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木から落ちた猿

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スマントリとスコスロノ、魂と肉体の象徴

 スリ・ムルヨノ著「ワヤンの人物たち」("WAYANG DAN KARAKTER MANUSIA" oleh Sri Mulyono, PT GUNUN AGUNG-Jakarta, 1979)から。さらに読者の意見。これはやや突っ込んだもの。


読者の意見

スマントリとスコスロノ、魂と肉体の象徴

 ブアナ・ミング最新号の、ヘルダラン(ダランへの尊称)・スリ・ムルヨノ氏とブ・デさんの説に興味を引かれ、取り急ぎ私も別の角度からの意見を述べたいと思います。

 「イルム・ラサ(感覚的知)」の眼鏡をかけてワヤンの世界を眺めなければ、ワヤンが内包する教えに近づくことは出来ない。ワヤンの内には一般的には「明確」ではない、多角的に解釈され得る言葉や出来事でベールに包まれた教えが含まれているからである。であるから、感覚を研ぎすまし、内にあるものを調べ、見出さなければならないのである。

 スマントリとスコスロノは兄と弟であるが、その外見はひじょうに異なっている。スマントリは神のような完璧ですぐれた身体を持つ。一方、弟はとても醜い姿で、見た目はブト・バジャン(小さなラクササ)のよう、身体は侏儒で、醜い。

 これは魂と肉体からなる人間の存在をイメージしている。醜い外見のスコスロノは身体、美しいスマントリは精神(魂)、また洗練された身体である。スマントリとスコスロノは(訳注:一個の)人間の姿を描いているのである。

 スマントリがプラブ・ハルジュノ・ソスロに仕官(ゲゲル Ngeger)しようとしたことは、ある人間の魂がパンゲラン(トゥハン=神)を想起し、トゥハン・ヤン・マハ・エサ(唯一至高の神)に敬神し身を捧げることを切望したということを意味する。スコスロノにはそのようなことはなかった。というのも、人間の身体(肉体)はそういった高尚な理想を抱くことは無く、ただその精神(魂)によって支配されているに過ぎないからである。だからスコスロノは、スマントリについて行くことを望んだのだが、答えは「後で。」であった。これは、人間の魂(精神)がトゥハンに仕え、身を捧げようとするときは、まだ悟りの境地にはいたっていないから、身体(肉体)が伴うことに躊躇するものなのだ。(訳注:まず精神修養が先行するということであろう。)

 スマントリが自身の意思を表し、プラブ・ハルジュノ・ソスロに仕官が受け入れられた。しかし、ハルジュノ・ソスロは仕官を認めるための条件を出した。プラブ・ハルジュノ・ソスロに望まれる王女を連れてくることができたなら、と。スマントリは承知し、デウィ・チトロワティを連れて来ることに成功した。しかしスマントリはサン・プラブに王女を差し出す前に、ハルジュノ・ソスロの超能力を試したいと考えた。彼は王に仕えたいと願ったが、その王はスマントリを超える超能力の持ち主でなければならないからである。

 プラブ・ハルジュノ・ソスロの超能力を試したいという、スマントリの願いは快く受け入れられた。激しく、長い戦いが起こり、ついにスマトリはハルジュノ・ソスロに膝を屈し、サン・プラブの超能力を認めた。これは、「自身を捧げ、トゥハンに仕えることを人間の魂は、ラク laku (試練)を受けなければならず、それは容易く克服できるものではないが、受けなければならない『困難な試練』であり、この試練の全てはトゥハンに仕え、身を捧げるために必要なものである」ということを意味する。高尚な理想を抱く人間にとってはふつうのことである。しかし仕えることを受け入れられた人間の魂は、試練を達成したがゆえに、大きな誘惑にさらされる。うぬぼれて、人々に試練を与えるトゥハンの崇高さがどこまでなのかを試してみたくなるのである。人々がトゥハンの崇高さを確認しようとした時、人々ははじめて認めることを望み、トゥハンの民という感覚を得る。ということがこの物語において述べられるのである。

 デウィ・チトロワティをプラブ・ハルジュノ・ソスロに捧げた後、スマントリは仕官を受け入れられ、グスティ(主君)からの重い試練を達成したことに満足した。しかし、まだそれだけではなかった。ハルジュノ・ソスロはスマントリにさらなる試練を与えたのである。「タマン・スリウェダリ」を少しも缺けることなく移転させることである。スマントリがハルジュノ・ソスロの願いを実現できない時は、スマントリの仕官は受け入れられないのである。スマントリはひじょうに落胆した。全ての状態(出来事)が、トゥハンの崇高さを試そうとした人間に与えられた道であり、人々が、トゥハンの高貴なる性質と人間を超えた賢明さを理解する前の状態であることを意味する。これはトゥハンの超越性を試したいなどという傲慢な人間の魂に対する罰であり、それはさらに重いものとなるのである。この罰は人間の魂によって行うことが不可能なものであり、(試練としての)「タマン・スリウェダリ」を行うことは、人間の「肉体」の手によってなされなければならないのである。

 かくて魂(精神)は不安定になる。この困難を前にして、スマントリは兄弟、すなわちスコスロノを「求める」。彼はすぐさまスマントリの呼びかけに応え、花園の移転をやってのける。この若き兄弟は、共に仕えることを望んでいたから、仕官に同行する許しをえられるなら、スマントリの望みはどんなことでもするつもりであった。この意味するところは以下のようなものである。

 「魂」がその能力を超える困難な試練を受けるとき、かならず助けを求めることの出来る若き兄弟がいることを想起する。それは「肉体」である。「魂」はかくて「肉体」に願う。職務を果たし、仕官が受け入れられるように、と。もちろん「肉体」は承知する。「肉体」はただ「魂」(精神)の意志に従って生きるのみだからである。トゥハンへの献身と奉仕はそのようであり、「肉体」はとり残されることが暗示される。

 しかし不思議なことに、タマン・スリウェダリが無傷で移動させられた後、スコスロノはその代価として矢を射られ死に至ったのである。スマントリがサン・プラブの「伴侶 garwa」である娘たちに対して恥じたからである。命が失われる時、天界の門でスマントリを待っているというメッセージを残していった。これは、公正を缺いた「高貴さ」を求める魂には、仲間を恣にした報いがあることを意味する。しかしこの出来事は定められてあったのだ。トゥハンに仕え、その名を守る人間の魂の奉仕は、「彼の肉体」と一緒ではできないのである。魂の高貴さを求めるために「肉体」は取るに足らないという意味ではない。トゥハンへの献身と奉仕において、「肉体」無しに行動することはできない。例えれば、人が祈る(瞑想する)ことは、「肉体」を含めて生の完全性を求めるためである。しかし人間の「魂」がトゥハンへに仕えることを受け入れられた(カウロ・グスティ Kawula-Gusti との合一)なら、もはや「肉体」は共について行くことは出来ない。ゆえに、このラコンにおいてスコスロノは除かれなければならなかった。このような道筋で、魂の高貴さを求める人間を描くラコンは、世俗のものはあらかじめ排除されなければならないということを表現するのである。

 ラコン「スマントリの仕官(Sumantri Ngeger)」は、我々が既に亡き祖先たちの物語から意味を見出すことを示唆しており、それはここでは知恵ある読者の方々に委ねられているのである。

1976年6月28日、ヨグヤ
Png.
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by gatotkaca | 2011-10-31 01:58 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

スマントリはトリポモである

 スリ・ムルヨノ著「ワヤンの人物たち」("WAYANG DAN KARAKTER MANUSIA" oleh Sri Mulyono, PT GUNUN AGUNG-Jakarta, 1979)から。重ねて反論。

読者の意見

スマントリはトリポモである

 先日の1976年4月18日土曜日付け「ブアナ・ミング」のIr・スリ・ムルヨノ氏「ワヤンの人物たち」に関して、記事を読んで思った、私の考えを述べてみたいと思う。
 「スマントリは悪い人物なのか、あるいは模範となる人物なのか」ということである。

 Ir・スリ・ムルヨノ氏の記事は「スマントリは地位と階級を求めて徳を忘れる」である。

 スマントリが、美丈夫のサトリヨで、超能力を持つ英雄であり、アンコロ・ムルコ(強欲)を殲滅するチョクロバスコロという武器を持つことは紛うこと無き事実である。 彼はマハ・ルシ・スウォンドグニという超能力のパンディト(僧侶)の息子である。

 しかし彼は生涯を通じてサトリヨの地位に憧れを抱いていた。…………といったようにこの記事は基本的に、スマントリの生涯における悪の側面を述べていた。

 ワヤンの素人(ワヤンを知ったばかりの人々)がこの記事を読んだら、素直にスマントリを悪人の類いだと思い込んでしまうに違いない。私たちがまだ小学校に通っていた頃(もちろんジャワ地域で)、とあるダンダングロの詩の歌があったことを思い出す(誰の作で、どの本に載っていたのかはっきりしないが *1)。それはこのようなものであった。

*1トリポモ Tripomo はスリ・マンクヌゴロ四世の作。6節から成り、スマントリに対して2節、クムボカルノ(ラウォノの弟)に2節、プラブ・カルノに2節で構成されている。下記に訳すスマントリの節は、適宜補正してある。

“Yogyanira kang para prajurit,
Lamun bisa sira anulada,
duk inguni caritane,
andelira sang prabu,
Sasrabahu ing Maespati,
aran ptih Suwanda,
lelabuhanipun,
kang ginelung triprakara,
guna kaya purun ingkang den antepi,
nuhoni trah utama.

