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木から落ちた猿

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イスモヨ・トゥリウィクロモ その3

国境線の戦闘

 アルヨ・スティヤキ、アルヨ・ソムボ、アルヨ・ウドウォに率いられたドゥウォロワティ軍は、すでにドゥウォロワティ王国から遠く離れて行軍していた。アルジュノとスマルを探すため、彼らは谷に分け入り、丘を登り、河を渡った。夜になって行軍を止め、アルヨ・スティヤキは、谷一体を覆う樹々の繁る丘の麓に野営するよう軍に命じた。
 アルヨ・スティヤキとアルヨ・ソムボは明日の行程について話し合っていた。そこへ突然、野営の外から見張りの兵がやって来た。見張りの兵は谷の外に何者か知れない軍が野営を張っていると知らせた。とても怪しい動向である、と。遠くから様子を伺ってみたところ、丘の反対側に野営している軍は、トリガルト国のものであると分かった。
 「ウドウォ、ソムボよ。我が知るところによれば、トリガルトはクロウォに従うもの。奴らがなにゆえドゥウォロワティとウィロトの国境にいるのか、気にかかる。」スティヤキは言った。
 知に優れたクサトリアとして知られるソムボは、「今朝の我が父スリ・クレスノの話から推察するに、このトリガルト軍はドゥウォロワティとウィロトの国境地帯を秘密裏に抑えておこうという腹なのだと思われませんか?私の考え通りなら、クロウォ側はすでに戦争に向けて計画を実行に移していることになります。」
 「しかし何故この今、ウィロト国を取り囲んでドゥウォロワティと分断するのだ?」アルヨ・スティヤキが聞いた。
 「ウィロトとドゥウォロワティはパンダワの盟友です。クロウォたちがアマルト攻撃を開始するにあたって、ウィロトとドゥウォロワティの援軍を阻止するためでしょう。」ソムボが答えた。「このクロウォの行動はアマルトを孤立させるためのものでありましょう。」
 「クロウォの計画はまさしくそなたの言う通りであろう。」アルヨ・スティヤキは言った。
 「そうであるなら、今我らがトリガルト軍を除くに否は無い」アルヨ・ウドウォが提案した。
 「そのとおりだ。」アルヨ・スティヤキが答えた。
 「私もです。」アルヨ・ソムボが言った。
 「スティヤキ兄とソムボが私の提案に同意であれば、」ウドウォは続けた。「奴らがぐっすり眠っている今、攻撃しましょう。」
 「眠っている者を襲うのは、クサトリアとして相応しくないと思う。」とスティヤキ。
 「奴らは我らが宿営する丘の西側にいるわけではない。夜が開けたら眠っている連中を驚かしてやるのだ。奴らは慌てふためき、太陽の光に目が眩むだろう。奴らを待ち伏せするのだ。敵に対するには三つの方策がある。つまり、敵を殲滅し、根絶すること。敵を占拠地から追い払う、また捕虜とすること。この三つのうち、私は敵を捕虜とすることを選ぶ。敵を殲滅しようとすれば、私は彼らに同情を禁じ得ぬ。というのも彼らはことの本質を弁えない道具にすぎないのだからな。追い払うだけでは、奴らは力を蓄えて再び我らを攻撃して来るだろう。捕虜として捕らえれば、我らは行軍中に彼らを諭すことができる。我らの理想を知れば、彼らは我らの側に付くようになるであろう……。」
 アルヨ・スティヤキの意見が入れられ、方針が決定した。ドゥウォロワティの兵たちは夜半のうちに準備を整え、丘に登り北から南へ縦に丘を占拠して夜明けを待った。丘の頂から太陽が昇り、トリガルトの幕舍を照らした。攻撃命令が下った。サンカラ(笛の一種)、タムブール、グンダン(いずれも太鼓の一種)、銅鑼の連打される音が幕舍を包んだ。ぐっすり眠っていたトリガルトの兵たちは攻撃命令の声とドゥウォロワティの騎馬の侵攻にびっくりした。「ブラニ・マティ(決死)」の軍と「黒鴉」の軍が続く。瞬く間にトリガルトの軍は、五千人以上の者がセノパティたちに降伏を求められ、武器を放り出し、抵抗を諦めた。
 まだ生きている者は一所に集められ、ドゥウォロワティの兵たちに見張られていた。傷ついた者たちはドゥウォロワティの医療団から手当を受けた。戦死した者たちは軍令に則って埋葬されたのである。
 捕らえられたトリガルト軍を前にして、話術に長けたアルヨ・ソムボがドゥウォロワティ軍の意向に付いて説明した。ドゥウォロワティ側はトリガルト軍の目的を知っていた。クロウォとパンダワの戦いに巻き込まれまいように、トリガルト軍はドゥウォロワティの捕虜となった。アスティノ国とアマルト国の争いが終わった後には、すぐさまトリガルト軍はその国に帰還できるだろう。ドゥウォロワティ国は、トリガルト軍がクロウォとパンダワの争いが終わるまで、ドゥウォロワティ国でおとなしくしていることを希望する、と。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-06-30 00:25 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その2

ドゥウォロワティ Dwarawati 王国

 ドゥウォロワティはパンジャンにしてプンジュンなる国である。パンジャンとは、この国が古の物語の中にあること、プンジュンとは、ドゥウォロワティが高貴なる威光を持つことを意味する。彼の国は限りなきかのよう広大で、後ろには樹々の生い茂り緑なす山々を控え、右のかたには水田が広がり、左のかたには農地に適した湿地が広がる。前には昼から夜まで休むこと無く栄える港を擁する。その肥沃なる大地にはさまざまな植物が繁茂し、生活の糧は安価で豊富である。交易船が荷を受け渡し、漁船は夕刻には帰還し、夜は休む。というのも他国からの来訪者たちが数えきれないほどあり、彼らはこの国の住民となるからである。家を建て、生業を起こす裕福な者たちが、幾多の街、村を満たす。
 ドゥウォロワティは巨大な炎をあげるたいまつのごとき国。その明るい光は辺りを照らし、輝く光を放つ。その所以はドゥウォロワティが隣人たる国、王国の憧れのまとであり、敬意を払われる国であり、助けを求める国の支えであるからである。正義と公正に基づくその繁栄と栄光のゆえに、ドゥウォロワティは戦わずにして常に勝利する。それゆえ、ドゥウォロワティは軍を用いること無く平和を達成するのである。ドゥウォロワティは財を有すること無く富貴であり、呪文を用いること無く超能力を有する。
 ドゥウォロワティを統べる者はスリ・クレスノである。彼の王は公正に基づく高貴なる性格であり、その誠実さと正義はサン・ヒワン・ウィスヌ・マングジョウォント Sang Hyang Wisynu Mangejawantah として知られ、それゆえに彼はスリ・バトロ・クレスノと称する。
 ある日、ドゥウォロワティ国の王宮にはブパティ、ナルパティ〈Bupati, Narpati =大臣・摂政〉たちが溢れていた。スリ・クレスノがその朝最高議会を招集し、大臣、司令官、国父、ならびに下々の者すべてが列席したのである。
 スリ・クレスノは玉座に座し大王の衣装をまとう。ドゥウォロワティ国がその周辺に多くの河を擁する大国だからである。まさしくドゥウォロワティ王国の大臣、司令官、摂政たち以外にも、スリ・クレスノの旗のもと、庇護を受ける国々の王たちもまた参集していたのである。
 大臣筆頭のアルヨ・ウドウォ Hudawa 、皇太子アルヨ・ソムボ Samba 、そして総司令アルヨ・スティヤキ Setyaki が聖なる王の傍らに座す。
 その朝の最高議会を彩る、王の威光を讃えるガムランの音色が遅く(低く)なるにつれ、穏やかで静謐だった辺りの気配が緊張を増す。
 音色は次第に穏やかになり、会議の始まりを告げる声が聞こえる。それから大臣、摂政たちに対するそれぞれの管轄する職務の様子を尋ねる王の声が聞かれる。ドゥウォロワティのありさまがさまざまな面から報告され、かくてスリ・クレスノは最重要の議題を口にするのである。
 「我が弟アルヨ・スティヤキ、マハ・パティ(大臣)・ウドウォ、皇太子アルヨ・ソムボ、そして大臣、摂政、司令官、官僚たちよ、今日私は定例の合議とは大いに異なる会議を開くこととした。こたびの会議では眼前の大いなる危機、ドゥウォロワティは言うに及ばず、関係各国に及ぶ危機に関して話したい。」
 穏やかだった雰囲気はスリ・クレスノの言葉で、不安げな声と呟きに乱れた。平静に戻った後、スリ・クレスノは話を続けた。
 「ドゥウォロワティ国は血縁関係にあるクロウォとパンダワの間に長きに渡る確執があることを知っている。またこの確執は、歴史的にはパンダワに権利があると思われる、アスティノ王国の継承権の問題に端を発している。国の継承に関する争いにおいて、パンダワは国の相続を回復することを求めている。もともとはアスティノ国王、パンドゥ王が逝去して、長兄のドゥレストロストロ、つまりクロウォたちの父が代位した。というのも、パンダワたちがまだ幼かったからである。しかしドゥレストロストロが盲目であったため、その長子のドゥルユドノにアスティノ国の王位を委ねてしまった。そして彼は未だにアスティノを支配している。パンダワの王位復権への努力は成功せず、クロウォはつねにパンダワに対して誹謗中傷を続け、アスティノを支配し続けようとしている。長老たち、先代アスティノ国王サンタヌの息子エヤン・ルシ・ビスモ Bisma 、パンドゥ叔父の弟パマン・アルヨ・ウィドゥロ Widra 、モンドロコ国のサルヨ王、クロウォとパンダワの師ルシ・ドゥルノらはクロウォたちに、権利を有するパンダワたちに王位を返還するよう忠告した。しかしそれらの忠告は無視され続けた。先代王サンタヌの息子エヤン・ルシ・ビスモはアスティノ国を二つに分けるよう提案した。ゴンゴ Gangga 河より西をパンダワに委ね、東側をクロウォに委ねよう、と。この提案はパンダワ側には受け入れられたが、クロウォたちは分けの分からぬ理屈を並べてこれを拒んだのだ。」
 会議の静けさはクロウォの態度を遺憾に思う聴衆たちのささやきによって再び乱れた。しかしスリ・クレスノが話を続けるとまた静けさを取り戻した。
 「恐らくパンダワたちの忍耐はもはや限界であろうと思われる。クロウォたちはいつも様々な理由を付けて約束を反古にし、下劣で惨い策略を弄してパンダワを亡き者にしようとしてきた。パンダワのアスティノ相続権の回復のための、最後の平和的方策は、エヤン・ルシ・ビスモの提案を受け入れ、王国の半分を与えることであった。しかし、クロウォはこの問題の解決に、戦場での実力行使を望んだ。私が受けた知らせによれば、パンダワ側は今や実力行使でアスティノを奪回する準備を整えた。つまりは戦争である……。」
 列席したドゥウォロワティのセノパティ〈戦闘指揮官〉、司令官たちの夕刻の雷のごとき雄叫びが会議場に轟いた。戦争……戦争……戦争。他に道はない、クロウォたちは戦場で粉砕されるのだ、ドゥウォロワティのセノパティの一人、アルヨ・ジョヨ・マンゴロ Jaya Manggala がそう叫んだ。クロウォたちの行いに長い間憤りを感じていたセノパティたちの雄叫びは次第に激しくなって行った。
 ドゥウォロワティの総司令官アルヨ・スティヤキが叫んだ。「心せよ、心せよ……」そう言うアルヨ・スティヤキの声が王宮広間に響いた。辺りはまた静まり返った。「皆の雄叫びの声は我らと王の心を鼓舞し、嬉々として正義の側で戦うことの証となる。が、敵に対する決意はこの会議で示されるべきものではない。後の日に戦場で正義を守るために示す機会があるだろう。」
 スリ・クレスノはセノパティたちの反応を見、アルヨ・スティヤキの雄叫びを聞いて微笑んだ。平静は長くは続かなかった。王宮広間の外にいる兵士たちの声で会議は揺らいだ。その時、やにわに王の衣装をまとったクサトリアが壇上に現れた。それこそアルヨ・ガトコチョ Gatotkaca 、プリンゴダニ国の王であり、パンドゥ王の次男、アルヨ・ビモの息子である。すぐにスリ・クレスノはガトコチョを手招きし、スリ・クレスノのそばに座すよう促した。
 ガトコチョは座すとスリ・クレスノに書簡の包みを差し出した。スリ・クレスノはすぐさま包みを開き、書簡に目を通した。アマルト国王プントデウォの署名のあるその書簡には、パンダワの三男アルジュノと、アマルト国の従者スマルが共にアマルト国から姿を消し、行方しれずになっていると記されていた。捜索隊があちこちに送られ、山に登り谷に分け入り、さらには周辺の国々を探し歩いたが、彼らの所在は未だ不明であった。書簡を読み終えると、スリ・クレスノは近臣の者数名、アルヨ・スティヤキ、アルヨ・ソムボ、アルヨ・ウドウォに、アルジュノとスマルの行方を追うのに要する兵を参集するよう命じた。また、アルヨ・ジョヨ・マンゴロには危険に備えて、ドゥウォロワティ国の防衛を固めるよう命じた。
 アルヨ・スティヤキらが王宮広間から退出したあと、スリ・クレスノは大王の衣装を脱ぎ、戦士の装束に着替えた。王妃に別れを告げ、すぐさまガトコチョと共にアマルト国へ向かった。
 ドゥウォロワティのマハ・パティ、アルヨ・ウドウォはアルジュノ、スマル探索の兵たちに王の命令を告げた。シンバル、銅鑼がびりびりを鳴り渡り、耳をつんざくようだ。旗や幟が烈風にはためく。疾走する騎兵と歩兵の足音が混じり合い、シンバルと銅鑼の響きがこれに加わる。あたかも雷と崩れる山の轟きのようだ。突き上げられる槍の音と、ばしばしとぶつかり合う剣の音が砂浜を打ちつける風の叫びに飛び散る海の波のようだ。
 色とりどりの制服に身を包む兵士たちは幾多の師団からなる軍団だ。血の赤に彩られた制服を着た彼らが参集すれば、あたかも炎に見舞われたチークの森のようだ。これぞ死を恐れぬ兵たちである。黒の制服の者たちは列をなして飛ぶ鴉のようだ。ドゥウォロワティの軍は王宮をあとにした。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-06-28 19:54 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

