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木から落ちた猿

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イスモヨ・トゥリウィクロモ その28

イスモヨ・トゥリウィクロモ

 三界の上空に昇った黒雲の中で、サン・マハ・ルシは雲の上に足を組んで座していた。その前には、彼を運んで来た黄金の光があった。サン・マハ・ルシは瞑想から覚醒して徐々に瞼を開いた。前にいる光を見、それから辺りを見回して、マハ・ルシ・ライェンドロは言った。「神々の世界、地上の人間界、それらは創造主ヒヤン・ウィセソの創りし世界である。そなたは何者か。私にはそなたが天界ジュングリン・サロコの王たるヒヤン・バトロであるとは思われない。まさしくそなたは神界の王位を放り出して生あるものたちの世界に降りて来たが、ことさらにゆえあって私に会いに来たのか?」
 「まさしく!我は神界の王位を放り出してまで、兄(けい)に会う必要があったのだ。」黄金の光が言った。「もう我が何者か分かっておろう。」
 「そなたは、目の前にいる者が、人間界マヤポドに降りた神であるバトロ・イスモヨであることをまだ疑うか?」マハ・ルシが答えた。「我が心は驚いておる。そなたがほめられぬやり方で地上に降りて来るほどの問題があるのか、はなはだ疑問なのだ。そなたの行為は礼儀を弁えぬ悪しきものだ。」
 「説明の必要があるのかな?」光は答えた。
 微笑みながらマハ・ルシは言った。「そなたが高貴なる者であることを言う前に、そなたの目的を説明すべきではないか。」
 「兄よ、兄に我が到来の目的が分からないということなどあり得ない。我が地上に降臨する必要を知らぬなどあり得まい?」ジュングリン・サロコの支配者たるサン・ヒヤンは言った。「我が到来は兄のアマルト出奔と関わりがあるのだ。」
 「ではそれが目的であると?そなたは私がアマルトを出奔し、アルゴ・セトにいるのがなぜなのか知りたいと?」イスモヨは尋ねた。
 「まさしくその通りだ。我は尋ねたい。あなたがかようなる態度を取る理由は何だ?周囲ではバラタ・ユダの準備が整えられているというのに。」サン・ヒヤン・バトロは応じた。
 「その質問に答える前に、私も尋ねたい。周囲の状況や我が出奔と、そなたの到来に何の関係があるのだ?」イスモヨが尋ねた。
 「イスモヨ兄はバラタ・ユダに向けて、既に態度を定めたであろう。」サン・ヒヤン・バトロが答えた。「イスモヨ兄はパンダワに味方する、とな。しかし一方で兄はまだパンダワを疑っておる。パンダワの態度をな。だから兄はパンダワが戦争に勝利した時に戻るつもりなのであろう。兄は俗世での恩恵を求めているのだ。兄が明らかに利己主義に陥って、神の法を破ろうとしているのが、その証拠だ。」続けて言った。「兄はバラタ・ユダが地上で起こることが、ジュングリン・サロコを支配する神々の合意による決定であることを知っておろう。これは必然である。バラタ・ユダのみが、クロウォとパンダワの紛争を解決する唯一の道なのだ。二つの違反を犯すという兄の過ちは、真実、神々の法を犯すことになるのだ。」
 笑いながらイスモヨが答えた。「ジュングリン・サロコの支配者たるサン・ヒヤン・バトロよ。世界の法を定め、守護する者よ、そなたの説は正しい。まったく正しい。」イスモヨは言葉を返した。「私はそなたに質問を返そう。一つめ。数百万の人間の魂を犠牲とするバラタ・ユダが必然であるとは、どこの神が、何に同意して決定したのだ?バラタ・ユダの意味するものは、人間による人間の殺戮であり、特定の者たちの殺し合いに、関係のない多くの民衆が巻き込まれてバラタ・ユダの犠牲となる。二つめ。そなたは、私が人間を育て上げ、守ることを使命として地上に降りたことを知らぬのか?そなたは命を守ることは、公正と正義を打ち立てることによってのみ可能であることを知らんのか?」
 「兄は、公正と正義の保証に基づく人間の生命の守護を任務とするという。それは知っている。しかし兄自身も神であり、神々の決定に抗うことは、神々に対する裏切りである。パンダワを守ることは、神の決定に対する違反となる。兄は一方に味方することなく、中立でなければならぬからだ。パンダワに味方する兄は、反逆者ということにならぬか?」
 「バラタ・ユダが必然であるという、神々の決定はこの世界の定めに反するものだ。世を創りたまいしプラヤパティ〈プラジャーパティ〉は、生命を成長し発展するものとして創り賜うた。プラキトリは人間の生を、活動するもの、相関関係にあるもの、依存し合うもの、相互に決定し合うものとして定めた。そしてこの世にある物質と魂は、不存在なる世界を目指して、つねに発芽することを期待され見守られ、継続されるのだ。」イスモヨの言葉は続いた。「この世の定めに沿うとは、生き、成長し、発展することだ。成長し、調和し合い、融和する。あるものが他のものと互いに依存し合う。そうすれば、互いに殺し合い、破壊し合うこともない。戦争である者が他の者を破滅させることもなくなるのだ。例えば、カエルは生きるために蚊を食い、蛇も生きるためにカエルを食う。しかし文化と文明を持つ人間の生き方はそのようなものではないはずだ。」イスモヨは続けた。「私は公正と正義を支え、人間と世界を守るために地上に降りた。クロウォは正義と公正を犯し、人間の文明を破壊しようとしている。クロウォの脅威を黙って受け入れて良いものか?幾千もの人間の魂の安寧を脅かすバラタ・ユダを止めようとしないことは罪ではないのか?」
 光の姿から姿を変えたジュングリン・サロコの支配者バトロ・グルは顔を真っ赤にして声を張り上げた。「神々にとって戦争は恐れるべきものではないぞ。人間にとって生き死には必然だからだ。生や死は、いわばこちらの世界からあちらの世界へと住処を移すだけのこと。死すべき世界から、不死なる世界へな。プルシャ(空)、即ち精神界においては生も死も無く、それは世界の始まりと終わりと共にある永遠なる生命なのだ。死とは全ての人間にとって必然であり、イスモヨ兄がバラタ・ユダを止めようとすることは世界の運命を妨げることでもあるのだ。プルシャ(空・無)とプラキトリ(プラクリティ、色・有)の道程を妨げることを意味するのだ。バラタ・ユダは人間の戦争であり、兄は神である。どうして兄は人間の責務に干渉するのだ?」
 バラタ・ユダについての話を聞き、イスモヨは声を上げて大笑いした。バトロ・グルを笑い、彼の言葉が誤りであることがはっきりしたのだ。そして言った。「世界の王たるグルよ、そなたグルは言った。私の行為が無駄であると。神なら分からぬ者は一人も無いと。だが、生と死、プルシャとプラキトリの行為が創造神ヒヤン・プンチプタの定めた世界の法であるとしても、それは殺し合い、滅ぼし合って為され必要などないはずだ。公平にこの世に生まれた人間たちが、公平に生を全うして何が悪いのだ。人間の生きる道としてまず、正義と公正をおいた神が、地上に強欲が横行するのを為すがままにしておくことの意味は何なのだ?」雲海の上に座したまま、イスモヨは言葉を継いだ。「人間が互いに殺し合い、滅ぼし合うのを放ってくなら、世界はアダルマ(徳の無い)の世界となり、人の生き方から法も規則も、正義も公正も失われてしまうだろう。そのような状況から生まれるのはサニャサ SANYASA(ニヒリズム)の生き方であり、それは他の者をないがしろにする個人の欲望に従う生き方であり、独善と自分の勝ちだけを求める生き方だ。サニャサはアハムコロ AHAMKARA(エゴイズム)、利己主義を生む。クロウォは現実世界における強欲の生む三つの性質、即ち無道たるアダルマ、虚無主義たるサニャサ、利己主義たるアハムコロの権化である。アワタラAWATARA (生まれ変わり/化身)として人間世界に降りた神たる私は、人として生きて行く。人として私は、クロウォの行為を放ってはおけない。サニャサなるクロウォに対して責任を放棄するなら、私の『化身』は何の意味があるのか。『人間』として私はクロウォに対抗するのだ。」

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-31 22:27 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その27