Lire lelabuhan triprakawis,
guna bisa saniskareng karya,
binudi dadya unggule, kaya
sayektinpun duk bantu prang Manggada nagri,
amboyong putri domas katur ratunipun
purune sampun tetela,
aprang tanding lan ditya Ngalengka nagri,
Suwanda mati ngrana.”

 訳

「兵士として為すべきことは(今ならABRI=Angkatan Bersenjata Republik Indonesia インドネシア共和国軍かその他の防衛軍)、古の物語に語られるような人物を手本にできるだろう。マエスパティのサスロバウ王の腹心、その名はパティ・スウォンド(マエスパティ国の大臣となった後のスマントリの名)。彼は三つの訓戒を指針として仕えた。知性、超能力、そして忠誠心であり、最良のクサトリアとしてその責務を果たした。」

 「また、献身の三つの規範ともされている。グナ guna とは、すべての事を行い、卓越できるよう努めることである。コヨ kaya とはマゴド国で闘った時、王への贈り物としてプトリ・ドマス(チトロワティと800人の女官)を連れて来る/獲得することに成功したことである。そしてプルン purun /勇気/希望とは、明らかに敵わぬとしても、アルンコ国のラクササ(ラウォノ)を敵として勇敢に戦ったことであり、スマントリは戦場に散ったのだ。」

 このようにダンダングロの歌によって、私たちはスマントリが規範となる価値を持つクサトリアであることを学んだのだ。だから今、私にはスマントリについて先に述べたような疑問が浮かぶのである。それこそが私がブアナ・ミングのIr・スリ・ムルヨノ氏を通じてスマントリの人物像についてより正確な説明を求める理由である。

 ブアナ・ミングの論説、とりわけIr・スリ・ムルヨノ氏からの応答(明確な考えに基づく)に期待する次第です。まずは感謝を申し上げます。

1976年6月9日
R.S.
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by gatotkaca | 2011-10-30 00:10 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

バムバン・スマントリは「ウントゥル(荷車)」の引き手ではない

 スリ・ムルヨノ著「ワヤンの人物たち」("WAYANG DAN KARAKTER MANUSIA" oleh Sri Mulyono, PT GUNUN AGUNG-Jakarta, 1979)から。
 前回のコラムを受けて、「ブアナ・ミング」の読者から反論が出ており、本書に収録されている。反論を受け、さらに本に収録するというのは、大変好ましい態度で、ムルヨノ氏はこのワヤン本のシリーズでは一貫してその姿勢を貫いている。ということで、僕はムルヨノ氏のファンである。

読者の意見

バムバン・スマントリは「ウントゥル(荷車)」の引き手ではない


 1976年4月18日の『ブアナ・ミング』の「ワヤンの人物たち」で、キ・ダランであるIr・スリ・ムルヨノ氏は、バムバン・スマントリの負の側面ばかりを述べておられたので、あまり快く思いませんでした。

 今回筆を執ったのはスリ・ムルヨノ氏に意見するなどというつもりはなく、スリ氏のお書きになったものを読んで、ワヤン・ファンとして「困惑」を感じたからなのです。バムバン・スマントリのポジティヴな側面も一般の方々に知っていただく必要を感じたからなのです。それは

1. たしかに彼は、ほかの人間(弟)の成果を横取りして地位を得ました。しかし忘れてはならないのは、他人の成果を横取りしたものであっても、彼は自身の職務を完遂したということです。余人に代えがたきパティ(首相)として、バムバン・スマントリは公人としての責務を全うして、公人の「手本」となることができたのです。危険に直面しても、彼は、国と王への責務を果たすため、その魂を躊躇すること無く犠牲にしたのです。

 ワヤンの物語ではこのように語られます。ハルジュノ・ソスロバウ王が、美しいファースト・レディに懇願されて「ウイーク・エンド」を楽しんでいる時、国が敵(ラウォノ)の攻撃を受けました。国にいたのはパティ・スウォンドの称号を得たバムバン・スマントリだけでした。彼は国家の最高職の任にある者の責務を果たすため、ドソムコには敵わぬと知っていながら、逃げることなくその責務を果たしきったのです。かくてパティ・スウォンドは死にいたりました。

2.バムバン・スマントリは哲理をもっていました。彼は、自身の超能力を負かし得る王(指導者)にだけ仕官すると決めていたのです。これはバムバン・スマントリが「スング sengguh(大志)」を持った若者であったからです。ポジティヴな意味の大志は、傲慢とは違うということを理解しなければなりません。大志を見失えば人は、卑劣な行為をする者、たとえば人を騙したり、盗みをしたりするような者に堕落してしまいます。また若者は、「大志」を見失えば、たやすく麻薬の谷底に落ちてしまうでしょう。バムバン・スマントリは「ウントゥル(荷車)」(肥料の玉葱を引くもの)タイプの人間ではなく、リーダーになれる資質を持っているのです。「ウントゥル」は巷に大勢います。リーダーになっても何もできません。給料をもらい、車を手に入れ、施しを受ける。この種の人々は耐え忍ぶことを好みません。彼(スマントリ? 訳者注)にはいずれ光があたるでしょう。見返りを求めない努力に対して。

 以上ワヤン好きのつたない感想でした。

 1976年4月26日、ジャカルタ
  ブ・デ


 読者からの意見は他にも収録されている。次回に続く。
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by gatotkaca | 2011-10-29 13:25 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

スマントリ、地位と階級を求めて徳を忘れる

 ジャワで生まれたスワンダ Swandha は、パティ・スウォンド Patih Suwandaとなり、彼を彩る挿話として、スマントリとスコスロノ兄弟の物語が生まれる。この物語のワヤンにおける展開は、松本亮「ラーマーヤナの夕映え」(八幡山書房、1993)に詳細をきわめているので、とくにここで記すこともないのだが、一応ざっくりと紹介しておくこととする。
 スリ・ムルヨノ著「ワヤンの人物たち」("WAYANG DAN KARAKTER MANUSIA" oleh Sri Mulyono, PT GUNUN AGUNG-Jakarta, 1979)は、新聞コラムでのワヤン人物紹介をまとめたもので、手際よくまとめられている中に、ジャワでその人物がどのような印象を持たれているのかを伺い知ることのできる良質の資料である。今回はその中のスマントリの項を紹介する。

「ワヤンの人物たち」(スリ・ムルヨノ)から

スマントリ、地位と階級を求めて徳を忘れる

 スマントリが、美丈夫のサトリヨで、超能力を持つ英雄であり、アンコロ・ムルコ(強欲)を殲滅するチョクロバスコロという武器を持つことは紛うこと無き事実である。彼はマハ・ルシ・スウォンドグニという超能力のパンディト(僧侶)の息子であり、またルシ・ジョモドグニの息子、ロモパラスとは従兄弟である。しかし彼は生涯を通じてサトリヨの地位に憧れを抱いていた。

 一方、彼の弟は、ラクササ姿だが心清らか、超能力を持ち兄を深く愛していた、その名をスコスロノという。

 ある夜、スマントリはルシ・スウォンドグニに対しマエスパティ国に仕官するため、出立することを願い出た。しかし弟を連れて行こうとは思わなかった。というのも彼は、スコスロノの姿を恥じていたからである。スマントリは、マゴド国の王女を手に入れることを条件として、ハルジュノ・ソスロバウに受け入れられた。スマントリはその勇猛果敢さでサユムボロ(嫁取り競技)の全ての敵を斥け、デウィ・チトロワティを得た。しかし成功の後、彼の心の内にある考えがわき起こった。「チトロワティを手に入れたのは俺じゃないか?なんで、まだ俺より優れた超能力を持っているのかもわからぬハルジュノ・ソスロバウに譲ってやらねばならんのだ?」

 スマントリは言う。「そうとなれば、俺はハルジュノ・ソスロバウが俺の勇猛さに匹敵する者なのかを試したい。もし彼が敗れ、俺のチョクロバスコロに粉砕されたなら、俺はチトロワティ、そしてマエスパティ国の財宝と王位を手に入れることができるだろう。」