イスモヨ・トゥリウィクロモ その1

 「イスモヨ・ティウィクロモ」として我が師、松本亮先生もその著作の中で紹介している"ISMAYA TRIWIKRAMA", Achmadi Dharmoyo W. Sardjono ; Balai Pustaka ; 1986を全訳して紹介する。
 パンダワの導き手であるスマルを主人公としたこの物語は、戦争に対する民衆の怒りをスマルに託した名著である。その神髄部分は、松本先生の著作ですでに紹介されているが、全貌に関しては未訳であるので、ここで試みに訳出し、その全体像がわかるようにしておこうと思う。なお表題のTRIWIKRAMAの語は、ダランの語りなどでは、松本先生の表記するようにティウィクロモと発音されることが多いのであるが、ここでは、原文の表記、及び原意に留意してトゥリウィクロモとしておく。その他、人物名や事象が松本先生の各著作とは異なるところがあるが、これらも原文を尊重してそのままにしておく。

序文

 トゥリウィクロモ triwikarama という言葉の意味は、とても単純なものである。それは三歩の歩み、を意味する。語源をたどれば、サン・ヒワン・ウィスヌの説話に基づく。ウィスヌがワマナ・アワタラ Wamana Awatara(ヴァーマナ・アヴァターラ)として知られる、侏儒(こびと)の化身となった時の物語である。その時彼は、たった三歩で三界を闊歩したのである。その後、この単純な意味は、大いに異なるものへと変化した。トゥリウィクロモは「怒りによって恐ろしく巨大な姿に変身する」ことを意味するようになったのである。
 ワヤン・プルウォの諸演目で、多くの人物たちが怒りによって巨大な姿に変身する。もっぱら、スリ・クレスノ、アルジュノソスロバウ、ドソムコ、そしてプントデウォなどである。けれどスマル、つまりバトロ・イスモヨがそうなることは滅多に無い。そういう場合、彼は普段の醜い姿から変身して立派な姿になるのである。
 この「イスモヨ・トゥリウィクロモ」の物語では、スマル、すなわちイスモヨが、スリ・クレスノに対する怒りによって恐るべき姿に変身する。何故彼は怒るのか?その答えはダルモヨ・ウィロサルジョノ Dharmoyo Wirosardjono のアレンジしたラコン・チャランガン(新作演目)の中に見出されなくてはならない。そう、忍耐強さで知られたスマルが怒るのは何故か?スリ・クレスノに対して向けられた彼の怒りはまた、時として大戦争バラタユダに対して燃え上がる。そして、スマルとスリ・クレスノは二人にしてひとつのパンダワの導き手でもあるのだ。
 この物語を注意深く見つめることで、我々は、作者が届けようとするあるメッセージを見出すだろう。それは、あらゆる時代において忘れてはならない健全なる批判精神の表出でもある。

バライ・プスタカ


Achmadi Dharmoyo W. Sardjono
ISMAYA TRIWIKRAMA
Balai Pustaka ; 1986
アフマディ・ダルモヨ・W・サルジョノ
イスモヨ・トゥリウィクロモ(イスモヨ神の神性啓示)


大戦争バラタユダへの道
イスモヨ・トゥリウィクロモ


 大戦争バラタユダ Barata Yuda は、ある従兄弟同士の反目の結果として惹起した。ルシ・クレスノ・ドゥウィポヨノ Kresna Dwipayana の子孫たち、クロウォ Kurawa とパンダワ Pandawa である。その紛争は彼らが相続するアスティノ Hastina 国を巡って起こった。イスモヨ・トゥリウィクロモの物語の前に、まずは前置きとしてアスティノ国の歴史を説くことから始めよう。

アスティノ国の成り立ち
 ドゥスウォント Duswanta 王は狩りの最中にジャングルの中で迷ってしまった。その時、彼はルシ・カンウォ Kanwa という名のブラフマンの住む苦行所を見つけた。その苦行所にはその時デウィ・サクントロ Sakuntala という名の娘がいるだけだった。ドゥスウォント王はその娘を見て恋に落ち、王妃となってくれるよう懇願した。デウィ・サクントロはドゥスウォントの願いを聞き入れたが、ひとつの条件を付けた。彼女が男の子を産んだなら、王位を譲るように、と。条件は受け入れられ、ドゥスウォントとサクントロは結ばれた。ルシ・カンウォはドゥスウォントの申し入れを一旦拒んだが、ドゥスウォントと娘がすでに結ばれてしまったことを知って、受け入れることにした。大いなる超能力と英知を持つルシ・カンウォには、後の日に娘の後裔たちが王となることが分かっていたのである。
 ドゥスウォント王は国に戻った。国に着いたらすぐに、妊娠していたデウィ・サクントロを迎えるための使者を送くることになっていた。しかしドゥスウォントは約束を破った。デウィ・サクントロの子はすでに生まれていたが、迎えの使者はやって来なかったのだ。耐えかねてデウィ・サクントロは息子のサルウォダモノ Sarwadamana を連れて、父の許しを得て、ドゥスウォント王に会うために苦行所を出立した。
 玉座にあるドゥスウォント王のもとにやって来るやいなや、デウィ・サクントロとその息子は王宮から追放された。その時、王宮の物置部屋に声が満ちた。その声は、神にみそなわされたドゥスウォント王の約束を想起させた。その警告を耳にし、ドゥスウォント王は再びデウィ・サクントロを妃に迎え、サルウォダモノを皇太子とすることを受け入れた。
 ドゥスウォント王が王位を降りたのち、サルウォダモノは父に代わって王位に就き、バロト Barata 王と称した。
 バロト王の子孫の一人にクル Kuru 王という名の王があり、国を建てた時にアスティノ Hastina 王と称し、後にその国の名も王の名と合わせてアスティノと名付けられた。アスティノ王国はまた、象の国を意味するガジャ・ホヨ Gaja Haya とも呼ばれた。アスティノ王が崩御したのち、スリ・プラティポ Sri Pratipa という名の息子が継いだ。
 スリ・プラティポには三人の息子があり、長男はデウォピ Dewapi 、二番目がバリコ Balika 、三番目はサンタヌ Santanu と名付けられた。サンタヌが父の地位を継いで、アスティノの王となった。
 サンタヌ王には一人の息子があり、名はデウォ・ブロト Dewa Brata といった。彼は赤ん坊の時に母をなくしていた。サンタヌは玉座を残して、デウォ・ブロトの母となれる人を捜した。というのも、彼の国には、まだ赤ん坊である息子に乳をやれる女がひとりもいなかったからである。
 世界のどこかでマハ・バラタ Maha Barata の物語が作られた。それは一人の多いなる超能力のブラフマン、ブラフマ神の後裔、ルシ・カムノヨソ Kamunayasa から始まる。ルシ・カムノヨソを継ぐ者の名はブガワン・サクトレム Sakutrem 、その子がブガワン・サクリ Sakri 、その子が、ブガワン・ポロソロ Palasara である。
 旅の途中、ブガワン・ポロソロは大きな河に道を遮られた。そこで彼はデウィ・スティヨワティ Setyawati 、またの名デウィ・マツヤンゴンド Matsyangganda という渡し船の女に対岸へ送り届けてもらった。デウィ・スティヨワティはマンゴド Manggada 国の王、ワス Wasu の娘であった。彼女は身体から悪臭を放つ病を患っていたので、ヤムナ Yamuna 河で渡し船の船頭となる苦行を父から命じられていたのである。ブガワン・ポロソロは、デウィ・スティヨワティの病を治してやり、妻にした。彼らは渡し船の上で結ばれ、デウィ・スティヨワティは男の子を産んだ。その子はアビヨソ Abyasa (クレスノ・ドウィポヨノ)と名付けられた。クレスノ・ドウィポヨノはウキル・ラタウ Ukir Rahtawu のブガワン・ポロソロの苦行所へ連れられて行き、デウィ・スティヨワティは父の国、マンゴドへ帰った。ポロソロはいつの日かアビヨソと共にマンゴド国を訪れることを約束した。
 他国で息子の乳母を探していたサンタヌ王はマンゴド国へやって来た。それはブガワン・ポロソロの約束と時を同じくしていた。その時、デウィ・スティヨワティは王宮で、ブガワン・ポロソロと息子アビヨソを待っていた。赤ん坊を抱いたサンタヌ王が王宮の前を通った。異国のうちにあったので、サンタヌ王はブラフマンの衣装をまとっており、その姿はブガワン・ポロソロとそっくりであった。デウィ・スティヨワティはブガワン・ポロソロがやって来たのだと思った。思う間もなく彼女は台上から降り、太陽に照らされて喉の渇きに泣く、サンタヌ王の抱える赤ん坊を抱き上げた。臆すること無く、恥ずかしがることも無く、泣いている赤子のデウォ・ブロトに乳をふくませた。デウィ・スティヨワティに抱かれてデウォ・ブロトが眠ると、やっと目の前の「ルシ〈僧侶〉」がブガワン・ポロソロでは無いことに気付いた。かくてサンタヌ王は王宮に招かれ、彼女の父、ワス王と対面した。
 その時、ブガワン・ポロソロもまたアビヨソを抱いて現れた。ワス王は、このような込み入った偶然にどう対処してよいものか判断にあぐねた。ひとつの方法として「サユムボロ・プラン〈決闘による婚姻の競技〉」を催すこととした。勝利した者がデウィ・スティヨワティを得るのである。
 サンタヌ王とブガワン・ポロソロの対決は、互いに拮抗し勝負がつかなかった。戦いは幾日幾夜も続いた。カヤンガン〈天界〉からナロド神が一騎打ちの仲裁のため降下した。ナロド神の裁定でブガワン・ポロソロが敗者となった。というのも、この件はポロソロの後裔がいつの日かアスティノ国の王位に就くということに端を発するからである。ナロド神の裁定はブガワン・ポロソロに受け入れられ、彼はすぐにアビヨソを連れてマンゴド国を去った。デウィ・スティヨワティには、アビヨソの名を三度呼んだら直ちにアビヨソが現れるであろうとの誓言が与えられた。
 デウィ・スティヨワティはサンタヌ王を夫に迎えるに当たって条件を出した。息子が生まれたなら、彼をアスティノ国の王とされるように、と。サンタヌはその条件を受け入れたが、デウィ・スティヨワティはまだ満足しなかった。というのも、サンタヌには息子のデウォ・ブロトがいたからである。これを耳にしてデウォ・ブロトは永遠に結婚しないとの誓いをたてたのである。
 サンタヌ王とデウィ・スティヨワティの間には二人の息子が生まれた。チトランゴノ Citranggana とウィチトロウィルヨ wicitrawirya である。二人の王子はサンタヌの王位を継ぐべき者であった。そこでデウォ・ブロトに弟たちの妃を探すことが命じられた。デウォ・ブロトはカシ Khasi 国へサユムボロ〈嫁取り競技〉で三人の王女を得るために出発した。デウォ・ブロトはサユムボロに勝利し、カシ国の三人の王女、デウィ・オムボ Amba 、アムビコ Ambika 、アムバリコ Ambalika を連れてアスティノ国へ戻ることとなった。旅の途中で、デウォ・ブロトは三人の王女たちに、彼女たちが彼の弟たち、アスティノ国の王位継承者たる二人の王子、チトランゴノとウィチトロウィルヨと結婚することになることを話した。その話を聞いた長女のデウィ・オムボは聞き入れず、デウォ・ブロト自身と結婚したいと求めた。デウォ・ブロトは自らの誓いを理由に、その願いを拒んだ。デウィ・オムボが聞き入れないので、事態は硬直し、デウォ・ブロトは彼女を脅そうとして武器を抜き放った。デウィ・オムボは、デウォ・ブロトが彼女を殺そうとしていると受け取り、自らデウォ・ブロトの武器に身を投げ出したのであった。傷ついたデウィ・オムボの身体にデウォ・ブロトが触れた時にはもう彼女は亡くなっていた。その時、呪詛の声が聞こえたのである。いつの日か大戦争バラタ・ユダが起こった時、デウィ・オムボは借りを返すことになるだろう、と。
 デウィ・アムビコは父サンタヌの王位を継承してアスティノ王となったチトランゴノと結婚し、デウィ・アムバリコはウィチトロウィルヨと結婚した。チトランゴノは跡継ぎをもうける前に世を去り、ウィチトロウィルヨも兄が亡くなった時、未だ子を持っていなかった。彼が亡くなった時、デウィ・スティヨワティはアビヨソをアスティノ国王に推挙した。
 デウィ・スティヨワティはアスティノの王統が途絶えることを恐れ、アビヨソに弟たちの未亡人たちと契るよう求めた。デウィ・アムビコは盲目を意味するドゥレストロストロ Drestrastra と名付けられた子を産んだ。その子が盲目になったのは、デウィ・アムビコがアビヨソと契る際に目を閉じたからであった。彼女は恐ろしげなアビヨソの姿を見て両目を閉じてしまったのである。デウィ・アムバリコはパンドゥ Pandu と名付けられた子を産んだ。その名は青白いという意味である。デウィ・アムバリコはアビヨソと契る際にその総身が真っ青になったからである。二人はデウィ・スティヨワティからもう一度アビヨソと契るよう命じられたが拒んだ。一人の召使いが代りにされた。この召使いはまともな子を産んだ。その子はヨモウィドロ Yamawidura と名付けられた。
 王子たちが成人し、パンドゥはアスティノ国の王となり、アビヨソは苦行所へ戻った。何故パンドゥが推挙されたのか?長子のドゥレゥトロストロが盲目であったからである。ある日パンドゥ王は狩りに出掛けた。彼は愛し合うつがいの鹿を射た。その結果パンドゥは呪いを受けた。鹿はあるブラフマンが姿を変えていたものだったのである。ブラフマンの呪いは、パンドゥが若い方の妃、モンドロコ国のサルヨ王の妹デウィ・マドゥリム Madrim と愛し合った時に発動した。
 パンドゥが逝去して、アスティノの王位はドゥレストロストロが代位した。パンドゥの息子たちはまだ幼かったので、ドゥレストロストロは自身の長子、ドゥルユドノを王に推挙した。かくてドゥルユドノはアスティノ王国の全権を手中にしたのである。
 パンドゥの息子たちは成人した。パンドゥの五人の息子たちはドゥルユドノ Duryudana にアスティノ王国を返すよう求めた。パンドゥの息子たちの要求はさまざまな理由を付けて拒否された。パンドゥの息子たちは王国の半分でも良いとドゥレストロストロの息子たちに提案したが、ドゥルユドノは受け入れなかった。
 パンドゥの残した息子たちは、第一夫人デウィ・クンティ Kunti の産んだプントデウォ Puntadewa 、ビモ Bima 、アルジュノ Arjuna 、第二夫人デウィ・マドゥリムの産んだナクロ Nakula とサデウォ Sadewa の五人である。ドゥレストロストロはアングンドロ Anggendara 国の娘、デウィ・アングンダリ Anggendari との間に百人の息子をもうけた。パンドゥの息子たちはパンダワと呼ばれ、ドゥレストロストロの息子たちはクロウォと呼ばれた。
 アスティノ国を巡る骨肉間の争いは、やがて二手の従兄弟同士の戦争という災厄に発展する。
 クロウォとパンダワという従兄弟同士の長きに渡る対立と争いが続いていた。かくてイスモヨ・トゥリウィクロモの物語が始まる。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-06-27 16:22 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ガレン王になる

