ブログトップ

木から落ちた猿

gatotkaca.exblog.jp

タグ:ジャワ暦 ( 1 ) タグの人気記事

ジャワの暦とワヤンの物語

 新年となったので、暦の話から入りたいと思う。かつて日本でも暦を見て吉凶を判断したように、ジャワ(バリ)にも特有の暦がある。ジャワの人と話をすると、暦はけっこう気にするようで、暦に会わせて行事があるようである。筆者は詳しくは知らないのであるが。ジャワ・バリの暦のサイクルをウクといい、暦はパウコンという(らしい)。以下パウコンの概略と、その起源に関わる物語を紹介する。

Wuku
ウクとは30週間でまわるタイムサイクルの名。1週間(プカン Pekan)、7日間単位からなり、210日で1サイクルとなる。ウク算法は主にジャワやバリで使用されている(ジャワ語ではパウコンpawukon という)。
 計算法の基本概念は、ポンチョウォロ Pancawara(パサランpasaran=市場、ルギ Legi (甘さManis)・パインPahing (苦さPait)・ポンPon (Petak)・ワゲWagé (Cemeng)・クリウォンKliwon (Aish)からなる)と七曜サプトウォロ Saptawara(プカン pekan=週 Senin,Selasa,Rebo,Kemis,Jemuwah,Setu,Ahad/Minggu)のふたつを合わせて計算する。ポンチョウォロは五日間、サプトウォロは七日間で構成される。ひとつのウクは、ハリ・パサラン hari pasaran (五曜)とハリ・プカン hari pekan (七曜)の関係で確定される。たとえば、ハリ・サプト・ポン Hari Sabtu-Pon はウクではウグ Wuguとなる。バリやジャワの伝統的信仰によれば、これらの日は、それぞれ特定の意味を持っている。

 ウクは30種があり、それぞれプラブ・ワトゥグヌンの王国の物語に基づく。この王はシントという妃を持ち、28人の子をもうけた。これらの人物の名が、それぞれのウクの名となっている。
 まずはプラブ・ワトゥグヌンの物語を紹介する(Ensiklopedi Wayang Indonesiaによる)

プラブ・ワトゥグヌン

 プラブ・パリンドゥリヨ Palindriyaの息子。母の名はデウィ・シントであるが、これはロモウィジョヨ(ロモ=ラーマ)の妃のシント(シータ)ではない。妊娠中、デウィ・シントは離婚を望んだ。自身の妹が第二婦人とされることを望まなかったからである。夫と別れてから、デウィ・シントは森から森へと彷徨い歩いた。
 彷徨のさなか、デウィ・シントは男の子を産み、その子はジョコ・ブドウ Jaka Budukと名付けられた(あるいはラデン・ウドゥグ Raden Wudugとも呼ばれる)。いたずらものであったので、幼い頃、ジョコ・ブドウは米柄杓で殴られ、頭に傷があった。
 思春期を通じてジョコ.ブドゥは向こう見ずな性格からさまざまな経験をした。自分の名が気に入らなかったので、彼は自身の名をラディテRaditeにかえた。その超能力のゆえ、ラディテはついにギリンウェシGilingwesiの王となり、プラブ・ワトゥグヌンと称した。
 幾年かの後、森で狩りをしている最中、プラブ・ワトゥグヌンは、後に妃となる美しい女と出会い,恋に落ちた。結婚後多くの子をもうけ、子どもは28人になった。
 ある時、プラブ・ワトゥグヌンは妃に頭のシラミを取ってもらおうとした。お妃は夫の頭にある傷跡が留められているのを見て、ショックを受けた。彼女はその傷跡の由来を尋ねた。プラブ・ワトゥグヌンが話すと、彼女はこの夫が実は自身の子どもであることが分かった。彼女はすぐさま分かれようと望んだ。しかし、プラブ・ワトゥグヌンは承知しなかった。彼は妃をひじょうに愛していたからである。王はその美しい女が自身の実の母であることも認めなかった。妃は条件を掲げた。もし王が七人のビダダリ(天界の妖精)を連れ来て、妻妾とすることができたなら、彼女は喜んでプラブ・ワトゥグヌンの妻のままでいるであろう、と。
 長考することなくプラブ・ワトゥグヌンは同意し、デウィ・シントの望みを叶えるべくカヤンガン(天界)へ出発した。しかし神々はプラブ・ワトゥグヌンの懇願を受け入れなかった。そこでプラブ・ワトゥグヌンは力に訴え、かくて戦いが起こった。神々はバトロ・チトロセノ、バトロ・チトロゴド、そしてバトロ・アルジュノウィノンゴに率いられたドランドロdorandara を動員した。神々を相手にしたその戦いにおいて、プラブ・ワトゥグヌンとその配下は優秀であった。
 神たちの敗北の報を受けたバトロ・グルは、すぐさまウィスヌの化身で、地上を放浪しているルシ・サトモトSatmataを迎え、敵に対するように命じた。ルシ・サトモトは了解し、バムバン・スリガティSrigatiという超能力の苦行者である息子を伴ってカヤンガンへ出発した。
 一方、圧倒され,これ以上の損害を避けるため、神々はプラブ・ワトゥグヌンの望みを受け入れざるを得なくなった。望まれた七人のビダダリが与えられた。
 プラブ・ワトゥグヌンは大いに満足し、七人の美しいビダダリを連れて地上に戻った。しかし、ギリンウェシの王の一行は途中でルシ・サトモトとバムバン・スリガティと遭遇した。ふたりは七人のビダダリを天界へ返すよう求めた。ワトゥグヌンは拒否し、戦いとなった。彼らの超能力は拮抗した。
 劣勢になったワトゥグヌンは戦場を離れ、ギリンウェシへ逃げ戻った。ルシ・サトモトとその息子が追いかけた。ギリンウェシ王国で戦いは再開した。ついにプラブ・ワトゥグヌンは、妃と子供たちの眼前で斃された。王が斃されたのを見てデウィ・シントと子供たちはベロ・パティbela patiの儀式を行い、王の遺骸とともに炎に焼かれたのである。
 ジャワ文化においてプラブ・ワトゥグヌン、デウィ・シントと子供たちはウクwuku(西洋占星術の星座に類する)のそれぞれの名となっている。

