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木から落ちた猿

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ビモ・スチ別ヴァージョン

「ビモ・スチ」のヴァージョンでエンシクロペディ版とスラット・プダランガン版は、ほぼ同じ内容だったのだが、チュムポロ版はかなり異なったプロットを採用しているので、参考までに下記に概説する。

ビモ・スチ Cempala版
 アスティノ国、プラブ・ドゥルユドノが家臣達と会議している。ビモはプダック・スミラットという庵にあり、ブガワン・ビモ・スチというプンデトとして暮らしている。彼は人生に幸福をもたらす、「魂の聖性」を全うするイルムを教えている、どうするべきかと。ワフユ・ヒダーヤト(Hidayat=手引き、指針)を手に入れ、これを解き明かすビモに教えを乞うのが良いとドゥルノがいう。しかし、スンクニは言う。コラワにとっての脅威である。ビモが弟子達を動員してコラワ殲滅を画するかもしれない。ビモのプンデトとしての活動を阻止し、滅するべきであると。ドゥルユドノはスンクニの意見をいれ、パデポアン・プダック・スミラットを攻撃することにした。
 一方、バタリ・ドゥルゴは神に拮抗しうる聖性を身につけたビモを滅するため、息子たちをパデポアン・プダック・スミラットに送る。
 プダック・スミラット山に集結したアスティノ軍を、ルシ・プラチョンドセトが迎え撃つ。カルノがルシ・プラチョンドセトを追いつめるが、アノマンが現れ、アスティノ軍は撃退される。
 アルジュノは祖父マハルシ・ウィヨソから、ビモを連れ戻すよう要請される。ウィヨソはいう。ビモにはクサトリアとしての使命がある。それは、パンダワ一族への責務である。デウィ・クンティはスンクニの皮で作った胸飾りを得るまでは胸当てをしないし、ドゥルパディは、ドゥルソソノの血で洗うまでは、その髪を結い上げることはない。これらはビモによって達成されなければならないのだ。ビモの本分はサトリヨであり、プンデトではない、と。プダック・スミラットへ向かうアルジュノはドゥルゴの息子たちを倒す。
 クルンドヨノの森にビモのアリ・アリ(胎盤)を守る黒いラクササがいた。バタリ・ドゥルゴは彼から、アリ・アリを奪い取る。バタリ・ドゥルゴがアリ・アリに生命の水、ティルト・パウィトロ をふりかけると、アリ・アリはビモと瓜二つの武将の姿となる。ドゥルゴは彼にビモ・トゥノヨの名を与え、プダック・スミラットに向かい、ビモに自分を森に打ち捨てておいた罪を問えと命じる。
パデポアン・プダック・スミラット。ブガワン・ビモ・スチが弟子たち「トゥンガル・バユ Tunggal Bayu 」に教えを説いている。弟子の顔ぶれは、アノマン、シトゥボンド象、ガルーダ・マハムビロ、ヤクソ・ジョヨウレクソである。ビモの教えは「スチ・ラハユ Suci Rahayu 」。人間のもつ五つの特性と、避けるべき六つの行為、日々行うべき八つの行為を説く。そこへビモ・トゥノヨがやって来る。ルシ・プラチョンドセト、ジョヨウレクソが迎え撃つが敗退し、ビモ・スチとビモ・トゥノヨの戦いとなる。両者の力は拮抗し、激しい戦いとなるが、ビモトゥノヨはビモスチのクク・ポンチョノコ(親指から生える長い爪)に指し貫かれる。ビモ・トゥノヨは元のアリ・アリに戻る。
 アルジュノとスマルがビモ・スチのもとへ現れ、ウィヨソの言葉を伝え、ビモを説得する。ビモは改心し、サトリヨの使命を全うするため山を下りる決意をする。プダック・スミラットはビモのアリ・アリ埋葬の地としてルシ・プラチョンドセトに託される。 
 かくてビモはアマルトに帰還し、パンダワ一族により祝福の宴が催される。(Cempala edisi:Bima 1996,Humas PEPADI Pusat ,Jakarta)

 前の2ヴァージョンでは、ビモが出家し、そのイルムを誇示することで、天界のブトロ・グルを動かす。ビモに降下したサン・ヒワン・ウェナンが、パンドゥたちの解放を約定させ、ビモは通常に戻る、という展開である。ビモがブガワンとなり出家する動機は、父たちの救済にあり、用が済めば通常に戻るつもりがある。
 このチュムポロ版では、ビモは自身の意思で出家しているようだ。アビヨソ(ウィヨソ)の反応などから察するに、ビモは出家して俗界と縁を切ろうとしているかのようである。そのビモをよってたかって、俗界へ戻し、バラタユダ(最後の大戦争)での仕事をさせようというわけである。個人的にはチュムポロ版(以下C版)のプロットの方が古態のように思える。「デウォ・ルチ」において覚醒したビモの聖性を強化しようとして、「ビモ・スチ」が作られ、C版のプロットが成立した。後にC版でのビモにある種の軟弱さを感じて、「パンドゥ・スワルゴ」の動機を取り込み、ビモの男振りを強化し直した、という成立順である。あくまで推定だが。
 ところで、C版で気になるのは、バタリ・ドゥルゴがビモと敵対するプロットが存するということである。おかげで、以前書いた「ドゥルゴ総論2011-07-23」を訂正するはめになった。
 ただ、ここでのドゥルゴの介入は、アルジュノへの敵対とは若干ニュアンスが異なるのではないかと思う。アルジュノを滅して、自身の息子デウォ・スラニをジャゴニン・デウォ(神の戦士)に据えたいという動機は、あくまでヒンドゥー世界内での敵役の範疇を出ない。C版「ビモ・スチ」でのドゥルゴの役割は、ビモがサトリヨの本分と責務(ヒンドゥー世界)を放棄してバラモンになろうとすることを止めることである。彼女は便宜上悪意を示すが、一族との絆を象徴するアリ・アリ(胎盤)をビモの分身として送り込み、彼をヒンドゥー世界に引き戻す。ビモの出家がイスラームの世界観を反映するともいえないが、少なくともワヤンの世界を崩壊させる契機にはなる(ビモが出家したままでは、お話にならないのである)。アルジュノへの敵対は、ワヤン世界のバランスを崩す契機として発動し、それが失敗に帰すことで世界が元の状態に収束する、というプロットである。それに対して、C版「ビモ・スチ」では世界のバランスを崩そうとするのは、ビモ自身の意思であり、ドゥルゴの介入と一族の説得で世界がもとにもどる。これは、本来的な意味での敵対とは異なると思うのだが、いかがなものだろう?
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by gatotkaca | 2011-07-26 08:35 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

