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木から落ちた猿

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ケオン・マス(黄金のカタツムリ)の伝説 その2

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‥‥さて、第三の物語はこのようなものです‥‥。

ケオン・マス

 物語はカウリパンKahuripan 王国のラデン・イヌ・クルトパティ Raden Inu kertapati がダハ Daha 王国の王女の一人に求婚しようとしたことから始まる。その時、ダハ国はクルタワルマ kertawarma 王の治世であった。クルタワルマ王には二人の娘がいた。上の娘はプトゥリ・チョンドロ・キロノ Putri Chandra Kirana といい、とても美しく、やさしい娘であった。下の娘の名はプトゥリ・ガル・アジュン Putri Galuh Ajeng といったが、甘やかされて育ったのでわがままな娘であった。ラデン・イヌ・クルトパティはどちらの娘を妃にするか迷って、二人をテストしようと考えた。そのテストとは、二つのゴレgolek 〈木偶〉人形の包みを送ることであった。一方の包みはぼろ切れで、もう一方は美しいカイン〈布〉で包まれていた。わがまま娘のガル・アジュンが最初に選び、美しいカインの方を取り、残った方をチョンドロ・キロノが取った。ガル・アジュンが包みを開くと、入っていたのは普通の人形で、彼女はがっかりした。チョンドロ・キロノの方には美しい人形が、ラデン・イヌ・クルトパティからのプレゼントと一緒に入っていた。

 ガル・アジュンの心は嫉妬と失望でいっぱいになったが、長老たちの前では表に出すことはできなかった。そこでガル・アジュンは裏から魔術を使ってチョンドロ・キロノを陥れようと考えた。チョンドロ・キロノがいつもの河でマンディ〈沐浴〉している時、ガル・アジュンはドゥクン dukun 〈魔術師〉の力を借りて、彼女をケオン・マス〈金色のカタツムリ〉の姿に変えてしまったのである。

 魔法をかけられたことに気付いたチョンドロ・キロノであったが、彼女に出来るのは昼となく夜となく、ただ祈ることだけであった。彼女は元の姿に戻ってラデン・イヌ・クルトパティと再会できるようにと祈った。彼女の祈りは神々の耳に届き、神々は彼女がラデン・イヌ・クルトパティと再会できれば元の姿に戻れるという恩寵を与えてくれた。それだけでなく、神々の助けでダダプ Dadap 村のロンド・ダダパン Randa Dadapan という老婆が招き寄せられたのである。彼女が洗濯をしているところにケオン・マスが現れ、彼女はそれを愛しく感じてケオン・マス(チョンドロ・キロノ)を飼う事にしたのであった。

 ロンド・ダダパンは善良に日々を暮らしていた。ロンド・ダダパンが毎日出掛ける度に、チョンドロ・キロノは人の姿に戻って家事をしてあげるのだった。ロンド・ダダパンは自分がいないうちに家の仕事が片付いているので不思議に思った。部屋は掃除されているし、料理も出来上がっている。そしてとうとうケオン・マスが家事をしているところを見つけた。彼女は自分が誰で、どうしてこのようになったのかを話した。

 場面変わって、ラデン・イヌ・クルトパティはチョンドロ・キロノがいなくなったことで心乱れていた。そこで彼は少数の部下を連れてチョンドロ・キロノを探しに出掛けたのであった。

 旅の途中で、彼はチョンドロ・キロノに呪いをかけたドゥクンに出会った。ドゥクンはラデン・イヌ・クルトパティの旅を邪魔立てしようとして、烈しい戦いとなった。如何なるときも真実は勝つ。かのドゥクンはラデン・イヌに斃されたのであった。

 チョンドロ・キロノの行方が分からず、絶望しかけた時、ラデン・イヌは飢えて弱っている老人と出会い、彼を助けた。その老人は神の化身であった。こうしてラデン・イヌはダダパン村を指差す像を賜った。すぐさまラデン・イヌはダダパン村を目指した。村に着くと、おいしそうな料理の香りがしてくる。彼はその香りに誘われて香りのする方へ向かった。香りに誘われて台所に入ると、そこにはランダ・ダダパンと共に、愛するチョンドロ・キロノが立っていたのである。離れて久しい恋人たちはこうして再会した。チョンドロ・キロノはダハ王国に帰還した。ガル・アジュンは驚きと恐怖と罪悪感で絶望し、崖から海に飛び込んで自殺してしまった。