 『何時の世も女と権力は人間を変えてしまうものなのだ。』

 スマントリの挑戦はハルジュノ・ソスロバウに快く受け入れられた。激烈で強力な戦いとなった。というのも彼らはそれぞれがウィスヌの生まれ変わりだからである。スマントリはかくてチョクロバスコロをとり、ハルジュノ・ソスロに向けて放った。チョクロバスコロは光り、轟音を立てて天を裂き、ハルジュノ・ソスロバウを驚かせた。怒りでハルジュノ・ソスロはトゥリウィクロモし、千の顔を持つ巨大なラクササとなり、チョクロバスコロはたやすくつかみ取られてしまった。スマントリは捕らえられ、足の下に踏みつけられた。泣きながらスマントリは、その不遜と過ちの許しを乞うた。不思議にもハルジュノ・ソスロバウは謝罪を受け入れ、彼の仕官をも受け入れた。だが、困難な条件を付けた。スマントリは罰として、スリウェダリの園の建設を要請されたのである。もし失敗すれば、仕官は許されない。悲しみに沈んでいるところへ、スマントリを追ってスコスロノがやって来た。彼は喜んで手助けを申し出た。スマントリのいるところどこでも一緒にいられることを条件に。スマントリは承知した。スコスロノは超能力でタマン・スリウェダリをマエスパティ国に移した。弟の手助けにスマントリは感謝したが、スコスロノは姿を隠し、公の場で会うことはできないと命じられた。

 ある日チトロワティが、お供を連れてスリウェダリの園で楽しんでいると、突然、花園に小人のラクササがいるのを見て恐れおののき、逃げ出した。彼女はあわてふためいて逃げ、ハルジュノ・ソスロバウに訴えた。パティ・スウォンドの称号を得たスマントリは、すぐさま花園へ確かめに来た。

 妃を驚かせたラクササが自身の弟だと知って、彼は本気で怒った。スマントリは、スリウェダリの園を出ていくように、チョクロバスコロでスコスロノを脅した。しかし不運にも武器は手から放たれ、スコスロノを殺してしまったのである。

 どんな理由にせよ、こうしてスマントリは、罪無き者を殺した罪を負ったのである。彼は泣き、自身の行為を後悔した。しかし、どうあれ米はもはや粥となってしまったのである。とはいえ、スコスロノの兄に対する想いは変わらなかった。スコスロノの魂は漂いながら彼に言った。「兄上、スマントリよ、あなたは僕がどんなにかあなたを愛していたのか知らない。知られよ、我が旅立ちはあなたの破滅を意味する。わたしは涅槃へ行く兄上をお迎えに参ります。後の日に、兄上は十の顔を持つ王と対することとなるでしょう。その名はラウォノ。兄上、スマントリは彼の牙にかかって死ぬ。気をつけられよ兄上。」

BUANA MMINGGU, 18 April 1976.

 スリ・ムルヨノ氏の主観がたっぷり入った感じ。この後、読者からの反響も掲載されており、比較するとなかなか面白いので、次回もこの本から続きをやります。
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by gatotkaca | 2011-10-28 23:58 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

カカウィン・アルジュノウィジャヤ

 Arjunawijaya; A Kakawin of MPU Tantular by S. Supomo (Bibliotheca Indonesica; Koninklijk Instituut voor Taal-, Land- e Volkenkunde 14, Martinus Nijhoff (1977)
「アルジュノウイジャヤ  ムプ・タントラルのカカウィン」S・スポモ著、という本を入手した。
 「カカウィン・アルジュノウジャヤ(アルジュノの勝利)」は「ラーマーヤナ」『ウッタラ・カンダ』に記されている、魔王ラーヴァナの誕生から、カルタヴィーリャ・アルジュノとの戦いまでを主題としたカカウィンで、13世紀頃に成立した。著者は、宮廷詩人ムプ・タントラルで、「カカウィン・スタソマ」も彼の作であるとされる。これで、ジャワにおけるアルジュノ・ソスロバウ説話の最初期の姿がわかってきた。
 「ラーマーヤナ」がジャワへ伝播した最初の成果として「カカウィン・ラーマーヤナ Kakawin Ramayana」が成立したのは、サンジャヤ朝の王都がメダン Medang(スラバヤ地方、スマトラのメダンとは別)に置かれていた頃と推定されている。ジャワのワヤンでは、「ラーマヤナ」本編は「ラマヤナ」演目群、ヴァールミーキ版「ラーマーヤナ」の第七編『ウッタラ・カンダ』に記されている、ラーヴァナ一族の成立から、ラーヴァナの世界征服の旅、およびハイハヤ王カルタヴィーリャ・アルジュナとの戦いの経過が、「ロコポロ」、「アルジュノソスロバウ」の諸演目へと展開する。『ウッタラ・カンダ』にはカルタヴィーリャ・アルジュナの最後は記されていない。ワヤンの「アルジュノソスロバウ」演目群は、これにパラシュラーマ説話(カルタヴィーリャ・アルジュナの死を含む)を加えて構成され、現在の形に至っている。
 現在のワヤンにおける「アルジュノソスロバウ」演目群で重要なプロットを占める「スマントリとスコスロノ兄弟の物語」は、すでに紹介した「ウッタラ・カンダ」36〜38節に見られるように、インド版「ウッタラ・カンダ」には存在しない。しかし、ラーヴァナの手下のラークシャサとして、スカ Sukaとサーラナ Saranaという兄弟が登場する。この兄弟は「ラーマーヤナ」本編(ラーマ説話に入ってから)にも登場するが、それほど目立った活躍はない。ふたつの名をつなげれば、スカサラナ SUKASARANA となり、スコスロノと同じ名となる(バリのワヤンでは、スコスロノはスカサラナ Sukasarana の名で登場する。* "Dancing Shadows of Bali Theatre and Myth" by Angela Hobart, KPI Limited, 1987, P.53)が、この人物たちが直接スコスロノの原型であるとは言いがたい。ちなみにラウォノの手下としてのスカスラナはスナルディ著「アルジュノ・サスラバウ」にも登場するが、ここでスナルディ氏は、はっきり「パティ・スウォンドの弟ではないスカスラナ 」と書いているので、(Sunardi "Arjuna Sasrabahu" Balai Pustaka , 1982 P 321)ウッタラ・カンダに登場するスカとサーラナの存在を前提としている。今日、ワヤンの世界では登場することの無い(少なくとも筆者は知らない)ラウォノの部下であるスカサラナも、文芸の世界には残っている例もあるといえる。
 「カカウィン・アルジュノウィジョヨ」の段階では、スマントリの弟スコスロノは存在しない。スマントリに関しては、彼が仕官した後賜るスワンダ Suwandha の名で登場する。彼はアルジュノ王家臣筆頭として登場し、ラーヴァナと闘って戦死するだけである。ここではまだスワンダ(スマントリ)の仕官やそれにまつわる弟がらみの話は全くないが、スワンダという人物は、ムプ・タントラルの創作であり、生粋のジャワ・オリジナルのキャラクターなのである。スポモ氏は、ムプ・タントラルがこの人物を、その描写の類似性などから、「カカウィン・ラーマーヤナ」におけるラーマの弟、ラクシュマナにヒントを得て創造したのではないかと述べている(ivid,1 P44)。
 アルジュノ・サスラバウの妻も「ウッタラ・カンダ」では名が記載されていないが、「カカウィン・アルジュノウィジャヤ」ではチトロワティの名が現れている。アルジュノが塞き止める河の名はワヤンではガンガ(ガンジス)河、あるいはヤムナー河であるが、ここではまだ「ウッタラ・カンダ」にあるナルマダー河となっている。河を塞き止める際、アルジュナが「トゥリウィクラマした」との記載がある。「ウッタラ・カンダ」でのアルジュナには変身の描写は無いから、アルジュナのトゥリウィクラマもこれが最初の描写となる。
 一方、アルジュノはスナルト氏の記事にあったように、ルドラRudra の化身とされており、まだウィスヌの化身ではない。この時代、すでにトゥリウィクラマという語はウィスヌと離れた意味で用いられるようになっていたのであろうか?それともこの語を単なる巨大化の意で用いたのはタントラルが最初なのか?詳細はまだ不明である。
 いずれにしてもアルジュノ・ソスロバウがウィスヌの化身とされるのも、スマントリ、スコスロノ兄弟の話が成立するのも、「カカウィン・アルジュノウィジャヤ」より後の時代(13世紀以降)、ジャワの内部での変化であることが確定したとは言える。
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by gatotkaca | 2011-10-28 00:13 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

カルタヴィーリャ・アルジュナ その3

(承前)