 前回の段階では、あまり詳しいことが分からなかった「ガレン王になる=バドゥル・バン・シシク・クンチョノ Bader Bang Sisik Kencana(Gareng dadi ratu)」について、やや詳しい物語を紹介してくれているサイトを見つけたのでお知らせします。
"Gareng menjadi raja"
Ki Sukma Ningrat - Padepokan Sabdo Langit
http://sabdolangit-wartabahagia.blogspot.jp/2012/04/gareng-menjadi-raja.html

 以下、そこで紹介されている内容を訳してかかげます。
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ジョクジャ・スタイルのパンドゥ・プラゴロ(王様ガレン)

 デウィ・ウォロ・スムボドロとマンドゥウロ国の屋敷で結婚して一月、ラデン・アルジュノはマドゥコロの庭園から出なかった。ジャワ大地の女神 babon ratu Tanah Jawa 、デウィ・ウィドワティの化身、ロロ・イルン(スムボドロ)と愛の日々をおくっていたのである。
 その愛の交わりにおいてラデン・アルジュノはデウィ・ウォロ・スムボドロの子宮に愛の種を授けた。三月たって、デウィ・ウォロ・スムボドロに妊娠の兆候があらわれた。その時デウィ・ウォロ・スムボドロはバドゥル・バン・シシク・クンチョノ badher bang sisik kencana (金の鱗の赤い魚)が欲しいと言った。そこで、サン・アルジュノとスマル、ガレン、ペトル、バゴンは連れ立ってセン・デウィの望みのものを見つけるためにカサトリアン・マドゥコロから出立した。目指すは波の荒れ狂う南海の岸である。
 ラデン・アルジュノが出発した夜、トゥルベロ・スケット Trebela Suket 国の王、プラブ・パンドゥ・プルグロ Pandu Pregula がマドゥコロの女の館に侵入した。デウィ・ウォロ・スムボドロを誘拐し、自身の妃とするためである。デウィ・ウォロ・スムボドロが消えて、アマルト国は混乱した。妊娠三ヶ月の身であるサン・デウィがどこに行ったのか、跡をたどることのできる者は、クサトリアにもパンダワの息子たちにも一人もいなかった。
****
 満月の下、南海の岸辺の輝く石の上で、ラデン・アルジュノは瞑想していた。遠くで話し込んでいたスマル、ガレン、ペトル、バゴンたちは知らなかったが、バトロ・ナロドがカヤンガン・ジュングリン・サロコから降下し、ラデン・アルジュノに絹糸でできた網を与えた。
 「プクルン(神への敬称)・カネコ・プトロ(ナロド)よ……。」ラデン・アルジュノは砂浜に頭を下げて訪ねた。「この絹糸の網は何のためのものでありましょう?」
 「では教えよう、アルジュノよ!この網はニニ(スムボドロ)の望むワデル・バン・シシック・クンチョノを捕らえるためのものなのだ。」バトロ・ナロドは一息ついてから言った。
 「神のご忠告を承ります。心にとどめおき、忘れぬようにいたします。」
 「されば、私は天界へ帰るとしよう。」
 「我が敬意を捧げます、神よ。」
 バトロ・ナロドは帰り、ラデン・アルジュノは小屋の下でまだお喋りしていたポノカワンたちを呼び、絹糸の網に触ってはならない、と言った。アルジュノは眠気におそわれ、明け方まで輝く石に寄りかかって目を閉じた。
 ぐっすり眠ってしまったアルジュノを見て、ガレン、ペトル、バゴンはふざけて言いつけを破って、絹糸の網を浜辺へ持って行った。ペトルとバゴンは何度もその網を広げたが、一匹の魚も捕れなかった。しかしガレンがそれを広げると、ペトルとバゴンは目を見張った。というのも、魚は捕れなかったが、人が捕れたからである。その人は背が高く大きくて網を破るほど力がつよく、また海の底へ潜ってしまった。網の糸が切られてしまったのを見て、ガレンはすすり泣いた。
 「なんで泣いてるのレン?」
 「見てよ、トル!網の糸がいっぱい切れちゃったよ。」
 「こいつは運命だ。」バゴンが答えた。「お前はアルジュノの旦那に、死を持って罪の許しを乞わなきゃならん。」
 「助けてよ、父さん」ガレンはスマルに頼みこんだ。
 「アルジュノさまに許しを乞うのだ」
 「これは運命なのだ、レン!」目を覚ましたラデン・アルジュノはポノカワンたちに近づいて来た。「お前は進んで死を受け入れ、罪をあがなわなければならん!」
 「ご主人、プルマディさま。」スマルはラデン・アルジュノに懇願した。
 「どうすれば我が子、ガレンをお許しいただけるでしょうか?」
 「だめだ、スマル兄よ。これはナロド神よりのお言葉なのだ。この絹糸の網を破った者は誰あろうと死なねばならぬ、とな。」
 「かしおまりました、旦那さん。」ガレンは頬に涙を流しながら、「わたしは喜んで死にましょう。スマル父さん、ペトル、バゴン、さよならだ。俺が死んだら、嫁さんと子どもたちをよろしく頼む!」
 彼は言葉も無く、スマル、ペトル、バゴンと見やり、その顔には悲しみが満ちていた。すぐさまガレンは海に飛び込み、荒れ狂う波に飲まれ、もう浮かんでこなかった。
***
 海の魚たちはジェヌjenu(毒魚の薬)を使ったときのようにびっくりした。ノロ・ガレンの屍骸は南海の波にもまれて漂った。それを見た海の神、サン・ヒワン・バルノはその身体を海底から弾ませて、ノロ・ガレンの屍骸を掴んだ。
 海面に運び、その力でノロ・ガレンを生き返らせたのである。
 「あなたはサン・ヒワン・ヨモディパティですか?あの魂を引き抜くという神の。」
 「いいや、ノロ・ガレン。私はサン・ヒワン・バルノ。教えてやろう。我らはまだ騒々しい下界におるのだ。ここは魂の世界(アラム・ワリカン alam walikan)ではないよ。」
 「どうしてあなたは私を生き返らせたのですか?」
 「まだ死ぬときではないぞ、ノロ・ガレン。というのも、あの絹糸の網を破ったのは、トゥルベロ・スケット国のプラブ・パンドゥ・プルグロなのだ。」
 「パンドゥ・プルグロは何のために海底に潜って行ったのです?」
 「あの王は、ニニ・ロロ・イルン(スムボドロ)の望みを叶えて、彼女を妃にしたいのだ。バドゥル・バン・シシク・クンチョノをな。」
 「畜生!パンドゥ・プルグロめ!人妻と結婚したがるとは!」
 「呪うだけでは足りぬ!そなたはパンドゥ・プルグロの王の装束を着るがよい!そして、あの王が海から上がって来たときに、そなたの鎌を使って殺すのだ。その鎌はただの鎌ではない。カヤンガン・ジョン・ギリ・サロコ Jong Giri Saloka のプソコ(宝物)として超能力を持つ鎌だ。思い出せ、そなたもまた神の後裔であることを!」
 「御意、おお神よ。」
 サン・ヒワン・バルノが去ると、プラブ・パンドゥ・プルグロが海の中から現れた。一言も無く、トゥルベロ・スケット国王の衣装を着たノロ・ガレンは鎌を投げつけた。王の首が飛んだ。その首は胴体から切り離され、南海の波間に飲まれた。その屍骸は魚のえさとなったのである。
***
 女の館。デウィ・ウォロ・スムボドロは武器を携えた兵団に見張られていた。王が現れたのを見た兵たちは女の館を去った。
 「サン・プラブ・パンドゥ・プルグロよ、なぜこんなに早く戻ったのです?」ウォロ・スムボドロは頬を熱い涙で濡らしたままだった。「バドゥル・バン・シシク・クンチョノは見つかったのですか?」
 「わたしは本当のパンドゥ・プルグロではありません、グスティ・アユ。ご主人。」
 「あなたは誰?」
 「私です。ワタシ。ノロ・ガレンですよ。」
 「トゥルベロ・スケットの宮廷に何をしにきたのです?」
 「わたしはグスティ・アユをトゥルベロ・スケット国からお助けしたいのです。マドゥコロへお帰りいただくために。」
 「外で見張っている兵たちに、あなたがパンドゥ・プルグロではないとばれたらどうするのです?とても危ないわ!」
 「兵たちにはばれませんよ、グスティ・アユ。もっともらしい理由をつけて、カサトリアン・マドゥコロへ出発いたしましょう。」
 「どんな理由です?」
 「トゥルベロ・スケットの兵たちと一緒に、カサトリアン・マドゥコロを攻め、アマルト国をプラブ・ダルモ・クスモ(プントデウォ)から奪いましょう。わたしの計画はどうです?グスティ・アユ。」
 「いいでしょう。いつ出発します?」
 「今ですよ!」
 大勢の兵が武器を携え、馬に乗る。ノロ・ガレンとデウィ・ウォロ・スムボドロは馬車に乗ってトゥルベロ・スケット国を出発する。風と競うかのような速さだ。カサトリアン・マドゥコロまではまだ遠い。
***
 アマルト国の国境へ着くと、トゥルベロ・スケットの軍はラデン・アルジュノと三人のポノカワンたちに対峙した。デウィ・ウォロ・スムボドロがプラブ・パンドゥ・プルグロの衣装を着たノロ・ガレンと一緒に馬車に乗っているのを見て、ラデン・アルジュノの血は泡立った。「おい、王よ!今日の太陽をまだ見たいなら、車から降りよ!」
 「何と高慢なるかな、ジャノコよ!わしと戦え!そなたの妻、ディアジェン(di ajeng=女性への敬称)・ロロ・イルン(スムボドロ)を望むならな。」
 怒髪天を突き、ラデン・アルジュノはノロ・ガレンの胸をソロトモの矢で射た。矢が届く前にノロ・ガレンは車から降り、矢を掴み取った。神たる力を発現して、ラデン・アルジュノの頭に触れた。マドゥコロのクサトリア(アルジュノ)は綿の布のように地面に倒れた。
 主人のありさまを見て、ペトルはアマルトの王宮へ駈けて行った。途中でペトルはプラブ・クレスノ、ラデン・スティヤキ、ラデン・ガトコチョと出会った。ドロワティ王(クレスノ)に、ペトルはラデン・アルジュノのありさまを伝えた。ペトルの知らせを聞き、ラデン・スティヤキはプラブ・パンドゥ・プルグロ、実はノロ・ガレンを探しに行った。
 「ヘイ、コンチョヌゴロ!」プラブ・クレスノはプリンゴダニのサトリヨ(ガトコチョ)を遮って言った。「そなたはどこへ行くのかね?」
 「スティヤキ叔父について行くのです。叔母スムボドロを叔父アルジュノから奪ったパンドゥ・プルゴロを打ちのめしに行くのです。」
 「ならぬ!彼はそなたの敵ではない。そなたは伯父王(プントデウォ)のもとへ行き、私の言葉を伝えよ。私もすぐに馳せ参じるとな!」
 ラデン・ガトコチョが行くと、プラブ・クレスノとペトルは空に飛び、ラデン・スティヤキのあとを追った。ラデン・スティヤキも義理の弟(アルジュノ)と同様のありさまであった。スマルとバゴンの前にぐったり倒れていたのである。すぐさまプラブ・クレスノはウィジョヨ・クスモの花をアルジュノとスティヤキの頭にあてた。ふたりのクサトリアの身体は回復した。
 「クレスノ様……。」
 「やあ、スマル兄よ。」
 「プラブ・パンドゥ・プルグロを負かすことはできないのですか?」
 「天の上にはまた天がある。兄よ、パンダワのクサトリアにはあの王を負かすことの出来る者はおるまいよ。」
 「では、誰であれば彼を負かすことができるのでしょう?」
 「そなたの二人の息子、ペトルとバゴンだ。」
 スマルの指示を待たずに、ペトルとバゴンはすぐに馬車に向かって行った。デウィ・ウォロ・スムボドロのそばに座るパンドゥ・プルグロのところである。不遜なパンドゥ・プルグロを見て、彼らはその王を車から引きずり降ろした。踏みつけられて、王はノロ・ガレンの姿に戻った。
 「ごめんよ、トル!ごめんよ、ゴン!」
 「なんだってこんなことしたんだい、兄貴?」
 「こうやって、おいらはグスティ・アユ、ウォロ・スムボドロをトゥルベロ・スケット国から取り返して来たんだよ。いいか、グスティ・アユはプラブ・パンドゥ・プルグロにさらわれたんだ。絹糸の網を破いたあいつさ。」
 ペトルとバゴンの聞いたノロ・ガレンの話は、プラブ・クレスノがラデン・ジャノコ、スティヤキ、そしてスマルに伝えられた。ノロ・ガレンはプラブ・クレスノから罪を問われることなく、逆に褒美としてバティックを授けられた。
 デウィ・ウォロ・スムボドロとプラブ・クレスノと共にラデン・アルジュノとスマルはアマルトの王宮へ向かい、ラデン・スティヤキはノロ・ガレン、ペトル、バゴンの手を借りてトゥルベロ・スケットの軍を迎え撃った。ウシ・クニン wesi kuning のゴド(棍棒)の超能力で、トゥルベロ・スケット軍は撃退された。
***
 プラブ・プントデウォはパンダワ一族とポノカワンたちに対面した。バトロ・ウィスヌの化身、プラブ・クレスノはデウィ・ウォロ・スムボドロと並んで座るラデン・アルジュノに説明した。「知られよ、アルジュノよ。そなたの妻が求めたバドゥル・バン・シシク・クンチョノとは、南海に住まう魚などではないのだ。妻にとって愛の宝玉は海に例えられる。時として激しい波や嵐にもさらされる。あるいはまた青みがかった穏やかさで目も眩むほど輝くのだ。」
 ラデン・アルジュノが言葉を発しようと唇を動かそうとした時、一人の兵士が突然伺候し、トゥルベロ・スケット国からの敵がアマルトに来襲したと伝えた。プラブ・パンドゥ・プルグロが死んだことを知ったその兄弟、親族たちである。
 兵士の報告を聞き、ラデン・ウルクドロとラデン・ガトコチョ、スティヤキはプラブ・プントデウォにあいさつし、敵を迎え撃って素晴らしい働きをした。日をおかず、アマルトのクサトリアたちは敵を征した。アマルトに平和が戻り、すべての民に喜びが満ちた。