アルゴ・セト山頂の災厄

 アルゴ・セト山頂に飛んで行った二つの煌めく光がこの物語の核心をなす。
 マハ・ルシ・ライェンドロは瞑想における肉体からの離脱の段階の途中にあった。その時、予期せぬ事態が起こった。一方、ダナン・ウィジョヨジャティはまだ五感を閉じることが出来ないでいた。心の内に不安が高まり、一杯になっていた。五感を補って深い瞑想を完全ならしめるはずの第六感が、ダナン・ジャティを敏感にし、警告を発していた。
 太陽神サン・スルヨがその天界を照らしに帰るしるしとして、東の地平線が朧げな赤に染まる。雄鶏が鳴きわめき、鳥たちのさえずりがアルゴ・セトの静寂を埋め尽くす。サン・マハ・ルシは既に黄金の彫刻のよう、光を放っている。それは瞑想が頂点に達した証だ。突然、赤い光がサン・マハ・ルシに向かって瞬いたが、光がサン・マハ・ルシに触れようとした寸前、ダナン・ジャティがその赤い光から飛びついた。赤い光は巻き付くように襲って来た。ダナン・ウィジョヨジャティはプロペラのように回転して抗ったが、その赤い光に絡めとられてしまった。ダナン・ウィジョヨジャティが格闘している間に、黄金の光がサン・マハ・ルシの身体を包んでしまった。瞑想の状態であり、ダナン・ウィジョヨジャティも赤い光と格闘していて守ることもできず、サン・マハ・ルシの身体は黄金の光に包まれ、見えなくなってしまった。
 ダナン・ウィジョヨジャティは、全身を赤い光に巻き付かれて何もできなかった。なんとか逃れようともがいたが、無駄であった。怒りに駆られたダナン・ウィジョヨジャティは渾身の力を込め、すべてのイルムと超能力を込めた。耳をつんざく大声と共にダナン・ウィジョヨジャティは拘束から逃れ、サン・マハ・ルシの身体を連れて行こうとする黄金の光に飛びついた。
 黄金の光はサン・マハ・ルシをどこかへ連れて行こうとしているようだった。黄金の光の傍らに、別の青い光があり、サン・マハ・ルシを連れて行こうとしている黄金の光を追いかけていた。ダナン・ウィジョヨジャティが逃れたさっきの赤い光がまたダナン・ウィジョヨジャティを追いかけて来ている。格闘していると、叫びながらハヌマンが現れた。アルジュノは自由を取り戻して叫んだ。「ハヌマン、赤い光の方を頼む。私はサン・マハ・ルシを助ける。」ハヌマンはすぐさまダナン・ウイジョヨジャティを追いかける赤い光に飛びついて、捕まえた。赤い光とハヌマンは激しく格闘した。激しい格闘の末、ハヌマンの身体は赤い光と共に大地に落下した……。
 サン・マハ・ルシの身体を連れて行った黄金の光は今や青い光に追いかけられていた。ダナン・ウィジョヨジャティもそれを追った。突然、空が真っ暗になり、青い光もダナン・ウィジョヨジャティも、サン・マハ・ルシを見失った。
 戦いは激しさを増した。赤い光は光でありながら、その動きは人間のようだった。ハヌマンはその光が人型のものが光の姿となっているのだと確信した。光はあちこちに飛び回ったが、超能力のハヌマンは逃さなかった。ハヌマンと赤い光は声を上げてぶつかり合った。
 ダナン・ウィジョヨジャティは、やはりサン・マハ・ルシを探しているように見える青い光に、見失ったことを気付かれないようにしなければならないと考えた。そこですぐさま霧に変化して、青い光の行く先を追った。辺りを回って探したが、黄金の光がどこへ隠れたのか、何の手掛りも無かった。ダナン・ウィジョヨジャティは思った。『招かれざる客』はサン・マハ・ルシと同等の超能力を持っている。自分では探せない、と。彼は目の前の青い光を追いかけ続けた。自分では無理だが、この青い光を追えば見つける手掛りになるかもしれない。
 ようやく空が明るくなり、太陽サン・スルヨが光りはじめた。闇の世界は夜に閉じ込められ、徐々に暗さがはれてきた。東の方の赤い光がすべてのものに色を与え、世界の半球を照らし、祝福する……。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-30 23:57 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その26

 その傍らで、ハヌマンとスティヤキの激しい戦いに負けず劣らずの戦いが繰り広げられていた。エロウォノの一撃で倒れたソムボは、何のダメージも無く立ち上がり、素早く反撃した。弓から放たれた矢のように拳が真直ぐ放たれた。既に身構えていたエロウォノはソムボの拳を受け止めながら、掌でソムボの顔を打った。ソムボはエロウォノの反撃に圧倒され、受けきれなかった。蹴りを放ちながら、しつこく続くエロウォノの連打から離れようとした。ソムボはエロウォノに抗し得なくなった。頭では分かっていたが、逃げようとはしなかった。どうにか勇気を鼓舞し、弱気を押さえつけ、気力を振り絞ってエロウォノに向かって行った。互いに打ち合い、あらゆる戦術、技倆を駆使した。ソムボはエロウォノが超能力のクサトリアであることを認めざるを得なかった。打撃も蹴りもエロウォノには効かなかった。エロウォノは技倆ではなく、気力で戦っていた。戦っているうちに、エロウォノに隙が生じているとソムボは感じた。しかしソムボは、エロウォノがハヌマンからやって来る者たちが仲間であると知らされていたことには気付かなかった。敵に隙があるのを見て、彼が手を抜いていることを見誤ったのだ。ソムボは、エロウォノが彼の決死の攻撃に臆していると見た。エロウォノは相手を思いやって手加減していた。ソムボは誘いをかけてみた。エロウォノはその攻撃を相手と同等の力で受け止めた。迷い無く腕を当てると、ソムボは力を加えた。結果は明らかだった。エロウォノが攻撃の力を加減したのを見計らって、ソムボは両足をそれぞれ目とみぞおちに向けて放った。幸いエロウォノは目に向けられた蹴りを避けたが、みぞおちのそれは避け損なってしまった。堪えきれずエロウォノは地面に倒れ込んだ。その機に乗じて、ソムボはすぐさま、突っ伏したままのエロウォノに追い打ちをかけた。彼の右足が力一杯胸をとらえた。エロウォノは消えていた。ソムボは、倒れても気絶せず、猫のように素早いエロウォノの動きに驚かされた。彼は突っ伏したまま、ソムボの攻撃を受け止めた。ソムボの足がエロウォノの胸に向けて放たれた時、素早くその足はつかまれ、力一杯引っ張られた。力を込めた蹴りを引っ張られ、ソムボはひっくり返された。幸いにも身体が木にぶつかって、谷底へ落ちるのは免れたが、ソムボは気を失って倒れた……。
 アルヨ・スティヤキはソムボを助けようとしたが、ハヌマンの攻撃に遮られ、ハヌマンの標的となった。振り回されたアルヨ・スティヤキは立っていられなくなった。しかしこのレサンプロのクサトリアは尋常でない強さである。彼の身体に当たったハヌマンの拳はしびれ、感覚が無くなったほどだ。鋼のごとき身体とはいえ、ハヌマンの連続攻撃とソムボへの心配で、アルヨ・スティヤキはなす術が無かった。
 アルヨ・スティヤキが蹴りと拳の攻撃を受けた、その時、天に黒雲が上がりアルゴ・セト山の斜面を昇って行った。打ちかかろうとしていたハヌマンは不意を突かれて、雲に襲いかかられ、身体を包まれた。突然襲いかかって来た黒い影に気付き、彼が数歩退くと、それは続けざまに攻撃して来た。彼は突然攻撃して来た者が誰であるかに気付いた。漂う黒雲は誰あろう、アルゴ・セト上空を飛んでいたプリンゴダニの若き王、アルヨ・ガトコチョであった。アルヨ・スティヤキとハヌマンの戦いを見て、スティヤキの不利に、即断で攻撃をしかけてきたのだ。
 エロウォノは気を失ったままのソムボを助けようとしたが、突然木の後ろから現れた影に襲われた。光のごとき早さで彼は避けた。ガレン、ペトル、バゴンが、まだ気を失っているソムボを助けた。
 「そなたは何者だ。名も名乗らず襲って来たクサトリアよ。目を盗んで攻撃するとは、盗人と同じ卑しき者ぞ。」エロウォノは攻撃をしかけてきたクサトリアに挨拶した。
 「私はパンダワの武将、アルジュノの息子、アビマニュ。倒れている者を襲うのがクサトリアのすることか?」アビマニュが答えた。「山の子よ、そなたは誰だ。幸運の分からぬ者よ。無謀にもドゥウォロワティの王子、ソムボ兄を害しようとするのか?」
 「私は山に住む村の者、バムバン・エロウォノ。殿下、勘違いしないでいただきたい。私は助けようとしただけです。」エロウォノが答えた。
 「人間らしさを持ち合わせておるのか、ソムボ兄を害するつもりはないと?」アビマニュが叫んだ。
 「クサトリアとして、倒れた相手を攻撃することなどできません。私は失神したソムボ殿下を攻撃から守ろうとしただけです。ただそれだけです。そう出なければ、私に死を賜りますよう。」アロウォノは説明した。
 「自らの行いを認めぬとは、愚か者め、罰を受けよ。」アビマニュはエロウォノに討ってかかった。平手で胸に、すぐさま続けて左足でエロウォノの急所に打ちかかった。エロウォノその場から動かずに、身体を回してアビマニュの攻撃を避けた。避けざまエロウォノはアビマニュの腕を打ち、同時に左手で蹴りを逸らした。エロウォノの反撃でアビマニュはひっくり返った。兵法に熟達した若きクサトリア、アビマニュにとって戦いこそ最高の学びであった。とはいえ、反撃を避けながら彼は比類無き戦士たるエロウォノに称賛の念を禁じ得なかった。すぐさま彼は続けざまに攻撃した。最初の攻撃を避けたようにエロウォノが避けてくれるよう念じながら。アビマニュの希望は希望として止められた。エロウォノにはすでにアビマニュの思惑が読めていたからである。今度は飛び上がって退き、次の攻撃に備えた。目論見をはずされたアビマニュが息継ぎした時、エロウォノは光のように跳び、右拳を放ち、左手で胸を守った。アビマニュは迷いの無い攻撃に驚いた。劣勢を感じたアビマニュは両腕を交差してエロウォノの攻撃をしのいだ。強い衝撃に耳が遠くなった。その時エロウォノは左手をアビマニュの腹に打ちつけた。かろうじて吐くのをこらえて、足下に退くと、ようやくエロウォノの攻撃が止んだ。二人は互いを伺い、戦いへの気力を燃え上がらせた。気力を振り絞って二人は攻撃しながら突進した。腕がぶつかり合い、避けることは出来なかった。二人は態勢を整えながら前に出た。
 別の場所ではハヌマンとガトコチョが激しく戦っていた。二人は互いに殴り合い蹴り合った。ガトコチョは戦うために生まれて来たような男だ。一方ハヌマンも歴戦の戦士として経験豊富である。彼に比肩し得る者は少ない。闘技場に放たれた闘鶏のように左右から攻撃を繰り出し、圧倒する。プンデトであり、老いた猿であるとはいえ、ポンチョワティのセノパティだ。次々に繰り出されるガトコチョの攻撃もことごとく見切られ、当たらない。遠くから見ると、彼らの戦いは、早すぎてプロペラが回転しているように見える。ハヌマンは、招かれざる客を迎えたアルゴ・セトの様子が気がかりで、ガトコチョに多くの隙を見せた。戦いながらも、山頂の様子が気にかかる。打撃を受け止めた時、ハヌマンはアルゴ・セトの山頂に突如として煌めく光を見た。かの招かれざる客に違い無い。マハ・ルシに危険が迫っている。ハヌマンに隙が生じ、ガトコチョの一撃が入った。ハヌマンは転倒し、谷間に向かって転げ落ちていった。語るに難しい動きで、彼の身体は上方に固定され、山頂を見詰めながら立ち上がった。また、瞬く光がマハ・ルシの苦行所の灌木に入っていったのが見えた。明らかに敵は既に到着している。彼は山頂へ登ろうとしたが、その目の端に後ろから襲って来るガトコチョが見えた。すばやく身体を回してガトコチョの攻撃を受け止め、ガトコチョの身体めがけて連続で蹴りを放った。ガトコチョの攻撃は空振りに終わり、逆にハヌマンの連続攻撃にさらされた。避けるには自身の能力を使って、空へ飛ぶしかない。逡巡することなく、ハヌマンも飛んだ。戦いは空中戦となり、まるで二羽のガルーダが戦っているようだ。しかし、突然ハヌマンはこう言うと、アルゴ・セトの山頂目指した飛んで言ってしまった。「ご友人、戦いを続けたいのなら、山頂で待っているぞ。アルゴ・セトに危機が迫っている。また会おう。」
 ハヌマンの身体が輝き、山頂へ飛んで行った。エロウォノもすぐさま戦いを放棄して、飛び上がると、ハヌマンを追って行った。
 ガトコチョとアビマニュはすぐさまアルヨ・スティヤキとガレン、ペトル、バゴンに介抱されているソムボのところへ行った。ソムボが意識を回復すると、スティヤキは言った。「殿下、もう間違いありません。アルジュノとバドロノヨ師父は、ここを昇って行った山頂にいるのです。追いかけますか、それとも後にしますか?」
 「そうであれば、スティヤキ叔父はソムボ殿下を介抱して、ここにいてください。私が空を飛んで山頂に向かいます。アビマニュとバドロノヨ師父の三人の息子は徒歩で私の後をついて、アルゴ・セトの山頂に向かってください。」とガトコチョが答えた。
 「しかし、我らを足止めした年寄りの猿は、何者だったのだろう?」アルヨ・スティヤキが続いて言った。「敵というわけではなさそうだが、なぜ我々を山頂に登らせまいとしたのだろうか?」
 父親と共に、何世代もの時代を生きて来たペトルも、あのプンデトの猿の素性はよく分からなかった。そして言った。「間違っていなければ、私らが山頂へ向かうのを止めたさっきの年寄り猿は、ポンチョワティのクサトリアですよ。彼こそハヌマン。ポンチョワティがアルンコを滅ぼした時の戦士。神の如き超能力の猿です。」
 「そうか、我らが戦ったのは、あの何百年何千年という長き時代に渡って名の知られたハヌマンであったのか?」アルヨ・スティヤキは驚いて声を上げた。
 「敵ではないどころか、敬意を表すべき友であったのか。しかしなぜ彼は我々が山頂へ登るのをとめたのだ?解せないな。」
 「多分、」ガトコチョが言った。「彼はこの山を守り、何人も山頂に昇らせないようにする役を与えられていたのでしょう。きっとアルジュノ叔父も山頂に居られるはず。戦いを放棄したハヌマンが叫んでいたことを思い返せば、彼は別の任務があって呼ばれたのではないかと思われます。」
 「彼が何か叫んでいたのは憶えているが、実際は何が起こったのだろう?」スティヤキが尋ねた。
 「私の考えでは、」アビマニュが言った。「ハヌマンとその弟子は山頂の見張りとして、グバル・ソド山に居たのだろうと思われます。山頂にはきっと、守らねばならない重要なものがあるのです。戦っていた時、山頂に瞬く光を見ました。去り際に我々にハヌマンが叫んでいたのは、山頂に危機が迫っているということだったのでしょう。」
 「思い出した。最後にハヌマンが叫んでいたのは、山頂に危険が迫っているということだったのだ。」ガトコチョが言った。「そうとなれば、山頂へ急ぎましょう。そこで我らの助けを必要とする者が誰なのかわかるでしょう。」
 「されば、すぐに山頂へ出発しよう。叔父上はソンボ殿下を介抱してここで待っていてください。」
 もはや疑い無い。ガトコチョは山頂へ向けて天に飛んだ。アビマニュは三人の召使いたちと共に追いかけた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-29 01:40 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その24