 チョンドロ・キロノとラデン・パンジ・イヌ・クルトパティは結婚し、幸福に暮らした。

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 第四の物語。

ケオン・マス

 クルトマルトkertamarta 王はダハ国の王様です。王様には二人の娘がおりました。その名はデウィ・ガル Dewi Galuh とチョンドロ・キロノ Candra Kirana といいました。二人ともとても美しく良い娘でした。チョンドロ・キロノはカウリパン国の皇太子、ラデン・イヌ・クルトパティと婚約していました。ラデン・イヌ・クルトパティは賢くて良い心をもった人でした。

 けれどチョンドロ・キロノの姉妹のガル・アジュンはチョンドロ・キロノを妬み、ラデン・イヌの気を魅こうとしていました。それで、ガル・アジュンはチョンドロ・キロノに呪いをかけるため、魔術師のおばあさんのところへ行きました。ガル・アジェンがチョンドロ・キロノの悪口を言い立てたので チョンドロ・キロノは宮殿から追い出される事になってしまいました。チョンドロ・キロノが海岸を歩いていると、魔術師のあばあさんが現れ、彼女をケオン・マスに変えて海に投げ込みました。ケオン・マスは、彼女が婚約者と再会できた時、その魔法が解けるのです。

 ある日、ひとりのおばあさんが網で魚穫りをしていた時、ケオン・マスが網にかかりました。おばあさんはケオン・マスを持ち帰り、水瓶に入れました。その翌日、おばあさんはまた魚釣りに出掛けましたが、一匹の魚も穫れませんでした。けれど彼女が小屋に戻ると、おいしそうなお料理が並んでいたのでびっくりしました。おばあさんは誰がこの料理を用意してくれたのか、と不思議でなりませんでした。

 次の日もおばあさんが出掛けて帰ってくると同じ事がおこっていました。次の朝、おばあさんは出掛けるふりをして、何が起こっているのか覗いてみました。するとケオン・マスが美しい娘に姿を変え、料理を始めました。おばあさんは尋ねました。『きれいな娘さん、あんたは一体誰だね?』『私はダハ王国の王女です。私を妬んだ姉のために、呪われてケオン・マスになっているのです。』とケオン・マスは言いました。そしてチョンドロ・キロノはまたケオン・マスの姿に戻ってしまいました。おばあさんはそれを見てとてもおどろきました。

 いっぽう、イヌ・クルトパティ王子はチョンドロ・キロノが姿を消してしまったので、じっとしていられませんでした。彼も庶民に変装して彼女を探しに出掛けたのです。魔術師のおばあさんはそれを知ってカラスに変身してラデン・イヌ・クルトパティの邪魔をしようと考えました。ラデン・イヌ・クルトパティはカラスが言葉を話し、彼の目的も知っていたので驚きました。超能力のカラスだと思い、その言葉に従いましたが、実は間違った方角を教えられていたのです。ラデン・イヌが旅を続けると、お腹をすかせて弱っているおじいさんと出会いました。このおじいさんは良い人で超能力もありました。そしてラデン・イヌをカラスから助けてくれたのです。

 おじいさんが杖でカラスを打つと、カラスは煙になってしまいました。おじいさんに教えられて、ラデン・イヌはチョンドロ・キロノの居場所を知る事が出来ました。ラデンはダダパン村へ向かいました。何日も歩いてダダパン村に着くと、持っていた水が無くなってしまったので、とある小屋の近くに行き、水を一杯もらおうとしました。そして窓から中を見るととても驚きました。なんとそこで、彼の婚約者が料理をしているではありませんか。とうとう魔法が解けました。ラデン・イヌと再会できたからです。そこへ小屋の主人であるおばあさんがやって来ました。チョンドロ・キロノはラデン・イヌにおばあさんを紹介しました。ラデン・イヌは婚約者を王宮につれて帰りました。そしてチョンドロ・キロノは、ガル・アジュンの行いをクルトマルト王に話しました。

 王様はチョンドロ・キロノに詫びました。ガル・アジュンは罪を問われました。怖くなったガル・アジュンは森に逃げ、谷にすべって落ちてしまいました。間もなくチョンドロ・キロノとラデン・イヌ・クルトパティの結婚式が行われました。良い心を持ったダダパンのおばあさんは王宮に招かれ、彼らは幸せに暮らしました。