パンダワ・ピトゥ その3 ビモ・スチ

 前回の項目2.について考えてみたい。
2.ビモが会得したイルム・カウル・パヌンガルニに対する天界との確執
 まず、イルム・カウル・パヌンガルニについてだが、さっぱりわからない。名称からすると、イルムIlum=教訓 カウル Kawruh=知識・英知に関するイルム パヌンガルニ Panunggalni=Tunggal 合一させる ということであろうから、「英知合一の教訓」となるのだろうか?いづれにしても、「デウォ・ルチ」における、ビモの覚醒を踏まえての設定ということにはなるだろう。そして、ビモが得た自身の教訓を、世界に広めようとして、天界との間(特にブトロ・グル)に確執が生じるという、このプロットには先行する演目「ビモ・スチ」がある。以下、「ビモ・スチ」のあらすじを紹介する。(エンシクロペディのヴァージョン)

ビモ・スチ Bimasuci
 ウルクドロはビモ・スチと称して、アルゴ・クロソの苦行所でプンデト(僧)となった。多くのサトリヨやプンデト(僧)は畏れと尊敬で対した。ビモがイルム・カサムプルナン、即ち生の完全生を解明する教義を体得したからである。(人は何処から来て、何処へ行くのか)。この事はバトロ・グルに邪推を起こさせた。人間たちが神に敬意を払わなくなるのではないか、と。
 バトロ・グルは、ビモ・スチのイルム(教義)を探るようバトロ・インドロに命じた。インドロは、ルシ・ドゥルポロというプンデトに姿を変えた。しかし、アルゴ・クロソに着くと、インドロはビモ・スチに心臆して、自身の任務を果たせなかった。さらにバトロ・グルとナロドでも、ビモ・スチの超能力と威厳には対抗し得ず、彼らはクレスノとプントデウォに助けを求めた。
 クレスノ、プントデウォそしてバトロ・グルは、ビモ・スチと対峙した時、彼らはサン・ルシ(ビモスチ)の額のひよめきから、輝く光が放射されるのを見た。この時、サン・ヒワン・ウェナン(唯一至高の神)がビモ・スチの体内にあり、全ての者は皆彼に跪いた。ビモスチはパンドゥとマドリムの霊魂が奈落から移されるよう求めた。バトロ・グルは了承した。かくてサン・ヒワン・ウェナンはビモ・スチの身体から去り、バトロ・グルとナロドも従ってカヤンガンへ帰った。ビモ・スチは再びウルクドロに戻った。
 このラコンはひじょうにポピュラーである。

 ここには 3.地獄におとされたパンダワの父,パンドゥと第二夫人マドリムの救出 のプロットも入っている。筆者の手元にある別ヴァージョン二種ではこのプロットは入っていないから、3.の話素は、「ビモ・スチ」の必須プロットではないと考えられる(チュムポロ「ビモ特集号」と、Srat Pedhalangan "Lampahan BIMO SUCI " Anom Sukatno ,Cendrawasih Surakarta)。筆者の手元に三種のヴァージョンがあるが、エンシクロペディ版とSrat Pedhalangan "Lampahan BIMO SUCI " Anom Sukatno ,Cendrawasih Surakarta版は3.の話素を含み、チュムポロ「ビモ特集号」版にはない。とはいえ、近年「ビモ・スチ」が「パンドゥ・スワルゴ」をプロットの一部として吸収しつつある、ということは言える。三種のヴァージョンの成立の前後は不確定ではあるが、元来は3.の話素を含まなかったのだが、近年「ビモ・スチ」が「パンドゥ・スワルゴ」をプロットの一部として吸収しつつある、ということが言えるかもしれない。*そしてその発展型として「パンダワ・ピトゥ」が現れたということではないだろうか。

 というわけで、ラコン(演目)「パンダワ・ピトゥ」は「パンドゥ・スワルゴ」+「ビモ・スチ」+αで出来た、いわば美味しいとこ取り、見せ場いっぱいの豪華新作ということになる。
 ただ、松本亮「ジャワ影絵芝居考」には、「パンドゥ・ポポ」での、パンダワの父パンドゥ・デウォノトが、イルム・サストロ・ジェンドロ・ユニングラトを広めようとしてブトロ・グルと対立し、ついには地獄に落とされるというプロットが紹介されているから、「パンダワ・ピトゥ」でのイルムをめぐる天界との確執、というプロットは、このパンドゥ関連のプロットをビモに当てはめたものなのかもしれない。そうであれば、「パンダワ・ピトゥ」の粉本となるのは「パンドゥ・スワルゴ」+「パンドゥ・ポポ」+αということになるだろう。

 なぜ、イルムを広めようとすると、天界との確執がおこるのか? という点は、いずれ改めて。今回はとりあえず、ラコン「パンダワ・ピトゥ」の構成要素を検討するに止めた。

*Srat Pedhalangan "Lampahan BIMO SUCI " Anom Sukatno ,Cendrawasih Surakarta はジャワ語の本なので読み落としていました。面目ない。筆者はジャワ語はまだ読めません(インドネシア語も幼児並みですが)。訂正しておきます。2011/7/26
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by gatotkaca | 2011-07-25 10:58 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

パンダワ・ピトゥ その2 パンドゥ・スワルゴ

 演目「パンダワ・ピトゥ」は、いくつかの主題を複合的に構成しているので、以下に整理してみたい。
1.パンダワとクレスノ、ボロデウォの結束=パンダワ・ピトゥ
2.ビモが会得したイルム・カウル・パヌンガルニに対する天界との確執
3.地獄におとされたパンダワの父,パンドゥと第二夫人マドリムの救出
4.残されたアルジュノの妻二人が変身して天界をおそい、結果的にはパンダワを救出する

 1.については、演目名にもなっている「パンダワ・ピトゥ」が宣言される、ということだけであって、実質的には、この演目の内容にほとんど影響しないので検討するまでもない。
 2.は別の演目「ビモ・スチ」と関連するか、あるいはパンドゥデウォノト関連のプロットを借用していると考えられる。これは次回とりあげる。