 「サン・マハ・ルシの仰ることは本当ですか?」ダナン・ジャティがさらに尋ねた。
  「人間の生のあり方は予め定められている。民衆と王、導かれる者と導くものによって作られるものも決められているのだ。王は民衆から生まれる。民衆が王の導きを必要とするからだ。王は必然的に必要とされる存在なのだ。公正、繁栄、幸福をあまねく達成するための政治を制御するためだ。後の日のバラタ・ユダにおけるそなたの態度は、この戦争の最重要の目的に沿っていなければならない。クル・セトロの荒野は正義が試される場であり、強欲と高貴、公正、理想とが相対する場である。しかし、忘れてはならぬ。クロウォたちがいかに無慈悲な者たちであろうとも、アスティノ国の民が無慈悲な者なわけではない。後の戦争において犠牲となる民衆は最小限にとどめなければならぬ。パンダワはアスティノを殲滅するために戦うのではなく、クロウォとそれに組する王たちのみと戦うのだ。そしてこのこともまた忘れてはならぬ。パンダワに組するアマルトの民衆もまた、自由と独立を求めて戦うのだということを……。」
 サン・マハ・ルシの教えに心奪われていた弟子たち、ビクたちは、突然目も眩むような稲光を見て驚愕した。弟子たち、ビクたちは驚いて立ち上がり、辺りを見回した。しかし何も見えなかった。サン・ルシは弟子たちを優しく鎮めた。「先程も言ったように、我らは邪悪な者に狙われている。辺りに危険が迫っているようだ。恐れ、緊張することはない。わざわざ敵を呼ぶつもりも無いが、来たならば、静かに迎え入れれば良い。さあ、ハヌマン。招かれざる客が来るようだ。すぐにグバル・ソドの山を降りるのだ。弟子たち、ビク、プンデト、アルゴ・セトにいる人々よ、危険が迫っているようだ。立ち去る用意をせよ。」
 すぐさまハヌマンとエロウォノはその場を辞して、グバル・ソドから降り、弟子たち、ビク、プンデトたちも、それぞれの役目を果たし、立ち去っていった。はっきりとはしないが、山全体に警告が鳴り響いていた。
 苦行所のプンドポには、サン・ルシとダナン・ジャティだけが残った。サン・ルシは言った。「ダナン・ジャティよ、今や最後の仕事を果たす時が来たようだ。我らが直面すべき危険が、アルゴ・セトに訪れたようだ。」
 「それで、我らがアルゴ・セトに残ったわけですか?ハヌマンとエロウォノは如何致します?彼らにも残ってもらいますか?」ダナン・ジャティが尋ねた。
 「私の最後の仕事は、招かれざる客と私自身が対峙することなのだ。」サン・ルシが答えた。
 ダナン・ジャティがサン・ルシの言葉に応える前に、姿無き声が聞こえた。「兄は我が来訪を知っておったというわけか。この会見と、兄の敬虔さに挨拶を送ろう。」辺りに緊張が走った。辺りには風と滝の水音のみが聞こえ、苦行所周辺に反響していた。大地は回転を止め、鼓動が高鳴って行く。サン・ルシは沈黙を破った。「まだ迷っておるのか、招かれざる客よ。そなたの前におるのはイスモヨ、マハ・クアサの命で地上に降りた神の眷属なるぞ。そなたの到来を私が気付かぬと思うてか?」
 「今すぐ、お目道理願えるのかな?」声は尋ねた。
 「ここを離れよう。我が野卑なる身体はそなたと相対するに相応しくない。我らがすでに合意した所で、会おうではないか。」そしてダナン・ウィジョヨジャティの方を見ながら言った。「本来ならそなたは我らの会見に立ち会うことは許されないのだが、我らはバラタ・ユダについて話し合うゆえ、そなたもそばにいる必要があろう。」
 姿を見せない声の主に向かってマハ・ルシ・ライェンドロが言った。「我が高貴なる客人よ、アルゴ・セトの絶景を見て、涼まれよ。私と私の弟子に真実をお話願いたい。」
 「この館で楽しむことを了承されたことに感謝しよう。」そして輝く光が苦行所に現れた。
 その間、ルシ・ライェンドロはダナン・ウィジョヨジャティに瞑想に入るよう促しながら言った。「ダナン・ジャティよ。我が高貴なる客人と会う前に、まずは精神と身体を浄めるのだ。会見の際、思念を集中させ、俊敏に対応できるように。客人に失礼があってはならん。」そのようにサン・ルシは言い、すぐさま瞑想の準備に入った。石の上に結跏趺坐し、両の掌を拝跪する時のように合わせ、胸の前に組んだ。頭を上げ真直ぐ前を見て、視線を鼻先に合わせた。間もなくサン・ルシは人体の九孔を閉じ、五感を消滅させた。目の中を見据え、耳の中に耳をすまし、嗅覚は鼻の中に、味覚は下の中、触覚は身体の中に収め、全ての感覚を滅する。静かなる空洞と静かなる思念に自身を集中させ、思考の純度を高め、心清らかに、ヒヤン・ウェディの偉大さに向け凝縮させる。全知全能なるものを見出し、塵芥のごとき人間の性質を消滅させる。死すべき世界の『存在たる感覚』は消え失せる。今や彼は『不存在』なる世界にあるからである。神への献身が為されたのだ……。
 しかしルシ・ダナン・ウィジョヨジャティは姿無き声の出現に、何が起こるか不安で落ち着かず、五感を滅し、九孔を閉じようとして果たせず、行為に集中しようとしても、心も思念も乱れ、空しく失敗するだけだった。
 次第に精神と肉体を制御し、物理的性質を滅することがかなうようになった。招かれざる客に対する不安は増し、ダナン・ジャティは追いつめられて行った。意識の内外から危機感が増して来る。彼は、やって来たこの客に、邪悪で危険な意志を感じていた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-25 05:33 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その23