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 害虫としてのケオン・マスから、ケオン・マスの伝説をいくつか紹介してみましたが、社会の発展の構造がつかめましたか?まだ読んでいないなら、また読んで下さいね。へへへ‥‥。良い読書を‥‥。


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 ということで、ケオン・マスの物語が四つ紹介されていたのだが、細かいところの異なるヴァージョンは他にもあるようで、ケオン・マスだけでもさまざまであることが分かる。第一の物語は、パンジ物語ではないヴァージョンで、この説話に類するものが、もしかしたらケオン・マス説話の原型に近いのかもしれないが、断定はできない。第三、第四の説話では、パンジ物語の主要な敵役であるガル・アジュンが登場し、第三の物語では、有名な『ゴレ・クンチョノ(Golek Kencana 〈黄金の人形〉』も挿話として取り入れられている。ガル・アジュンは他のパンジ物語でも登場して憎らしい役を与えられており、『パンジ・スミラン』などは特に有名である。
 パンジ物語はケオン・マス以外にもまったくストーリーの異なる物語が多種存在し、マレーシア、スマトラ、ジャワその他の地域に広範に広がっている。ジャワ王家のワヤン・ゲド Wayang Gedog でもパンジ物語が題材とされている。パンジ物語のさまざまなヴァージョンに関してはジャワの碩学プロボチョロコが『パンジ物語比較論 Cerita Panji dalam Perbandingan, oleh Dr. Poerbatjaraka. 1968. Gunung Agung 』という著作をあらわしている。筆者はまだ手に入れていないのだが、読んでみたい本である。
 ところで本物(生き物)のケオン・マスであるが、この記事を見る限りでは1980年代に入ってからジャワ島で大繁殖したとのことである。伝説のケオン・マスと今ケオン・マスと呼ばれているゴールデン・アップル・スネイルは別物ということであろう。あとから来た外来種が金色っぽかったので、ケオン・マスと呼ばれるようになったということか。それと、ケオンはよくカタツムリと訳されるのだが、生態を見ると水性の巻貝(たとえばタニシとか)の仲間なのではないかと思われる。まあ、keong という語が両方を含む概念なのかもしれないが。物語の中のケオンも、ひろったおばあさんが水瓶の中で飼うとあるから、「カタツムリ枝を這い」の方ではなくて、タニシの類いではないかと思われるのだが、どうであろうか。

(この項おわり)
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by gatotkaca | 2012-12-13 17:44 | 切り絵 | Comments(0)

ケオン・マス(黄金のカタツムリ)の伝説 その1

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 ケオン・マス(黄金のカタツムリ)という話はインドネシアではわりと有名で、ジャカルタのタマン・ミニ・インダ*にあるIMAXシアターは、カタツムリの形状でその名を『ケオン・マス』という。
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 中では3D映画を見られるそうである。私は建物の前までは行ったのだが、中に入ったことはない。
 ケオン・マスのお話は、ワヤン協会のインドネシア語勉強会で、テキストになったので知っていたのだが、ケオン・マスと呼ばれるカタツムリそのものについては知らなかった。
 今回は、本物の(生きている)ケオン・マスのこと、そしてケオン・マスの物語の異説を4ヴァージョン紹介してくれているブログを紹介する(元の記事はここ)。

 *インドネシアの島々を縮尺したものや、27州を代表する民族調のパビリオンが並ぶミニチュア・テーマパーク。各パビリオン内部では、昔の王族の生活を再現したり、工芸品・服飾などインドネシア各地の伝統と文化が紹介されている。


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伝説と日常の間に

 ケオン・マス〈Keong Mas:黄金のカタツムリ〉、この物語を聞いた事のある人は多いだろう‥‥、けれど、この物語(ケオン・マスの童話)にいくつかのヴァージョンがあることをご存知であろうか?(害虫としての)ケオン・マスについてはいささかご存知であろうが…、我々の想像力を刺激するケオン・マスの伝説の背景についてはどうです?‥。

