した。弟子たち、ビクたちは驚いて立ち上がり、辺りを見回した。しかし何も見えなかった。サン・ルシは弟子たちを優しく鎮めた。「先程も言ったように、我らは邪悪な者に狙われている。辺りに危険が迫っているようだ。恐れ、緊張することはない。わざわざ敵を呼ぶつもりも無いが、来たならば、静かに迎え入れれば良い。さあ、ハヌマン。招かれざる客が来るようだ。すぐにグバル・ソドの山を降りるのだ。弟子たち、ビク、プンデト、アルゴ・セトにいる人々よ、危険が迫っているようだ。立ち去る用意をせよ。」
 すぐさまハヌマンとエロウォノはその場を辞して、グバル・ソドから降り、弟子たち、ビク、プンデトたちも、それぞれの役目を果たし、立ち去っていった。はっきりとはしないが、山全体に警告が鳴り響いていた。
 苦行所のプンドポには、サン・ルシとダナン・ジャティだけが残った。サン・ルシは言った。「ダナン・ジャティよ、今や最後の仕事を果たす時が来たようだ。我らが直面すべき危険が、アルゴ・セトに訪れたようだ。」
 「それで、我らがアルゴ・セトに残ったわけですか?ハヌマンとエロウォノは如何致します?彼らにも残ってもらいますか?」ダナン・ジャティが尋ねた。
 「私の最後の仕事は、招かれざる客と私自身が対峙することなのだ。」サン・ルシが答えた。
 ダナン・ジャティがサン・ルシの言葉に応える前に、姿無き声が聞こえた。「兄は我が来訪を知っておったというわけか。この会見と、兄の敬虔さに挨拶を送ろう。」辺りに緊張が走った。辺りには風と滝の水音のみが聞こえ、苦行所周辺に反響していた。大地は回転を止め、鼓動が高鳴って行く。サン・ルシは沈黙を破った。「まだ迷っておるのか、招かれざる客よ。そなたの前におるのはイスモヨ、マハ・クアサの命で地上に降りた神の眷属なるぞ。そなたの到来を私が気付かぬと思うてか?」
 「今すぐ、お目道理願えるのかな?」声は尋ねた。
 「ここを離れよう。我が野卑なる身体はそなたと相対するに相応しくない。我らがすでに合意した所で、会おうではないか。」そしてダナン・ウィジョヨジャティの方を見ながら言った。「本来ならそなたは我らの会見に立ち会うことは許されないのだが、我らはバラタ・ユダについて話し合うゆえ、そなたもそばにいる必要があろう。」
 姿を見せない声の主に向かってマハ・ルシ・ライェンドロが言った。「我が高貴なる客人よ、アルゴ・セトの絶景を見て、涼まれよ。私と私の弟子に真実をお話願いたい。」
 「この館で楽しむことを了承されたことに感謝しよう。」そして輝く光が苦行所に現れた。
 その間、ルシ・ライェンドロはダナン・ウィジョヨジャティに瞑想に入るよう促しながら言った。「ダナン・ジャティよ。我が高貴なる客人と会う前に、まずは精神と身体を浄めるのだ。会見の際、思念を集中させ、俊敏に対応できるように。客人に失礼があってはならん。」そのようにサン・ルシは言い、すぐさま瞑想の準備に入った。石の上に結跏趺坐し、両の掌を拝跪する時のように合わせ、胸の前に組んだ。頭を上げ真直ぐ前を見て、視線を鼻先に合わせた。間もなくサン・ルシは人体の九孔を閉じ、五感を消滅させた。目の中を見据え、耳の中に耳をすまし、嗅覚は鼻の中に、味覚は下の中、触覚は身体の中に収め、全ての感覚を滅する。静かなる空洞と静かなる思念に自身を集中させ、思考の純度を高め、心清らかに、ヒヤン・ウェディの偉大さに向け凝縮させる。全知全能なるものを見出し、塵芥のごとき人間の性質を消滅させる。死すべき世界の『存在たる感覚』は消え失せる。今や彼は『不存在』なる世界にあるからである。神への献身が為されたのだ……。
 しかしルシ・ダナン・ウィジョヨジャティは姿無き声の出現に、何が起こるか不安で落ち着かず、五感を滅し、九孔を閉じようとして果たせず、行為に集中しようとしても、心も思念も乱れ、空しく失敗するだけだった。
 次第に精神と肉体を制御し、物理的性質を滅することがかなうようになった。招かれざる客に対する不安は増し、ダナン・ジャティは追いつめられて行った。意識の内外から危機感が増して来る。彼は、やって来たこの客に、邪悪で危険な意志を感じていた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-25 05:33 | 影絵・ワヤン | Comments(0)