ウッタラ・カンダ

38節

 かくてプラスティヤは天界で、ラーヴァナが捕らえられ、風の持ち物(虜囚の意)となったことを聞いた。息子への愛に突き動かされ、さんぜんと輝く、偉大なる苦行者はマヒシュマティの王に会いに行った。空を飛び、生まれ変わる者は風の速さで、心を飛ばしてマヒシュマティの街に到着した。ブラフマーがインドラのアマラヴァティに入ったようであった。彼はインドラの首都とも見紛う街に入った。光に満ちあふれ、市民の肉付きは良かった。偉大なるリシはアディティヤーのように歩き、アルジュナ王に知らせを伝えるよう門番に言った。了解を得てプラスティヤはやって来た。ハイハヤの王は椰子を畳んだ玉座にあり、彼を歓迎した。ヴリハスパティがプランダラの前に進み出るように。王への謁見の前に彼にマドゥパルカと足洗いの水が運ばれた。日の出が現れたような苦行者を見て、アルジュナ王は、インドラがマハデーヴァに敬意を表するように、うやうやしく頭を下げた。彼のマドゥパルカの提供は、牛と足洗いの水であった。ハイハヤの王は喜びで口ごもり、意を決してく業者に言った。「尊き師よ。ご訪問頂き、得難きことであります。我が街マヒシュマティをご覧頂いてから、アマラヴァティにお帰りください。今日私は吉祥を得ました。おお、主よ、今日は我が信仰の行為が実った日である。今日は我が誕生の祝福に証のあった日である。今日は我が敬虔なる苦行に成功が冠せられた日である。私はその足下に礼を尽くそう。それこそが私の天への信仰となる。我が王国、我が息子たち、妃、私自身、そのすべてを御身に委ねます。御意を賜りますよう。おお、ブラフマン、あなたのために出来ることはなんでしょう。」王の信仰深い問いを受けて、彼は息子への恩赦を乞うた。プラスティヤはハイハヤの王アルジュナに言った。「おお、最高の王、おお、蓮の花びらの目をした者よ!おお、そなた満月の顔の者よ!汝は三界に並ぶ者なきラーヴァナを敗った。そなたは、風も海も恐怖で立ちすくむ無敵の息子と争い、縛り上げた。栄光に酔った息子にそなたの存在を知らしめた。されば私は言おう、おお、我が息子、ダシャーナナを自由にしてください。」プラスティヤの願いを聞き、アルジュナは無条件に受け入れ、ラークシャサの王は最大の喜びをもって解放された。天界の敵は解放された。信仰に沿った装飾品と花輪と友情が天界に供され、火の前のラーヴァナの敵意は失われた。ブラフマーの息子、プラスティヤに対し頭を垂れて彼は自らの家に帰った。プラスティヤの助けで解放されたラークシャスの王、強力なるダシャーナナは彼の歓待を受け、彼によって受け入れられ、恥じ入って故郷へ帰った。ダシャグリヴァに自由を与えたブラフマーの息子、最高のムニ、プラスティヤは天界へ帰った。おお、ラーマよ、かくして強力なるラーヴァナはアルジュナに敗れプラスティヤによって解放されたのである。よくよく観察されよ、ラグの子孫よ、強力なる者にもより強力なる者がある。かくて、ある者が、彼に良かれと願うならば、他の者を無視してはならない。千の腕のアルジュノとの友情を得たダシャーナナ、ラークシャサの王は、世界の王たちを苦しめる旅を再び始めたのだ。」

(了)

 ヴァールミーキ版「ラーマーヤナ」における、カルタヴィーリャ・アルジュナに関する記載は以上のようなものである。カルタヴィーリャ・アルジュナ対パラシュラーマの説話は、「バーガヴァッタ・プラーナ」で見てみたい。
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by gatotkaca | 2011-10-24 11:31 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

カルタヴィーリャ・アルジュナ その2

(承前)

ウッタラ・カンダ

37節

 恐ろしいラークシャサの主が花々を集めたところからほど近い、ネルブダ河の岸辺に、マヒシュマティの王、最高の勝利者、アルジュナが、水のなかで妻たちを遊ばせていた。彼女たちに囲まれて、アルジュナ王は千の牝象に囲まれそれを率いる象のようであった。その力を誇示するため、ハイハヤ王は千の腕でネルブダ河の流れを塞き止めていた。カールタヴィリャアルジュナの腕に塞き止められて、岸辺は清らかな水が洪水となってあふれ、ネルブダ河は逆流していた。雨期のように潮流は高まり、魚や、鰐が浮かんでいた。カルタヴィーリャによってラーヴァナに向かった流れは、彼の集めた花々を流し去ってしまった。祈りを頓挫させられたラーヴァナは、お預けを食った娘のようにネルブダ河を見た。潮流は嵩を増し、西から東に流れ、水はあるべきところから外れて、おとなしいご婦人のようであり、鳥が不安げな様子も無く降り立っていた。かくて河の水が嵩を増したことに不安を感じて、十頭の魔物は右手の指を示して、スカとサーラナを呼んだ。ラーヴァナの兵士として、二人の兄弟、英雄的なスカとサーラナは、空を飛んで西へ向かった。半リーグ(1 league = 5.55600 km)ほど行くと、二人の夜歩く者たちは、女たちに囲まれて水遊びする男を見つけた。彼はサーラの樹のように巨大で、髪は水に浮き、酒に酔い、目は赤くなっていた。千の足で大地を支えるスメルのように、彼は千の腕で河の流れを塞き止めていた。そして彼は千の牝象に囲まれた象のように、千の美しい乙女たちに囲まれていたのである。その恐るべき光景を見て、ラークシャサのスカとサーラナは、ラーヴァナに全てを報告するために戻った。「おお、ラークシャスの主よ、サーラの樹のごとく巨大な見知らぬ者がダムのようにネルブダ河を塞き止め、女たちと戯れております。その男の千の腕に止められて、ネルブダ河の水は高波をあげ続けておるのです。」スカとサーラナの言葉を聞き、ラーヴァナは叫んだ。「それこそアルジュナだ。」そして彼との戦いに赴いた。ラークシャサの主、ラーヴァナはカールタヴィリヤアルジュナに対する敵対心を固めた。風が埃を舞い上げ、騒々しい音をたてて吹き始めた。雲は土砂降りの雨のつぶやきを始めた。かくてラークシャサの主はマホダラ、マハーパルスワ、ドゥルマークシャ、スカとサーラナと共にアルジュナに対して侵攻した。間もなく、恐るべきラークシャサ、象のごとく強力なアルジュナ、ネルブダ河の岸辺に到着し、アルジュナが牝象に囲まれる象のごとく女たちに囲まれているのを見た。ラークシャサの主の目に彼の力の誇示が見え、真っ赤になってアルジュノ王の側近たちに示威して、彼は言った。「ハイハヤの王に告げよ、ラークシャサの主、ラーヴァナが彼と闘うために来た、と」ラーヴァナの言葉を聞いてアルジュナの家臣たちは武器を持って立ち上がり言った。「おお、よろしい。ラーヴァナよ、汝は今や戦いの時が来たと知るがよい。今、我らが王は宴にあり、水の中で女たちと戯れている。汝は彼と闘いたいと望んでいる。されば、おお、十頭の者よ、ここで夜を過ごし、汝は戦いに心を傾けよ。汝が心臆さず、ただちにアルジュノと雌雄を決したいとあらば、まずは我らを全て殺し、その後王と闘うのだ。」かくてラーヴァナの飢えた側近たちは、王の臣下の幾人かを殺し、幾人かを焼き尽くした。ネルブダ河の岸辺に、アルジュナとラーヴァナの部下たちの恐るべき騒動が起こった。アルジュナの戦士たちは百の矢、プラシャス、ダーツ、トマラ、雷、カルパナをもってラーヴァナに殺到した。アルジュナの戦士たちは猛烈な恐怖に陥り、深みに潜む鰐や魚、その他の水に住む怪物たちのような叫び声をあげた。怒り狂い、力を誇示しようと、スカ、サーラナら、ラーヴァナの家臣たちはアルジュナの兵士たちを打ち砕いた。かくて恐怖に襲われた使者が、遊行する王のもとへ、ラーヴァナとその部下たちが攻め入って来たことを報告に向かった。(王は)彼らの言葉を聞き、女たちにむかって言った。「恐れることは無い。」彼は象のように水から上がった。火のような目をしたアルジュナは、憤怒に赤く染まって全てを溶かす火のように恐ろしく輝いていた。素早く、いつも使う黄金の棍棒をつかむと、ラークシャスを、暗黒が太陽を追いかけるように追いつめた。巨大な棍棒をつかみ、腕で投げると、アルジュノはガルーダの速さで出立した。かくて彼を害そうとするラークシャサは、怒りをもって、その手にメイス(矛)を携え、黄道にそびえるヴィンディヤ山のごとく立ち上がった。彼の腕は、怒りに満ちて、ヤマのように、鋼鉄の矛を叩き付けた。矛の先端はアショカの花の先のように輝いた。その矛を見て少なからず心猛ったアルジュナ王は、棍棒をどうするか思案した。かくて巨大な棍棒は振り上げられ、五百本の腕が伸び、ハイハヤの王はプラハスタを追いつめた。瞬く間に棍棒の一振りが、偉大なる勝利者、プラハスタに贈られ、大地に倒れ伏した。それはインドラの雷(いかづち)が山の頂きを打ったかのようであった。プラハスタが倒れたのを見て、マーリチャ、スカ、サーラナ、マホダラそしてドゥルマークシャは戦場から逃げ出した。側近の全てが逃げ、プラハスタが殺されると、ラーヴァナはすばやく、最高の王たるアルジュノの前に進み出た。恐るべき睨み合いが続き、人間の王、千の腕のアルジュナとラークシャサの王、二十の腕のラーヴァナ、両者の間の(緊張は)上昇下降を繰り返した。棍棒を振り上げ、アルジュナとラーヴァナの戦いが始まった。それは、互いに渦巻く雲のように叫び声を発し、巨大なる二頭の牛の闘牛のよう、二つの海のぶつかり合い、二つの山、二人の光輝くアディティヤ、二つの燃え盛る炎、二頭の誇り高き象、二頭の気高き獅子、そしてルドラとカーラのようであった。幾度も打ち付ける落雷に苦しむ山のごとく。四方には、振り回される棍棒から発する雷鳴のような響きが鳴り渡っていた。アルジュナの棍棒がラーヴァナの胸を狙えば、そのとき、天は黄金が燃え盛るかのように光り輝く。繰り返し繰り返しアルジュノの胸を打ちつけるラーヴァナの棍棒は、まるで火で作られてあるかのようであった。アルジュナが消耗し、またラーヴァナが消耗した。両者の戦いは、古のバーラとヴァーサヴァの出会いのようであった。人間の王とラークシャサの王は互いの棍棒で傷つけ合った。それは闘牛のようであり、また二頭の象が牙で突き合うようであった。怒りに満ちてアルジュノは渾身の力で棍棒を敵の胸に打ち付けた。しかしラークシャサは天の恩恵により、倒れることはなかった。棍棒は大地に打ち付けられて二つに割れ放り出された。アルジュノの矛で負傷し、ラーヴァナは涙をためて距離をとろうとして、四フィートほど離れた。ラーヴァナが圧倒されたのを見て、アルジュナはガルーダが蛇を掴むように、ヴィシュヌがバーリを縛ったように、彼を捕まえた。ダシャグリヴァは(原文欠損)シッダ、チャラナそして天界の者たちは叫んだ。「いいぞ、良くやった!良くやった!!」アルジュナの上にに花々が散布された。王は再び獅子のような咆哮をあげ、雲のようにすばしこい鹿を捕らえて満足した虎の声を発した。意識を取り戻したラーヴァナはハイハヤの王の大いなる怒りで追いつめられ殺されたプラハスタを見た。ラークシャサの軍は、暴風雨にさらされた海のようであった。そして繰り返し叫んだ。「もうやめろ!もうやめろ!待て!待て!」ラークシャサの主は百のムサラを放り出し、戦場に投げつけた。敵を殲滅する者、アルジュナ王は近づき、天界の敵の武器を取り上げた。恐ろしげなラークシャサの武器を、素晴らしき者、ハイハヤの王、アルジュノは、風が雲を散らすように放り投げてしまった。夜歩く者たちは恐怖におそわれた。彼は、肉親たちに取り囲まれて、ラーヴァナを引き連れて街に帰った。インドラがバーリを引き連れて凱旋したように。ブラフマンたちと市民たちは彼に花々と揚げた米を散布した。