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 さて上記物語において登場するバドゥル・バン・シシク・クンチョノ、そしてジョロストロ jalasutra (絹糸でできた網)に関しては、ある伝承があり、スリムルヨ Srimulyo、 ピユンガン Piyungan、バントゥル Bantul といった村々で今も行われているジョロストロ・クパタン Jalasutro Kupatanという儀式の由来となっている。この儀式はイスラム伝道の9人の使徒、ワリ・ソゴのひとりスナン・カリジョゴの弟子、スナン・グスン Sunan Geseng を讃えて、彼の墓に神輿(?)を担いで行進して行く、というものらしい。その伝承を以下に紹介する。

 「パンゲラン・セド・クラピャ Pangeran Seda Krapyak〈後のハニャクロワティ、マタラム第二代国王(即位年1601-1613)〉 王子の妃が妊娠した時、ある淡水魚を欲しがった。それはバドゥル・バン・シシク・クンチョノ、赤い色で、金の鱗を持ったバドゥルという魚のことである。
 妃の望みを知って、パンゲラン・セド・クラピャは文官や兵士たちすべてに探すよう命じた。しかし家臣たちは誰もバドゥル・バン・シシク・クンチョノを見つけられなかった。そんな魚を見たことがなかったからである。とうとうパンゲラン・セド・クラピャはサユムボロ〈競技〉を催すことにした……。
 スナン・グスン Sunan Geseng 〈スナン・カリジョゴ Sunan Kalijaga の弟子〉はその魚を見つけることを承知した。しかしスナン・グスンは魚探しに条件を出した。それは、バドゥル・バン・シシク・クンチョノを捕まえるために、絹糸で作った網〈網=jala、絹=sutra〉を用意してほしい、というものだった。その魚は絹の網でしか捕まえられない、というのである。
 希望は受け入れられ、その村にジョロストロ Jalasutra 〈絹の網〉という名が与えられた。そしてバドゥル・バン・シシク・クンチョノという魚を捕らえた湖はスガラン Segaran と名付けられた。
 スナン・グスンはバドゥル・バン・シシク・クンチョノを捕まえることに成功し、王の師、宮廷の顧問としての地位を与えられた。けれどスナン・グスンは王宮の外で暮らし続けた。」

 この伝承では件のお魚は淡水魚ということらしい。「ガレン王になる」の物語でも「不思議な魚」と妊娠、それを捕らえるための「絹の網」というモティーフがそのまま取り込まれている。ここではガレンに、スナン・グスンが投影されているのである。スリ・ムルヨノの「スマルとは何者か Apa dan Siapa Semaru 」でも指摘されていたポノカワンとイスラム伝道の関係を示す一例といえるだろう。
 また、ここでは「魚探し」は愛情表現の韜晦として示され、アルジュノはそれを理解できずに出奔するという展開になっているが、この「愛の表現」を誤解して主人公たちが離れるというモティーフは、ジャワで著名な「パンジ物語」でも形を変えて繰り返し現れるものである。ジャワ式「君恋し」パターンといえるだろう。
 「ガレン王になる」はなかなか良くできた物語、少なくとも「ペトル王になる」よりもラコン自体の出来は良いように私は思う。
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by gatotkaca | 2012-06-12 16:56 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ポノカワンみな王になる

 「ペトル王になる」はポノカワン(正義の武将の従者たち)のひとり、ペトルが王になる物語だった。筆者はこの演目がワヤン・クリ(影絵芝居)で上演されたのは残念ながら観たことがないのだが、ワヤン・クリの人形にもプラブ・ベルグドウェルベ(ペトルの王様姿)はある。なかなか格好の良いデザインで個人的には好きである。
これがプラブ・ドゥルトワルノ・グルナドゥル・ジェンドラル・ベルグドウェルベ・トントンソットの絵である。ちゃんと長い鼻には、おしゃれにリングをはめている。
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 ペトルだけでなく、他のポノカワンたちも王になる話がある。まずは父親のスマルから。
 ラコンは「サロンサリ Saronsari 」という。プラブ・サロンサリがクレスノの妹、スムボドロに結婚を申し込む、という物語だ。
 この申込は拒否される。サロンサリはパンダワもいるドロワティを攻めようとする。いっぽう、ラクササのブリスロウォも、アルジュノの妻であるスムボドロに激しい恋心を抱いている。ブリスロウォは苦行する。苦行のうちにブリスロウォはバタリ・ドゥルゴと会う。ドゥルゴはブリスロウォに手助けし、彼をアルジュノに化けさせる。バタリ・ドゥルゴと部下たちは疑われないように、ポノカワン(アルジュノの従者、スマル、ガレン、ペトル、バゴン)に化ける。
 ドロワティへの進軍途中、サロンサリはドロワティのスパイと出会う。戦いとなり、サロンサリが勝利する。
 いっぽう、にせのアルジュノ(ブリスロウォ)とそのポノカワンたちは、スムボドロに会うためにドロワティに向かう。スムボドロと会う前に、にせのアルジュノはプラブ・クレスノと出会う。そしてサロンサリ軍を迎え撃つよう命じられる。サロンサリ軍とにせのアルジュノも戦い、サロンサリが勝つ。にせのアルジュノはドロワティへ逃げ帰る。
 サロンサリは続いてドロワティを攻撃する。進軍の途中でチュムプロン売り(Cemplon キャッサバから作る菓子)に出会う。彼は身を隠しているアルジュノであった。知らせを聞いてアルジュノはもとの姿に戻り、サロンサリももとの姿、スマルに戻る。付き従っていた者たちも、実はガレン、ペトル、バゴンであった。スマルはアルジュノに、ブリスロウォがスムボドロを連れ去ろうとしていることを知らせる。かくて彼らはドロワティ国へ向かう。
 アルジュノとブリスロウォがドロワティに到着すると、スムボドロは困惑する。というのも、同じ姿のアルジュノが二人いるからである。どちらが本物かを知るため、クレスノは二人を一騎打ちさせる。ブリスロウォはアルジュノのプソコ(伝来の武器)に敗れ、正体がばれる。本物のアルジュノはスムボドロと再会する、という話。スリウェダリのワヤン・オランなどでは、上演されることのある演目だそうだ。
 サロンサリの図像はこれ。なかなか素敵なデザインである。
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 つづいてガレン。彼の場合2説ある。エンシクロペディア・ワヤン・インドネシアから。
 プラブ・パンドゥ・プラゴロ Pandu Pragola は、スマルの息子、ノロ・ガレンがランチャン・ギリビ Rancang Giribig 国の王になった時の称号である。この話はワヤンではラコン・チャランガンである「ペトル王になる Petruk Dadi Ratu 」の中で語られる。プラブ・パンドゥ・プラゴロはこのラコンで、実はペトルであるプラブ・ウェルグドゥウェルベ Welgeduwelbeh を負かす。この場合は「ペトル王になる」の中で王になるわけ。
 別のラコン「バドゥル・バン・シシク・クンチョノ Bader Bang Sisik Kencana(金の鱗の赤いバドル Bader=魚の一種)」では、デウィ・スムボドロがプラブ・パンドゥ・プラゴロ(この場合はガレンと別人のパンドゥ・プラゴロという王様がいる)に誘拐される。デウィ・スムボドロはこのランチャン・グリビの王を騙し、彼は王の衣装を脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てられた衣装を、ガレンが着て彼はランチャン・グリビ国へ行き、そこで王になる。その衣装を着てガレンは、パンドゥ・プラゴロを負かし、その名も貰い受けるのである。
 一部のダランはパンドゥ・プラゴロの名をパンドゥ・ブルゴロ Pandu Bregola とも呼ぶ。
 筆者の大好きなパンドゥ・プラゴロはこれ。
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 それからバゴン。
 バゴン・ラトゥ、「バゴンが王になる」の物語はこのようなものである。
 バゴンが淋しく、あてもなく旅をしていた時、ポンチョロロディヨ Pancalaradya という国に至った。そこには、プラブ・プントデウォの妃、ウォロ・ドゥルパディがいた。ドゥルパディも悲しむバゴンの姿を見て、彼を招き、話すうち、このポノカワンに同情し、喜ばせてやろうと、伝来のプソコ、ジャムス・カリモソド Jamus Kalimasada とロビョン・マニキン・ワリ Robyong maniking warih の首飾りを貸してやった。そこで、バゴンはプラブ・ドゥルポドを殺すと脅してその王位を借り受けた。そうしてバゴンは王となり、プラブ・ジョヨプタコル Jayapethakol と称した。しかし彼は長く王位に就くことはなかった。
 この話は途中までしか分からなかったので、最後にどう展開するのかはよくわからない。
 プラブ・ジョヨプタコルはこれ。プラブ・パンジャ・パトコル Panjak Patokol とも言うらしい。
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 さてどん尻にひかえしは、スマルの兄貴、トゴ。彼も王になる話がある。「トゴグ王になる Togog Dadi Ratu」である。

 ラコン・チャランガンに属す。アスティノ国のプラブ・スユドノは、グロパ国のプラブ・スウォンドから、降伏勧告の書状を受け取った。スウォンドの超能力に圧倒され、コラワたちはパンダワの助けを求めた。
 スマルはカヤンガンへ昇り、この騒動についての説明を求めた。バトロ・グルは、トゴグがグロパの王となったのだと説明した。スマルはトゴグの宝物(護符)である首飾りを奪う事にした。
 ペトルとガレンがグロパに向い、プラブ・スウォンドの首飾りを奪うことになった。ペトルが首飾りを奪うと、スウォンドは元のトゴグに戻った。
 グロパの兵士たちが襲ってきたが、パンダワたちに撃退された。
 ワヤン・クリ・プルウォの演目として、このラコンの上演は稀である。

 トゴの王様図案は見つけられなかった。残念。さすがにトゴの子分、ビルンが王様になる話は無い。いづれも「ペトル王になる」の好評を受けて、20世紀初頭かそれ以降に成立したものではないかと思うが、確証があるわけではない。
 ちなみにポノカワンたちの女装した人形もあるのだが、それはまたの機会に。

