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木から落ちた猿

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日本ワヤン協会公演のお知らせ

 11月8日(土)、日暮里サニーホールにて、日本ワヤン協会の公演がございます。

 ご来場をお待ち申し上げます。


日本ワヤン協会

創立40周年記念公演


脚本・演出 松本 亮

影絵詩劇 満月の夜のリムブ

 生命の水を探しに

日暮里サニーホール

11月8日土曜日 開場6時 開演6時半

同時開催「ワヤンゴレジュパン・ガヤ・センボクヤ 仙北屋崇の人形展」(於ロビー)

主催=日本ワヤン協会/Acc公益財団法人 荒川区芸術文化振興財団

共催=荒川区

チケット予約・お問い合わせ=日本ワヤン協会 

              tel 03-3303-6063/090-6143-9532

              E-mail=banuwati@kt.rim.or.jp

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by gatotkaca | 2014-10-28 06:45 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

スンカラン(ジャワの年代表記法)

 ワヤン上演では、ダランは語りの合間にスロ Suluk と呼ばれる短い歌を唱う。これは旋法(パテット Pathet )の転換や、場面の雰囲気を作り出す重要な要素でもある。
 そのスロのひとつにパテット・ソゴ Pathet Sanga で用いられるオド・オド・グルグット・サウト Ada-ada Greget Saut というものがあり、その歌詞は下記のようなものである。

Buta Pandawa tata gati wisaya ,
indriyaksa sara maruta ,
pawana bana margana ,
samirana lan warayang ,
panca bayu wisikan gulingan lima.

ブト・パンドウォ・トト・ガティ・ウィソヨ、
インドリヤクソ・ソロ・マルト、
パウォノ・ボノ・マルゴノ、
サミロノ・ラン・ワラヤン、
ポンチョ・バユ・ウィシカン・グリガン・リモ

 プラン・チャキルというほとんどのワヤンの演目の中に挿入される場面で、このスロは、チャキルという名のラクササが登場し、正義の武将と対峙した時、よく歌われる。そういうわけで、現地のワヤン好きな人ならたいがい知っているものである。各語の意味は下記の通り。

ブト buta (ラクササ)
パンドウォ Pandawa (パンダワ)
トト tata (整える)
ガティ gati (気をつける)
ウィソヨ wisaya (行為)
インドゥリ indri (視力)
ヤクソ yaksa (ラクササ)
ソロ sara (尖った物、矢)
マルト maruta (風、花の香りを運ぶ風)
パウォノ pawana (強風)
ボノ bana (深い森)
マルゴノ margana (道行く風)
サミロノ samirana (そよ風、汗をさます風)
ワラヤン warayang (武器)
ポンチョ panca (五)
バユ bayu (吹き抜ける風)
ウィシカン wisikan (父の教え、夜風)
グリガン guligan (寝室)
リモ lima (五)

 つなげてみても意味不明である。しかし文章で符号化された年号を示す「チョンドロ・スンカラン・ロムボ Candra Sengkalan Lamba 」に照らすと、すべての語が数字の5を示している。つまり「五づくし」の詩というわけ。
 スンコロ/スンカラン Sengkala / Sengkalan というのは特定の語彙が特定の数字を表すことで、文章(語彙の羅列)が数字を意味するようになり、それによって年代を記すクロノグラフの一種である。以下
http://ruangkumemajangkarya.wordpress.com/2011/12/17/seputar-mengenai-sengkolo-sengkala-sengkalan/の一部を訳す。

スンコロSENGKOLO/SENGKALA(スンカラン sengkalan )について

 スンコロとは一定の語(文章を構成する場合もあるが、文章にならない場合もある)の配列による年号表記のことで、各語が一、十、百、千の桁を意味し、年の数字に対応するよう定められた語が配置される〈つまり年号は逆順で表示される。1900年なら0091の順で語が配置される〉。スンカランに配置される語は民間信仰の伝統に則った魔術的シムボルとしての概念を持つ語である。各シムボルは記号論的分析でその意味が理解できるものである。スンカランに用いられる語は直接数字を表すのではなく、間接的に数字を表現し、暗喩される数字と語の関係は各語の起源にさかのぼって選択されている。通常サンスクリット語の語彙から取られた語に数字が当てられている。