 「サン・マハ・ルシよ。」ハヌマンが言った。「もしバラタ・ユダが起こらなかったら、正義に組する我々は、クロウォに対抗することが出来なくなります。多くの国が彼らの後ろ盾となり、我らの対する敵は大きくなります。大戦争バラタ・ユダによって多くの犠牲が生じることは確実です。我らの罪は何なのでしょう?」
 「アルンコとポンチョワティの戦争が勃発した時、多くの魂が彷徨うこととなった。そなたは、ポンチョワティの司令官、セノパティとして多くの魂を殺した。また多くの魂がサン・ロモの武器の犠牲となった。そなたは十分承知していよう。その時、そなたはどのように感じた?」サン・ルシが尋ねた。「そして、そなたダナン・ジャティよ、そなたの武器で多くのラクササが死んだであろう?バレ・スゴロゴロの後、カミヨコの森にそなたがいた時、ビクたちの苦行所を襲った故だ。」
 「私は正義に組することだと思っていました。」ハヌマンが答えた。「ラウォノは公正と正義を害し、人の世の真実と幸福を脅かしたのです。」
 「スリ・ロモはウィスヌ神の化身ゆえ、アルンコの地の強欲を滅することを承認したのだ。」サン・ルシは続けた。「そしてダナン・ジャティはビクと苦行所を、ラクササたちの脅威から守る責務を自覚していたがゆえに承認される。」サン・ルシは言葉を継いだ。「クロウォたちは、自身が過ちを犯しているとは思っていない。彼らはアスティノの継承権が自らにあると考えているのだ。対してパンダワもアスティノの継承権はパンダワにあると考えている。二つの正義が後の日のクル・セトロの荒野で試されるのだ。私がどちらに組するべきかを決めるのは、今ではない。強欲なるクロウォなのか、あるいは知性・品性において良識あるパンダワなのか?私が態度を決める時、クロウォ殲滅という手段を強いられたなら、後の日にその報いとして罪を得るか報酬を得るかはどうでもいい。来世において天国へ行くか、地獄に堕ちるかは、今生の行為と成果で決定されるのだ。この地上にある人間の義務は、外面と内面、肉体と精神双方を完全なる生という目的に到達させることである。外面が内面の態度に寄り添う時、内面は定められた人間の生のあり方に沿う、全ての善なる理想から作られる。そして生の理想は満たされるのだ。定められた生こそが、完全な善であり、それは人間の良心の中に存在する。即ち理想的人間性とは、ポンチョ・ダルモとポンチョ・ソロ Panca Sara に則って生きることであり、迷いを持たない。それは汝がその身を捧げたということなのだ。」
 山の風のうなる音が総身に染み渡り、夜に溶け込む涼しさが魂にそっと触れる。山裾の湖のほとりの石に落ちる水のぱしゃぱしゃいう音と共に、カエルの声がざわざわ聞こえ、辺りは夜の静寂に溶け込んで行く。
 柔らかなサン・マハ・ルシの声は静けさの中に染み渡り、辺りの音に溶け込んで行く。「しかし、大きな戦争を避け、出来るだけ小さなものにしていこうとする努力は必要だ。戦争というものはどんな場合でも犠牲を伴う。それゆえ、防ぎ得なかったとしても、出来る限り早く終わらせることが最重要の責務なのだ。そうすれば、多少とも犠牲を減らすことが出来よう。人間の歴史には、戦争で流される血が常につきまとっている。意味なく流される血で大地が濡れることがあってはならぬ。」
 「サン・ルシのお言葉に従えば、アスティノ王国に対する権利は両者が共に持っているように取れるのですが。」ハヌマンが言った。「王国を分割出来なければ、戦争で解決するしか無いのですか?」
 「パンダワが王国の半分を得られれば満足するという、平和への道は、王国の全てを手放す気の無いクロウォによって拒否された。それゆえ、私は正しいのはパンダワであると考え、パンダワに組することにしたのだ。」サン・ルシは答えた。「とはいえ、私はそなたダナン・ジャティに尋ねたい。正義を拒否したアスティノをパンダワが奪還するという。その正義は大多数の人間にとっての正義と言えるのだろう。というのも、パンダワがアスティノを奪還し、クロウォを敗るということは、クロウォに支配されている国々の解放を意味するからだ。クロウォが戦争に勝利したなら、クロウォの属国とそこに生きる庶民たちの運命はどうなるだろう。忘れてはならぬ、ダナン・ジャティよ。いかに少なくとも、最大の犠牲者は庶民であることを。パンダワの勝利がパンダワの子孫たちの勝利を意味することは間違いない。だが、民衆の子孫たちはどうだ?その勝利は彼らの勝利でもあるのだろうか?」
 夕暮れの雷のようにサン・マハ・ルシの言葉がダナン・ジャティの耳に響いた。サン・ルシの問うたような複雑な問題意識が彼の心に起こったことはかつてなかったのだ。
 「身内に対する献身と、民衆に対する献身は道が異なる。この世に生きる人間の大部分が庶民であるからだ。この世は、身分の低い者たちと身分の高い者たちで出来上がっている。クロウォと戦う民衆の殉死と犠牲は、パンダワを守るためだけのものではなく、パンダワを賛美するためだけのものでもない。パンダワの勝利はすべての民衆の勝利であり、人間すべての勝利を意味するものでなければならないのだ。」サン・ルシが言葉を継いだ。
 「私の考えでは、」カピウォロが言った。「クサトリアとは民衆にその生を捧げる者です。クサトリアはクサトリアのために存在するのではありません。クサトリアの行いは、自己の名声や勝利のためのものではないのです。」
 「王とは、現世における最高神ヒヤン・ウェディの代行者であり、地上とそこにある全てに対して権威を持つ。しかし所有しているのでも、支配しているのでもない。世界と人間は一つであり、全ては定めに従って存在する。王は地上にある全てを導き、作り上げ、維持する責務を持つが、世界の全てが王のためにあるわけではない。王は世界とその全てのために生まれるのだ。だから、世界とその全てがクロウォのために存在するかのように振る舞う、クロウォのような過ちを犯してはならないのだ。」サン・ルシの言葉は続く。「苦行者は自分のためだけに苦行するわけではない。その目的はニルワナ〈涅槃〉に至ることではあるが、それは闇にある人間のための灯火、松明とならねばならない。そして賢者たちは、人類の幸福のためのイルムに身を捧げる。クサトリアは戦場で祖国、国と民衆を見守り庇護することをその行動の信条とする。王はその持てる能力と力を、民衆の幸福のために捧げ、蓄え、用いなければならない。人間同士の献身の努力が目に見える成果を生み出したなら、その時初めて涅槃に入ることが一つの目的となる。だからといって、苦行者、プンデト、ビク、ブラフマンたちは仲間のために献身し、苦行すれば天国へ行けると思い込んではならない。ニルワナ、涅槃は望んで得られるものではなく、天国は憧れれば行けるというものでもない。現世における行為が来世の『生』を決定するのだ。乞うたり、求めたりしてはならぬのだ。全てはヒヤン・ウェディの決定されることなのだから。」
 「サン・ルシに教えを乞います。」ダナン・ウィジョヨジャティが答えた。「バラタ・ユダが避け得ないものだとすれば、私は何をしたら良いのでしょうか、アスティノをパンダワの手に取り戻すことが、私の為すべきことなのでしょうか?」
 「後の日のバタラ・ユダで、そなたダナン・ジャティはパンダワの勝敗を決定する者となるだろう。」サン・マハ・ルシは答えた。「そなたの勝利はそなたのものではなく、パンダワの勝利もまたパンダワのものではない。パンダワの勝利のために犠牲となる民衆すべての勝利なのだ。クル・セトロの荒野はクロウォやパンダワの墓標ではなく、民衆がその血を捧げる場、民衆が公正と正義のために身を捧げる場なのだ。それゆえ、パンダワは王のための民を求めてはならず、民のための王でなければならない。」言葉は続いた。「忘れるな、ダナン・ジャティよ。民無き王には意味が無いのだ。歴史において、王無き民はあっても、民無き王はいたためしが無い。なぜなら、王とは民の中から生まれる者だからなのだ。」