今回の図版はいづれも TUNTUNAN KETRAMPILAN TATAH SUNGGING WAYANG KULIT, 1984, penerbit: CV "CITRA JAYA" , SURABAYA からのものである。
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by gatotkaca | 2012-06-09 01:26 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ペトル王になる その4

第四場

 プラブ・ベルグドゥウェルベ・トントンソットが玉座に座す。王妃や側室、女官たちにかこまれ嬉しそうである。突然、パティ・カネコルトノが三人の虜囚を連れてやって来る。

ベルグドゥウェルベ :どうしたパティ。マドゥラ王とアディパティ・カルノは捕らえたか?
カネコルトノ :はい、陛下。さらにもう一人、ラデン・ジョヨドロトも。この三人を陛下に。(虜囚たちを指しながら。)
ベルグドゥウェルベ :まずは試しに、この三人が降伏するか否かを聞いてみるか。
カネコルトノ :(虜囚たちに)お前たち、降伏するか、それともまだ戦うかね?
虜囚たち :我らは降伏いたします。
ベルグドゥウェルベ :ならばよろしい。パティ、この者たちに仕事を与えよ。プラブ・ボロデウォ、彼は年寄りだから監督を任せよう。カルノはきれいな姿をしておるから、書記官にするのが良いだろう。それとジョヨドロトは力持ちだから、井戸の水汲み人にするか。
カネコルトノ :結構でございます。陛下。

 突然、ラデン・ガトコチョが入って来て、王を攻撃しようとする。しかし、玉座の前で気絶して倒れる。列席する皆は驚く。

ベルグドゥウェルベ :皆の者、立て!〈mamak=家臣〉

 ラデン・ガトコチョも正気に戻り、わめきながら王に対峙する。

ベルグドゥウェルベ :パティ、こやつらを引き立てて仕事を与えておけ。
パティ ;かしこまりました、陛下。

 パティ・カネコルトノはラデン・ガトコチョと虜囚たちに仕事をさせるために連れて行こうとする。突然、ラデン・アルジュノと二人の息子、オンコウィジョヨ、イラワン、それからオントルジョ、ソムボ、アルヨ・スティヤキがベルグドゥウェルベの前に現れる。ウルクドロもいるが、彼は外に残っている。
 プラブ・ベルグドゥウェルベはやって来た者たちを歓迎する。そして、アスティノのプラブ・スユドノの兵たちすべてが同じ目的で来たが、ソニョウィボウォ王に降伏したと伝える。
 プラブ・ベルグドゥウェルベは喜んで客たちを迎え入れる。

ベルグドゥウェルベ :パティ!我が心は喜びで熱くなっておる。アスティノとパンダワの制圧が容易く実現したからだ。もはやわしの恐れるものはただひとつ。パティよ、十分に気を配り、見逃す出ないぞ。
カネコルトノ :陛下、お許しを!私はまだ陛下のお言葉を正しく理解できておりません。私に何をしろと?
ベルグドゥウェルベ :さようか、パティよ!戦場か街の門の外に、そなたの見張るべき者が二人おるのだ。一人は年寄りで、名はスマル。太って、目が赤く、露の滴るクンチュン〈kuncung=髷の一種〉をつけておる。
 そしてもう一人はもっと若いやつ、その名はノロガレン。背は低く、目は斜視だ。両腕は曲がって、右の脚は水虫でいっぱいだ。というのも跛で歩くからだ。この二人を見つけたら、放っておかずに街の中に入れるのだ。抵抗するようなら、無理矢理ひっ捕らえてくるのだ。
カネコルトノ :かしこまりました。陛下。

 幕。

第五幕
最後の戦い、そして秘密が明かされる


ダラン :ドロワティ国王、プラブ・クレスノは街の外のプサングラハン〈ゲストハウス〉で待っていた。 
 戦士たちは皆、プラブ・ベルグドゥウェルベに捕らえられてしまった。もう戦場を任せられる者はいない。ソニョウィボウォ王を敗り、捕らえるにはどうしたら良いのか、と作戦を練っている。かくて彼はスマルとノロガレンのもとへ赴くのである。

 幕が開く。

クレスノ :スマル兄よ!
スマル :はい、王様。
クレスノ :私の観たところ、この戦いを終わらせることのできるのは、スマル兄をおいて他にないと思うのだが。
スマル :本当ですか?王様。
クレスノ :そうだ。スマル兄に間違いない。
ノロガレン :(クレスノに)私が悪魔の子プラブ・トントンソットの相手をしてやってもいいですぜ。
クレスノ :それは本当か?ノロガレン。
ノロガレン :本当です、陛下。でもご褒美が欲しいな。
クレスノ :何が欲しいのかね、ノロガレン。
ノロガレン :もし私が敵を捕まえたら、外国へ行く費用をください。
クレスノ :何しに行くんだね?ノロガレン。話してごらん。
ノロガレン :外国で過ごす費用をもらったら、三ヶ月ほど休暇を頂きます。だって私はず〜っとアマルト国にお仕えしております。26年以上もね。
クレスノ :おお、そうか。それでその間何をするつもりかね?
ノロガレン :弟のペトルを探したいと思います。陛下。
クレスノ :おお、おお、なんて良い奴なんだ、ノロガレン。良い心がけだ。そなたは日々の使用人とはいえ、私がそなたの願いについては保証しよう。けれど、まずはソニョウィボウォ王を捕らえて、我が前に連れて来てくれ。
ノロガレン :かしこまりました。王様。

 クレスノ退場する。スマルとノロガレンはソニョウィボウォの人々に取り囲まれる。

ダラン :ノロガレンは身支度を整え(カインを捲し上げ)、スマルと二人で街に入って行った。道々、ノロガレンはトントンソット王に一騎打ちを呼びかけながら進む。大門の前に着くと、二人は見張り番に入ってはならないと咎められた。しかしノロガレンとスマルは力づくで押し入る。かくて激しい戦いとなった。ノロガレンとスマルは大暴れだ。二人は何かに取り憑かれたようだ。次々と衛兵が戦うが、誰も彼らを捕らえることはできなかった。ノロガレンは不死身だ。突き刺されても刺さらず、棍棒で打ち叩かれてもまるで痛さを感じないように見えた。ついに二人はソニョウィボウォの王宮前広場に至った。ノロガレンは挑戦の雄叫びをあげ、一騎打ちを挑んだ。「さあ、プラブ・トントンソット、化け物の王よ。はやく出て来い。このノロガレン・チョクロウォンソが相手だ!」

ダラン :ノロガレンの挑戦を耳にしたプラブ・ベルグドゥウェルベは、悲しい気持ちになった。しかし、彼が捕らえた王たちに、心の内を知られるのを恥じて、心中の秘密を隠し、言い放った。「そなたらはここに残っておれ。余があの猿めをひっ捕らえ、我が家で馬に番をさせて飼ってやる。」
 すぐさまプラブ・ベルグドゥウェルベは広場のノロガレンに近づいて行き、対峙するとこう言ったのである。

ベルグドゥウェルベ :おお、ご友人。国の法を破り、王を警護する警官たちを押しのけ、ここへ来た目的は何だ?
ノロガレン :あれあれ、検察官みたいな聞きようだな。お前は王だから、その権利はあるのかな。ならばよし。俺は被告人として話をつづけよう。よくよく注意して答えろよ。聞け!俺はノロガレン・チョクロウォンソ。キヤイ・ルラ・スマルの息子にして、ペトルの兄貴だ。ここへ来たのはお前を捕まえるためだ。お前は傲慢にも、偉大なる王となろうとした。さらに他の王たちを征服しようとして、捕まえた。しかし俺と我が父、つまり民草はお前に従わない。さあ、戦おうじゃないか。国と権力を持っていたいなら戦え。
ベルグドゥウェルベ :まあまあ、堪えて。そなたとそなたの父が私に従わないというのは、問題ない。こちらに住むというのなら、喜んで受け入れましょう。征服された者としてではなく、国の住民として。あなたはこの国で、満足のいく給金の仕事をすれば良い。それで良いでしょう?
ノロガレン :へん、無駄口叩くな。

 ベルグドゥウェルベを拳で殴りながら言う。ベルグドゥウェルベは、ノロガレンの前に倒れる。トルコ帽は落ち、地面に叩き付けられる。中に入っていたスラット・カリモソドが飛び出し、ベルグドゥウェルベ王のすべての超能力が消え失せる。

 スマルに衣装を剥がされ、ノロガレンはズボンと剣を剥ぎ取りながら、「さあ、あきらめるか、否か。今日悔い改める気が無いなら、俺が森の王様の捧げものにしてやる。」

 ベルグドゥウェルベは、いつものペトルに戻る。

ペトル :ごめんよ。おとっつあん許して。

 スマルは泣きながら息子を抱き、涙を止めて言う。「もう、みんな終わった。平和が戻ったんだよ。さあ、プラブ・バトロ・クレスノのところへ行こう。」

クレスノ :勝ちましたかな、スマル兄よ。
スマル :はい、王様。ソニョウィボウォ王、プラブ・ベルグドゥウェルベ・トントンソットは実は旦那さんに関係ない者ではなく、旦那さんの家来、つまりペトルだったのです。
アルジュノ :ペトル、そなたは本当に人を困らせる芝居がうまいな。
クレスノ :すんだことだ、弟よ。ペトルの軍はまだ注意が必要だぞ。
ウルクドロ :心配いらん、クレスノ兄よ。そいつは俺の仕事だ。

 王たちはスマル、ノロガレン、ペトルによって解放される。武将たちは敵の到来を迎え撃つ。
 間もなく両者は対峙し、かくて戦いとなる。パティ・カネコルトノはラデン・ウルクドロと戦い、コロドゥルゴはアルジュノと戦う。他の者たちはガトコチョが相手をする。パティ・カネコルトノはゴドで打たれる。その体は崩れ落ち、消え失せて、バトロ・ナロドに変わる。コロドゥルゴはアルジュノの矢を受けて死に、バトロ・グルとなる。

グル :ハイ、我が孫アルジュノ、クレスノよ!こちらへ。
クレスノ/アルジュノ :かしこまりました。ヒワン・プクルン(神への呼びかけ)。
グル :クレスノ、アルジュノよ。知られよ。このペトルの行いはすべて、我が意向、我が手によるものであったのだ。すべては彼への褒美として与えられたものであった。というのも、彼はカリモソドを守ったからである。よってそなたらは誤解してはならん。さて、さよならだ。我は天界へ戻るとしよう。
クレスノ/アルジュノ :我が敬意を。

ダラン :バトロ・グルとバトロ・ナロドが去り、プラブ・クレスノは食事と飲み物を揃え、祝いの宴を催す。アスティノ、マドゥラ、アマルトの王たちは集い、一族の者すべてが共に楽しむのである。

 終劇。
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by gatotkaca | 2012-06-05 01:14 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ペトル王になる その3

第四幕
戦い
第一場 :最初の戦い


 アスティノ軍とソニョウィボウォ軍が対峙する戦場の様子をダランが語る。プラブ・ボロデウォはラデン・ジョヨドロトに戦いに向かうよう命じる。パティ・カネコルトノはアディパティ・アルドワリコにジョヨドロトの相手をするよう命じる。
 幕が開くと、ガムランは徐々に止む。広場。ジョヨドロトが挑戦の雄叫びをあげる。

ジョヨドロト :いざ、いざ、ソニョウィボウォの兵たちよ!死にたい奴はどいつだ?
 ……さあ、一人ではならぬ、束になってかかって来い。我が伝家のゴド〈棍棒〉で頭をかち割ってくれる。
アルドワリコ :よお、アスティノの戦士よ!その声は大地をつんざく雷のよう。まずは名乗れ、名乗らずして死んではならぬ。
ジョヨドロト :我が名はラデン・ジョヨドロト、バナクリンの武将だ。アスティの国王、プラブ・スユドノの義弟なり。お前は何者だ?
アルドワリコ :わしはアディパティ・アルドワリコ。王の一族でなく、ただのソニョウィボウォの戦士にすぎぬ。さあ、戦いに臨み、超能力を、虜力を競おうではないか。

 二人は戦い、蹴り合い、打ち合う。ジョヨドロトは敵のゴドの一撃を受けて退く。アディパティ・アルドワリコは一騎打ちを求めて叫ぶ。

アルドワリコ :さあ、アスティノの戦士たちよ、死にたい奴は誰だ。王の一族があるなら、束になってかかって来い。

 王の一族を自認するアディパティ・カルノはアルドワリコの挑発に耐えきれず、戦場に立ち、言う。

カルノ :おお、悪鬼よ。お前の声は天を落とそうとするかのようだ。名は何だ?王の一族たるアディパティ・カルノが相手だ。
アルドワリコ :(笑いながら)はは、我が心は大いに沸き立つ。王族との一騎打ちにな。さあ、お前が何を出そうが受けてやる。俺はソニョウィボウォの戦士、アディパティ・アルドワリコだ。

 かくて二人は一騎打ちし、打ち合い、蹴り合う。アルドワリコが敗れ、退き言う。

アルドワリコ :おお、戦士よ!お前は何者だ、どこから来た?
カルノ :俺はアディパティ・カルノ、アウォンゴのアディパティ〈領主〉、アスティノの英雄なり。誰ぞ相手になる者はおらぬか。
カネコルトノ :わしはパティ・カネコルトノ。我が慈悲を乞うなら、胸を傷めること無く、家で楽に生きられようものを。
カルノ :楽しくもない。お前を捕らえ、我が王の前に差し出そう。
カネコルトノ :されば我が武器を受けよ。必ずやそなたを射止めてくれる。