ケオン・マス『のろまさん〈Si Lelet〉』、稲の害虫
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 ケオン・マス(Pomasia canaliculata Lamarck)、またGAS(ゴールデン・アップル・スネイル)として知られるこの生き物は、稲の害虫とされている。ケオン・マスは軟体動物の一種である。稲の害虫とはいえ、ケオン・マスは様々な分野で活用でき、経済効果へのポテンシャルを持ってもいる。

 このカタツムリは、ブラジル、スリナム、グアテマラといった南アメリカの沼地を発祥の地としている。当初ケオン・マスは1980年代頃に台湾からもたらされた。1981年、この生き物はヨグヤカルタ〈ジョクジャカルタ〉の水族館に導入され、1985〜1987年の間に急速にインドネシア全土に広がった。

生態
 この軟体動物は澄んだ水に棲息し、豊富な水性植物と泥を生活の基盤とする。水流がゆるやかで、水の溜まった湿った場所に棲息する。ケオン・マスは旱魃が生じても、6ヶ月ほども生き延びる事が出来る。この生物はpH5〜8、摂氏18°〜28°の範囲の水中で生活する事ができる。温度が高ければ、ケオン・マスは動きも、成長も速くなり、摂食量も増える。温度が下がると泥の中に入って休眠状態となる。摂氏32°を超えると高い確立で死亡する。

 カタツムリは雌雄同体である。交尾は四季を通じて行われる。ケオン・マスは毎月1,000〜1,200、毎週200〜300個の卵を産む事ができる。ケオン・マスの最も有害な成長段階は、10mm(トウモロコシの粒ほど)から40mm(ピンポン玉ていど)の大きさの頃である。

 この成長段階に入ると、ケオン・マスは夜間に水田や畑の水や小枝といった物に産卵し、卵は7日〜14日で孵化する。スサント Susanto の調査によれば(1995年)、幼態のケオン・マスは水中で貝殻が1.7〜2.2mmの大きさにいたると孵化する。二日程度で貝殻は堅くなる。

 2〜5mmの若いケオン・マスは藻類や植物の柔らかい部分を食べる。成長の初期段階は15〜25日間である。26〜59日の間はひじょうに貪欲に摂食する。60日齢に達すると繁殖可能となる。ケオン・マスは年間を通じて水気のある場所で3〜4時間かけて交尾を行う。

 成体は4センチほどの貝殻径で、10〜20グラムくらいになる。貝殻の成長は、形成栄養素としてのカルシウムの摂取量による。また周囲で摂取できる栄養素豊富であれば、殻は大きく固くなる。2〜6年生き、繁殖力も高い生物である。

有力な稲の害虫
 この生き物は水田の若い稲や苗床を害する。一平方メートルあたり10〜15匹に密集して、ケオン・マスは水田の稲を3日程度で全滅させてしまう。水田の水を濁らせ、その被害は水田に大きな損害を与える(イスモン Ismon 2006年)。農家たちはしばしば種を全滅させられ、植え直さなければならなくなる。

 ケオン・マスは昔は人々に愛されていたが、長期間放置されてきたので、今や稲の主要な害虫となってしまった。1986年にはフィリピンで、灌漑稲作の約300ヘクタールが損害を受けた。1987年には9,000ヘクタールに、1990年の1月には、その被害は350,000ヘクタールにも及んだ。フィリピンの水田3万ヘクタールの内、1万2千から1万6千ヘクタールにこのカタツムリの被害は及んだのである。1990年には2億120万ペソがこの害虫を駆除するために費やされた。

 1989年、国際連合食糧農業機関( Food and Agriculture Organization、FAO)によれば、フィリピンの作付け面積の10〜40パーセントがこの害虫の被害を受け、生産に相当の損失を与えていると推定している。我が国でも、スマトラ、ジャワ、スラウェシからパプアにいたるほぼ全州で被害が発生している。

 インドネシアでは特に南ラムプン州〈Kabupaten Lampung Selatan〉で1992年6月までに、ケオン・マスの被害は4,500ヘクタールに及び、その棲息の人口密度は一平方メートルあたり2〜23匹に達した事が報告されている。スサントによれば、ケオン・マスの繁殖は1987年から始まり、1990年頃の〈行政の〉調査によれば八つの県〈provinsi〉がケオン・マスに汚染されたと言う(1995年)。これらの地域は北スマトラ、西ジャワ、中部ジャワ、ジョクジャカルタ、東部ジャワである。近年はカリマンタン、スラウェシといった他の地域にも広く分布して来ている。ケオン・マスは苗や種子を食べてしまうので、農地を害する害虫としてその被害が懸念されている。