(つづく)
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by gatotkaca | 2011-10-23 14:16 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

カルタヴィーリャ・アルジュナ その1

 ジャワのワヤンでのアルジュノソスロバウは、インド起源の人物ではあるが、ジャワとインドの説話では、相当な差異が生じている。まずは、元ネタとも言えるインド版アルジュノソスロバウの物語として、ヴァールミーキの「ラーマーヤナ」第七編『ウッタラ・カンダ』の36節から38節において語られる、アルジュナ・カルタヴィーリャの物語を紹介する。
 The RAMAYANA "UTTARAKANDAM ” edited & published by Manmatha Nath Dutt, Calcutta, 1894 をテキストとして英語からの重訳になるが、拙訳で紹介する。

ウッタラ・カンダ

36節

 かくして、アガスティヤ仙に拝跪し、ラーマは驚きながら再び言った。「おお、ブラフマン。輪廻に生きる者の中で最高の者よ、ラーヴァナが地上を旅する間、人々はいなかったのですか?王は?王子は?彼の罪をいさめる者は?すべての王はその力と能力を剥ぎ取られてしまったのでしょうか?様々な優れた武器をもってしても彼を除くことはできず、多くの王が敗れたとのことですが。」ラーグハヴァの言葉を聞き、六種の徳をそなえた苦行者アガスティヤは笑いながら、ブラフマーがルドラに話すがごとく言った。「おお、ラーマ。おお、地上の主よ。地上を巡るラーヴァナは、天界に見紛うほどの街、マヒシュマティの街に到着した。そこは火の神が永久におわすところ。そこに君臨する王の名はアルジュノ。サラに守られた永遠の火のごとく燦然と輝く王である。ある日、高貴にして強力なるハイハヤの王、アルジュノは妃を遊ばせるためにネルブダ河に遊行した。その日、ラークシャサの主、ラーヴァナはそこに到着し、側近たちに尋ねて言った。「アルジュナ王はどこだ?汝らは疾く告げよ、我はラーヴァナなり。汝らの王と戦いにやって来た。汝らはまず、我が到着を彼の者に告げよ」かようなるラーヴァナの口上を受け、学識ある大臣たちはラークシャサの主の情報を知らしめ、王の不在に対処した。市民たちから王の不在を耳にしたヴィシュラバスの息子は街から引き上げ、ヒマラヤに似たヴィンディヤ山に至った。彼は雲のごとく蒼穹にまたがり、大地の活力のごとく盛り上がり、空を遮る山を見つけた。山は千の頂きをもち、洞窟には獅子が住み、何百という泉が湧き出ていた。山は、笑いに満ち、天界のガンダルバ、アプサラ、キンナラたちが女たちと戯れて、天界の一部のようであった。水晶のように透明な水をたたえる河が流れ、千の蛇が舌を震わせるようであった。彼のヴィンディヤ山はヒマラヤのごとき外観を呈し、巨大な洞窟を持っていた。ラークシャサの王、ラーヴァナはネルブダ河に至った。聖なる水は西方の大洋へ注がれていた。その水は水牛、鹿、虎、獅子、熊たちに掻き回され、熱気が象たちを困らせた。その水に覆われて、チャクラバカ、カーランダヴァ、白鳥、水鳥そしてサーラサスは猛り狂い、音を放っていた。麗しい乙女のごとき魅惑的なネルブダ河は、樹々を茂らせその飾りとし、チャクラバカはその息吹、広がる森はその腰、メクハラから白鳥が列をなし、花の繊維が添付され、泡立つ水は絹の布地、水に飛び込む喜びはそれに触れる歓喜となり、芽吹く蓮の花は白い目となる。車から降りてネルブダ河の水に浸かれば、最高の流れ、美しいものであった。ラークシャサの主、ラーヴァナと側近たちは、多くの苦行者たちの住まう、その岸辺に落ち着いた。美しく輝くネルブダ河の高貴さはガンジス河のようだと語り、彼は、大臣のスカとサラナに身振りを交えて口上した。「観よ、光にみちて描き出される蒼き地上のさまを。太陽は中天で熱を放つ。しかしここに座す我を見よ、太陽の光は月のよう冷ややかだ。我を恐れて、風も優しげに吹き、ネルブダ河の水の感触も冷たく香り高く、我らをねぎらっておる。この魅惑的なネルブダ河よ、鰐、魚、そして鳥にあふれている。ゆるやかな流れはおびえた乙女のよう、静かに佇んでいる。多くの王との諍いで傷を負い、そなたらは血にまみれておる。されば、サルヴァバウマのよう、怒れる象がガンジス河の水に入るように、さあ、汝らもネルブダ河の水に入って、吉祥と健康を授かるがよい。この流れに身を浸せば、そなたらの罪も洗い清められよう。わしもまた秋の月の光のような河の岸辺で、その腕にピナーカを抱く、マハーデーヴァの花々に敬意を込めて礼拝しよう。」ラーヴァナの言葉を聞き、プラハスタ、スカ、サラナ、マホダラ、ドゥルマクシャそのほかの側近たちはネルブダ河の水に入った。河はヴァマナ、アンジャナ、パドマたち象を受け入れるガンジス河のように、象のようなラークシャサたちにかき乱された。かくて高貴にして強力なラークシャサたちは水から上がると、花を摘み、ラーヴァナに捧げた。間もなくラークシャスたちは絵のようなネルブダ河の岸辺に花を積み上げ、それは白い雲のようであった。集められた花々はラークシャサの王、ラーヴァナが巨大な象がガンジス河に入るよう、沐浴するとネルブダ河に散布された。沐浴が済み、特別な祈りが唱えられた。そして濡れた布が白い布の上に置かれた。祈りの場所を見出し、彼は腕を畳むと、岸辺を進んで行った。ラークシャサたちもまた、山々が動くように彼の後に付き従った。ラーヴァナはどこへ行くにも黄金のシヴァ・リンガを持っていた。かくてラーヴァナは、砂を積み上げ、様々な蜜の香りたかい花々を捧げ、サンダルをはいて祈りを捧げた。シヴァへの祈りを終えると、王冠に月をあしらう、ダイティヤ最高の者は、恩恵を授かり、災難を除くため、腕を振り上げて夜歩く者の踊りを踊り、その前に唄を歌った。
(つづく)
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by gatotkaca | 2011-10-22 23:58 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