 スンカラン sengkalan の語源はサンスクリット語で、シャカカーラ Sakakala 、つまり釈迦暦〈サカ歴〉を意味するものである。シャカはインドの種族の名であり、彼らはかつてジャワ島にやって来て、ジャワ文字やスンカランを含むさまざまな知識を伝えた。通説ではシャカ歴は西暦78年サリワハナ Saliwahana 王、またの名アジサカ Ajisaka の時代に始まったとされる。スンカランは西洋語のクロノグラム chronogram (kronogram )のことである。クロノグラムは、ギリシャ語で時間を意味するクロノス chronos と、文字あるいは量を意味するグランマ gramma の語からなる。スンカランにはその構成により、次の三種がある。スンカラン・ロムボ Sengkalan Lamba 、スンカラン・ムムット Sengkalan memet 、そしてスンカラン・サストロ Sengkalan sastra である。しかし、タイプ別に見れば次の二種であるともいえる。すなわちスルヨ・スンコロ surya sengkala とチョンドロ・スンコロ candra sengkal である。

スンコロの構成

スンコロ・ロムボ
 一連の語彙を用いて構成されるスンカラン。

スンコロ・ムムット
 図像を用いて構成されるスンカラン。

スンコロ・サストロ
 ジャワ文字を用いたスンカラン。サンダンガン sandangan 〈ジャワ文字の母音符号〉は通常ウキル・ウキラン ukir-ukiran 、ヒアサン・クリス hiasan keris その他が用いられる。

スンコロの種類

スルヨ・スンコロ
 太陽の運行に基づいた年号〈太陽暦〉を示すスンカラン。スンカラン・スルヨスンコロはイスラーム到来以前のサカ歴を表すために用いられていた。たとえば西暦の年号を表す必要に応じて作られたスンカランであるので、今日スルヨスンコロはめったに使われない。

チョンドロ・スンコロ
 月の運行に基づいた年〈太陰暦〉を示すスンカラン。ジャワでイスラム歴が用いられて以来、チョンドロ・スンコロのスンカランが行われている。ジャワ暦はスルタン・アグン・ハニャクロクスモ Suktan Agung Hanyakrakusuma によってジャワ暦1555年スロ Suro 月一日、ヒジュラ歴1043年ムハラム Muharam 月一日、つまり西暦1633年7月8日に定められた。ジャワ歴はヒジュラ歴とサカ歴の折衷である。今日スンカランは必要に応じてジャワ歴、サカ歴、ヒジュラ歴で使用される。

(スラット)チョンドロ・スンコロ・ガンチャラン (Serat ) Candrasengkala Gancaran 〈散文形式によるチョンドロスンコロの書〉
 ジョクジャカルタ宮廷詩人委員会 Panitia Kapujanggan Keraton Yogyakarta によって編纂された書物。この書はスンカラン作成における語彙の索定を説明する唯一の書物である。

スンコロの規定

グルドソノモ Gurudasanama
 シノニム sinonim 、つまり同義語によってスンカランに使用する語彙を規定する。これはしばしば語の本来の意味から外れた(変化した)意味を語彙に与えることになる。

グルサストロ Gurusastra
 スンカランにホモグラフ homograf 、つまり同形異義語を用いて語の意味変化・削減を決定する方法。この規定法ではしばしば使用される語彙の本来の意味が分岐して変化することがある。

グルウォンド Guruwanda
 同系列の語彙を用いてスンカラン使う語彙を意味変化・削減する方法。この規定はスンカラン内の語彙の基本的使用法を為す。スンカランで使用される語彙はしばしば本来の意味とは異なる隠喩を含むことになる。

グルカルヨ Gurukarya
 基本的に同じ意味の語彙の意味を変化・削減させる規定。この規定はスンカランに用いられる語彙の基本を為す。スンカラン内の語彙はしばしば本来の意味とは異なる隠喩を含むことになる。

グルソロノ Gurusarana
 用法を合わせてスンカランに用いる語彙を変化・削減させる方法。この規定でスンカランの基本語彙を構成する。スンカラン内の語彙はしばしば本来の意味とは異なる隠喩を含むことになる。

グルダルウォ Gurudarwa
 同一の状態を示す語意を用いてスンカランに使用する語彙の意味変化・削減を行う方法。この規定はスンカランに用いられる語彙の基本を為す。スンカラン内の語彙はしばしば本来の意味とは異なる隠喩を含むことになる。