代替タンパク源として
 ケオン・マスの人口管理において注目すべき二つの事柄がある。稲の重大な害虫であることと、タンパク源としての潜在的可能性である。鶏、魚、カニ、エビの飼料になるし、味も良く高タンパクであるから食品に加工することもかのうであり、民間の資金源として有効活用できるのである。スダルト Sudarto の意見では(1991年)、ケオン・マスは高タンパクの生物であるから、フィリピンで人間、家畜が消費するための動物として開発されているいるのも頷ける、と言う。ケオン・マスの肉の割合は、生体の総量の18パーセントに過ぎない。ケオン・マスの肉のタンパク質含有量は(乾燥重量の)54パーセントであり、直接魚に与えることも出来るが、事前に魚粉製品の処理を行う事で高濃度にする事も出来る。ボムベオ-トゥルバン Bombeo-Turubanのエビに関する実験(1995年)で、エビ肉の必須アミノ酸指数とケオン・マスのそれを比較した結果、ケオン・マスの必須アミノ酸指数(EAAI)は0.84程度であることが分かった。水産養殖の効率はアミノ酸含有度に依存するが、ケオン・マスと魚を与える場合とが同等であることが分かったのである。

 家畜資料、魚の養殖、さらに食品、医薬品その他の経済的有用性といった分野で、ケオン・マスは大規模かつ継続的に活用可能である。というのもこれらを満たす生物学的要件のほとんど全てを満たす生き物だからである。ケオン・マスは一般的な水辺で生活可能であり、成長も速く、繁殖力も高いので、池などでの養殖も比較的簡単にできる。

 イル・スリスティオノ博士 Dr. Ir. Sulistiono
 ボゴール農業大学 Institut Pertanian Bogor (FPIK-IPB)、水産資源管理学科 Departemen Manajemen Sumberdaya Perairan 主任研究員。

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 さてこれから、ガラッと変わって最初に言った『ケオン・マス』伝説になります。昔話しの始まり始まり‥‥。

ケオン・マス

 昔々、ガロラン Galoran という若者がいました。彼の両親は身分が高く裕福でしたので、彼は大事にされていました。でもガロランはとても怠け者だったのです。毎日両親の財産を無駄遣いするばかり、両親が亡くなった後もさらに無駄遣いが多くなるばかりです。だから両親の残してくれた財産も日が経つにつれて減っていくばかりでした。けれどガロランはそんなことにはおかまい無しで、のんびり散歩をして過ごしていました。村人たちはそんな彼をあわれんでいました。彼に仕事をくれる人があっても、ガロランは何もしないで食べて寝るだけだったのです。ガロランは裕福な未亡人と一緒になりました。ガロランは大変喜んで『愛の芽とおかずがやって来た』と思っていました。

 その未亡人にはジャムベアン Jambean という名の娘が降り、彼女はとても賢く、機織りが上手でした。ジャムベアンの織物が素晴らしい事は、村中に知れ渡っていました。でもガロランはこの継子を嫌っていました。いつも怠けている彼はしょっちゅうジャムベアンに諭されていたからです。

 ガロランの憎しみは深まり、彼は継子を殺そうとたくらみました。彼は妻に険しい口調で言いました。『おい、お前、ジャムベアンは俺に逆らってばかりだ。親に意見するなどもってのほかだ!一体どういう事だ?』『こらえて下さい、あなた。ジャムベアンはあなたのためを思っていっているのです。』妻は彼をなだめた。『これ以上俺に無礼を働くようなら、俺は家を出て行く!』彼は目をむいて怒鳴った。『そんなことは駄目よ、あなた。ジャムベアンはただ、あなたに働いてもらいたいと思っているだけなのよ。』妻は夫の怒りを和らげようとした。『けっ、くだらねえ。お前は俺か、娘かどっちかを選ぶんだ!』こう言ってガロランは脅した。