ウク一覧
1.シントーバトロ・ヨモ Sinta - Batara Yama
2.ランドゥプーバトロ・マハデウォ Landep - Batara Mahadewa
3.ウキルーバトロ・マハヤクティ Wkir(Ukir) - Batara Mahayakti
4.クランティルーバトロ・ランスル Kurantil(Kulantir) - Batara Langsur
5.トルーバトロ・バユ Tolu(Tulu) - Batara Bayu
6.グムブルグーバトロ・チャンドロ Gumberg - Batara Candra
7.ワリンゴ・アリット(ワリンゴ)ーバトロ・アスモロ Waringa alit(Waringa) - Batara Asmara
8.ワリンゴ・アグン(ワリンゴディアン)ーバトロ・マハルシ Wringa agung(Waringadian) - Batara Maharesi
9.ジュランワンギーバトロ・サムブ Julangwangi(Julungwangi) - Batra Sambu
10.スンサンーバトロ・ゴノ・ガネソ Sungsang - Batra Gana Ganesa
11.ガルンガン(ドゥングラン)ーバトロ・コモジョヨ Galungan(Dunglan) - Batra Kamajaya
12.クニンガンーバトロ・インドロ Kuningan - Batara Indra
※この週のクニンガン Kuningan =サブトゥ・クリウォン Sabtu-Kliwonは祝日になる。
13.ランキルーバトロ・コロ Langkir - Batara Kala
14.マンダシヤ(ムダンシア)ーバトロ.ブラフマ Mandasiya(Medangsia) - Batara Brahma
15.ジュルン・プジュット(プジュット)ーバトロ・グリトノ Julung pujut(Pujut) - Batara Guritna
16.パハンーバトロ・タントロ Pahang - Batara Tantra
17.クル・ウレット(クルルット)ーバトロ・ウィスヌ Kuru welut(krulut) - Batara Wisnu
18.マラケ(ムラキ)ーバトロ・スランゴノ Marakeh(Merakih) - Batara Suranggana
19.タムビルーバトロ・シワ Tambir - Batara Siwa
20.ムダンクンガンーバトロ・バスキ Medangkungan - Batara Basuki
21.マクタルーバトロ・サクリ Maktal - Batara Sakri
22.ウイェーバタラ・クウェロ Wuye - Batara Kowera
23.マナイル(ムナイル)ーバトロ・チトロゴトロ Manahil(Menail) - Batara Citragotra
24.プランバカットーバトロ.ビスモ Prangbakat - Batara Bisma
25.ボローバトロ・ドゥルゴ Bala - Batara Durga
26.ウグーバトロ・シンゴ・ジャンモ Wugu(Ugu) - Batara Singajanma
27.ワヤンーバトロ・スリ Wayang - Batara Sri
28.クラウーバトロ・サドノ Kulawu(Kelawu) - Batara Sadana
29.ドゥクットーバトロ・サクリ Dukut - Batara Sakri
※この週のアンゴロ・カシ Anggara Kasih =スラサ・クリウォン Selasa Kliwon はジャワでは聖なる日とされる。
30.ワトゥ・グヌンーバトロ・アナントボゴ Watu gunung - Batara Anantaboga
※この週のジュマット・クリウォン Jumat Kliwonは、ジャワでは聖なる日、バリではサラスワティの日とされる。