グルジャルウォ Gurujarwa
 同一の意味をもつ語彙に基づいて、スンカランで使用される語彙の意味変化・削減を規定する方法。この規定はスンカランに用いられる語彙の基本を為す。スンカラン内の語彙はしばしば本来の意味とは異なる隠喩を含むことになる。

スンカランで語彙に与えられる数字

スンカランで0の数に対応する語彙
 スンカランでは、無くなること、ひとつも無いことを意味する語彙が0を表す。スンカランでゼロあるいは無を意味する語はひとつだけで、umbul (上に飛び去る)であり、後に何も残らない、ということからゼロを意味する。例としてスカテン sekaten の始まった年、1990年は『 umbuling puspa gapuraning praja 〈王宮の門に花が飛び散る〉』となる。

スンカランで1の数に対応する語彙
 スンカランで1を表す語彙は、ひとつしか数えられないもの、丸い形状の物、人間に関する語、生と現実を象徴する語である。スンカランで1を表す語は、jalma、 jalmi 、janma〈いづれも人間を意味する〉、 kenya〈娘〉、 putra〈息子〉、aji、ratu、 raja、 nata、 narpati、 narendra、 pangeran,、gusti〈いづれも王を意味する〉、 Allah、 hyang〈神〉、 maha〈大いなる〉、bathara〈神〉、bumi〈大地〉、 jagat〈世界〉、budi〈文字〉、 buda〈水星、五曜のラブ Rabu〉、 budaya〈感覚・作法・意見〉、ron〈葉っぱ、口論・喧嘩〉、 lata〈繁茂・葉〉、wani〈勇気〉、semedi〈瞑想〉、 luwih〈さらに、以上の〉、nabi〈預言者〉、lajer〈芋の塊茎、根本、起源〉、wij〈種、子孫〉、 witana〈多数〉、praja〈王宮〉、bangsa〈民族・国家〉、swarga〈天界〉、 puji〈祈り〉、 piji〈ビンロウジュの樹〉、 harja〈幸福・繁栄・祝賀〉 そして peksi〈鳥〉である。peksiは1を表すが、本当は2の意味を持っている。peksi はサンスクリット語の peksi が語源であり、これは鳥、あるいは翼のある生き物を意味するからである。

スンカランで2の数に対応する語彙
 スンカランで2を表す語彙は二つに数えられるものを象徴する語、つまり一対のものを表す語とその派生語、ならびにgandheng〈同等の、匹敵する〉の意を持つ語である。スンカランで2を表す語は通常、asta〈手〉、dwi〈二〉、kembar〈双子〉、ngelmi〈知識、イルム・クバティナン〉、aksa〈目〉、samya〈同様〉、sembah〈拝跪〉、そしてsupit〈箸〉である。

スンカランで3の数に対応する語彙
 スンカランで3を表す語彙は三つに数えられるものを象徴する語とその派生語である。通常スンカランで3を表す語はguna〈有用・機能〉、katon〈見える〉、saut〈はね返る・打たれる、噛まれる〉、sunar〈光る・輝く〉、trima〈受け入れる〉、trisula〈三叉戟〉、ujwala〈光〉、そしてwredu〈上品、忍耐強い、謙虚な〉である。

スンカランで4の数に対応する語彙
 スンカランで4を表す語彙は作業を意味する語と、四つで一かたまりのものを表す語である。通常スンカランで4を表す語はpapat〈四〉、catur〈四〉、keblat(風向き)、 warna 〈(色)ヒンドゥー教におけるカースト〉、toya(水)、 suci(聖なる)、そしてpakarti〈仕事・行為〉である。

スンカランで5の数に対応する語彙
 スンカランで5を表す語彙は、五つに数えられるもの、ラクササ〈羅刹〉の類い、武器の類い、風を意味する語、鋭さ、霊感、ささやき、罠およびパンチャ〈五〉の語を含む語彙である。通常スンカランで5を表す語はdriya〈インドロ神〉、wiyasa(知覚・感覚)、cakra〈チャクラ、円盤〉、warayang〈矢〉、tinulup〈語意不明〉、ati〈心・心臓〉、linungit〈魔物の一種〉、yaksa〈夜叉〉、mangkara〈怒り〉、pasarean〈寝所・墓地〉、tinata〈語意不明〉、gati〈真面目・真剣〉、そしてpirantining 〈道具、機器〉である。