 ジャムベアンの母は悲しみにくれました。心乱れて母は昼も夜も泣き続けました。彼女は泣きながら、『お父様は、ジャムベアンを苦しめようとなさっている。私の娘、ジャムベアン、こちらにいらっしゃい。』泣きながらやさしく言いました。『ちょっと待って、お母様。織物が少し残っているの』ジャムベアンは答えました。『さあ終わったわ。』ジャムベアンは悲しいんでいる母のそばにとん行きました。『お母様、何を悲しんでいらっしゃるの?』やさしく尋ねました。母はジャムベアンの父が、彼女を殺そうと考えていることを話しました。ジャムベアンは悲しげに言いました。『お母様、もう悲しむことはありません。私はお父様のお望みにしたがいます。私の幸せは、お母様が幸せになることなのです。』と。『でもひとつ、お母様にお願いがあります。私がお父様に殺されたあと、私の体を埋めないで、堤に投げ入れてください。』彼女はそう言うのでした。深い悲しみのうちに母は頷きました。とうとうジャムベアンは継父に殺されてしまいましたが、母はジャムベアンの願いの通りに彼女の体を堤に投げ込んだのです。すると、不思議なことにジャムベアンの頭と体はエビとカタツムリに変わったのでした(ジャワの言葉でケオン keong と言います)。

 ダダパン Dadapan 村に、ボ・ロンド・サムベガ Mbok Rondo Sambega とボ・ロンド・スムバディル Mbok Rondo Sembadil という後家さんの姉妹がおりました。二人の後家さんはとても貧しくて。薪を拾い、タロイモの葉を拾って、ようやく暮らしておりました。ある日、二人はタロイモの葉を探すため堤を閉じました。すると金色に輝くエビとカタツムリがいたので、二人はとても驚きました。『なんて素晴らしいエビとカタツムリなんでしょう。』ボ・ロンド・サムベガが叫びました。『この色を見て、金色よ。飼ってみたいわ。』『まあ、なんて美しいのかしら。このエビとカタツムリを持って帰りましょう』ボ・ロンド・スムバディルは答えました。そしてエビとカタツムリを拾うと家に持ち帰りました。二人はエビとカタツムリを土の瓶に入れました。金のエビとカタツムリを飼うようになってからというもの、二人の生活が変わったのです。二人が仕事から帰ると、台所におかずが用意してありました。そして家の中もとてもきれいに片付いていたのです。ボ・ロンド・サムベガとボ・ロンド・スムバディルはとても驚きました。ある日、二人は誰がこんなことをしてくれているのか調べようと考えました。

 ある日、二人はいつものように薪とタロイモの葉を探しに出掛けるふりをして、外に出るとすぐに戻って来て台所を見張りました。台所から音がするので二人が覗くと、二人の飼っているエビとケオン・マスのいる土瓶の中から美しい娘が現れたのです。『きっとあれは金色のエビとケオン・マスの化身よ。』ボ・ロンド・サムベガはボ・ロンド・スムバディルに囁きました。『さあ、エビとケオン・マスに戻ってしまう前につかまえましょう。』とボ・ロンド・スムバディルに囁きました。二人はそっと台所に入って、料理をしている娘を捕まえたのです。『さあ、早く言いなさい。あんたはこの世の人なの?』ボ・ロンド・サムベガは言いました。『それともビダダリ〈天界の妖精〉かい?』。『いいえ、私はふつうの人間です。両親に殺され捨てられて、エビとカタツムリに姿を変えていたのです。』ジャムベアンはやさしく答えました。話を聞いた二人は心動かされ、ケオン・マスは二人の養子になりました。それ以来、ケオン・マスは織物をして姉妹の暮らしを助けました。その織物は素晴らしく美しいので、国中で評判になりました。そして二人の後家さん姉妹は裕福になったのです。

 その織物は王国の都にも届きました。若い王様は、織物を作ったケオン・マスに心を魅かれました。王はその織物の作り手を探そうと、自ら織物商人に変装して王宮を出ました。とうとう王様はケオン・マスを見つけました。そして彼女の美しさと織物の腕前に心魅かれたのです。王様は後家さん姉妹にケオン・マス、つまりジャムベアンをもらいたいと願いました。王宮に入って、妃に向かえたいと言うのです。後家さん姉妹の何と幸せだったことでしょう。