 二人は戦う。カネコルトノは鎖状の矢を放つ。カルノは手足を縛られ、ソニョウィボウォの牢屋へ運ばれる。
 プラブ・ボロデウォは敵に連れ去られるカルノを見て、大いに怒る。すぐさま戦場に躍り出てパティ・カネコルトノと一騎打ちする。とうとうプラブ・ボロデウォも鎖矢に捕らえられる。アスティノのコラワたちはばらばらになり、国へ逃げ帰る。

第二場 :プラン・クムバン〈花の戦い〉

 ダランの語り。
 物語の作者〈sahibul hikayat〉の言葉。プラブ・ボロデウォは捕らえられ、大いなるゴロ・ゴロ(騒乱の徴)となる。世界のすべては霧に覆われて真っ暗になる。かくて激しい風が吹き荒れ、世界を覆っていた霧が一掃される。霧が消え去ると、太った体の年老いた人が現れ、考え事をしているかのように、天を見上げながら、広々した真ん中に頂上のように立つ。ガムランが止むと、年老いた人は語り出す。

スマル :むむむむむ。何とも世界が静かに感じられることよ。息子の一人がいなくなってしまったからのう。この世のどこにおるのやら。
 (呼ぶ)ノロガレン!ノロガレ〜〜〜ン!ええい、返事もなけりゃ、現れもしない。旅にでも出たか?いやいや、自転車は残ってる。バドミントンでもして遊んでおるのか?いやいや、ラケットは家にある。う〜む、まったく若いもんの考えること、やることはわからん。こんな息子らを持つ父は淋しいものだのう。息子の一人は生きとるのか死んでしまったのかもわからんし……。もう一人もおらんとは。おお、そうだ、我が息子ノロガレンの好きなものを思い出したぞ。あいつはいつもダンダングロの歌を歌っておった。試しに歌ってみるか、これを聞いたらすぐに現れるだろう。

Duh duh aduh putraku wong sigit,
Nalagareng ndang age mrenea,
tak ngengehi gedang goreng,
komplit wedange bubuk,
gula pasir rasanya legi,
rokok kretek peng-pengan,
weton pabrik Kudus,
kritik kretek geni mubyar,
uwis enake mungguh ngaurip,
lah tak enggal mrenea.

(アドゥ、我が子、可愛いノロガレン!はやく出ておいで。バナナの揚げ物と、赤砂糖を入れたインスタントコーヒーを買ってあげよう。とっても甘いよ。クドゥスマークのクレテク・タバコもあるよ。クレテクを吸うとクリティ・クリティと音がする。とっても旨いよ、早くおいで。)

 父親のとても気持ちいい歌声を聞いて、ノロガレンは後ろからそっと父に近づく。近くで虎のように父親を待ち伏せする。

ノロガレン :わっ!
スマル :(驚いて前に飛び上がる)無礼者め!心臓が飛び出すかと思ったぞ!森の中で王様の真似をしてはならん。後でどんなめに会うか。
ノロガレン :森の中の王様って誰だい?モ〈ma=Rama=父〉。
スマル :森の王、という名前だ。ところでお前はどこから現れたんだい?わしに心配かけないようにどこかへ行くときは、言いなさい。さあ、ご主人のところへ行く時間だ。行くよ。
ノロガレン :ああ、あんたはいつもそうだよ。おとっつぁん。心配して、怖がって、そんなのばかりだ。おいらは小さい子じゃないんだぜ。おとっつぁんが心配するこたぁ無いんだ。昔はノロガレン、今はチョクロウォンソってのさ。もう十分大人だ。なんでも自分でできるんだぜ。もし車や列車〈トラム〉にひかれるなんて不幸があったとしても、そいつは事故ってなもんだ。不幸は避けられない。幸運は選べない。受け入れるだけさ。ペトルが死んだんでもなけりゃな。そしたらおいら、家にいてもちっとも、楽しくないよ。一緒に遊んだり、冗談言ったりする仲間がいなんだもんな。
スマル :わしじゃ遊んだり、冗談言ったりする仲間にはなれんのかな?
ノロガレン :おとっつぁんじゃ駄目だね。おいらとおとっつぁんじゃ好みが全然違う。だってあんたは年寄り、おいらは若い。好きなものも全然違うのさ。
スマル :ええ、嘘だよ。だって昨日わしらは一緒にラウク・ブンティル〈タロ芋の葉と魚を混ぜたもの〉でご飯を食べたじゃないか。わしは言っとるだろ。質素な生活が好きな年寄りには、おかずはラウクが一番あってるって。というのも、ちょうど良くしょっぱくて香ばしくて辛いからさ。お前はそう言うけど、お前、いつもよりいっぱい食べて、ご飯が無くなっちゃったじゃないか。あのまま食べ続けてたら……お腹がパンクだよ。
ノロガレン :そいつは別の話だよ、おとっつぁん。
スマル :ちょっと待て、わしの話は終わっておらん。良く聞けよ。霧雨の夕方、わしが庭で芋を採った時、その後、お前のおっかさんに蒸してもらって赤砂糖とクラパ・ムダ〈若い椰子〉を混ぜた。アツアツのをあったかいコヒーを飲みながら食べたろう。その時お前はなんて言った?こりゃ最高の食い物だよ、おとっつぁん、そう言ったろ。ああ、ノロガレン、またの名チョクロウォンソ、わしの可愛い息子よ!この二つが証拠だよ。わしもお前もおんなじものが好きなんだ。五十歩百歩だろ?
ノロガレン :うわぁ、十二の不幸だ。とぼけるなよ、おとっつぁん!食い物飲み物の好き嫌いの話じゃなくて、心の問題を言ってるんだよ。魂、精神の好みさ。親父の食い物なんざ分からねえ。でもまあ、こんな話はもういい。おいら、別に聞きたいことがあるんだよ、おとっつぁん。
スマル :なんだい、チョクロ。
ノロガレン :おとっつぁんは、めったにチョクロなんて呼び方はしないから、おいら恥ずかしいぜ。おいらが聞きたいのはペトルのことさ。ペトルを探しに行くために、ご主人のアルジュノさんにお暇をもらうわけにはいかないかな?
スマル :だめだ、レン。お暇を乞うなんてことはできん。というのも、お前がお暇をもらったら、お守りがわし一人になってしまう。お許しいただけないだろう。ペトルのことはお前には難しすぎる。一体どこの国へ探しに行くっていうんだね?探しに行って会えなけりゃ、探しに行った者もいなくなるってことだ。それにペトルだってもう、小さい子どもじゃない。カントンボロンと言われた男だ。十分大人さ。探してやる必要は無いのさ。あいつの無事と、はやく帰ってくることを祈ろうじゃないか。
ノロガレン :ああ、そうするよ、おとっつぁん。さて、ご主人アルジュノさんに会いに行こうか。

 二人退場。幕。


第三場

 (ラデン・アルジュノは森の中で疲れて立ち止まる。スマルとノロガレンが付き従っている。)
 ガムランが止まると、アルジュノの台詞。

アルジュノ :(スマルに)スマル兄よ。
スマル :はい、ご主人。
アルジュノ :ソニョウィボウォ国はまだ遠いのであろうか?
スマル :はい、ご主人。一歩一歩行くしかございません。
ノロガレン :おとっつぁん、おとっつぁん。誰と話してるのか、見て思い出しな。まずは考えるんだ。
スマル :どうしたんだい?ご主人のアルジュノさんだってことははっきり分かっとるよ。
ノロガレン :そう。一歩一歩ってのは、どういう意味さ?だいたいどれくらい遠いのかって聞かれたんだから、何キロくらいですとか、何里ですとか、何日です、何時間くらいです。ってのが普通だろ。
スマル :一歩一歩というのはな、まだ遠いです、という意味じゃ、阿房!近ければこう言うのじゃ。ひと足ひと足です、旦那様。とな。
ノロガレン :おとっつぁんの作った言葉を、ご主人が分かると思ってるのかい?おんなじ家に住んでるおいらに分からないのに。
スマル :はいはい、ノロガレン、お前は正しいよ。(アルジュノに)ご主人、お許しを!さっきの一歩一歩の意味は、あと一日くらいの距離ということです。
アルジュノ :そのようなら、我らは旅を続けよう。

ダラン :ラデン・アルジュノの言葉が終わるや、突然騒々しい人声が聞こえてきて、一行に段々近づいて来る。数人のラクササが、アルジュノの近くに現れ、かくて言葉を発するのである。

グンディン・チュリン :よお、武将よ!名を名乗れ、どこから来た?さあ言え。(アルジュノは黙したままである。)
 へい、なぜ黙っている?聾なのかそれとも唖なのか?
アルジュノ :そなたは何者だ?どの国からきたのだ、ラクササよ。
グンディン・チュリン :なんたる傲慢、聞かれて答えず、逆に聞いて来よる。その上ラクササ呼ばわりか!
アルジュノ ;森の中で会った者に聞かれる代りに聞くのが流行っているのか。
グンディン・チュリン :よろしい。我が名はグンディン・チュルン。ソニョウィボウォ国の大臣だ。お前は誰だ、どこへ行こうというのか。
アルジュノ :私はアマルト国のアルジュノ。どこへ行こうと私の勝手だ。
グンディン・チュリン :おお、横柄な奴め。アルジュノ、お前はここを通ることはならん。戻るのだ。
アルジュノ :明日なら良いが、今は望まぬ。
グンディン・チュリン :俺を相手にしようとは、良い度胸だ。ここには大勢のラクササ兵がおるぞ?
アルジュノ :結構なことだ。試してみようか。

 かくてアルジュノとグンディン・チュリンの戦いとなる。グンディン・チュリンは敗れ、応援を呼ぶ。別のラクササが現れて代るが、斃される。また別の者に代る。最後にグンディン・チュリンがまた戦うが斃される。ラクササ兵は尽きる。小者のラクササたちは逃げて行く。

 幕。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-06-04 00:08 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ペトル王になる その2

第二幕
アマルト国


 プラブ・ユディスティロは玉座にあり、ドロワティ国のプラブ・クレスノの訪問を受ける。席次は次の通り。
 プラブ・ユディスティロは観客の右手、玉座にあり、女官に伴われている。彼の前にプラブ・クレスノが金の椅子に座している。プラブ・ユディスティロの弟たち(パンダワ兄弟)は椅子に座し、息子たちと武将たちは下に座す。
 ダランがその様を語る。その後ガムランが止まり、会話が始まる。

ユディスティロ :(客に対して)兄王陛下、突然の御訪問に、心が浮き立つ心持ちです。アマルト国へお出でになり、平穏であられますか?あらかじめの書状も、使いを派遣されることもなくお出でになられたのは何故でありましょう。我らパンダワはお迎えにあがること、かないませんでした。
クレスノ :王のお言葉に感謝する。
 あらかじめ使いを送らなかったは、私がアマルト国はドロワティ国、ドロワティ国はアマルト国である、と思っているからだ。どちらも私の国なのだ。我が挨拶と敬意をお受けくださるように。
ユディステロ :王のお言葉を大いなる感謝と共にお受け致します。
ウルクドロ :(クレスノに)クレスノ兄よ、アマルト国へのお越しにようこそを申し上げる。我が敬意を受けられよ。
クレスノ :弟ウルクドロよ。そなたの挨拶に感謝する。我が挨拶を受けられよ。
ウルクドロ :クレスノ兄に感謝いたす。
アルジュノ :(プラブ・クレスノに)王よ、兄王に我が敬意を捧げます。
クレスノ :アルジュノよ、感謝しよう。
ナクロ :(プラブ・クレスノに)兄王に敬意を捧げます。
クレスノ :感謝しよう。ナクロよ。
サデウォ :(プラブ・クレスノに)兄王に敬意を捧げます。
クレスノ :感謝しよう。サデウォよ。
 (プラブ・ユディスティロに)ヤイ、プラブ。私は、ソニョウィボウォ国が強大な王国となっているとの噂を聞いた。彼の王は奇妙ななりだが、超能力に優れている、と。
ユディスティロ :(ウルクドロに)ウルクドロよ。
ウルクドロ :何かな、ユディスティロ兄よ。
ユディスティロ :そなたもプラブ・クレスノ兄のお言葉を理解しておるかな?
ウルクドロ :ええ、知っております。ユディスティロ兄は今や何をお命じになるつもりか?
ユディスティロ :(プラブ・クレスノに)どうすればよろしいでしょう?ああ、兄王よ。
クレスノ :皆も分かっておるように、我らが出向くか、向こうに来てもらうのが良かろう。
ユディスティロ :(ウルクドロに)ウルクドロよ。そなたにアルジュノと二人で出向いてもらいたい。
ウルクドロ :よろしい。ユディスティロ兄よ。
 (アルジュノに)ジャムプロン(アルジュノ)よ、ソニョウィボウォに随行する軍の準備を。
アルジュノ :かしこまりました。兄上。
ウルクドロ :(息子、ラデン・ガトコチョに)ガト!そなたの軍を準備せよ。ソニョウィボウォへ向かうぞ。そなたは空を行け、わしは地上から行く。
ガトコチョ :かしこまりました。父上。
アルジュノ :(息子、オンコウィジョヨに)我が息子、オンコウィジョヨ!武器を整えよ、ソニョウィボウォ国を殲滅する。
オンコウィジョヨ :かしこまりました。父上。