スンカランで6の数に対応する語彙
 スンカランで6を表す語意は感覚を象徴する語、六本足の生き物、またすべての動物を指す語である。スンカランで6を表す語はkat〈どこ〉、gana〈ミツバチ〉、hangga-hangga〈蜘蛛〉、rasa〈感覚〉、sinesep〈吸い込まれる〉、nikmat〈素敵な〉、kayu〈木〉、winayang〈動かされる〉、rebah〈崩壊する〉、そしてwisik〈メッセージ〉である。

スンカランで7の数に対応する語彙
 スンカランで7を表す語意は苦行者、プンデトpendeta 〈僧侶〉、山、大気ならびに乗用に供される動物の類いの語意である。スンカランで7を表す語はpandhita〈僧侶〉、resi〈僧〉、swara〈声〉、sabda〈言葉〉、muji〈称賛、祝福、教え〉、そしてgiri〈山〉である。

スンカランで8の数に対応する語彙
 スンカランで8を表す語意は象、爬虫類、そしてバラモンを意味する語である。スンカランで8を表す語はngesti〈思考する〉、madya〈真ん中〉、basuki〈蛇〉、naga〈蛇〉、brahmana〈バラモン〉、manggala〈幸福〉、murti〈身体〉、salira〈身体〉、sarining〈花の〉、そしてこれらの派生語である。

スンカランで9の数に対応する語彙
 スンカランで9を表す語彙は神、花、また穴の開いた物、開いた物を意味する語彙である。スンカランで9を表す語はkata〈言葉〉、trus〈後に、直ちに〉、trustaning〈信頼する〉、wiwra〈穴、戸口〉、anggatra〈語意不明〉、gapura〈門〉、ambuka〈咲く〉、makaring〈山羊〉、umanjing〈入る〉、sekaring〈花〉、puspa〈花〉、kusma〈花〉、kembang〈花〉、そしてngarumake〈香り〉である。

スンカランの例

Dwi Naga Rasa Tunggal ドゥウィ・ノゴ・ロソ・トゥンガル
 このスンカランはジャワ暦1682年、西暦1756年を意味する。ジョクジャカルタ王宮が使用されるようになった年である。ドゥウィ Dwi 〈二つ〉は2を意味し、ノゴ naga 〈蛇〉は8、rasaは6、tunggal は1を示す。であるからこのスンカランにはジャワ暦1682年の意味が隠されているのである。

 Dwi Naga Rasa Tunggal とはDua Naga Satu Rasa〈二匹の蛇が一つになる〉、つまり二匹の蛇が交尾しているさまを表している。ラサ・トゥンガルとは二匹の蛇が共に快感を得ていることを意味する。ドゥウィ・ノゴとはジョクジャカルタ王宮の口伝によれば、キアイ・ジョゴ Kiai Jaga とキアイ・ジグット Kiai Jigut と名付けられた二匹の蛇であり、ジョクジャカルタ王宮ならびにマタラムの地に住まう民すべての安寧を見守っているとされる。しかし歴史的資料によれば、このスンカランはジョクジャカルタ王宮の成立、つまりジャワ歴1682年、西暦1756年にマタラム王国で勃発したパリハン・ナガリ palihan Nagari 〈第三次ジャワ継承戦争〉においてカスルタナン・ヨグヤカルト Kasultanan Yogyakarta とカスナナン・スロカルト Kasunanan Surakarta が成立したことと関係するとされる。つまりこのスンカランは「王国の安寧と存続のため、王権は二つに分かれたが、その内面はひとつである」ことを意味しているのである。

Dwi Naga Rasa Wani ドゥウィ・ノゴ・ロソ・ワニ

 ジャワ暦1682年、西暦1756年にスリ・スルタン・ハマンク・ブウォノ一世がジョクジャカルタ王宮に入ったことを意味するスンカランである。

 Dwi Naga Rasa Waniというスンカランは「二匹の蛇は勇猛なり」という意味である。歴史的資料に照らせばパリハン・ナガリ〈第三次ジャワ継承戦争〉が起こっており、このスンカランは「二つの権力が正義を確立するため勇猛をふるっている」ことの暗喩であり、ジョクジャカルタ王宮設立に際して「王と民は、カスルタナン・ヨグヤカルト〈ジョクジャカルタ王家〉のために勇猛であらねばならぬ」という意味も持っている。