アルジュノソスロバウ 不確定な人物像

アルジュノソスロバウ
不確定な人物像


スナルト・ティムール

 アルジュノソスロバウとは、マエスパティ国王プラブ・アルジュノウィジョヨの称号である。彼はまた、亡き父、プラブ・カルトウィルヨの息子であることから、プラブ・アルジュノ・カルトウィルヨとも呼ばれる。ワヤン・ダランの世界では、高徳の英知にあふれ、慈悲深い王として語られる。彼はまた、サン・ウィスヌムルティとも呼ばれる。世界の衆生の救い主であり、守護者でもあるバトロ・ウィスヌの化身であると信じられているからである。それゆえ、彼の治世においては、つねに臣民の安寧と調和、平穏を優先し、マエスパティ国は、安寧にして肥沃な国となったのである。
 アルジュノソスロバウの名は、「千の腕を持つアルジュナ(Arjuna=神の意志を行う者)」を意味する。彼がティウィクロモすれば、その姿は山のごときブラホロとなり、千の腕を持ち、それぞれの手には強力な武器が握られてあるからである。
 王妃は、マゴド国の王女、デウィ・チトロワティである。彼女はバトロ・ウィスヌのシャクティ(妻たる女神)、バタリ・スリの化身である。ワヤンにおいて、バトロ・ウィスヌは、世界を守護し、調和を保ち、罪深く、欲望にまみれ、強欲にあふれた汚れた手の脅威とけがれから世界を護る役割を担っている。その時、彼は地上に化身して現れ、そこにはつねにバタリ・スリの化身が妻として付き従うのである。
 アルジュノソスロバウの人物像に関する説は、文献において大きく異なる描かれ方をしている。例えば、ムプ・タントゥラル Mpu Tantularの著した「カカウィン・アルジュノウィジョヨ kakawin ARJUNAWIJAYA」において、アルジュノソスロバウは"ウィスヌの化身ではなく、バトロ・ルドロ Batara Rudraの化身である"とされている。このことは、パティ・プラハストが、プラブ・ドソムコにマエスパティ攻撃を断念させようと説得する際、述べられている。この時、アルジュノソスロバウはティウィクロモし、巨大なブラホロとなってナルマダ河を塞き止めた。水位は上がり、ドソムコ軍の陣営にまで洪水が押し寄せて来た。ドソムコは怒り、マエスパティを攻撃しようとしたのである。カカウィン、詩編42ジャガトノト jagatnatah 第五詩、続いて詩編43スラグドロ Sragdhara 第一詩によれば以下のように述べられている。

 「おお、我が息子、プラブ・ドソムコ。この戦は無為に帰すであろう。その思いを止めよ! かの者の名はアルジュノ。マハラクササであっても敵わぬであろう。
 古より名高き彼こそは、戦において敗れたことが無い。真実彼は、世界の平穏を見守る、デウォ・ルドロの化身なのだ。
 このようにプラハストは畏敬の念を持って語った。ドソムコは荒々しく答えた。
  おお、おお、神、ヤクシャ、アスラといえども、わしに歯向かう勇気を持つものがあるものか! トリアジャントコの神といえども臆するであろう!聖なるウィスヌムルティもまたしかり。わしを殺すことなどできぬ。アルジュノがわしを殺せるなら、やってみるがいい!」

 ここで注意すべきは、デウォ・トリアジャントコ Dewa Triajyantaka について述べられていることである。これは誰を指すのか?文字通りに考えれば、トリアジャントコとは「三つの・王国・死」を意味する。何を支配する神なのか?ルドロ神、あるいはまたシワ(シヴァ)神であるのか?ヒンドゥー教寺院における三柱の神といえば以下の三神である。
1).ブラフマ、創造神。
2).ウィスヌ、世界守護神
3).シヴァ、破壊神

 仮にルドロ神がシワ神であるとするなら、プラブ・アルジュノソスロバウは明らかにシワ(シワムルティ Siwamurti)の化身である。では、ウィスヌの化身とは誰か?詩編72シャルドゥロウィクリディト Shardulawikridita 第一詩で、孫のために許しを乞うドソムコの祖父、ルシ・プラスティヨに対するアルジュノソスロバウの言葉を記している。プラスティヨはアルジュノソスロバウの寛大さを賞賛し、その賞賛を受けてアルジュノソスロバウは以下のように答えるのである。

 「おお、サン・マハルシ(偉大なる僧)よ。真に崇高にして聖なるお言葉である。とはいえ、戦場における我が死に関して、真実など意味が無い。いずれにせよ、ウィスヌの化身たるプンデトの御心に、我が死についても従いましょう。私もまたシワ神の天界へ帰り、イスロウォとしての神性を享受致しましょう。」

 最後の時、アルジュノソスロバウに死をもたらすのは、ルシ・ロモバルゴウォ(ロモパラスともいう)であり、「パンディト・ウィスヌムルティ」とは、レシ・ロモバルゴウォまたロモパラス以外にはあり得ない。ロモバルゴウォがウィスヌの化身を表象するのであれば、ロモバルゴウォこそが、ルドロの化身たるアルジュノソスロバウを殺すことができるということになる。とすれば、疑問がわく。ルドロとは何を象徴しているのか?ルドロとはシワである。そしてシワは破壊神である。それ自身はネガティヴな性質のものである。単純化してしまえば、罪を負うものと解することもできよう。かくてルドロの化身たるアルジュノソスロバウのキャラクターは悪の性格をも与えられたのである。そしてこのひじょうに不確定な性質は、カカウィンの最後にもある。そこでは、アルジュノソスロバウがマエスパティを治めている間、世界は安寧と平穏に満ちていたと語られる。絶えること無く彼はグン・ビナトロ Gung Binathara (=besar dewa 大いなる神の力)なる王としてダルマ(正義)を実践した。また彼は臣従する民衆に富を与え、神々や人々皆から賞賛された、とある。
 おそらく、ワヤンの世界とタントゥラルのカカウィンは、インドにおける極端に異なるアルジュノソスロバウの人物像に、おおまかな応急措置を施したのであろう。アルジュノソスロバウ(インドではサハスラルジュナ Sahasrarjuna)は専制的な王として描かれている。権力に溺れ、戦争を好み、彼の意に沿わぬ者、命令に背く者、力のある者は誰あろうと虐殺した。多くの市井のルシ(僧侶)たちが、彼の虐殺の犠牲となった。K・M・ムンシ K.M.Munshi の「バガワン・パラシュラマ Bhagawan Parashrama」と題する書には以下のようにある。

 「マヒシュマットの死ののち、若き息子のカルタヴィーリャが後を継いだ。カルタヴィーリャの早逝により、アルジュナ(サスロバウ)が王位を継承することとなった。アルジュノが成長すると強力で、荒々しく、手に負えない王となった。」

 アルジュノソスロバウの暴虐の頂点はルシ・ジョモダグニの殺害であった。ロモパラスの父、ジョモダグニは、聖なる王の権威の誇示を拒んだだけであった。この殺害の報復としてロモパラスは、サトリア(クシャトリア)たちを、民衆をもてあそび、害をなすだけの、この世に生きる価値のない者とみなし、殺すことを誓った。そしてアルジュノソスロバウもまたロモパラスによって殺されたのである。
 アルジュノソスロバウの人物像の輪郭を補強するために、K・M・ムンシの「バガワン・パラシュラマ 」からサハスラルジュナとマハルシ・ヴァシシュタ Vashistha(ルシ・ワシスト Wasista)の対話を引用してみよう。