 今回は3.の主題を考えてみたい。この部分は本来、「パンダワ・ピトゥ」より以前に成立していたと思われる演目、「パンドゥ・スワルゴ Pandu Swarga」のプロットである。スワルゴは「天国」を意味し、ここではパンドゥが地獄の責め苦から解放されて、天界へ迎え入れられることとなる。「パンダワ・ピトゥ」の別名が「ビモ・スワルゴ」であることは、この演目が「パンドゥ・スワルゴ」を踏まえていることの傍証となるだろう(Bima Swarga だとビモが昇天するように誤解しそうであるが、先行する「パンドゥ・スワルゴ」との差別化のため、ビモの名を冠したのだろう)。以下、『チュムポロ』「ビモ特集号」の記載に基づき、「パンドゥ・スワルゴ」の展開を概説する。が、その前に前提となっているプロットをあらまし紹介しておく。
 パンダワ五王子の父、パンドゥデウォノト(パンドゥ)は、デウィ・クンティとデウィ・マドリムという二人の妃を迎え、盲目の兄、ダストロストロに代ってアスティノ国王に即位する。ある日、森へ狩りにでかけ、交合中の鹿を仕留める。鹿はルシ・キンドマニ(キミンドノ)の変身した姿であった(ルシは僧侶)。パンドゥの矢を受けたルシは、女と接すると死ぬという呪いをかける。呪いによって世継ぎをつくれなくなったパンドゥは、デウィ・クンティのもつ護符、神との間に子をもうけることのできるちからを借りて、ふたりの妻に子をもうけさせる。これがパンダワ五王子である。その後、パンドゥは肉欲に耐えきれなくなり、デウィ・マドリムに触れてこの世を去る。マドリムは夫の後を追い、残ったクンティが五王子を育てることとなる。

パンドゥ・スワルゴ
 アマルト国。パンダワ五王子の次男、ビモは、生前の罪により、地獄におちている父、パンドゥデウォノトを救うため、カヤンガン(天界)に昇ることを決意していた。パンドゥは、鹿に変身していたルシ・キミンドノを、それとは知らず誤って殺害した。その罪により、彼と第二夫人マドリムは、共に地獄におとされていたのである。パンドゥはかつて二度にわたって、カヤンガンを救ったことがある。ビダダリ(天界の妖精)、デウィ・スプロボとの結婚を望んで天界に攻め入ったキスケンド国王プラブ・ノゴポヨを打倒した。また、マンドゥラの武将、アルヨ・ウグロセノとデウィ・ワルシニを争った、パラングバルジョ国のプラブ・コロルチの侵略から、カヤンガンを守った。ルシ・キミンドノは鹿に変身したりしなければ、パンドゥの矢を受けて死ぬことはなかった。あくまで誤って犯した罪である。二度にわたる天界への貢献に比して、パンドゥが受けている罪は重すぎる、というのがビモの考えであった。母デウィ・クンティと兄弟たちは同意し、共にカヤンガンへ昇り、ブトロ・グルと交渉することとなったのである。
 一方、アスティノ国のプラブ・ドゥルユドノは、パンダワ五王子の不在につけ込み、アマルト国を攻めようと図るが、パンダワの息子たちに撃退される。(プラン・ガガル)
 道化たちプノカワンによるゴロゴロの場面を経て、ウィヨソとの対面を終え、その祝福を得たアルジュノは、苦行所をあとにする。
 カヤンガンへ向かうアルジュノを妨害するため、バタリ・ドゥルゴの息子、デウォスラニは配下を差し向ける。
 クルンドヨノの森でアルジュノはデウォスラニの手下をたおす。(プラン・クムバン)
 天界カヤンガン・ジュングリンサロコでパンダワたちはブトロ・グルと対面した。ビモは、パンドゥデウォノトのキミンドノ殺害への罰は、彼の天界への貢献に比して重すぎることを詰問した。その問いに対してブトロ・グルは答えた。パンドゥの罪は、キミンドノ殺害のみではない。彼はかつて、傲慢にもブトロ・グルの乗用牛、ルムブ・アンディニを借り受けたことがあり、その際神々に対して不敬をはたらいたのだ、と。しかしブトロ・グルは、息子たちのだれか一人が、天界の火山チョンドロディムコの地獄からパンドゥを救い出すことができたならば、その罪は許そうと約束した。息子の自己犠牲が、親の罪を相殺する、と。かくてビモはパンドゥを救い出すため、チョンドロディムコの火口に降りていった。兄弟たちと、デウィ・クンティも彼のあとを追った。
 危険きわまりないチョンドロディムコに飛び込もうとするビモを、クンティは止めようとする。ビモは、人の生き死には、サン・マハ・プンチプト(トゥハン・ヤン・マハ・エサ 唯一至高の神)の手の中にあるのだ、そしてひとりひとりの敬虔な神への思いをサン・マハ・プンチプトはご存知なのだ、と答え、四人の兄弟たちとスマルと共に、チョンドロディムコの火口へ飛び込んでいった。彼らが飛び込むと、パンドゥとマドリムの魂を苦しめ、猛っていた炎が静まった。スマルは言う。この奇跡は、ビモの聖性とサン・マハ・プンチプトへの敬虔さが起こしたものである、と。ビモはパンドゥとデウィ・マドリムの身体を高々と掲げ、チョンドロディムコの火口を後にした。ブトロ・グルはパンドゥとマドリムの罪を許し、彼らに天界でのすみかを用意した。かくてパンダワとクンティはアマルトへ帰還し、祝福と感謝の宴が催されたのである。

 ビモのまっすぐな気性と、親への献身を描いて、感動的な演目であると思う。ヒンドゥー世界が与える最高刑たるチョンドロディムコの炎を鎮めるのが、トゥハン・ヤン・マハ・エサを讃えるビモであるところが重要であろう。
 これが「パンダワ・ピトゥ」では、イルムを広めることに異議を申し立てたグルの意向で、まずビモとパンダワが地獄に落とされ、そこでパンドゥたちと出会う。そして天界へ攻め上って来たスムボドロ、スリカンディの変身したラクササを撃退するかわりに、父たちを解放させる、という手順になる。パンドゥ救出はなんとなく付けたしのようになっていしまい、パンドゥ救出を直接目的として天界にのり込む「パンドゥ・スワルゴ」の力強さに遠く及ばない。それにスムボドロ、スリカンディのくだりは、物語の展開がマッチポンプ式で、安易な感を否めない。パンドゥ救出のプロットは「パンドゥ・スワルゴ」のほうが優れていると思える。

(つづく)
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by gatotkaca | 2011-07-24 16:05 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