Warna Sanga Rasa Tunggal ワルノ・ソゴ・ロソ・トゥンガル

 スリ・スルタン・ハマンク・ブウォノ一世の命により、キアイ・リヨ・シンドゥルジョ Kiai Riya Sindureja 〈パティpatih 大臣のひとり〉がバンサル・プロボヤクソ Bangsal Prabayaksa を建設した、ジャワ暦1694年、西暦1768年を指すスンカランである。これはジョクジャカルタ王宮の宝物殿である。ワルノ warna は種類・物を意味し、ソゴ sanga は九、ロソ rasa は気持ち・感覚、そしてトゥンガル tunggal は一を意味する。であるからこのスンカランは一体となった九つの種類(の物)、という意味になる。

 九つの物 warna snga とはスルタンの寵愛する九種の物を意味し、聖なる物と警鐘の象徴バニャ bnyak (ガチョウ angsa )、俊敏性と知恵を象徴するダラン dalang (鹿 kijang )、勇気を象徴するサウン sawung (雄鶏 ayam jantan )、権威を象徴するガリン galing (孔雀 merak )、世界を象徴するアルドワリコ蛇 ardawalika 、魅力を象徴するカチャ・マス(金のハンカチ)、民の心を照らすカンディル kandhil (ランタン)、シムボルを備える場サプト saput (すべての物を保管する場)のことである。そしてこのスンカランが暗喩するのは、王がその職務を遂行するために不可欠な九つの態度を意味しているのである。

Trus Manunggal Pandhitaning Rat トゥルス・マヌンガル・パンディタニン・ラト

 ジャワ歴1719年、西暦1792年にスリ・スルタン・ハマンクブウォノ二世によってバンサル・クンチョノ Bangsal Kencana が建設されたことを示すスンカランである。バンサル・クンチョノは王宮の重要な儀式に使用される建物で、王の即位式の場でもある。トゥルス trus ( terus 継続・langsung 直接)の語は9の数字を意味し、マヌンガル manunggal (トゥンガル tunggal )は1、パンディタニン pandhitaning (パンディト pandhita=プンデト pendeta 〈僧侶〉)は7を、ラトrat (世界)は1を示す。であるからこのスンカランはジャワ歴1719年を意味し、「僧の世界はつねにひとつである」という意味にもなる。

スカル・シナウト・イン・ロジョ Sekar Sinahut Ing Raja

 ジャワ暦1839年、西暦1909年にスリ・スルタン・ハマンクブウォノ八世によりグドゥン・ジェネ Gedong Jene が建設されたことを示すスンカランである。スカル Sekar (花)は9を、シナウト Sinahut (さらわれる disambar〈維持される dipegang の方が良いと思われる〉)は3、イン Ing (〜で)は副詞、ノゴ Naga は8を、そしてロジョ Raja(王)は1を表す。かくてこのスンカランはジャワ暦1839年を示し、「花は蛇の王によって保たれる」という意味になる。花は繁栄の象徴であり、蛇の王は偉大なる王を意味する。王の住いとしてのグドゥン・ジェネの役割に合わせれば、このスンカランは王のモットー、「繁栄は王がもたらす」を意味している。

カルウィアニン・ワラヤン・グスティ・アジ Kaluwihaning Warayang Ngesthi Aji

 このスンカランはジャワ暦1851年、西暦1921年、スリ・スルタン・ハマンク・ブウォノ八世の即位の年を示す。カルウィアニン Kaluwinahing (さらに)は1を、ワラヤン warayang (矢)は5、グスティ Ngesthi (切望する・思考する)は8を、そしてアジ Aji (尊厳・王)は1を表す。このスンカランは「卓越した矢が尊厳を望む」という意味になる。また「王たる者は民衆の安寧を保つために鋭い思考を持たねばならない」という意味ももっている。ワラヤン(矢)の語は鋭敏な思考の象徴であり、アジは王を意味する。であるからこのスンカランは王の即位に相応しい。鋭敏な思考を持たぬ者は王に相応しくないからである。