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-23 23:47 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その22

 「サン・マハ・ウィクよ。」ダナン・ジャティが言った。「戦争が目前に迫っております。関わる者たちの心の内に、殺戮への欲求が高まっています。これはパンダワとクロウォの相続争いなのです。サン・マハ・ルシが先程仰ったように、敵どもはサン・マハ・ルシを探しております。サン・マハ・ルシの存在が、これから起こるバラタ・ユダに影響を与えるのでしょうか?」
 「ダナン・ウィジョヨジャティ、」サン・ライェンドロは答えた。「この苦行所にいるクサトリア、ビク、ならびに弟子たちよ。我らが身を隠すのは、戦争を恐れてのことではない。そなたらの得た兵法、生における行為のイルム、クサトリアのダルマ〈法〉、それらは正と邪、善と悪を区別するものでは無い。今や、公正と正義を守り打ち立てる、そのことが生の平和と安寧を脅かしている。公正と正義を目指して始まったことが、もはやクサトリアの魂、ジワの理想からかけ離れてしまったのだ。というのも、『ジワ・クサトリア』と言われるものは生の行為を多角的に包括するものなのだ。
 『ジワ・クサトリアの最重要のものは、ポンチョ・ダルモ Panca Darma である。それは世界を見張り、守り、発展させるものである。『Rumasa andarbeni wajib angrungkebi 』この意味は、監視と守護の責務を持つことを感じる、ことである。
ーー敬神に身を捧げるビクと苦行者たちを見守り、守護すること。
ーー強欲によって滅せられる危険に曝された人間の尊厳を見守り、守護すること。民を傷つけず、存続させることを見守ること。
ーー誓いと約束を守り、固持すること。
ーー法と公正に基づく行為を為し、正義を堅固ならしめること。
ーーこれらポンチョ・ダルモに基づく義務と責任を守護すること。
 理解したなら、勇気をもって実行するのだ。Mulat salira angrasa wani〈 原文ママ、〉ムラット・サリロ・アングロソ・ワニ〈Mulat sarira angrasa wani=勇気をもって内省する〉。
 これら五つのダルマ〈法〉の実践において、クサトリアたちは次の教えに基づいていなければならない。即ち、グノ Guna 、スディロ Sudira 、スシロ Susila 、アヌロゴ Anuraga 、そしてウィチャクソノ Wicaksana である。その意味は、
 グノとは、イルムと英知である。クサトリアはイルムと英知を持っていなければならない。学ぶことを喜び、生の本質を発展させる糧としての英知・イルムを追求し、国と民のため、その生を捧げる武器となるべし。
 サディロとは勇士であること。彼はあらゆる困難と災厄を克服する勇気と頑張り、勇敢さを持つ。魂たるジワに突き動かされ、sepi ing pamrih wame ing gawe スピ・イン・パムリ・ワメ・イン・ガウェ〈寡黙にして内奥豊かなる人〉である。闇に在る者、誰に対しても松明を掲げてやり、障害と汚れを根絶する。 Rawe-rawe rantas, malang-malang putung ラウェ・ラウェ・ランタス、マラン・マラン・プトゥン〈妨害する何ものをも取り除く〉。
 スシロとは、思いやりと慈しみ、礼儀を弁え高潔な人格、低きには腰を屈め、高きには立ち上がり、人間として対等に応じること。
 アヌロゴとは、人生における役割と行為を果たすこと。神の定めに従って生きようとすることである。即ち平等で門地、感情、職において差別の無い人間の成長と発展である。
 ウィチャクサナとは、注意深く観察し、知をもって考察し、機に応じて行動すること。内奥で沈思し、雰囲気を読み取り、触れずとも柔らかく、見ずとも粗くならぬ。ものの見方に賢く、正義と公正も潮の満干のようなもの。状況に応じて、正義と公正を斟酌して行動するのだ。」
 香の煙がサン・マハ・ルシの説法している部屋まで満ち、戸口の花の香りが強く香って辺りは麗しく平穏な雰囲気となる。プンドポに入れない弟子や召使いたちは、戸口に敷物を敷いて並んで座っている。天の星は大空いっぱいにまたたき、天の川、ビモ・サクティ Bima Sakti と南十字星グブッグ・ペンチェン Gubug Penceng が競って光を放つ。
「サン・ハマ・ルシよ。」ダナン・ジャティが静寂を破った。「公正と正義は潮の満干のようなものだとサン・マハ・ルシはおっしゃいましたが、私には解りかねます。サン・ルシにご説明を願うことをお許し下さい。」
 「人生は潮の満干のように隆盛と降下を経るものなのだ。」サン・ライェンドロは答えた。「過去の正義が現在の正義とは限らない。されど人間の生には、不変なる真の正義が存在する。歴史的正義は、人間の指針となり変化することは無い。例えば、盗みを為した者は過ちを犯した者であり、盗まれた者はつねに善である。炎は赤く、赤くない炎があれば、それは炎ではない。正義の存在は状況に応じて満ちたり引いたりするものなのだ。パンダワとクロウォの争いについても、世間はクロウォを非難する。それはパンダワの所有権を奪った彼らが、正しくないことは明らかだからだ。クロウォの過ちはアスティノの過ちだ。アスティノはクロウォであり、クロウォはアスティノだからな。だが、アスティノがつねに過ちを犯しているわけではない。パンドゥ・デウォノトの治世では、アスティノは公正と正義の源であった。けれどクロウォの時代になり、アスティノは不正と悪の源となった。むろん、歴史的正義と干満する正義は、時代の必要性と要求に合わせてつねに変化する。とはいえ、やはり不変にして真実なる正義は存在する。真の正義とは何か?それは例えばーーー
 プラヤパティ Prayapati 〈プラジャーパティ〉(トゥハン・ヤン・マハ・エサーー世界の創造主)はこの世をお創りになった時、こう言われた。「生まれ来たるものよ、善き発展を。理想と思念、力と役割を持つものよ。これこそナンデイニ Nandini (生命の条件)、汝ら発展するものの生命と繁栄の糧である。」
この意味するところは、宇宙に創られし全てのものは、生命と使命を持って創られた。人間という形の生命は、宇宙の全てを内包して生まれた。それゆえ、我らの義務は、生命の定めと合一してその内包する全てをもって、世界を守護し、構築し、発展させることにあるのだ。」
 マハ・ルシの言葉は続いた。「プラキトリ Prakitri 、即ち定められた全ての行為における人間の責務とは宇宙の法に則り、創造主サン・プンチプタの定めしものと合一することである。人間の責務は、世界の発展に努めることであり、宇宙の守護と維持のため、生の完全性に向かい、世界とその全てを維持し、生命の継続に有用たらしめることにある。」
 「被造物にとっての真実なる正義とは、本来的に定められた責務を果たすことである。それはこの全宇宙を構成する全てを構築し、守護することである。生命の存続と世界の存続を脅かす危険があれば、我らはその危険に対抗しなければならない。クロウォは本能と残酷さの赴くままにまかせるとはいえ、まだ世界全体の存続を脅かすほどのものではない。されどバラタ・ユダが起これば、数百万に及ぶ犠牲を強いることになろう。世界の殆どが崩壊し、構築された全てが破壊され、子は親を失い、その逆もある。未亡人や孤児が路頭に迷う。多大な犠牲が払われ、生の完全性への到達は損なわれる。被造物たる者の永遠なる正義とは、人間の命を脅かす危機から生命を守り、安息たらしめようと努めることにこそあるのだ。」

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-22 23:38 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その21