演目「パンダワ・ピトゥ」について その1

 先日、ガムラン・グループ『ランバン・サリ』のスタジオにて催された、「アジア文化講座『ワヤンの魅力を知ろう』第1回「ジャワのワヤン~上演現場から」講師:折田美木」に行ってきました。いろいろ ためになりました。ご自身が録画された、実際のワヤン上演の映像にあわせて折田さんが場面ごとに解説してくださる、という内容。折田さんの誠実なお人柄を感じさせる、好感のもてる話し振りがGood Job!な講座でした。
 さて、そこで今回取り上げられた演目が「パンドウォ(パンダワ)・ピトゥ」だったわけですが(ダランはキ・プルボ・アスモロ)、これはジャワ・オリジナルのチャランガン(ダランによる創作もの)のひとつで、けっこう著名なもの。Pituはジャワ語で数の「七」を意味します。「パンダワセブン」もしくは「パンダワ七人衆」というわけ。(カッコイイ!)わりと人気のある演目で、(多分題名がカッコイイからだと思う)、続編として「パンダワ・ソゴ(パンダワ九人衆)」というのもある。パンダワ五王子+クレスノとその兄ボロデウォ(プルボ版ではクレスノの従兄弟で子分のスティアキ)で七人衆を結成するのである(ソゴはこの七人+スマルとアノマンで九人)。でも七人衆自体はあんまり中身と関係なかったりする。
 というわけで、ルワタンの話が途中ではあるけれど、こちらを先にやることにしました。

 まずはあらすじ(またまたエンシクロペディによる)。

パンダワ・ピトゥ(パンダワ・セブン)Pandawa Pitu

 このラコンはわりと有名で、よく上演される。物語はアスティノの権力者ドゥルユドノの失望のさまから始まる。というのも、プラブ・ボロデウォが、プラブ・クレスノ同様に、とうとうパンダワと固い絆をむすんだからである。
 今やパンダワは五人ではなく七人となったのだ。(Pandawa Pitu. Pitu=7)
アマルトの宮殿で、プラブ・ボロデウォ、プラブ・クレスノはパンダワの五人とともに集まっていた。彼らはビモの話すイルム・カウル・パヌンガルニに関する教えに耳を傾けていた。
 そのイルムが広まることに神々は怒り、ブトロ・グルはブトロ・ナロドを遣わし、ビモに罰を与えるため、カヤンガンへ呼んだ。ビモは同意した。他のパンダワたちとプラブ・ボロデウォ、プラブ・クレスノは一族の運命に殉じることとした。彼らもまたカヤンガンへ共に行き、罰を受けることにしたのである。
 その頃トゥングルマラヤ国のバタリ・ドゥルゴはパンダワが罰を受けるためカヤンガンへ向った事を知り、デウォスラニにアマルト征服を命じた。デウォスラニがアルジュノに代わって、〈神の戦士=Jagoning Dewa〉となれるように。しかしデウォスラニはパンダワの息子たちに撃退されてしまった。
 マドゥコロではデウィ・スムボドロとデウィ・スリカンディが、パンダワが神の罰を受けなければならないことを大いに悲しみ、怒りを感じていた。彼女たちはかくてティウィクロモし、ブラホロ(巨大なラクササ)バドロヤクソとカンディヤクソとなった。
 二人のラスクシ(女ラクササ)はパンダワ返還を求めてカヤンガンへ向った。
 カヤンガンでは、パンダワとブトロ・グルが言い争いとなり、大いに怒ったブトロ・グルはパンダワをチョンドロディムコ火山に入れてしまった。アルジュノがチョンドロディムコの火口に入ると、全てのビダダリ(天界の美女)も後を追って飛び込んだ。
 その時、バドロヤクソとカンディヤクソがカヤンガンに到来し暴れ回った。神々は手に負えなかった。
 ブトロ・グルの許可を得て、ブトロ・ナロドはパンダワを、暴れ回る二人のブラホロに当たらせた。(ブラホロ鎮静に)成功すればパンダワの罪は無効となる。ビモは望まなかった。彼と兄弟たちは、パンドゥ・デウォノトとデウィ・マドリムが奈落から解放され天界に移されるならば、戦いに身を投じると言った。要求は満たされた。
 パンダワたちがバドロヤクソとカンディヤクソに対峙すると、二人のブラホロはデウィ・スムボドロとデウィ・スリカンディに戻った。

 プルボ版では、ボロデウォがスティアキに代えられ、スマルが超能力を使って、アルジュノのふたりの妻をラクササに変身させる。ほかは大体エンシクロペディに紹介されているプロットで上演していた。スティアキでは役不足な感があるが、まあ許せる範囲。スマルの扱いには異議がある。だいたいこのプルボ・アスモロという人は、ランバン・サリとの日本公演での「アルジュノ・ウィウォホ」でもそうだったが、スマルというキャラクターの大事な部分が分かっていない気がする。この件についても、いずれ書く。というわけで、ランバン・サリの方々には申し訳ないが、僕はこの人を一流のダラン(ダラン・スジャティ)だとは思っていない。あくまで私見だけど。
 この話は、核になる部分に元ネタ、というか別の演目があるので、その件は次回。
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by gatotkaca | 2011-07-23 17:20 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ドゥルゴ総論