パウコンのワヤン
 パウコンの書に、ウクの17、クルウレットについて記され、説明されている。
1.クルウレットはサン・ヒワン・ウィスヌ神に伺候した。
 クルウレットはスンジョト・チョクロを持ち、彼の後ろにはパリジョト Parijatha (夜香木あるいは月橘、ジャスミンに似た花を咲かせる)の木が立っていた。スパハン鳥Sepahan (未詳)がその枝に止まっていた。前には家が一軒建っていた。
a0203553_18274378.jpg


2.状況説明
 a. 神   :サン・ヒワン・ウィスヌ
 b. 樹   :パリジョト
 c. 鳥   :スパハン
 d. 建物  :前方にある
3.解釈
 a. ウク・クルウレットの人(クルウレットのウクに生まれた人)は、注意深くて、仕事をきちんとし、寡黙で、知性とセンスに富む。
 b. スンジョト・チョクロを持つ、とは戦略に長け、心の安定と聖性を好むことを意味する。
 c. スパハン鳥は、頭の回転が早く、何をするのも卒がないことを意味する。
 d. パリジョトの木は、兄弟の間に少々苦労があることを意味する。
 e. 前方にある建物は、惜しみない富をしめすが、慢心すると続かない、という意味になる。
4.不運(事故)
 人を虐めると不幸になる。
 幸運を得るためには:7匹のヤギ、そのうち2匹は前足の毛が白いもの、すべて調理されているもの。百回のクテン ketheng の祈りの行をおこなうと、幸運が与えられる。
5.アイル・バ(洪水)に象徴されるのは、役に立たない大風呂敷の話をする、習慣・気質があることを意味する。
6.考慮すべきこと(perhitungan)
 綿の病気に注意。
7.生まれ
 それぞれのウクは7日間ある。ウク・クルウレットは次の曜日の組み合わせからなる
曜日         神       パダンゴン(Padangon)   パリンクラン(Paringkelan)
1 アハッド・ワゲ Ahad Wage  コロ Kala    ジャグル Jagur      ウワスUwas
2 スニン・クリウォン Senen Kliwon ウモ Uma    ギギス Gigis        マウル Mawulu
3 スラサ・ルギ   Selasa Legi スリ Sri     クランガン Kerangan   トゥングル Tungle
4 ラブ・パイン   Rabu Phing   インドロ Endra  ノハン Nohan       アルヤン Aryang
5 カミス・ポン   Kamis Pon   グル Guru    ワゴン Wagon      ウルクン Wurukung
6 ジュマット・ワゲ Jumat Wage  ヨモ Jama    トゥルス Tulus      パニングロン Paningron
7 サブト・クリウォン Sabtu Kliwon  ルドロ Lodro   ウルン Wurung      ウワス Uwas
*Paringkelan :パウコンの日とそれらの運命への影響(tengle, aryang, warukung, peningron, uwas, mawulu).

 意味とその気質は
コロ=悪,貪欲         ジャグル=虎→甘い、強い、無知  ウワス=横柄
ウモ=慈悲深い         ギギス=大地→包容力,強さ    マウル=憧れ
スリ=慈悲深い、愛多い     クランガン=太陽→慎重      トゥングル=拒む
インドロ=横柄、慎重      ノハン=月→慈悲深い       ワルヤン=忘れっぽい
グル=試すのが好き、報酬をあたえるふりをする ワゴン=毛虫→勤勉、堅実  ウルクン=不注意
ヨモ=怠惰,不注意       トゥルス=水→上品な望み     パニングロン=貪欲
ルドロ=怒り          ウルン=火→怒りっぽい      ウワス=横柄

 まあ,上記のようなこみいったパタンの組み合わせで、うまれた日による人物の性格診断や、日の吉凶を判断するわけである。特に12のクニンガン、28のアングロ・カシ、30のサラスワティの日などは重要視されるようである。クニンガンなどについては、松本亮の「ジャワ舞踊 バリ舞踊の花をたずねて」(めこん社 2011年)などでも触れられているので参照してください。
 しかし、暦の起源説話に登場するプラブ・ワトゥグヌンとその一族の運命は、悲劇的で、理不尽な話であるところが、なんとも不思議でもあり,また、ジャワ・バリらしいという気もする。妻であるデウィ・シントが夫ワトゥグヌンの後を追って火に入るのは、ヒンドゥーにおけるサティーの習慣を反映したものであろう。このような例は、マハバラタ(「カカウィン・バラタユダ」)における、アビマニュとシティスンダリにも見られるから、分かるが(今日の倫理感に合致するかどうかは別)、子供たちまで全員殉死するのは、特殊なように思える。残念ながら手元に資料が無いので、現在はこの物語の由来等は不明だが、調べてみると面白いかもしれない。
[PR]
by gatotkaca | 2012-01-05 18:27 | 影絵・ワヤン | Comments(0)