カルウィアニン・ヤクソ・グスティ・アジ kaluwihaning Yaksa Ngesti Aji

 ジャワ歴1851年ジュマディラワル Jumadillawal 月8日、西暦1921年2月8日にスリ・スルタン・ハマンク・ブウォノ八世が即位したことを示すスンカランである。カルウィアニン Kaluwihaning (さらに)は1を、ヤクソ(ラクササ〈羅刹〉)は5、グスティ Ngesthi (切望・思考)は8を、そしてアジ Aji (威厳・王)は1を表す。このスンカランは「卓越したラクササは称賛を生み出す」という意味を持つ。カルウィアニン・ヤクソ、つまり超越したラクササとはここでは物理的権力を意味する。このスンカランは王は民衆を護り安寧を保つために、物理的な権力を保持しなければならないという暗喩となる。

ジャガド・アスト・ウィウォロ・ナルパティ Jagad Asta Wiwara Narpati

 ジャワ歴1851年ジュマディラワル Jumadillawal 月8日、西暦1921年2月8日にスリ・スルタン・ハマンク・ブウォノ八世が即位したことを示すスンカランである。このスンカランは「世界は王に扉をもたらす」という意味で、ハマンク・ブウォノ Hamengku Buwana と同じく、世界を維持する者を意味する。スリ・ハマンク・ブウォノ八世の即位を記すスンカランはジャガド・アスト・ウィウォロ・ナルパティ、カルウィアニン・ヤクソ・グスティ・アジ、そしてカルウィアニン・ワラヤン・グスティ・アジの三つがある。これら三つのスンカランは相関性があり、互いに補完し合っている。すなわち「世界を維持する者としての王は物理的・精神的領域において卓越していなければならない」ということである。カルウィアニン・ヤクソ・グスティ・アジとカルウィアニン・ワラヤン・グスティ・アジを参照。

ゴノ・アスト・クムバン・ロト Gaba Asta Kembang Lata

 西暦1926年にスリ・スルタン・ハマンク・グウォノによって北のシティ・ヒンギルが再建されたことを記すスンカランである。ゴノGana(ミツバチ)は6、アストAsta(手、運ぶ)は2、クムバン Kembang (花)は9、そしてロト Lata (滑る、広がる)は1を表す。このスンカランは「ミツバチが花の繁茂をもたらす」という意味を持ち、西暦1926年を示す。ミツバチは勤勉に働く生き物であり、その蜂蜜はとても有用なものであるから、王のシムボルとなる。このスンカランには「王が国に豊穣と繁栄をもたらしてくれるように」との願いがこめられている。同時に、クムバン・ロト(繁茂する花)は再建以前のタタグ・シティ・ヒンギル tatag Siti Hinggil の名、タタグ・ラムバット tatag rambat を示してもいる。

〈スンカランの例はまだまだたくさんあるが、以下略〉
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 こういった年号表記法は、日本には無いと思うが、なかなか洒落ていて素晴らしい。ワヤン人形の制作年代も、スンカランで表されるものがある。暗喩・比喩・暗示に充ち満ちたジャワ文化らしい表記法であろう。
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by gatotkaca | 2014-10-21 14:26 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ラーマーヤナに登場するイランとイラク

http://vediccafe.blogspot.in/2013/05/iran-ramayana-connection.html の記事を紹介します。

ラーマーヤナには、ラーマに味方する獣たち(猿・熊など、総称してヴァナラ Vanara という)が、シーター捜索のため、世界各地へ散ったようすが描かれているが、その描写から西方の探索隊がイラン・イラクへ行った(ヴァールミーキの描写がイラン・イラクの地理に基づいている)のではないかという考察。




イランとイラク~ラーマーヤナとの関係


 「ラーマーヤナ」では、アヨーディヤ Ayodhya の王、「神王」シュリ・ラーマ Sri Rama の妃、「女神」シーター Sita が、ランカー(現スリランカ)帝国の王ラーヴァナ Ravana に拉致されたあと、四つの「ヴァナラ vanara * 」の部隊がそれぞれ四つの方角へ探索に派遣される。