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 二つめの物語はこのようなものです‥‥。

ケオン・ウマスの伝説

 ケオン・ウマス Keong Emas 〈emas=mas〉はパンジ物語のひとつである。パンジ物語は東部ジャワ、中部ジャワの地域で良く知られた物語である。ケオン・ウマス以外にもパンジ物語としてアンデ-アンデ・ルムト Ande-Ande Lumut やゴレ・クンチョノ Golek Kencono 〈黄金の人形〉といった話が著名である。これらの物語は何世紀にもわたって生き続けている。

 ケオン・ウマスにも二人の恋人たちが現れる。ジュンガラ Jenggala 国の王女、プトリ・ガル・チョンドロ・キロノ Putri Galuh Condro Kirono とダハ Daha 国の王子、ラデン・パンジ・イヌ・クルトパティ Raden Panji Inu Kertapati である。二人の幸福は、プトリ・ガルを無理強いして娶ろうとするアンタ・ブランタ Antah Berantah 国の王の登場で乱されることになる。王女はその王の求婚を避けて出奔し、名をデウィ・スカルタジ Dewi Sekartaji と変えた。

 デウィ・スカルタジの災難は、天界の支配者たちの知るところとなった。バトロ・ナロドは超能力で、逃げていたデウィ・スカルタジを助けるために、彼女をケオン・ウマスに変身させたのである。神の御心により、ケオン・ウマスの放浪が始まった。疲れを知らず、河を渡り谷をたどった。ケオン・ウマスの輝きに心魅かれ、ある老いた未亡人が手にとり、愛でた。その未亡人は、ボ・ロンド・ダダパン Mbok Rondo Dadapan といい、ケオン・ウマスを飼うことにした。ケオン・ウマスは水瓶の中で飼われることになったのである。

 次の日、いつものようにボ・ロンド・ダダパンは魚を捕りに河へ行った。家に帰って彼女はとても驚いた。家の中がきちんと整理され掃除されているではないか。それにテーブルの上にはおいしそうな料理まで並べてあった。一体誰がこんな親切を施してくれたのであろうか?ボ・ロンド・ダダパンにはケオン・ウマスが彼女をねぎらってくれていることなど知る由もなかった。

 そんな奇妙な出来事が数日続いた。ボ・ロンド・ダダパンはもう好奇心を抑えられなくなり、とうとう調べてみる事にした。家を出てしばらくしてから、彼女はまた戻って来たのである。彼女は入り口の扉につま先立って家の中を覗いていた。とつぜん、水瓶の中からとても美しい娘が現れた。娘は手早く家の仕事をこなすと、あっという間にまた水瓶の中に消えてしまった。ボ・ロンド・ダダパンは急いで水瓶の中を覗いてみたが、そこにはケオン・ウマスしかいなかったのである。

 翌日、ボ・ロンド・ダダパンはまた家を出たふりをして、外から家の様子を覗いていた。外から家の中の様子を覗いていると、あの美しい娘が現れたので、すぐにボ・ダダパンは家に飛び入った。そしてケオン・ウマスの貝殻を取ると粉々に割ってしまったのである。それを見て美しい娘は驚いた。ケオン・ウマスの旅は終わったのである。快く、その娘、実はデウィ・スカルタジは、ボ・ロンド・ダダパンの養女となった。デウィ・スカルタジの美しさはダダパンの村の遠くまで評判となった。

 デウィ・ガル・チョンドロ・キロノがいなくなってからというもの、ラデン・パンジ・イヌ・クルトパティは心落ち着かず、宮殿を出た。そして彼は最愛の妻を捜すため、彷徨っていた。放浪の間、ラデンはその名をラデン・パンジ・アスモロバグン Raden Panji Asmorobangun と変えていた。ダダパン村の美しい娘の噂は、ラデン・パンジ・アスモロバグンの耳にも届いた。その娘に会ってみたいと心魅かれたのも、ダダパン村で彼らを引き合わせようとの神の御心であったのだ。

 彼らの放浪の旅は、幸せの涙で終わりを告げた。ダダパン村で数日くつろいだ後、ラデン・パンジ・イヌ・クルトパティとプトゥリ・ガル・チョンドロ・キロノは王国へ帰還した。そしてケオン・ウマスの面倒を見てくれたボ・ロンド・ダダパンを伴う事も忘れなかったのである。

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(つづく)
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by gatotkaca | 2012-12-12 16:30 | 切り絵 | Comments(0)