 手元の資料は出し尽くしてしまったので、とりあえずまとめてみたい。

 インドのドゥルガーは、ジャワにおいても広く信仰されたが、モジョパイト王国時代にはこの女神に対する二つの異なった解釈が生じた。宮廷文化圏においては「デーヴィー・マハートミヤ」に代表されるプラーナ文献の解釈に比較的忠実な信仰が流通した。これは数々のチャンディに見られるマヒシャースラマルディニー像に代表される。しかし、民間信仰のレベルでは、シャクティ派の秘教的儀式(輪座礼拝など)に対する誤解等から、インドの説話を離れた独自の解釈が生まれ、広まっていった。こちらはキドゥンに代表される民間の文学作品においてさまざまなヴァリエーションを生み出したいった。民間信仰で生まれた解釈は、ドゥルガーの聖性をおとしめる方向に進む。そして、聖なる美神ウモが自身で犯した罪の報いとして、醜い羅刹姿のドゥルゴに変身させられる、という説話群を生み出し、モジョパイト崩壊後はこの民間信仰におけるドゥルゴ像が一般化していった。輪座礼拝における乱交に対する誤解が、崇拝されるべきドゥルガー像の悪しき方向への解釈を生み出したことは、ジャワ文化圏においてはインド文化圏よりも性に対して、少なくとも民間信仰レベルにおいては、より厳格で内罰的傾向が強かったことを示しているといえよう。またカーリー信仰における残酷性の強調もドゥルガーの羅刹化に影響していると思われる。
 ジャワ文化圏では、一柱の神の多面性を、多様な異なる姿で表現するというインド的表現は一般化せず、異なる神性は別々のキャラクターを形成した。ジャワでは系譜上の具体性を重視する傾向が強い。今でもジャワ人は家系図好きである。よって、ウマーとドゥルガーが、同時に存在し得るインド文化圏とは異なり、ジャワではウモとドゥルゴは、別の存在としてあり、同じ時間軸内には両立しないのである。ジャワにおいてはドゥルゴはウモが変身させられた姿であり、ドゥルゴがいる間は、ウモはいない。ドゥルゴがルワット(魔除け)されて初めてウモが復帰するのである。
インド  ドゥルガー=ウマー(パールヴァーティー) 同時存在
ジャワ1  ウモ→ドゥルゴ→ウモ  同一人物ではあるが、時系列の異なる存在
ジャワ2  ウモ→ドゥルゴ1→(魂を交換)プルモニ→ドゥルゴ2 ドゥルゴ1→ウモ
 となる。ジャワ2のヴァージョンではウモの復帰は早められ、ウモとドゥルゴを両立させることができるようになる。かわりにプルモニ=ドゥルゴとなるが、この場合も一定期間後にはルワットされてプルモニに戻ることになる。
 現在のワヤンでの解釈もジャワ1とジャワ2の両者が併存しており、松本亮氏が「ジャワ影絵芝居考」で取り上げている「ウィサングニの誕生」(ダラン、キ・スティノ)の解説では、ジャワ1説となっている。ドゥルゴとウモが同じ演目内で登場するのだが、ここではドゥルゴはあくまでウモの変身であり、同演目内でウモとされている人物は、ウモの後添いとなった娘、聖者がランティの木から生みおとしたウモと酷似するデウィ・ウモランティであると解される。
 ワヤンにおいては、先に紹介した演目群にみられるように、バタリ・ドゥルゴはマハバラタ演目群において、パンダワの敵対者として活躍する。ここで興味ぶかいのは、彼女が妨害するのは主にアルジュノであり、しかも多くの場合、息子のデウォスラニを通した間接的敵対者であることである。ビモと敵対する例は、寡聞にして知らない。ワヤンにおいて、アルジュノはいわばヒンドゥー的英雄であり、ダランに関する項目で述べたように、ビモは「デウォ・ルチ」等によって、イスラム的真理の体現者とされている。ということは、ドゥルゴは、ワヤンの世界では敵役にまでおとしめられたが、あくまで神である彼女がビモ(イスラム)と敵対することは慎重に避けられているように思える。*また、息子デウィスラニの欲望に踊らされる母としてのドゥルゴ像は、彼女を完全なる悪の化身とするにはしのびない、彼女に対するジャワ人の敬意を感じるのである。また、ドゥルゴの暴走をとどめ得るのがスマルである点も留意しておきたい。落ちたとはいえドゥルゴはやはり強力な女神であり、彼女を押し止める力を持つのは、ブトロ・グルを超える神性をもつスマルなのである。グルは多くの場合、ドゥルゴの口車にのせられ、ドゥルゴを支援する側にまわってしまう。ここにも松本亮氏が指摘するジャワイスラム化に伴うシヴァ(ブトロ・グル)の神聖を低下させる戦略が働いているといえよう。
 ウモ・ドゥルゴのドラマサイクルは、神代をあつかう演目「ムルウォコロ」でデウィ・ウモがブトロ・グル(シヴァ)に呪われてバタリ・ドゥルゴがうまれ、時代がくだってマハバラタ演目群でパンダワの敵対者として振る舞い、「スドモロ」においてサデウォ=グルのルワットを受けてウモに復帰するという経過を経て完結する。「スドモロ」の時代設定は、パンダワ五王子の末っ子サデウォが成人した後、マハバラタの大詰め、バラタユダ勃発前である。つまり「スドモロ」の時点より後にはワヤンの世界では、バタリ・ドゥルゴは存在しないということになるのである。

*ビモとドゥルゴが敵対する演目を一例見つけたので、この言説は撤回する。「ビモ・スチ Bima Suci」である。
 しかし、「ビモ・スチ」での敵対関係は、アルジュノとのそれとは若干ニュアンスが異なるようにも思える。
 別項で考えてみたい。2011/7/23 訂正
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by gatotkaca | 2011-07-23 15:45 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ルワタン その2

準備と供物
 ルワタンの儀式には3種の準備がある。トゥウハン tuwuhan、アングロ nglo またプドゥパアン Pedupaan である。また、白いカイン、初おろしの五反の布、印を押した二束の米、木綿の糸、そして数種の供物もある。
 トゥウハンは、茎についたままで、葉もついた熟したピサン・ラジャ(バナナの一種)の房、若いクラパ・ガディン(ヤシの実)(cengkir)、根と葉のついたトゥブ・ウルン tebu wulung(tebu hitam) (森に自生する植物の一種)、ブリンギン(バニヤン、ガジュマル)の葉、エロelo(訳注:keloであれば豆科の植物)の葉、ダダップ dadap の葉、クルウィ(その実がナンカと似ている植物)の葉、アラン・アラン草の葉、マジャ(beal)の葉、カチャン・コロ(豆の一種)の葉を用意する。トゥウハンは、ジャワの風習に則った結婚の祝言におけるように、正門の左右に積まれる。
 彫琢を施されたピナンの若い花(スカル・ジャムベまたスカル・マヤンともいう)と共に、丈夫を刈り取られたクラパ・ガディンの未熟な実も用意される。ピナンの花はクリルの裏、左右に置かれる。
 ダランの傍らには、アングロ(火鉢)とプドゥパアン(香炉)が置かれ、キ・ダランは香炉からの芳香を上演の間中ふりまく。
 三メートル近い白布は、土台となるグドボの下に広げられ、その上にはバラの花がばらまかれる。キ・ダランは白い布の端に座り、もう一方の端には、ルワットを望む子どもが座る。
 食べ物のスサジ(供物)は、白米、ナシ・プナル(ナシ・クニン サフランで黄色く染めた米)、ナシ・ランギ(数種のおがずを乗せたご飯)、ナシ・ゴレン(焼き飯)、トムプン(米を円柱状にしたもの)・ロビョン、トゥムプン・クンディットである。また、お粥(ブブル)は、ブブル・プティ、ブブル・メラ、ブブル・メラ・プティ、ブブル・ボロボロ、そしてブブル・パランが用意される。
 他に生贄として鶏、アヒル、鳩も用意される。
 社会学研究者は、ルワタンの伝統は、ダランたちが民衆からの尊敬と必要性を確たるものとするためにあったと推測する。古い時代について述べているワヤンの歴史書によれば、ダランは、ルワタンの儀式を行う前に各々、超能力を有するとされる宮廷のダラン=キ・アグン・マスの許可を得なければならないとされている。