 プラブ・クレスノは外へ出る。ナクロとサデウォを残してクサトリアたちはプラブ・ユディスティロに拝跪し、プラブ・クレスノに従う。ガムランが伴奏する。

 幕。

第三幕
ソニョウィボウォ国
第一場


 プラブ・ベルグドゥウェルベ・トントンソットは王の衣装である。長い鼻には金の輪がはめられ、玉座に座す。女官たちが侍り、前にはパティ・カネコルトノ、パングリモ・プラン〈戦闘司令官〉、ブパティ・アルドワリコと司令官たちが伺候している。ダランはそれらについて語る。
 キ・ダランの語りが終わるとガムランの演奏が止まり、会話が始まる。

ベルグドゥウェルベ :パティ!この館に久しぶりにやって来て、ご機嫌はいかがかな?
パティ・カネコルトノ :(拝跪して)久しく御前に参上しなかったことをお許し下さい。私は主上のお陰を持ちまして息災でありまする!
ベルグドゥウェルベ :(戦闘指揮官に)パングリモよ、そなたは元気か?我が国の有様はどうだ?
パングリモ :我が主上のお許しを。何不足無く息災でありまする。主上の軍は整い、強力であります。いかなる敵に対しても、失望させることはありません。
ベルグドゥウェルベ :そのようなら、めでたいことだ。
 (司令官たちに)司令官たち、皆の者元気にしておるか?
伺候する者たち :陛下のお陰を持ちまして、息災におりまする。
ベルグドゥウェルベ :さようか。敵が現れたなら、そなたらに任せよう。されど心せよ。誰も殺してはならぬ。捕らえて牢獄に入れるのだ。
カネコルトノ :それがよろしゅうございます。主上よ。私は陛下の御心に賛同いたします。されど心配めさるな。私がおりますれば、そやつらは皆、檻に入れられるでありましょう。
ベルグドゥウェルベ :では、余は宮殿に戻るとしよう。長らくクウィニ(マンゴー)の菓子とルジャ・プティス(煮物のサラダ)を食っとらんからな。おお、そうだ、今はドリアンの季節じゃないか、なぁパティ?
カネコルトノ :早生でございます。主上。まだ大きいのは市場に出ておりません。お望みなら、市場でさがさせましょう。
ベルグドゥウェルベ :よろしい。パティ。余はとても好きでのう。種まで食べるのじゃ。しかし果物は民の売るもの。きちんとした値で買うのじゃ。取り立ててはならぬ。妃からお金をもらってくるように。
カネコルトノ :かしこまりました。陛下。

 突然、外から虎が檻から出たような喧噪が聞こえる。一人の家臣がプラブ・ベルグドゥウェルベの前に走って来て、拝跪しながら言う。
 :主上、お許しを。陛下にお知らせいたします。アスティノ国よりの敵が襲来いたしました。軍隊は騒乱を巻き起こし、民の家を焼き、家財を奪っております。
ベルグドゥウェルベ :(パティ・カネコルトノに)おお、パティ。敵どもがやって来おった。迎え撃って生け捕りにせよ。
カネコルトノ :かしこまりました。陛下。(プラブ・ベルグドゥウェルベと従者たちは宮殿に戻る。パティ・カネコルトノと兵士たちは戦いの場へ出発する。)

第二場

 後宮、女の館。ソニョウィボウォ王妃が側室、女官たちにかしづかれて黄金の椅子に座す。
 幕が開く。ダランの状況説明の後、王妃は伺候する面々に語りかける
王妃 :側室ならびに女官たち、皆ご機嫌如何です?
皆一斉に :王妃のお陰お持ちまして健やかにしております。
王妃 :(側室の筆頭、モヨワティに)そなたの仕事は何?
モヨワティ :陛下と妃殿下のお食事を用意するのが第一の仕事でございます。
王妃 :おお、そうでした。忘れておりました。良きに計らえ。今日は何を用意しておくれだね?
モヨワティ :妃殿下の御意のままに。本日は若鶏のロースト、若鶏のスープ、クルプック・ウダン〈海老の揚げ煎餅〉、ハツのサムバルゴレン〈辛炒め〉、その他柔らかい物が色々あります。
王妃 :おお、そうですか。でも忘れないで。クウィニのお菓子、ルジャ・プティス、それとペチェル(チップス)、ガドガド、プタイ(豆)もね。王様がお好きな物ですから。
モヨワティ :かしこまりました。王妃様。では、用意してまいります。
王妃 :(第二の側室、アスモロムルニに)そなたは、何を任されているにです?
アスモロムルニ :王妃のご命令により、王様のための果物と、夜にはおタバコを巻くことでございます。
王妃 :おお、そうでした。忘れていたわ。今日はどんな果物を用意してくれたのです?
アスモロムルニ :たくさんございます。ぶどう、りんご、バナナ、マンゴーでございます。
王妃 :よろしい。けれどナンカとドリアンも用意して。ブトン(ナンカの種)とポンゲ(ドリアンの種)も無駄にしてはいけません。それも王様の好物ですから。
アスモロムルニ ;(独り言)うわぁ、ずいぶんたくさん食べ物、果物がいるのね。種も欲しいだなんて、変な王様だわ。(王妃に)かしこまりました、王妃様。でも王様は種をどうやって召し上がるのでしょう?
王妃 :簡単なことよ。まず、皮をむいて、二つに分け、油で炒めて、夕食の時、お茶で召し上がるの。良い子だから、これは忘れてはだめよ!油が無ければ焼いても良いわ。王様の大好物だから。
アスモロムルニ :(独り言)王様はとっちらかってて、がめついのね。好物も身なりと合っているわ。鼻が長くて金の輪っかをはめているし、多分王族じゃないのね。給料を上げてくれなかったら、出て行こう。(王妃に)かしこまりました、王妃様。毎日王様の好物をご用意いたします。
王妃 :さあ、タバコを巻いてくださいな。王様はあなたがいつも反対に巻いているとおっしゃってたわ。言うのを忘れてたけど。王様のお好きなのは、タバコにはトウモロコシの皮のつるつるした方が内側で、ざらざらした方は外側になるように巻いて、大きい花が咲いているような巻き方なの。あなたは逆に巻いたんじゃないの?
アスモロムルニ :許し下さい。ふつうタバコはそのように巻く物ですから、そうしておりました。
王妃 :いいわよ、もうしないでね、分かった?
アスモロムルニ :かしこまりました。(独り言)お化けみたいな王様だわ。どこにこんな王様がいるっていうの。男前じゃないし、変な衣装だし、好みも変。ああ、あたしは不幸だわ。

 アスモロムルニは物思いに沈み、頭を抱えて不幸を嘆く。
 王妃はそれを見て、言う。

王妃 :ムルニ、何を考えているの?
アスモロムルニ :お許しを、お妃様。お怒りでないなら、私は奏上したきことがあります。
王妃 :言ってごらん。
アスモロムルニ :お給金を上げてもらえませんでしょうか、お妃様。
王妃 :どうしてそんなことを言うの。ずっと長く側室をしているモヨワティだって、そんなことを言ったことはないわ。
アスモロムルニ :お妃様、お許しを。私の思うところを申し上げますれば、王妃様は増やされた物が皆高価なものであるとご理解いただきたいのです。私には食べ物や他の物を買えません。
王妃 :食べ物?そなたは陛下から食べ物と衣装をもらったのでしょう?
アスモロムルニ :王妃様のおっしゃる通りです。けれど陛下から頂いた物ではまだ足りません。
王妃 :(しばらく考えてから、モヨワティに)あなたもそうなの?モヨ。
モヨワティ :(頭を抱えながら)私の受け取るのは、王妃のお考えにお任せします。
王妃 :よろしい。そなたの望みは後ほど陛下にお伝えいたしましょう。
アスモロムルニ :感謝いたします。王妃様。

 王妃と側室たちの話は途切れる。王が来たからである。王妃は黄金の椅子から降り、彼の到来を迎える。近づいて拝跪し、言う。

王妃 :王陛下に敬意を捧げます。
ベルグドゥウェルベ :余は王妃の敬意を快くお受けしよう。さあ、座りなさい。
王妃 :今日の会議は長うございましたね。たくさんお話があったのですか?
ベルグドゥウェルベ :たくさんではなかったよ、王妃よ。けれど重要だ。アスティノとアマルトの王どもをやっつけてやることにした。その話をしていたら、突然、アスティノが攻めてきたというのだ。私はパティに迎え撃つよう命じた。それから、そなたから食べ物と飲み物を揃えるのにお金をもっとくれという催促が来おった。かわいそうに、そなたは貧乏人なのだな、王妃よ。
王妃 :陛下のおっしゃる通りです。この貧乏人に同情してください。でも何にも持っていない人がいれば、きっとお金を払って、食べ物、飲み物みんなお任せします。
ベルグドゥウェルベ :おお、ありがたい。王妃がそのようにしてくれるとはありがたい。
王妃 :陛下がお出でになるすぐ前に、ドリアンが手に入ったとアスモロムルニから聞きました。私はモヨワティと陛下のお食事のことを話しました。すべて整っております。
ベルグドゥウェルベ :結構なことだ。(喜んで)種も忘れていないね?
王妃 :はい、陛下。彼女に話してあります。
ベルグドゥウェルベ :王妃よ、感謝しよう。まだ話さなければならないことがあったかな?
王妃 :もうひとつございます、陛下。
ベルグドゥウェルベ :何だったかな?
王妃 :アスモロムルニ(アスモロムルニを指しながら)が、陛下のお慈悲で給金を上げていただきたいと申しております。
ベルグドゥウェルベ :そのように申しておるのは彼女ひとりなのかな?
王妃 :はい、陛下。モヨワティは陛下にお任せしたいと申しております。
ベルグドゥウェルベ :よろしい、王妃よ。来月から皆の者すべての給料を、それぞれ25パーセントあげてやろう。
王妃 :(側室、女官たちに)ムルニ、皆の者。陛下は皆の者にお慈悲を賜る。陛下は来月からそなたらの給金を25パーセントアップしてくださるそうよ、お分かり?
側室・女官一斉に :かしこまりました、王妃様。王陛下の御慈悲に大いなる感謝を捧げます。
アスモロムルニ :(独り言)トントンソット様も王妃様も、見た目はぱっとしないけれど、お二人とも夫婦揃って本当は、公正で慈悲深いお心をお持ちなのだわ。私がお給金を上げて欲しいと言ったら、くどくど言わずに皆の分も上げてくださった。これなら、このお化けの王様にお仕えし続けても良いわ。

 プラブ・ベルグドゥウェルベと王妃は玉座から立ち、手を取り腕を組んでサソノ・ブジョノ(食堂)へ向かう。側室・女官たちも付き従う。

 幕。


(つづく)
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by gatotkaca | 2012-06-03 00:56 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ペトル王になる その1

PETRUK DJADI RADJA Tjerita Sandiwara
Salinan dari Buku "Petruk Dados Ratu"
oleh S. Hardjosoemarto , P.N.Balai Pustaka ; 1969
 
 今回から「ペトル王になる」S・ハルジョスマルト、バライ・プスタカ 1969年刊、を紹介する。
 これは、「Petruk dadi Ratu」あるいは「Petruk dados Ratu」として知られるワヤンの演目を戯曲仕立てで本にしたものである。それほど深みのある内容ではないけれど、現地ではわりと人気のある演目のようで、スラカルタのタマン・スリウェダリでのワヤン・オランなどではよく上演されているようである。先述のように、この演目は「ムストコウェニ」という話の後日談として構成されている。かなり新しいチャランガン(新作演目)のようで、記録としては、1932年スラカルタのチョユダン・カムプン Coyudan Kampung の中国系の人物、チャン・チュウ・アン Can Cu An という人が、モチョパット形式のスラットを著している。「Serat Ringgit Purwa Lampahan Petruk Dodas Ratu 」がそれである。これ以前にラコンとして成立していたとしても、19世紀末から20世紀初頭にかけて成立したものと考えても良いかもしれない。一種のファルス(笑劇)であるから、気楽に読んでもらえれば、と思います。作者はサンディウォロ(一般的な芝居)といっていますが、ガムビヨンという踊りで始まるなど、いわゆるワヤン・オランの台本ということのようです。「ナルトサブドの生涯」でも紹介されていたワヤン・オランの雰囲気を味わってもらえれば、と思います。なお、ダランの語りは、台本作者の管轄ではないらしく、上演時のダランにまかせるもののようで、台本では省かれています。ワヤン・オランのように台本作者がつく場合でも、ダランの即興製は確保されるものであるという、傍証でありましょう。



「ペトル王になる」あらすじ

 ラコン「ムストコウェニ」の物語で、バムバン・プリヤンボドとデウィ・ムストコウェニが戦った時、プソコ・カリモソドの奪い合いになった。二人の戦いはその超能力において互角であったので、互いに化けて姿を変えての騙し合いになった。プソコはプリヤンボドの手中にあったかと思うと、ムストコウェニの手に渡った。プソコのいったりきたりが繰り返された。とうとうプリヤンボドはプソコをペトルに預け、敵に奪われないように、と命じた。
 状況を見たペトルは、戦いの近くでプソコを持っていては危ないと思い、戦いの場から密かに逃げて行った。敵の手がとどかないほど遠くへ逃げると、ペトルはこのプソコを自分の物にしたいと考えたのであった。
 ペトルは考えた。「俺がこのプソコを持っていたら、無敵の超能力を手に入れ、王様にだってなれるだろう。」そう考えたペトルはソニョウィボウォ国へ行ってしまったのであった。
 そのことを知ったバトロ・グルとバトロ・ナロドは、もしカリモソドが無くなってしまったら、と心配になった。ペトルはソニョウィボウォ国を救い、そこで王となり、プラブ・ベルグドゥウェルベ・トントンソットと称した。
 ソニョウィボウォ国は強大な国となりあたりに知れ渡った。アスティノ、ドロワティ、アマルト各国の王はソニョウィボウォ王を打倒することで意見が一致した。しかし王たちは誰一人としてプラブ・ベルグドゥウェルベ・トントンソット王に対抗し得なかった。
 プラブ・クレスノはペトルの父、スマルとペトルの兄ノロガレンに、この超能力の王と戦うために助けを求めた。
 忠実なるパンダワの従者たる二人の手助けで、プラブ・ベルグドゥウェルベ・トントンソットは捕らえられ、高位の者たる衣装も脱がされて、もとのペトルの姿に戻ったのである。
 パティ・カネコラトノとディティヨ・コロドゥルゴも元の姿、バトロ・グルとバトロ・ナロドに戻り、プラブ・クレスノとアルジュノに、ペトルが持って行ったからプソコ・カリモソドは無事だったのだと説明した。パンダワの誤解は解けたのであった。