 「されど、」突然サン・ライェンドロが沈黙を破った。「私がここにいるのは、戦争の脅威から逃れるためではなく、自身を見詰め直すためだ。喧噪を逃れてずっと考え続けて来たが、逃げ隠れしてもこうしてただ追いつめられていくだけだ。クロウォたちが我らの隠れ場所を見つけたからといって、ハヌマンよ、そなたが罪を感じることはない。たくさんの敵が私を探している。クロウォの到来は始まりにすぎぬ。この山で次々と災厄が我らを襲うであろう。恐れて縮こまるべきではない。相手を見据えて応じなければ目標は達成できないのだ。」
 「サン・マハ・ウィクよ。」ハヌマンが答えた。「サン・ブガワンのお話を聞き、私からも献策してよろしいでしょうか?敵の攻撃に備えて、グバル・ソドの防衛を強化しておく必要があるのではないでしょうか。」
 「まだ、その時ではない。」サン・ライェンドロが答えた。「今夜集まってもらったのは、そなたらの様子が知りたかったからなのだ。そなたらが世俗の栄誉を探し求めるなら、ここはその場所ではない。そなたらが厚い皮と堅い骨を得る教義、イルムを求めるなら、私は山の苦行者にすぎぬ。兵法は知らぬ。私はそなたが、この山でどれほどの困苦に耐えて来たかを知っておる。だから全てはそなたに任せよう。しかしそなたには、長い間負担をかけることになるだろう。さらに重い苦しみが我らを襲うこととなるように思えるのだ。」
 「我が主(あるじ)にして敬われる方よ。ハヌマンが、アルゴ・セトに仕えるクサトリア、ビク、召使いたちに話をしてみましょう。」ハヌマンが言った。「私が世俗の栄誉を求める者であるなら、この山頂に居続けることはないでしょう。厚い皮と硬い骨、兵法のイルムを求める者であるなら、私はここを去っていることでしょう。アルンコの変遷の時代より、ハヌマンは自身の仕事を為して来ました。国のため、民のために。ハヌマンは人間を助けるための戦いでは一人前です。されどそれは私の求めるものではありません。サン・マハ・ルシよ。私は喧噪の時代を生きることに飽いたのです。ハヌマンはまだ果てしない時代を嘆きを抱いて生き続けなければなりません。我が生は今や夕暮れの無い太陽、明けることの無い夜なのです。」ハヌマンは言い終えると頭を垂れた。涙があふれ、頬をつたうのも気付かぬようであった。悲しみや失望にかられたからではなく、果てしない生を生きる孤独に突き動かされたのである。
 「カピウォロよ。」サン・ライェンドロはゆっくりと言った。「人であっても、誰一人として長寿を願わぬ者はいない。普通、人は生の楽しみ、幸福、栄誉の心地よさ、といった物質的なものを求めるものだ。されどカピウォロよ、そなたは長過ぎる生にうんざりしている。それは、私もよく分かる。というのも精神の強さもまた、肉体の能力によって決定されるからだ。自然界とはすでに定められた法則を持つものだ。全ての物質的世界は生と死を経なければならない。世界に存在する生の本質、ザットは、物質的には発展と崩潰を経験する。完全なる肉体は、時間によって崩壊させられ、ひとつひとつが生の本質、ザットに統合されて壊れて行く。人間の力を引き出す教義によって、肉体は生の本質を解き放つ。そして魂、ジワが物理的存在から分離されるのだ。そなたの身体はむろん、時間というものに拘束され存在している。ハヌマンは特定の時間に生まれたのではなく、時の子としてずっと存在し続けている。空に星があっても、見えるのは夜だけであるようなものだ。そなたの誕生は正義と公正を守護し、安寧たらしめる生の本質の表象なのだ。」
 「ハヌマンはかつて生命の始まりを経験しました。私はいつの日かその原初の生命に還ると信じております。いつの日か生の終わりには、求める世界の形象、生の完全性と合一することを願っています。ハヌマンの敬神はヒヤン・ムルブン・ジャガッドに捧げられてあり、被造物としてのその行いのすべてを捧げます。過剰な喜びは喜びではなく、状況に見合った喜びがあれば良い。この地上で生きて、もう全ては経験し尽くしました。私はマハ・ルシにハヌマンが永遠なる生の根源に到達できるようお導きくださるようお願いするだけです。」ハヌマンは嘆いた。
 「生命は我らの肉体に存在する。しかしそれは我らの所有物ではない。朧げなる世界に身を置く我らをお創りになった方がおられるのだ。創造主がその全てを所有する。我らはただ、それを構築し、開発する義務を負ってここに存在するだけなのだ。それを無視し止める権限は我らには無い。それは自殺でもしない限りは恣意的に終わらせることも出来ない。そして呼び戻そうとしても出来ぬものなのだ。」サン・ライェンドロは言葉を続けた。「そなたの生は公正と正義の表象としてある。それが常にそなたを規定するのだ。ハヌマンがその役割を果たし終えた時、おそらく何かが起こるのだ。時の彼方で、公正と正義が成し遂げられるのだ。」

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-21 19:50 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その20

 それは一瞬の出来事で一言では言えないが、かくなる次第であった。アディパティ・カルノがスンジョト・クントを振りかざした時、グバル・ソドの上空に一塊の黒雲が見えた。ハヌマンはアディパティ・カルノの手から放たれたスンジョト・クントを捕らえる事が出来そうも無く、エロウォノの命は運命に任せるほか無かった。ハヌマンが諦めかけた時、グバル・ソド上空の黒雲が降下し、一帯を包み、辺りは真っ暗になった。嵐のように風が唸り声をあげ、続いてグバル・ソドの麓にいたアスティノ軍の兵たちの悲鳴が聞こえた。間もなく辺りは前のように明るくなった。苦行所一帯、木や草は一本も残っておらず、全ては嵐に一掃されてしまった。気を失ったエロウォノを抱いたハヌマンだけが、顔面蒼白で残されていた。彼の前にルシの装束のクサトリアが一人立ち、愛に満ちた笑顔でハヌマンを見ていた。これこそルシ・ダナン・ウィジョヨジャティ Danan Wijayajati 、アルゴ・セトに住まうマハ・ルシ・ライェンドロムクスウォの弟子である。
 笑顔をたたえ、サン・ルシは優しさをこめて言った。「幸運だったな、カピウォロよ〈kapiwara=雄猿〉。マハ・ルシ・ライェンドロを通してヒヤン・ムングアサイ・ジャガッドが命をお救いくださったのだ。遅れていたらバスカルノのスンジョト・クントに討たれていたところだった。」
 「千のお許しと我が敬意を。このハヌマンの不注意で希望を失うところでした。バスカノがスンジョト・クントを抜き放ったのに気付くのが遅れました。お許しを乞います。面目もありません。生の辛酸を知り尽くす年寄りのはずが、このハニマンは不注意でありました。サン・ルシよ、罰をお与え下さいますように。この猿めは喜んでお受けいたします。」
 「そなたに過ちは無い。ハヌマンよ。クロウォを放っておくことはできなかった。彼らはこの場所を探し出した。彼らに知られてはならん。ハヌマンが素早く応じてくれたおかげで、長引かずに済んだのだ。」彼は答えた。
 「それこそ我が不注意です。敵は我らが長くグバル・ソドにあることを知りました。」ハヌマンが言った。「スンジョト・クントに身をさらしたエロウォノの身が心配です。」
 「スンジョト・クントなら我が手の中に。」ルシ・ウィジョヨジャティは掴んだスンジョト・クントを示して言った。「されば、我らはエロウォノを連れて、サン・マハ・ルシ・ライェンドロムクスウォのもとへ行き、お助けを願おう。」
 まだ気を失ったままのエロウォノを抱いて、ハヌマンはルシ・ダナン・ウイィジョヨジャティに従い、アルゴ・セトの山頂へ登って行った。

マハ・ルシ・ライェンドロムクスウォ

 茜色の黄昏が夜に向かっていく
 太陽、サン・バガスコロが山の端を焼き
 大地は籾殻のように力を失って行く
 太陽、サン・スルヨが沈んで行くから

 山の上は涼しくなり
 コオロギの鳴く声がリズミカルに響き
 天の西の方は紫だつ
 そして暗くその姿を変えるのだ

 夜は更け静けさが増し、空は星でいっぱいになる。夜の空気に花の芳香が広がり、僧侶たちの祈りの声がそれに続き、さまざまな花々に蜂が飛び交い蜜を吸う……。
 クロウォたちとマヤンコロの戦いで廃墟となった苦行所、グバル・ソドをはるか後にして、場面は代り、物語は進み行き、話は変わる。アルゴ・セトの山頂には平野が広がる。ここはグバル・ソド山の斜面から一続きの処だ。ここにひとりのブラフマンが住まい、苦行所を建て、瞑想にふける。礼拝所の近くには、サン・プンデトに仕える弟子たちの住まうアシュラマが見える。修行の道と死後のあり方の教えを乞うためである。
 サン・ブラフマンは椅子に見立てた石に腰掛ける。瞑想するこのマハ・ルシはその名をライェンドロムクスウォ、現世に降り立った神のごとき人である。その面差しは気高い心を映し、偉大なる魂は威厳に満ちている。目の光には愛と慈しみをたたえ、言葉を発すれば花の芳香が漂う。辺りは静謐で穏やかな雰囲気に満ち、山の涼気がかすかな風となり、花々の芳香が広がる。
 祈りとマントラを唱える弟子たちに囲まれて、瞑想するサン・マハ・ルシは九孔を閉じ、五感を滅して祈り、心の呼び声に耳をすます。自己を滅殺し、心を清浄に保ち、ヒヤン・ウェディ Wedi を念じる。優しく周囲を見回し、サン・マハ・ルシはルシ・ダナン・ウィジョヨジャティとエロウォノを抱えたマヤンコロを見る。すぐさまサン・ウィクは座していた石から降り、プンドポの床に寝かされたエロウォノに近づく。エロウソノの身体を優しくさすり、マントラと祈りを唱えながら、その両目を覗き込む。ヒヤン・プングアサ・ジャガッドにエロウォノの蘇生を祈る。回復の願いに、エロウォノは意識を取り戻し、起こされ、サン・ルシの両足をかき抱き、サン・ブラフマンのつま先に口づけした。
 エロウォノは身を起こされ、サン・マハ・ルシの椅子近くに座らされ、お叱りを受けた。「エロウォノが危機より脱して、我ら皆は幸せだ。何があったか分からぬが、怒りに身を任せるようには思えなかったのだがな。」
 「サン・ウィクよ。私はグバル・ソドが災厄に見舞われるのを見ました。カピウォロ兄とエロウォノが数えきれぬほどの兵たちと戦うのを見たのです。私が近づくと、アディパティ・カルノが、エロウォノめがけてスンジョト・クントを放とうとしていました。幸いにも私は攻撃を払いのけ、カピウォロはエロウォノの身を避けさせることができました。超能力のクントはエロウォノをかするだけですみました。」ウィジョヨジャティがそのように答えた。
 「ことの起こりはどのようなもなだったのかな?カピウォロよ。この戦いはそなたとどんな関係がある?」サン・マハ・ルシが尋ねた。
 「私がエロウォノに教えを説いている最中に、アスティノのセノパティとパティたちがグバル・ソドにやって来ました。」ハヌマン言葉を継いだ。「アルゴ・セトの山頂ならびに我が主(あるじ)マハ・ウィク・ルシ・ライェンドロのことを聞きに来たのです。」
 辺りは静けさを増し、蝉の声も風にこすれる葉の音も止んだ。サン・マハ・ルシはうなだれ、顔色を変えた。しばらく考え込んでからサン・マハ・ルシは笑いながら顔を上げた。「ではクロウォたちには私の居場所を知られたということか。事態は深刻になり危険が迫っているということか。」鋭くダナン・ウィジョヨジャティの方を見て、サン・マハ・ルシは言った。「されば、警戒を強めるのだ。さらに危険な状況になる事は明らかだからな。」
 「お許しを。このハヌマンは罪を感じております。どんな罰でもお受けいたします。」ハヌマンが言った。
 「自らを獄につなぐようなまねをしてはならん。カピウォロよ、これはそなたの罪ではない。そなたは十分に注意していた。されど呪われるべきクロウォたちは、休み無く我らを探しつづけ、とうとう見つけてしまった。やつらは我らをクロウォの味方にしようなどとは思っておらぬ。人知れず我らをこの世から消そうとしているのだ。」そして続けた。「事態は緊急を要する。この不安定な状況を見定めねばならぬ。」
 「私は役目を果たせませんでした。ゆえに今やグバル・ソドは災厄に見舞われることになったのです。」ハヌマンが言った。「クロウォたちが来る前に身を隠していれば、戦いを起こさずにすんだのです。」
 「カピウォロよ。」サン・マハ・ルシ・ウィクが言った。「私がアマルト国を出て、この山にいるのは身を隠すことも理由の一つだ。パンダワの国土返還の試みの度重なる失敗の後、クロウォたちがパンダワに対して戦争の準備をしている事を知った。我らがここにいるのは、これから起こる大きな問題を放っておくことができないからだ。後の日のクル・セトロの荒野での大戦争をな。」
 緊張感が走った。アルゴ・セトの山頂で夜の闇に静寂が溶け込んで行った。単調なコオロギの声、ジージーと鳴く蝉の声、そして竹にあたる風はナイフで切るような音を立てる。サン・ウィクの話に耳を傾ける弟子たちは身の引き締まる思いであった。バラタ・ユダ。アルゴ・セトに集う者たちは内心にそう呟いた。あらゆる時代を通じて最大の戦争である。全ての者の心を縮み上がらせるその戦争は、もはや避けられないのか。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-19 01:13 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その19