様々なマントラ(呪文)
 いくつかの共同体、とくにジャワ語圏では、バトロ・コロが危険で脅威を与える存在であると厚く信じられている。というのも、ルワタンの儀式は、頻繁とはいわないが、今もまだ確実に人々によって催されているからである。子どもをルワットする彼らは、憶えて、唱えられなければならない特別なマントラ(呪文)の恩恵と魔力を信じている。
 以下は、ルワタンの儀式におけるワヤン・クリ・プルウォで一般に使用されるマントラの幾つかである。

1.ラジャ・コロチョクロ Rajah Kalacakra
オウム……
ヨ モロジョ、ジョロモ ヨ
ヨ マラニ、ニロモ ヨ
ヨ シロポ、ポロシ ヨ
ヨ ミドゥル、ルドゥミ ヨ
ヨ ダユディ、ディユド ヨ
ヨ シホモ、モホシ ヨ
ヨ シヨチョ、チョヨシ ヨ
ヨ ミドソ、ソドミ ヨ
エエ カン グワサニ、トゥルコ シロ
エエ カン グルンチョノ、マリヨ シロ
エエ カン ニロコニ、イロゴ カルウィホニロ
エエ カン ガウェ ルウェ、アマルゴノ
エエ カン ガウェ ムララト、アニュギホノ
エエ カン ムガンギ、イロンゴ ククアタニロ
エエ カン ナンソヨ、アシホ シロ
エエ カン マライ ドソ、スミンキロ シロ
オウム……
アウィガン アストゥ

2.プルウォニン・ドゥマディ Perwaning Dumadi
(以下マントラそのものは略す)
3.マントゥラ・チョロコバリック Mantera Carakabalik
4.マントゥラ・サンティパルウォ Mantera Santiparwa
 マントゥラ・シンガ・シンガ Mantera Singgah-singgah
4.(*原文ママ)マントゥラ・サストロ・トゥラック Mantera Sastra Telak
 マンテゥラ・バニャ・ダラン
5.アジアン・バニャ・ダラン Ajian Banya Dalang

儀式の次第
 ある地域と他の地域では、時によりルワタンの儀式の次第は異なる。とはいえ、普通その違いは根本的なものではない。一般的には儀式の次第は以下のようである。

散水の儀式 Upacara Siraman
 キ・ダランの指図と指導で、母親が、ルワットされる子どもに水をふりかける。この儀式には、同じ園から採れた花を入れた水盤(貝殻を用いることもある)が使用される。そのあと子どもは、ジャワ伝統の着物を与えられ、導かれて両親、それから祖父母、ピニセプ pinisepuh(世話役)に拝跪(sungkem)する。

スサジとスラマタン(祭式と救済)
 キ・ダランは祈りを捧げながら、スサジの準備をし、救済の儀式が続く。時にはこのスラマタンはキ・ダランの近しい聖職者によることもある。スラマタンの儀式の中核は、子ども、両親、その一族に対するトゥハン・ヤン・マハ・エサ(唯一至高の神)からの祝福を乞うことにある。

サラナ sarana(?)の引き渡し
 ガムランがなり始め、上演が始まるとキ・ダランは、五つに切ったテブ・ウルン(赤サトウキビ)、21個のジャスミンの花、そして成長しはじめの椰子の芽ひとつを、子どもが両親に渡すよう指示する。代わりに両親は、子どもの衣服(洗ったもの)を、キ・ダランに差し出す。

ルワタンの演目の上演
 通常、ルワタンの儀式で上演される演目は三種類ある。ムルウォコロ、スドモロ、そしてバラタユダの演目である。この演目は子どものルワットの儀式で上演されるもので、流行とは関係ない。

断髪
 上演の中程で、キ・ダランは上演中の演目を中断する。両親は子どもを、キ・ダランの近くに案内する。キ・ダランの前で子どもはもう一度拝跪する。そしてキ・ダランは子どもを膝に抱き、母親が子どもの髪を少し切る。切り取られた髪はキ・ダランに差し出される。さらにキ・ダランは、切り取られた髪を、数時間前に受け取った子どもの衣服で包む。この包みは母親に戻され、翌日、土に埋められる、あるいは水に流される。彼らが会場の外に出たあと、キ・ダランは上演を最後まで続ける。

Tirakatan (眠ることの禁止)
 その日の夜、家族の全て、とりわけ両親と(ルワットされる)子どもは眠ることを禁じられる。その子どもは真夜中になるまで眠ってはならない。一方、その父と母は夜を徹して眠ってはならない。
 ふつう、この禁止は、ワヤン上演に対しても適用される。ダランは午後にルワタンを行うことができる。一般的な、若いクサトリアが、理想に達しようとする戦いを物語る演目が選ばれることもある。
 定められた演目での伝統的ルワタンは、ジャワの民衆、バリ、スンダ,西ジャワの民衆によってのみ行われる。西ジャワの地域ではルワタンはワヤン・ゴレ・プルウォ・スンダによって行われる。

 以上、エンシクロペディ・ワヤン・インドネシア セノワンギ刊 によった。
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by gatotkaca | 2011-07-22 00:02 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

ルワタン その1

 数あるワヤンの演目でも、最重要なもののひとつが「ムルウォコロ」であるが、これを説明するにはまず、ルワタンRuwatan の説明が必要である。というわけで、以下ルワタンの説明がしばらく続く。
 例によってエンシクロペディ・ワヤンが一番まとまって説明しているので紹介しておく。

ルワタン Ruwatan

 ジャワ人、スンダ人、バリ人の間で著名な、厄除けの儀式のひとつ。この儀式は人や子どもが、バトロ・コロの脅威を避けることができるよう、ルワットされることを目的とする。通常、この儀式はワヤン・クリ・プルウォの演目「ムルウォコロ」の上演をおこなうことでなされる。