 シーターが囚われている場所がまだ分からなかった時点で、捜索隊はまず西方に向けられた。捜索部隊は、ヴァナラの首領であるスグリーヴァ Sugreeva から地図を授けられ、彼らはそれによって「アスタ Asta 」山として知られていた場所を目指す。「アスタ अस्त 」とはサンスクリット語で「日没」を意味し、アスタ山は地上における西の果てである。「ヴァラナ」部隊は地上をくまなく捜索し、シーターを探したのである。


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図1

イラク、スレイマニア Silemania にあるシュリ・ラーマとハヌマーンの古代彫刻。右に古代アッカド碑文が見える。この岩石レリーフはイラン、イラク国境付近のスレイマニア、ホリ・ウ・シェカーン Hori w Shekhan 、ダーバディ・ベルラ Darbadi Belula 山の崖に位置する。紀元前2100年頃



 ヴァールミーキ仙は、「ヴァラナ」たちが西方を目指して進む様を描いている。ラーマーヤナで言及されている場所を特定するのは容易い。そこはシンドゥ、インダス河がアラビア海に注ぐ辺り、今日のカラチ Karachi 付近ということになる。


 「シンドゥ」(सिंधु) は古来、河を意味する名詞であり、ヴァールミーキにおいては、インド西海岸からアラビア海へいたるナルマダ Narmada 河を指す可能性も考えられる。


 続けてヴァールミーキは、シンドゥー河が海に注ぐ場所、インダス河口に言及し、そこには「ヘマギリ Hemagiri 」、つまり「黄金の山」という巨大な山があり、数百の峰と巨木に覆われていると述べている。ヴァールミーキの叙述はナルマダ河とサトプラ Satpura 山脈と西ガーツ ghats 山脈沿岸の地形を示している。この叙述はインダス河がアラビア海に注ぐ場所の地形とは一致していないが、いずれにせよ「ヴァラナ」たちは今や海岸にあり、さらに進んで行く。


 「ヴァラナ」たちは海を進み、獰猛な「ガンダルヴァ Gandharva 」たちの住む、「パーリヤトラ Paariyatra 」という名の水中の山を目指す。その頂は黄金のように輝いているという。シーター探索を急ぐ「ヴァラナ」たちは、「ガンダルヴァ」に係わらないようにして進んだが、ナツメヤシの実を摘み取った。


 パーリヤトラ山を抜け、海中を進み、「ヴァラナ」たちはダイヤモンドのように輝くヴァジラ Vajra 山を越えたと語られる。さらに大陸から四分の一の辺りまで進み、天界の建築家ヴィシュマカルマ Vishmakarma が造った武器スダルシャナ Sudarshana 、「千のスポークを持つ車輪」の意、の上にそびえるチャクラヴァーン Chakravaan 山を後にする。


 チャクラヴァーンとスダルハナ・チャクラの名は、山頂を成している車輪形の巨石(「チャクラ」は円を意味する)の存在を示唆している。このサイトではまだ、ロシアのアルカイム Arkaim とトルコのゴーベクリ・テペ Goebekli Tepe にある車輪型巨石の存在を特定できていない。詳しくはここをクリックしてほしい。


 「ヴァラナ」たちはさらに前進し、ヴァラーハ Varaha 、メガヴァンタ Meghavanta と呼ばれる山を越え、ついにはメール Meru 山にいたる。これらはアラビア海を挟んでイランとイラクにまたがるザグロス Zagros 山脈の峰々を彷彿とさせる。ヴァールミーキもプラグジョティーシャ Pragjotisha という名の都市に言及している。私の仮説では、ラーマーヤナ時代の海面は今日よりも高く、ザグロス山脈の山々も水面下ににあったと考えられる。


 ヴァラーハ山はラーマーヤナにおいて、多くの滝を擁する黄金の山として描かれている。ザグロス山脈もまた、今日多くの滝を持つことで知られている。その最も壮大なものは「ガンジナ・メー GanjinaMeh 」と呼ばれている。この名はサンスクリット語にデコードすることができる。「ガンジナ・メー (गञ्जन-मिह्) とは「素晴らしい霧」を意味するのである。「カンチャン・メー Kanchan-Meh 」は「黄金の霧」を意味する。