 今やアディパティ・カルノはグバル・ソドとアルゴ・セトの関係を確信した。もはや疑い無く、この山にハヌマンがいることは、アルゴ・セトの山頂の苦行者と関係があるのだ。そして言った。「ブガワン・ハヌマン、偉大なるセノパティにして偉大なるクサトリアよ。私はサン・ブガワンがアルゴ・セトと、その山頂に住まう者をご存知だと確信いたしました。聖なる比丘(びく)よ、法の道に公正なる苦行者として、アルゴ・セトの場所をお示し下さい。」
 「追従も訴えもなく、ただ礼に則って、王族たちが尋ねるなら、私はお答えしよう。私が知らないと答えたら、無理強いする気かね?」ハヌマンははっきりと答えた。
 「正体を現したな。身の程知らずのじじい猿め。クロウォに苦行所をぶち壊されたいか?」アディパティ・カルノはドゥルソソノに向かって叫んだ。「堪え性の無いことではならん。弟よ!」
 アディパティ・カルノの言葉が終わらぬうちに、緊張が走った。エロウォノが拳を突き上げ、アディパティ・カルノの胸を打った。不意打ちを食らって、アディパティ・カルノは数歩飛び退き、庭の外へ出た。戸口にいた者たちは突然の攻撃に驚き、ナフマンは光のように跳び、両腕を滑らせ左足を降り上げた。ドゥルソソノはハヌマンに殴られ、蹴りはアルヨ・スンクニを打ち、右拳がジョヨドロトの顔に叩き付けられた。石を投げつけられたように、三人は庭の外へ放り出された。ドゥルソソノは後ろに飛ばされ、ジョヨドロトは退き、サンクニは竹の枝に引っかかってぶらぶらした。
 四人の内、バスカルノは歴戦の勇士だけあって強かった。すぐさま起き上がり、隙を与えず、彼はエロウォノに突進した。アディパティ・カルノの攻撃を迎え撃ち、二人の超能力にして不死身のクサトリアの腕がぶつかり合った。エロウォノは攻撃を受け止めると、すぐさまバスカルノの腹を狙って右拳を放った。だがアンゴ王はエロウォノの予想に反して手強かった。エロウォノの攻撃は彼の左手で受けられ、同時に右足の蹴りがエロウォノの左側から襲ってきた。気を失いかけたエロウォノは蹴りが来るのを見た。すばやく左手でバスカルノの右手を掴み、後ろに引くとバスカルノの足を打った。二人は数歩後ろに跳ねとんだ。気を集中して、次の攻撃に備えた。
 ハヌマンの右の一撃を受けたドゥルソソノは、腹を打たれて嗚咽し、まだうずくまっていた。けれど強靭で超能力の歴戦の猛者ジョヨドロトは、すぐさま起き上がり、追撃するハヌマンを迎え撃った。
 二人の腕が鋼のような音を立ててぶつかり合った。俊敏なハヌマンは蹴りを放ちながら素早く体をかわした。横様に受けたジョヨドロトはもんどりうって倒れた。ハヌマンはすぐさま追撃し、殺すつもりで蹴りを放った。ボノクリン Bonokeling 国のクサトリアたる彼は、勇猛なるセノパティであり、容易く倒す事はできなかった。自ら転がり、すぐさま両の拳をハヌマン向けて打って来た。その動きを察知したハヌマンは、やすやすと体をかわして避け、同時に右拳でジョヨドロトの肩を叩きのめした。ジョヨドロトは、さっきから腹を抑えてうずくまっているドゥルソソノに折り重なって倒れた。二人は手で水をかくように振り回しながらハヌマンの遠くへ転げて行った。アルヨ・ドゥルソソノは朦朧として立ち上がり、わめき散らしながらハヌマンを襲った。ハヌマンはドゥルソソノの動きを見て、前に跳び腕を上げた。わめき散らしていたドゥルソソノは胸を突かれ、ハヌマンは続けざまに首筋を打ちつけた。ドゥルソソノは身体を折ってうずくまった。アルヨ・サンクニは樹の上にいた。というよりまだ枝に引っかかってぶら下がっており、抜け出ようともがいていた。必至に目をつぶったままで。ドゥルソソノとジョヨドロトがハヌマンに叩きのめされているさまを見ていられなかったからである。
 エロウォノが仕掛けた時にはもう、アディパティ・カルノの態勢は整っていた。同時にバスカルノはエロウォノに拳を放ったが、エロウォノは身体を低くして避けた。バスカルノの一撃はおとりであった。エロウォノが身を屈めたのを見て、両足を続けざまにエロウォノの顔面めがけて振り降ろした。エロウォノは身体を屈めていたので、四つん這いになりバスカルノの左足を受け止め、左足でバスカルノの左足を引っかけた。バスカルノはバランスを崩し、倒れ伏した。
 ジョヨドロトは起き上がり、ゆっくりとボノクリン王国の宝具であり、父スムパニ Sempani から与えられたゴド〈棍棒〉を抜き放った。素早くハヌマンにゴドを投げつけた。左肩を狙った一撃はハヌマンに避けられたが、左腿を狙った一撃が続いた。ハヌマンは素早く避けたが攻撃を食らってしまった。手応えを感じてジョヨドロトの鼓動は高鳴った。ハヌマンの腿にゴドが当たると、驚くべき事にジョヨドロトの手の方が痺れてしまった。手の力が抜け、ゴドは滑り落ち、足の親指の上に落ちた。ゴドの落ちた痛みに怯んだところを、入れ違いにハヌマンの一撃がジョヨドロトの胸を打った。彼は態勢を保てなくなり、四つん這いになって退いた。立ち上がる間も無く、ハヌマンの蹴りと体当たりを食らってジョヨドロトは数尋(ひろ)も飛ばされ、くたくたと気を失って倒れた。枝にぶら下がったままのアルヨ・スマンは、口から血を吐いて倒れたジョヨドロトのさまを見るに耐えず、目をつぶった。
 アルヨ・ドゥルソソノは立ち上がり、ゴドを振り回しながらふらふらとハヌマンに近づこうとした。しかしまだ回復しきっていなかったので、ハヌマンに躱されてドゥルソソノは前のめりに倒れてしまった。
 アディパティ・カルノも、マヤンコロに教えを受けたエロウォノと戦うには、肉弾戦では不利だった。さしものアスティノの総司令官でありアンゴ王たる彼もエロウォノを相手にするには臆した。素早く、天界の宝具、クント・ウィジョヨダヌ Kunta Wijayadanu を掴み、エロウォノに狙いを定めた。ジョヨドロトとドゥルソソノを倒したハヌマンは、エロウォノを助けようとしたが動けなかった。彼は、抜き放なたれたスンジョト・クントのまばゆい光が燃え上がりのを見た。ハヌマンはアディパティ・カルノの手中にある武器が、普通のものではないことを知った。エロウォノは戦場で見た事も無い武器を前になす術がなく、バスカルノの武器を眺めているしかなかった。胸を張ってその武器を受け止めようとした。アディパティ・カルノの手から武器が放たれるや、ハヌマンは光の早さでエロウォノの身体を引っ掴み、クントの軌道から逸らした。しかしその時、ハリケーンのような風が巻き起こり、グバル・ソド一面を一掃した。アディパティ・カルノも、まだ地面に突っ伏していたアルヨ・ドゥルソソノ、気を失ったままのジョヨドロトも、枝に引っかかっていたアルヨ・スマンも皆、一陣の風と共に何処かへ跡形も無く消え失せてしまった。グバル・ソドを襲い、辺り一面の全てを巻き込んだ激しい風の恐ろしさを見て、山間にいたアスティノの兵たちは大混乱をきたし、ジャングルの中に逃げ込んだ。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-18 01:16 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その18