 ジャワの共同体においては、昔から、特定の人々の人生にはいつもバトロ・コロの脅威が影を落としてる。そのような人々はスクルト sukerta と呼ばれる。スクルトに属する人々とは、
1.オンタン・アンティン Ontang-anting 男でも女でも、一人っ子の子ども。
2.クドノ・クディニ Kedana-kedini ひとりが男でもう一人が女の兄弟
3.ウグル・ウグル・ラワン Uger-uger lawang 男の二人兄弟
4.ルムンティン Lumuntng 後産なしで生まれたこども
5.スンダン・カピ・パンチュラン Sendang kapit pancuran 上から男、女、男の兄弟
6.パンチュラン・カピ・スンダン Pancuran kapit sendang 4番の逆(女,男、女)
7.クムバン・スパサン Kembang sepasang 女二人の兄弟
8.サロムボ Saramba 全て男の四人兄弟
9.サリムピ Sarimpi 全て女の四人兄弟
10.パンドウォ Pandawa 全て男の五人兄弟
11パンダウィ Pandawi 全て女の五人兄弟
12.パンドウォ・イピル・イピル Pandawa ipil-ipil 男五人、女四人で末っ子が男
13.ジュルンプジュ Julungpujut 日没に生まれた子
14.ジュルンワンギ Julungwangi 日の出に生まれた子
15.ジュルンスンサン Julungsungsang 太陽が中天にある時に生まれた子
16.クムバル・ダムピ kembar dampit 男と女の双子
17.クムバル・ゴンダン・カシ Kembar gondang-kasih ひとりが白子(アルビノ)で生まれた双子
18.タワン・ガントゥガン Tawang gantungan 一日あるいはそれ以上の時間をあけて生まれた双子
19.ウンクス Wungkus 胞衣(えな)に包まれて生まれた赤ん坊(ビモのように)
20.ウンクル Wumgkul アリ・アリ(embingあるいはplasenta 後産)が無く生まれた赤ん坊
21.ティバ・サムピル Tiba sampr へその緒が首にからんで生まれた赤ん坊
22.ティバ・ウンクル Tiba ungker へその緒が身体(首ではない)に絡んで生まれた赤ん坊
23.ジュムピノ Jempina 7ヶ月かそれ以前で早産した赤ん坊
24.マルゴノ Margana 家でなく、道端で生まれた赤ん坊
25.スカル・スパサンSekar sepasang 全て女の二人子
26.飯炊きの道具ダンダンをひっくり返した者
27.日干ししている植物の種をひっくり返した者
28.米を炊いている最中、まだ炊きあがらないうちに出掛けた女
29.寝床のくぼみにごみを隠すのが好きな人
30.ガンディック ganghik (刻んだ石)を散らかす人
31.トゥトゥップ・ケオン tutup keong なしの家を建てた人
32.マルゴノ Margana 旅行先で生まれた子
33.ワホノ Wahana 庭で生まれた子
34..ジシム・ルラク Jisim lelaku ひとりで徒歩で遠出して、森やさびしい場所を通っている人
35.トゥノ・ボポ Tuna bapa 生まれたその日に親を亡くした子
36.マデ Made 御座を敷いていない木の寝台で生まれた子
37.クレスノ Kresna 父も母も黒い肌ではないのに、黒い肌で生まれた子
38.家の中で塩を撒いて捨てるのが好きな人
39.頬杖をつきながら入り口の敷居に座るのが好きな人
40.髪、毛、骨を焼くのが好きな人
 その他まだ多数ある。
 スクルトに属する人の数と種類は,広い範囲にわたる。パクム・パングルワタン・ムルウォ・コロの書によればスクルトの子どもの種類は60種を数える。16種のみと数えるものもあり、24種と数えるものもあり、39、36、40そして60種類というものもある。ラデン・ガブイ・ロンゴワルシト Raden Nabehi Rannggawarsita の表したスラット・プストコ・ロジョ・プルウォ Serat pustaka Raja Purwa の書によれば、136種類のスクルトの存在を数える。
 彼らはルワットされれば、バトロ・コロの脅威から免れる。彼らをルワットするための儀式こそがルワタンなのである。ある子どもがスクルトに属するとして、ルワットされることが無ければ、つねにバトロ・コロに餌食として狙われ続けることになる。
 ルワタンの儀式は、ひとりのルワタンのダランによって導かれる。通常彼は、年令を重ねた年長の高い教養を身につけた人である。様々な供物が供せられる他に、ルワットされる子どもはまず、儀式が行われる前に、花を浮かべた水で沐浴しなければならない。その後ルワットされる子どもは、純白の着物を着る。
 ルワタンのダランはかくてルワットされる子どもを養子としてとりあげ、バトロ・コロが近づこうとする気にならないようにするのである。
(つづく)
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by gatotkaca | 2011-07-21 00:23 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

トゥトゥップ・ケオンて何だ?

 ジャワにはルワタンという、いわば厄除けのような儀式がある。それは、人食いのブトロ・コロというラクササ(羅刹・おに)の餌食にならないようにお祓いしてもらう、というものなのだが、ブトロ・コロもやみくもに人を食う訳ではない。彼が餌食にしていい人間には条件があり、その条件にかなった人はスクルタ(スクルト Sukerta)と呼ばれる。たとえば、男の一人っ子とか、女,男,女の順の兄弟とか、釜をひっくりかえしたやつ、なんてのもある。スクルタじゃなければ大丈夫なのだが、スクルタの種類は16〜136、あるいはそれ以上種類があるというのだから、どれがスクルタで、どれが違うかなど分かりゃしないのである。だから大概のジャワ人はルワタンをやるようである。ここ十数年来は、経費節約のため、集団ルワタンというのが流行っているようだ。まあ、ルワタンのことは、回を改めて詳しくやるつもりなので、今回はこれ。

 スクルトの31.トゥトゥップ・ケオン tutup keong なしの家を建てた人

 である。(縛道の三十六!by Bleachみたいだな)これをやっちまった奴は、ブトロ・コロの餌食なのである(ルワタンしない限り)が、 tutup keongって何? tutupは閉じる、とか閉めるという意味で、 keongはカタツムリなのであるが、だから何?それがどうして家にくっついてるわけ?
 と、まあ長年、ここ十年くらいず〜っと分からなかったのだが、(鬼瓦ではないかと思っていた)  アハハッハハハハハッハハハッハハハッハハッハハ!分かりました!分かったのでありマス!