 「アルジュナがヴァシシュタ仙と対峙したとき、彼は怒り狂った様子であった。老人は穏やかな口調で言った。
 『ハイハヤの主よ、そなたは師たるジャマダグニ仙に対して敬意を持っていない。どうすればそなたは、そなたの国に再びダルマに基づく法を確立したいと望むようになるのだ?どうすれば神の祝福を得たいと望むようになるのだ?』
 アルジュナはまた怒りをもって答えた。『私のあるところはどこでも、私が法である!』
 『ハイハヤ最高の者よ。王が自身を制するにはダルマに頼るものだ。』ヴァシシュタ仙は悲しみと決意を込めて言った。『王がこれから離れる時、彼はもはや盗賊にすぎない。王に王権のみがあり、ダルマを持たなければ、神は心を清めるための懺悔を受け入れず、人間は自身を清めることができず、その死において祖先に受け入れられることはないであろう。』
 ヴァシシュタの予言のごとき言葉は続いた。『クリタヴィーリャの息子よ、そなたは強力で権力を持っている。しかしその力と権力はヴァルナ神のリタ(Rita=永遠なる法)によるものだ。リタから離れれば、そなたの力は藁の力となる。そなたは力を無限のものと思っているかもしれぬが、ダルマを失えば、それは源泉を失うことになるであろう。』
 アルジュナは激怒し、即座にヴァシシュタ仙の喉元に手をかけようとした。『おお!』彼は呟いた。『哀れなる仙人よ!』
 『私は何も恐れぬ。』彼は怒りの息吹で馬のいななきのように叫んだ。『私は誰の奴隷でもない、誰にも従わないのだ。』
 『よかろう、叫びはそなたの困難を解決しないぞ。』ヴァシシュタ仙は冷たく言い放った。」

 再びワヤンの世界に戻ろう。当面の問題は、インドネシア特にジャワで作り出された人物像の、インドとの極端な相違はどうして一般化したのか?ということである。第一に、アルジュノソスロバウのラコンに関して。それには、ラコンの背景を、それぞれの観点に基づいて考察しなければならない。つまりインド版の観点と、我らがワヤン版における観点である。
 インド版からの観点では、尽きることの無いこの世界の紛争を引き起こす、相互に対比されるそれぞれの気質を持った人間のモラルを描くことを、より強調する。インドの物語では、人物たちの行為を通して、複雑な気質で血と肉からなる人間たる人物像を浮かび上がらせる。
 一方、ワヤン版の観点は、人間自身の内包する、美徳と悪徳の人生の二元論を描くことを押し出す。このようにして、人物の行為はシムボル化し、類型化される。
 たとえ話をひとつ。
 『ワヤン人形の一箱はひとりの人間を描く。コタ(箱)はその身体になぞらえられる。パンダワ五王子は五つのインドラ(五感)、そしてその他のものは生の完全性(ubarampening ngaurip)を表す。例えば強欲(コラワ、ラクササその他)、怒り(ブラガサンな人物、例えばボロデウォのような)、肉欲(コモジョヨ、ラティ、プトレン=子ども)、清浄・正直(神、ルシその他)である。そのすべては、五感を備えた人間の生の道筋に影響を与える。』
 このようにして描かれるものは、白と黒といった本質的に対照的な二つの極であり、もっぱら対立する、真実と不実、気高さと低次元の欲望といった人間自身が内包するものをシムボライズする。より具体的には、ワヤンの人物像は、一人ひとりの人間そのものを描くというよりは、複雑な人間の特質を擬人化し単純化し、シムボル化することで成立する。ワヤンにおいて役割を演ずる人物像の性格付けは表面的なものにすぎず、キャラクター性(個々の性格の創造)はあまり見いだせない。むしろ役割の型(ステレオタイプな型の造形)を見て取ることができる。悪人のタイプ、慈悲深いタイプ、横柄なタイプ、下賤なタイプ、怒りっぽいタイプ、忍耐強いタイプ、等など。であるから、アルジュノソスロバウの人物像もひとつの定型であり、ルシ、特にロモパラスもまたもう一つの定型なのであり、ワヤン版の観点では、互いに敵対する二人の人物ではなく、ひとつの理想を達成するため、二者は合意で結ばれている。それは互いに完全なる死を求めているということである。それはウィスヌの手による完全なる死である。ロモパラスはウィスヌの化身である。アルジュノソスロバウはルドロ(=シワ)の化身である。シワは邪悪の象徴ではないが、破壊の役割を持つ神である。さらにアルジュノソスロもまたインド版とは異なる人物像となっている。そうであるならば、アルジュノソスロバウがルシ・プラスティヨに言った言葉も理解し得るだろう。「……私を死にいたらしめる者、ウィスヌムルティたるプンデトの不変なる御心でお導きありますように。私もまた、シワの天界へ戻ることができましょうものを……。」
 ブラフマ・ウィスヌ・シワの三位一体は各々、創造・維持・破壊の表現であり、その本質は、三界を司るトゥハン・ヤン・マハ・プガシ Tuhan yang MAHA PENGASIH(偉大なる慈愛の神)なのである。

 結びとして、ノトスロトNotosuroto の詩を引用しよう。『クリル KELIR(白布)』。

 「この熱き白布なる世界に 影のようゆらめく人間よ 愛し、慈しむ者 嫌い、罵る者 しかし すべてはただ空にして 死すべき 影の振る舞いにすぎない

 わたしたちは白布に映る影 「あなた」の時 「あなた」は待つ 「あなた」を理解する 「あなた」は永遠の光の中にある

 わたしたちは話す 争い、苦しみ について 勝利について 運命と悲しみについて

 けれど「あなた」の光の中で すべては「愛」という名になる だからこそ 生きとし生けるものすべては ひとつの憧れとなる 「あなた」の手にあやつられることに 炎に映し出される「あなた」の光の中にあることに 「あなた」の世界でゆらめくことに」

“Cempala Edisi Arjunasasrabahu”1998 , Humas PEPADI Pusat
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by gatotkaca | 2011-10-14 02:04 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

〈ジャワ版〉アルジュノソスロ:ウィスヌの化身

ジャワ版 アルジュノソスロ ウィスヌの化身
Dr.シンギ・ウィビソノ

 1876年、H・ケルン教授 H.Kern は「ジャワの装いをしたインドの物語 Indische sage in Javaansch gewaad 」と題する本を著した。この書には、ジャワに伝わったインド文学が、のちにゆらぎ、手を施されてジャワ民衆自身の感性で、新しい神話、物語を生み出し、ワヤンのラコン(演目)や物語に取り込まれたことが記されている。確かに人物たちの名そのものは、ジャワの価値体系に合わせた価値変化を経ても変わらず保たれているが、個性・性格や人物をめぐる物語は、ジャワ文化の定型に沿うように追加され、大きく変化させられている。物語はジャワ化されているのである。
 H・ケルンの著書を参照すれば、アルジュノソスロという人物の物語も、手を加えられ、書き換えられることから逃れ得なかったのである。アルジュノソスロの物語の原典はインドのサンスクリット文学作品である。ジャワに伝播した説話は、「アルジュナ・ラワナユダ Arjuna-Rawanayudha 」と題され、アルジュノソスロバウとラワナの戦いを描いたものである。ジャワではその展開において、原典との間に多くの差異が生じている。理由のひとつは、翻案者のサンスクリット語の熟達度が不十分であったことがある。とはいえ、その成果はまさに素晴らしいものであり、ジャワ文学の創造性示す点で、サンスクリット文学分野に貢献するものである。さらに重要な点は、この新たな著作が、インドの物語という身体がジャワという着物をまとったともいうべき、まさしく卓越したジャワ文化の定型となり、民衆の支持を得て人口に膾炙したということである。
 インドのヒンドゥー教におけるヴシュヌ派では、ヴィシュヌの十のアヴァターラ(化身)が著名である。ヒンドゥーの信仰においてヴィュヌ神は、十の化身を通じて、全世界の安寧を護り、見守る神としての機能と役割を担っている。
 ヴィシュヌの十のアヴァターラ、化身は下記のようなものである。
1.マツヤ・アヴァターラ ヴィシュヌは、全ての世界を覆い尽くす大洪水が押し寄せたとき、マヌ(最初の人間)の救世主として、魚(サンスクリット:マツヤ)に生まれ変わった。
2.クールマ・アヴァターラ ヴィシュヌは、神々がアムリタ(生命の水)を得るために、乳海を攪拌した際、亀(クルマ)に生まれ変わり、マンダラ山を支えた。
3.ヴァラーハ・アヴァターラ 大地が海に呑込まれ、パタラ(地下世界)の暗闇に引き込まれようとしたとき、ヴィシュヌはイノシシ(ヴァラーハ)に生まれ変わった。かくて世界は再びもとに戻ったのである。
4.ナラシンハ・アヴァターラ ヒラニヤカシプという名のラクササが地上を専横し、残酷に支配したとき、ヴィシュヌは獅子人として生まれ変わった。ヒラニヤカシプは比類無い超能力と無敵の力を神から与えられていた。彼は昼も夜も死ぬことがなかった。ヴィシュヌの化身だけが彼を打倒することができたのである。
5.ヴァーマナ・アヴァターラ ヴィシュヌはダイティヤのバリを打倒するために倭人(こびと:ヴァーマナ)に化身した。バリは地上と天界に君臨したラクササ王であった。かくてヴィシュヌの化身である倭人はトゥリヴィクラマ(三重の闊歩)を為した。
 第一歩は東の地平線までいたり、第二歩はダイティヤ・バリの胸を踏み、バリは一瞬で消滅した。第三歩は西の地平線に至った。この三歩のトゥリヴィクラマは、太陽神であるヴィシュヌが、太陽が昇り中天にある時は世界を支配し、そして沈むことを描いている。
6.パラシュラマ・アヴァターラ ヴィシュヌは斧(パラシュ)をもったクシャトリアのラーマに化身した。その斧で彼は、クシャトリア・カーストの王が彼の父を殺したことへの復讐として、全世界のクシャトリアを殲滅した。
7. ラーマ・アヴァターラ ヴィシュヌは世界に災厄をもたらすラーヴァナを滅ぼすためにクシャトリアのラーマに化身した。このラーマ・アヴァターラは「ラーマーヤナ」に描かれ、著名である。
8.クリシュナ・アヴァターラ ヴィシュヌはマハーバーラタの人物、クリシュナに化身し正義を訴える戦いとしてパンダワの助言者、同盟者となり、カウラヴァに対抗した。かくてカウラヴァはバラタユダの戦いで滅ぼされたのである。
9.ブッダ・アヴァターラ ヴィシュヌは人間の宗教の混乱を防ぐためにブッダ(釈迦)に化身した。
10.カルキ・アヴァターラ 悪徳が頂点に達し破壊に脅かされる世界で悪徳と闘うために、ヴシュヌは剣を持ち馬に乗ったクシャトリアをして化身する。カルキは未来において正義と安寧を地上に取り戻す。