 マヤンコロも同様に考えていた。遠くに止まること無く群がる軍が見え、グバル・ソドの山に登って来る。無数の槍が秋のチークの森のようだ。風にはためく旗や幟が山の峰のようだ。太鼓や銅鑼の音が僅かな休みも無く鳴り渡る。先陣を切る部隊では騎馬隊が先頭を走る。
 軍隊は苦行所へ続く歩道の切れ目に至り止まった。馬から下りた数人の者は司令官、セノパティの階級章を付けた制服を着ていた。前を歩くのは王のようで、後ろに数人の大臣を引き連れている。客たちは入り口のマットに座すよう誘われた。苦行所に入って来た四人の官僚たちは、アンゴ国王アディパティ・カルノ、パティ・サンクニ、ドゥルソソノとジョヨドロトであった。マットは一枚しかなかったので、四人は座ろうとしなかった。立ったままアディパティ・カルノは言った。「ここは苦行所ですか?サン・プンデトよ、失礼いたします。この苦行所の名と、師父のお名前、何処からいらした方かを伺いたい。」
 両の手を組み、敬意を表してブガワン・マヤンコロは答えた。「この村の人々はここをグバル・サド山と名付けました。私の名はマヤンコロ、私の後ろにいるのは孫のエロウォノと申します。我らは故郷を嵐に襲われ、遠くからこの山に来ました。」マヤンコロは言葉を続けた。「宜しければ、王族ともあろう方々が、このような所へいらしたわけを教えていただけますかな?」
 「師父のお心遣いに感謝しよう。我らがここへ参ったは、師父のお助けを乞うため。アルゴ・セト山の頂上はどこにあるのか教えていただきたい。」
 アルゴ・セトを探しているというアディパティ・カルノの話を聞き、マヤンコロは血の気が引き、息を呑んだ。エロウォノも驚き、顔色が変わった。その様をアディパティ・カルノは俊敏に察知した。彼は、この白い猿がアルゴ・セトの場所を知っており、それを隠そうとしていることを見抜いた。そして尋ねた。「長かった旅も無駄ではなかったようだ。我らの探すアルゴ・セトはこの山の近くであるようだ。」アディパティ・カルノは続けた。「師父マヤンコロは我らにその場所を教えてくれると期待するが。」
 「お尋ねして宜しいか?あなた方はどちらの国の王族であらせられる?」ハヌマンが聞いた。
 「師父はこの山がアスティノ国の領地にあることをご存じないのか?ここはアスティノの支配下にある。師父はこの国の王並びにその一族を知らぬのか?」アディパティ・カルノが言った。
 「千のお許しを乞う。我ら二人は遠くからやって来た者。この山がどこの国の領地で王族の方々が誰なのかまでは存じません。どうかお許しを。」ハヌマンは答えた。
 「師父は本当に、この国の所有者、支配者を知らぬというのか?」アディパティ・カルノは言った。「師父はこの山に住むにあたって、報告もせず許可を得ずにおるということかな?」バスカルノが聞いた。
 「今一度お許しを乞いまする。我らは遠くから彷徨ってこの村に来ました。この国の規則にも疎いのです。」マヤンコロは答えた。
 「はははは、」アディパティ・カルノは笑った。「そなたは猿であり、国の法も知らぬ山の苦行者だと言う。しかし、そなたの物腰、言葉遣いから、そなたが王宮の作法を身に付けておることが分かる。我が目を欺く事はできぬ。猿の行者よ。さあ、グバル・ソド〈ママ、アルゴ・セトの誤りか?〉の頂上はどこだ、それだけ言え!」
 グバル・ソドの大地は鳴動し、天には稲光が迸る。雷の音は八紘、全世界に轟き渡る。ハヌマンはアディパティ・カルノの言葉を聞き、彼がアルゴ・セトの場所を知り、そこに誰がいるのかに気付いたことを確信した。答えを待たずにカルノがまた言った。「私はアンゴ国王。我が名はナルパティ・バスカルノだ。我が後ろにあるは、アスティノのマハパティ、アルヨ・スマン。そして背の高い偉丈夫はアスティノ王ドゥルユドノの弟、その名はドゥルソソノ。戸口に立っているのはシンドゥプロ Sindupura の王、アルヨ・ジョヨドロト。アスティノの住人としての師父に問う。アルゴ・セトはどこだ?」
 「我らは新参者にて、この辺りのことは良く知りません。この山に住んで以来、アルゴ・セトの山頂などという名は聞いたこともありません。」ハヌマンが答えた。
 「身の程知らずの坊主め、アディパティ・カルノを欺く事はならん。そなたはアルゴ・セトの場所も、その山頂に苦行する者が誰かも知っておるはず。何をもって苦行者となり、何をもって見知らぬ場所に住まうか。この地を支配する国に何を捧げるつもりか。」アディパティ・カルノは粗野に言い放った。
 その粗野な物言いに、マヤンコロは立ち上がり、先程から合わせていた手を放した。マヤンコロは穏やかに答えた。「王たる貴族、ナルパティなら作法と徳は弁えていよう。王族たる者が我らに問うなら答えよう。されど相手が王族であろうと知らぬものは知らぬ。盲目に見ろと言い、聾者に聞けと命ずるようなもの。アルゴ・セトのことに関しては、私は盲目であり聾者である。もともと我らはアスティノ国が生まれる以前からこの山に住んでいる。後から王族どもが見つけ支配したにすぎぬ。ここに住むのに王族の許可を得なかったとしても、我らがここに住むに何の障りも無い。」ハヌマンは答えた。
 「無作法な猿だ!」ドゥルソソノがわめいた。「アスティノの力を知らんのか?この犬ころめ!ひき肉になりたいか。貴様を放り投げ、細切れにしてやる!」
 「我らはただ、アルゴ・セトが何処にあり、そこに住まう者が誰なのかを知りたいだけだ。それとも、この苦行所と共にお二人の身体もバラバラにして見せようか?」アディパティ・カルノが言った。
 今やアルゴ・セトに苦行中のサン・マハ・ルシ・ライェンドロムクスウォのことがクロウォたちに知られれば、敵となることは明らかだった。クロウォたちをグバル・ソドから追い返す以外に手は無かった。クロウォたちが無理強いしてこないうちは、衝突を避けようとハヌマンは慎重に考えを巡らせた。ハヌマンはアディパティ・カルノに声をかけた。「王族の者よ、高潔なクサトリアたる者は、その行動は人の手本とならねばならない。王族の誠実さ、正しさは、まさしく我らの羨望の的となる。このマヤンコロには、あなた方もそのように見える。我が見立てによれば、王族たる者は知っていようがいまいが、我らを無理強いする輩ではないはずだ。」
 「マヤンコロ、そなたの訴え、揶揄はまさしく我が心に訴えるものだ。つまりそなたは、私の目的を知っているのだ。とぼけるのも、我らに指図するのもやめてもらおう。自ら教えるか、それとも追い出されたいか?」アディパティ・カルノが大声で言った。「アルゴ・セトを探す、我らの目的を知っておるのだな?アスティノの考えによれば、マハ・ルシ・ライェンドロムクスウォはそこにいる。彼こそバラタ・ユダの破滅から世界を救うことのできる唯一の人なのだ。彼に、クロウォとパンダワに平和をもたらしてくださるよう、私はお願いしたい。分かるかな?」
 「バラタ・ユダの問題を語るには私は身分が低すぎます。私には王族の問題など分かりません。戦争はおろか、クロウォとパンダワの問題など、とてもとても。なぜそんなものをこのグバル・ソドなどへ持って来られるのですか?」彼は答えた。
 「サン・ブガワン。我らがここへ参ったは、そなたの意見や忠告を聞くためではない。我らに必要なのはアルゴ・セトの山頂がどこにあるかだけだ。もう十分だ!」アディパティ・カルノが叫んだ。
 「サン・ブガワン。」アルヨ・サンクニが言った。「サン・ブガワンが本当は誰なのか知らずにいた我らをお許し下さい。歴史に記されたお方よ。何百、何千年の昔、超能力にして偉大なクサトリアたる白い毛の猿の物語がありましたな。神に愛された猿は、その名をハヌマン。彼こそはポンチョワティとアルンコの大戦争において、ロモウィジョヨの王国のセノパティとして偉大な功績を上げた方だ。誤り無くば、ハヌマンは今、このグバル・ソドにおられる。真実なら、我らの過ちを正すため、サン・ブガワンに教えを乞いましょう。」
 突然、雲が立ち籠め太陽の光を遮り、あたりは荒涼とした雰囲気になった。風が止まり、竹の葉を擦るように風が巻いているようだった。苦行所一帯がしんと静まり返り、皆はアルヨ・スンクニの言葉に茫然と佇んだ。クロウォたち、とりわけアディパティ・カルノは、目の前にいる者が、古より名高い偉大なるセノパティ、ハヌマンであることを理解した。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-07-17 00:00 | 影絵・ワヤン | Comments(0)