 「ヴァラーナ」という名と同根語は、イランでは「クー・エ・ヴァラル Kuh-e-Vararu 」つまりヴァラル Vararu 山である。これはザグロス山脈ではなく、アルボルズ Elburz 山脈に位置し、イランの北部の都市テヘラン Tehran の近くである。ヴァールミーキが言及したのが、今日のクー・エ・ヴァラルと呼ばれる山であるなら、その近くにある「プラグ・ジョティシャの黄金の街」とは、ヴァールミーキが古のテヘラン近郊を描いたものだと言えるだろう。


 テヘランの古代名アヴェスタン Avestan は、「ラグー Raghu (रघु) 」としても知られるシュリ・ラーマの名に由来するのかもしれない。ラーマーヤナでは、プラグジョティシュ Pragjyotish は悪魔「ナラカ Naraka (नरक) 」の住処であったという。実際、イランのブーシェフル Bhushehr 州には「ナラカ」という名の街がある。


 ダマヴァンド Damavand の峰の火山付近の年代的に最も古いとされる名は、ササン朝時代の「ドンバヴァンド donvaband 」である。サンスクリット語で「ダーナヴ Danav 」は「悪魔」を意味するが、ラーマーヤナでは「メガヴァント Meghavant 」と呼ばれている。「ダマヴァンド」や「メガヴァンド」の名を古代との関わりで再度辿って行くことは困難であろう。しかしダマヴァンド山周辺の村には伝説や迷信がたくさんあり、それらは地名に反映されている。ラール Lar 渓谷の上流は温泉の池から小さな谷に水が注いでおり、その間欠泉はディヴ・アシアブ Div Asiab つまり「悪魔のミル」と呼ばれている。


 イランのザグロス山脈は、古代の遊牧民の部族の名にちなんで「サガル・ティアンスSagar-tians 」と呼ばれている。「エスニカ Ethnika 」と題する地誌学書を著したステファヌス・ビザンティヌス Stephanus Byzantinus (6世紀)はカスピ海に「サガルティア Sagartia 」と呼ばれた半島があったことを記している。サガルティア人はサガルティアから南下し、後にザグロス山脈として知られる地域に移ったのだ。サンスクリット語で「サガラ Sagara (सागर) 」は「海」を意味し、サガルティアは「海の」という意味になる。ザグロス山脈はサガルティアン族にザガルティアンス Zagarthian と名付けられたのである。


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図2

ザグロス山脈の黄金の峰。ザグロスは航海民族から「サガラ」と名付けられた。サガラとはサンスクリット語で「海」のことである。


 「ヴァラナ」たちはさらに、峰々に沿って進み、偉大なるメール山の頂きにいたったと語られている。サヴァルニ・メール Savarni Meru の西方に進むと、そこは「アスタ・ギリ」、つまり「日が沈む山」である。「ヴァラナ」たちは、シーター捜索において、アスタ山を越えることはしなかったと語られている。「ヴァラナ」たちは十葉のナツメヤシの木を見つける。それは完全なる金色で、辺りに光を放っていた。そこには素晴らしい演壇があり、「サルヴァーニ・メール」から「アスタ」への旅を讃えるかのようであった。この巨大なナツメヤシは、古代文明において神聖な異議を持っているようである。アッシリアの文化遺物はその見解を指示しているように思える。


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アッシリアの遺物において、神は様式化されたヤシの木と共に表現される。


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様式化されたヤシの木と、アッシリアの女神


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聖なるヤシの木を描いた壁画


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聖なるヤシの木を描いたアッシリアの遺物


 この十葉のナツメヤシについては十分に調べられていない。しかし興味深いことに、ラーマーヤナにおいて、シーターを探して東方に向かった「ヴァラナ」たちは幾つもの海を越え、ウダヤ Udaya 山の近くの山に刻まれた三葉のナツメヤシを見つけている。それは海からも見えたのである。これはペルーの三叉の「パラカス Paracas 」としてアンデス山脈の山に刻まれたものと同種のものであると考えられる。下の写真を見ていただきたい。


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古代パラカス族の三叉の「パラカス」は、ヴァールミーキのラーマーヤナにおける三葉のナツメヤシと同種のものであろう。


* 「ヴァラナ」は一般的には「猿」と訳されるが、シュリ・ラーマの「師団」を指す語である。「ヴァラナ」はここでは「森に住むもの」を指す。


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by gatotkaca | 2014-10-14 12:40 | 影絵・ワヤン | Comments(0)