序文

 「Petruk dados ratu (ペトル王になる)」はワヤンの物語だが、「パクム・リンギト・プルウォ Pakem ringgit Purwa 」の書には含まれていない。ふつう、「ラコン・チャランガン」また「カランガン karangan 」と呼ばれているものの一つである。
 本書では、この物語をインドネシア語でのサンディウォロ(芝居)形式による「Petruk jadi raja 」の題で紹介する。ジャワ文化をインドネシアの人々すべてに知ってもらいたいとの思いからである。各地域の文化をお互いが理解し合えるようになることを願って。
 ジャワ島の人々にとってこのようなサンディウォロ(インドネシア語や地域の言葉によって物語られるもの)は、一般によく知られているものである。ジャワ以外の地域、特にガムランのないような所でも、こういったサンディウォロの上演は、旦那方や兄さんたちの大いに好むところである。本書ではワヤン・オランで演じられる人物にワヤン・クリの絵を掲げている。
 他の頻繁に上演されるサンディウォロのように、このサンディウォロもあちこちで上演されるようになってくれれば、と願う次第である。
 この物語をサンディウォロを愛する人たちに捧げると共に、文化・芸術の専門家たちにも役立ててもらえればと願っている。
 またダランと呼ばれるのは、演じられる各場面の語りを行うストーリテラーのことである。

筆者

第二版への序文

 この第二版で、筆者は、この古典の物語の上演ががより完全なものに近づくよう、構成、台詞、上演技法を向上させるよう努めた。
 本書のために多くの資料を提供してくださったバライ・プスタカ編集部に、筆者は大いなる感謝を捧げる。

筆者

ペトル王になる

第一幕
アスティノ国
第一場


 最初にガムランの伴奏で数人の女性による踊り(ガムビヨン Gambyongan )が上演される。それが終わると幕が開く。

第二場

王の謁見所:中央に玉座(ジャワ語;dampar)に座した、プラブ・スユドノ。王国の儀礼に則って女官たちが侍る。右手に上位にマドゥラの王、それからアウォンゴのアディパティ・カルノ、ソコリモのプンディト、プンディト・ドゥルノが座す。
 ダランはアスティノ国の偉大さとその繁栄、ならびに上位に座す王と参列するすべての司令官たちについて語る。ダランの語りが終わるとガムランも止まる。
 かくてプラブ・スユドノがプンディト・ドゥルノに語りかける。

スユドノ :叔父上。ご機嫌は如何ですかな叔父上。
プンディト・ドゥルノ :おお、王よ。王のお陰をもちまして、息災におりまする。この私が王の思し召しにかなうものであるかを恐れるばかりです。王のお言葉を頂けますよう。我が護符とし、賜物となしますゆえ。
スユドノ :結構なことです。プンディトよ。感謝します。
(パティ・アルヨ・スンクニに向かって)叔父上、叔父上は恙無くお過ごしかな?して、我が国と民はどのようであるか?
スンクニ :王のお許しを。陛下のお陰を持ちまして恙無く。
 陛下の国ならびに民の様子は、平穏、幸福であります。しかれども陛下の命を受け、バライ・クンチョノ(黄金の館)に参上し、恐れを抱いております。私に罪あらば、王よりの罰をお与え下さいますよう。
スユドノ :アルヨ叔父に感謝しよう。叔父上は我が国と我が名を多いに高めるため腐心しておられるゆえ。
(プラブ・ボロデウォに)兄王陛下、このアスティノ国へおいでになられるに、平穏にして心穏やかでありましたかな?我が招きとはいえ、遠慮なさることはありません。
ボロデウォ :王のお陰をもって満ち足り、平穏である。余を呼びつけたとして気にかけることもない。何なりと余に命じられるが良い。
スユドノ :感謝いたします。兄王よ。
(アディパティ・カルノに)アディパティ兄よ。ご機嫌いかがかな?特にお呼びたてしたが、煩わしく感じてはおられぬかな?
カルノ :王の祈りのお陰を持ちまして、健やかであります。ただ王のご下命のすべてににお応えできるかを心配しておるばかりです。
スユドノ :感謝しよう。アディパティ兄よ。
(ドゥルソソノとジョヨドロトに)弟、ドゥルソソノ、ジョヨドロトよ。遠慮なく座られよ。
ドゥルソソノ、ジョヨドロト :兄王陛下、ご機嫌麗しゅう。
スユドノ :(列席者全員に)パンディト叔父、パティ叔父、兄弟たち皆よ!皆をこのバライ・クンチョノに招いたのは他でもない。ソニョウィボウォが力を強めているとの知らせがあり、それについて意見を頂きたい。彼の国の王は強大な超能力と力を持つという。周辺の多くの国々が彼の者に身を捧げ、敬意を表しているとのこと。私はその不届き者が我が国の安寧を脅かすようになるのではないかと恐れておる。我らが彼の者を打倒するにはどうしたら良いか、意見を聞かせてもらいたい。
列席者全員 :御意のままに。
ボロデウォ :(怒りをあらわに顔を赤らめ、空いた手に拳を握って)このマドゥロ王がおるのは何のためか!王は玉座に座っておられれば良い。かようなることを危惧されるならな。わしが宮殿にいる以上、わしと兄弟たちすべてが向かおう。
スユドノ :兄王に感謝します。
カルノ :マドゥロ王のお言葉の通りです。王はこの件で思い煩う必要はありません。心健やかに宮殿におられませ。私アウォンゴ王もおります。彼の不届き者は死に至るでありましょう。
スユドノ :アディパティよ、感謝する。
(パティ・スンクニたちに)アルヨ叔父。叔父上、また兄弟たちの意見はどうかな?
スンクニ :私とコラワのすべての兵は王陛下の命に従います。ソニョウィボウォ国を殲滅いたしましょう。
スユドノ :アルヨ叔父の意見がそのようなら、喜ばしいことだ。軍を準備せよ。失望させるなよ。
スンクニ :畏まりました。王よ。

 プラブ・スユドノは警護(女官たち)に伴われて黄金の椅子から降り、宮殿に戻る。
 パティ・スンクニ、王たち、将校たちは外に出て王宮前広場を目指し、軍隊の準備をする(A.P.=Angkatan Perang)。長老たちを先頭に。
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 用意が整うと、軍隊の出発の準備が整った合図に、鼓手がテテグ teteg (小ぶりの太鼓)を数回打ち鳴らす。
 ガムラン、グンディン「ウラハトボロ Wrahatbara 」が奏される。*)
 幕。

*)現代的ワヤン・オランでは、行進する軍隊は途切れないで見える。複写され、閉じた所を回って行進するからである。〈コピーされた背景が円筒状に回るということか?〉

第三場

 広場、王と大臣たちは、それぞれの隊列を整える。様々な衣装、異なった武器、その他が見られる。部隊は俳優たちで一杯になり、定期的に轟が聞こえる。

(つづく)
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by gatotkaca | 2012-06-02 01:02 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

「アルジュノ・ウィウォホ」の前後 3

 以前紹介した「パルト・デウォ」は、いわばアルジュノ側からの「アルジュノ・ウィウォホ」後日談とも言えるものであったが、ニウォトカウォチョ側のその後を扱った演目として「ムストコウェニ Mustakaweni」がある。ムストコウェニは前回紹介したニウォトカウォチョのプロフィールの終わりにあった、彼の三人の子どもの一人である。以下にラコン「ムストコウェニ」の概略を揚げる。

 「プラブ・ユディスティロの偉大な権威はカリモソドの書を持つ事によるものであった。それでパンダワの敵たちはそれを盗もうと計った。ある時、マニマントコ国のプラブ・ブミロコの妹、デウィ・ムストコウェニは、パンダワへの報復のためアスティノに到来した。グウォ・ドゥムンの苦行者ブガワン・コロ・プジョンゴの訓告を受け、彼女はガトゥコチョになりすまし、カリモソドを手に入れた。その時パンダワたちはチャンディ・サプトルンゴの修繕に多忙を極めていた。サデウォとガトゥコチョが見張りとなっていたが、昼夜を問わず働いてもチャンディはまだ荒れ果てていた。それ故、彼らはプラブ・クレスノに頼み、サプトルンゴまたの名をサプトアルゴへ来てもらった。クレスノがアマルトへ到着し、二人の王はサプト・アルゴの苦行所へ向った。
 一方、アマルトの宮殿ではデウィ・ドゥルパデがデウィ・スムボドロとデウィ・スリカンディに対面していた、突然ガトゥコチョの偽物がプラブ・ユディスティロの使者と称してカリモソドを取りに来た。疑いを抱く事も無くドゥルパディはそのジマット(カリモソド)をガトゥコチョに渡したが、幸運にもスリカンディは疑いを持った。
 ガトゥコチョが王宮を辞するとすぐさま、スリカンディは広間に入り、成り行きを聞くや、それが盗人による詐術だと断じた。ガトゥコチョを見つけ、戦いとなった。贋のガトゥコチョはムストコウェニの姿に戻り、空へ逃げた。
 追跡の途中でスリカンディはグラガワンギの苦行所から来たプリヤンボドという名の青年と出会った。彼は祖父、シディ・ワスポドの命でその父アルジュノを探しているところだった。スリカンディは援助を承諾したが、まずはジマット・カリモソドを持っていったムストコウェニの追跡を頼み、プリヤンボドはそれを承知した。
 マニマントコに至り、カリモソドはすぐにプラブ・ブミロコに渡された。それは実はプラブ・ブミロコになりすましたプリヤンボドだった。巧妙な詐術で彼は容易くカリモソドを取り返し、すぐさまサプトアルゴへ赴き、そのジマットはプラブ・クレスノに委ねられた。だが、今度は反対にクレスノはムストコウェニの化けたものだった。プリヤンボドは平静を失って、戦いとなり、プリヤンボドの放った矢にムストコウェニは裸にされてしまった。かくて彼女は降伏し、アマルトに連行された。
 王国に至り、カリモソドはユディスティロに手渡され、ムストコウェニはプリヤンボドの妻とされた。一方プラブ・ブミロコはパンダワたちに追い払われた。
 このラコンは、ラコン・チャランガンに含まれ、ひじょうに著名で、しばしば上演される。」

 マニマントコ国はその後も存続し、「パリクシト・グロゴル Parikesit Grogol 」という、バラタユダ終了後のラコンでも登場する場合もあるが(ダランの解釈によるけれど)、とりあえずワヤンにおけるニウォトカウォチョ・サイクルはこの演目で一段落する。ここでも、スリカンディが重要な役割を果たしている点は留意したい。さらに言えば、ムストコウェニというキャラクターも、美しい女戦士であり、ある意味スリカンディのドッペルゲンガー的キャラクターと言えると思う。
 ワヤンにおけるニウォトカウォチョ・サイクルは、以下のようにまとめることもできるだろう。
1.ニウォトカウォチョは、アルジュノの妻(第二夫人)スリカンディから生まれる(「カンディホウォ」)。ある意味、アルジュノの息子であるとも言える。=同根発生。
〈ヴァージョンによっては、ニウォヨカウチョは成長後、スリカンディに認知を求めるが、拒否される。(「ニルビト」)〉
2.アルジュノの敵対者となり、アルジュノの手により斃される。=犠牲の提供。
3.ニウォヨカウチョの子(分身的存在)ムストコウェニは、スリカンディのコピーである。=取り込み側〈パンダワ〉への親和的存在としての再生。
4.ムストコウェニはパンダワ(アルジュノ)と敵対するが、結局アルジュノの子(プリヤンボド=アルジュノの分身的存在)と結婚する。=元敵対者のスポイル〈無害化〉と取り込み。

 1.同根発生、2.犠牲の提供、3.親和的再生、4.スポイルと同化という類型は、順序や形を変え(場合によってはいくつかの項目がはずされる場合もあるが)、ワヤンの物語の中に散見されるもので、いくつかのラコン群を形成する際の類型となっていると考えられる。例をあげれば、ノロソモ:バガスパティ、スマントリ:スコスロノ、アノマン:ブビス、クレスノ:ボモノロカスロ、ガトコチョ:プリンゴダニ国といったところであろう。これらに関してはいずれ項を改めて個別考察してみたいと考えている。とりあえず、「アルジュノ・ウィウォホ」の前後に関してはここまでで一段落としたい。

 さて、「ムストコウェニ」の物語を受けて、さらにその後日談として「ペトル王になる」という物語も生まれている。次回からはこの話を紹介する。
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by gatotkaca | 2012-06-01 01:17 | 影絵・ワヤン | Comments(0)