 これら十のアヴァターラには、ウィスヌの化身としてのアルジュノソスロは見出せない。ジャワのワヤンの世界では、アルジュノソスロはウィスヌの化身として取り上げられており、千の腕を持つ山のような大きさのラクササとなるトゥリウィクロモもできる。それに基づいて、アルジュノソスロバウの名は、千の腕を持つアルジュを意味するのである。
 インドにおけるトウリウィクロモの本来の意味は、ヴィシュヌの三重の闊歩であったが、ジャワのワヤンの世界では意味が変わり、恐ろしい山のようなラクササに変身することを指すようになった。ウィスヌの化身、クレスノが敵を圧倒するために恐るべき姿を示す時、彼はトゥリウィクロモするのである。演目「クレスノ使者に立つ」において、コラワによって害されようとしたクレスノは、ブラホロに変身し、コラワたちは恐れおののいて散り散りに逃げ去った。
 同じようにアルジュノソスロもまたスマントリとの一騎打ちの際トゥリウィクロモし、スマントリは彼の前になす術を持たなかったのである。
 ロモはシント奪回の戦いで絶望したとき、怒りを爆発させて巨大なラクササとなり、全世界を破壊しようとしたが、バトロ・ナロドになだめられた。
 ワヤンの世界では、トゥリウィクロモは、激怒の発露が全てではない。たとえば演目「クレスノ・グガ(Gugah=覚醒)」である。クレスノは森の中でラクササ姿にトゥリウィクロモした。これは身体だけで、彼の魂は天界へ昇り、神々の大バラタユダ実行計画の会議に臨席していた。ここでのクレスノのトゥリウィクロモは怒りによるものではない。かくて、彼の眠りを覚ますのが誰なのかが競い合われた。これをなし得た者はバラタユダで優位に立つことができるからである。
 アルジュノソスロもまた穏やかな心持ちでトゥリウィクロモしたことが物語られる。それは愛する妃デウィ・チトロワティと侍女たちが楽しめるようにヤムナ河を塞き止めたときである。その物語で、ワヤンを愛する人々の間では、アルジュノソスロは真にウィスヌ神の化身であるとされる。原典であるインドでは、この人物はウィスヌの十の化身(アヴァターラ)にはあげられていない。
 同じウィスヌの化身たるロモやクレスノと比較して、ワヤンの物語では、アルジュノソスロこそがアグン・ビナトロ(偉大な神たる)王として取り上げられている。彼は千の王国の王(ラトゥ・セウ・ヌゴロ)を支配した。自身の手を煩わすこと無く、スマントリを中核の臣として送り込むことで十分であった。彼は天上にも見出せないほど美しいスリウェダリの園を、新たに作ることなく手に入れることができた。ウキル・ウンタラからマエスパティの宮殿へ借りて来たのである。スマントリを助ける弟、スコスロノの超能力のおかげであった。
 ウィスヌの化身たるアルジュノソスロはまた、デウィ・スリの化身、チトロワティを妃とした。プラブ・アルジュノソスロの権威を示すため、800人の美しいプトリ・ドマス(domas=800)を妻とした。マエスパティ王国は大きく強力な国であると認められ、隣国から畏敬され、千の王たちから臣従された。化身たる王としてのロモやクレスノと比べてもはるかに超えている。しかしアルジュノソスロは人生の終わりに大いなる苦しみを味わうことになる。
 パティ・スウォンドの名で知られたスマントリがラウォノによって倒され、戦死したのち、続いてコロ・マリチョ(ラウォノの使者)によってもたらされた虚偽で、妃チトロワティが自殺する。アルジュノソスロはもはや生への情熱を失うにいたった。彼は死地を求めて旅立ったのである。王位と豪奢な生活は放棄された。彼は涅槃に達することを求めて彷徨い歩いた。ウィスヌ神としての使命は果たし終えたと信じた。彼は、ひじょうな努力で探し当てた、自身の中に存在したウィスヌを忘れ去ったのである。暗澹たる思いにしおれ、自身の魂を閉じてしまった。
 アルジュノソスロはロモパラスと出会った。二人とも思いは同じ、ウィスヌの手によって死を賜ることであった。アルジュノソスロは、ロモパラスがウィスヌの化身であることを察した。彼こそが探し求めていた彼を涅槃に至らしめる者である、と。一方ロモパラスもまた目の前にいる者がウィスヌの化身であり、彼を解脱へと導く人であると思ったのである。
 二人は互いに、喜んで相手に殺されようと願った。そして彼らは共にウィスヌの化身であることに気付いたのである。それぞれが武器を持ち、相手の胸に狙いを定めた。ロモパラスはすばやくバルゴワストロの矢を射放った。アルジュノソスロも弓を放ったが、バルゴワストロはそれより早く彼の胸を貫いた。アルジュノソスロは大地に崩れ落ち、その身体から解脱した。ウィスヌの手によって涅槃へ到るという願いは達せられた。一方ひとり残されたロモパラスは深い失望の中にいた。後に彼はクシャトリアのロモの放つグウォウィジョヨの矢によって解脱に至ることになる。
 以上に述べたアルジュノソスロの物語はインドのサンスクリット文学のうちで古くから知られており、「アルジュノ・ラウォノユド Arjuna-Rawanayuda」と題される。インドの原典は、モジョパイト時代にムプ・タントラル(Mpu Tantular)によってカカウィンの新しい文学作品として翻案され、「アルジュノソスロバウとラウォノ」と名付けられた。(訳注)ラウォノが殺されようとした時、ラウォノの祖父、ブラフマ・プラスティヨは、アルジュノソスロに慈悲を乞い、ラウォノは投獄され、二度とマエスパティに害をなさないと誓わされるだけですんだ。
 ムプ・タントゥラル作の「キタブ・アルジュノウィジョヨ」は、カルトスロ時代に新たに構成され、「スラット・カンド Serat Kandha」を生んだ。「スラット・カンド」をもとにして、スラカルタ王宮の詩人、キ・シンドゥサストロ Ki Sindusastra は、同様の題で新しい文学作品、「スラット・アルジュノソスロバウ Serat Arjunasasrabahu 」を著した。
 こうして、サンスクリット語をもちいたインド起源の文学作品は繰り返し翻訳され、新しい作品に生まれ変わり、ジャワ固有の要素が詰め込まれて行った。まさしく、H・ケルン教授がその著書の題名にしたように、ジャワの装いをしたインドの物語と呼ぶにふさわしいと言えよう。

(訳注)Mpu Tantular “Kakawin Arjunawijaya”のことである。

“Cempala Edisi Arjunasasrabahu”1998 , Humas PEPADI Pusat
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by gatotkaca | 2011-10-12 00:30 | 影絵・ワヤン | Comments(0)