 それはこれ↓
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こちらよくあるジャワの村落住宅です。三角屋根がありましょう?その三角のここ!(赤いとこ)
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 これが、トゥトゥップ・ケオンなのでありました。日本でいうと「うだつ」?ちょっと違うか。
とにかく、瓦の部分ではなく、横にあるんだね。三角の基点になってるわけだ。ところで、なぜカタツムリなのかというと、よ〜く観ると、トゥトゥップ・ケオンの根元がクルリンと丸くなってるざんしょ。これをカタツムリに見立ててあるわけね。何はともあれ、長年のなぞが解けてめでたい!
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by gatotkaca | 2011-07-20 00:31 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

月琴ワークショップ@そら庵

 月光楽団の記事にコメントを下さったCHARLIE ZHANG氏主催の「月琴ワークショップ@そら庵」にいってきました。「そら庵」は東京・深川にあるイベントスペース&ブックカフェで、さまざまなイベントを企画・開催している。隅田川のほとり、万年橋近く「芭蕉稲荷神社」の前にある。
 
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 師匠のCHARLIE ZHANG氏はじめ、みなさん気さくな方たちで、とても楽しい時間を過ごすことができました。とはいえ、みなさんやってることは高度で、小生は眺めているだけに終始しましたが……。月光楽団は五線譜でやっているのですが、こちらは本格的に工尺譜(こうせきふ)*でやっていらした。小生、工尺譜はまだ読めませぬ。
 *文字譜の一種で、中国・朝鮮・日本など、漢字圏の国々で広く行われていた楽譜の表記法。「低いソ、低いラ、低いシ、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ」にあたる音階を、それぞれ「合、四、一、上、尺、工、凡、六、五、乙」の漢字を用いて表記した楽譜
 本日皆さんは「如意串」と「厦門流水」という曲を練習されていました。この二曲は同時に演奏することができ、お互いがカウンターメロディーになってるのだそうな。明清楽の曲には、こういう一緒に演奏できるものがいくつかあって、資料をみると昔の人たちもそうして二つの曲をハモらせて楽しんでいたようだ、とのこと。ビックリである。チェット・アトキンスがやった、ヤンキー・ドゥードゥルとディキシーを一緒に弾いてヤンキー・ドゥードゥル・ディキシーにしたような感じ?
 CHARLIE師匠からは明清楽と月琴について、いろいろ興味深い話を伺うことができた。(師匠、ありがとうございました!)暑さに弱い師匠が、避暑地に出てしまうため、本ワークショップ、次回の開催は十月半ばころになるそうな。また、伺いたく存じ上げます。
 ちなみにこちらの楽団名は「そら庵大川端清楽団」(そらあんおおかわばたしんがくだん)通称SOS団である。(今日は涼宮ハルヒは不在であった)

*CHARLIIE 師匠のHP「斗酒庵茶房」はこちら
 師匠の月琴修復と製作の様子はこちらに詳しい。「月のあしび
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by gatotkaca | 2011-07-18 00:22 | 音楽 | Comments(0)

ワヤンでのバタリ・ドゥルゴ その2

 ワヤンの演目においてバタリ・ドゥルゴは、主にパンダワに対する敵対者、あるいは試練を与える者として登場する。彼女が直接手を下した場合は、スマルが神性啓示して撃退することが多く、ほとんどが同工異曲のチャランガンである。以下に、その1ではふれられていないドゥルゴの登場する演目の演目名(これが全てではもちろんない)と、その際の彼女の役どころを記す。なお、たびたび登場するデウォスラニ Dewasrani はドゥルゴの息子である。(父は判然としないが、バトロ・グルであるという説も有力である)

Yamawidura Krama ヨモウィドゥロの結婚
 デウィ・パドマリニをめぐるヨモウィドゥロとデウォスラニとの争い。破れたデウィスラニを救出する。
Parta Krama パルト・クロモ(アルジュノとスムボドロの結婚)
 スムボドロが出した六つの結婚の条件のうちのひとつ、「婚礼の行列を先導するための百頭の、脚先が白い大きな水牛」を借りる相手としてバタリ・ドゥルゴが登場する。(これには諸説あり、ドゥルゴではなくバトロ・ゴノ=ガネーシャの場合もある)
Wahuyu Cakraningrat ワフユ・チャクラニングラト
 天啓ワフユ・チャクラニングラトの争奪戦においてデウォスラニを援助する。
Semar Nbagung Klampis Ireng スマル、クラムピスイルンを建設する
 スマルが建設した街、クラムピス・イルンを破壊しようとするコラワに協力。スマルの超能力に敗れる。
Semar Maneges スマル瞑想に入る
 スマルが瞑想に入ったすきにパンダワを攻撃するコラワに助勢する。カルノの矢に変身し、アルジュノを打ち負かすが、スマルによって撃退される。
Bambang Manonbawa atau Bambang Manon Manonton
バムバン・マノンボウォ あるいは バムバン・マノン・マノントン
 クレスノに化け、パンダワに害をなそうとしたデウォスラニに加勢するが、スマルに撃退される。
Wisanggeni Lair ウィサングニの誕生
 アルジュノとデウィ・ドゥルソノロの結婚が語られる。この時、トゥングルマラヤの王デウォスラニもまたデウィ・ドゥルソノロとの結婚を望んでいた。
 息子の希望を叶えるため、バタリ・ドゥルゴはバトロ・グルに、デウォスラニがドゥルソノロと結婚できるようにと、そそのかした。バトロ・グルはこれを認め、ドゥルソノロの父、バトロ・ブロモに命じてデウィ・ドゥルソノロとアルジュノを別れさせた。
 妊娠中のデウィ・ドゥルソノロは、バトロ・ブロモによってデウォスラニに引き渡され、トゥングルマラヤへ連れて行かれた。デウィ・ドゥルソノロが出産した時、赤ん坊はチョンドロディムコの火口へ投げ捨てられた。しかし赤ん坊は死なず、その身体は超能力に溢れた武将となった。
 その赤ん坊はバンバン・ウィサングニと名付けられ、彼はデウィ・ドゥルソノロを再びアルジュノの妻とする事を成し遂げた。
Partanadi パルトナディ
 アルジュノに取って代わってティンジョモヨの王になりたいと望んだコロ・イロムボはバタリ・ドゥルゴの手助けを得る。
Baladewa-Balarama ボロデウォ・ボロロモ
 バタリ・ドゥルゴは三人の息子たちをスティヤキに、ブトロ・コロをボロデウォに変身させ、パンダワを混乱に陥らせるが、スマルが解決する。
Merak Mas 黄金の孔雀
 アスティノでブガワン・サブドジャティはパンダワ殺害を請け負う。スマルによってバタリ・ドゥルゴの正体を現す。
Sapu Denda サプ・ドゥンド
 バタリ・ドゥルゴは、ブロジョスクティとしてコラワに加勢する。スマルに敗れて正体を現す。
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by gatotkaca | 2011-07-16 00:02 | 影絵・ワヤン | Comments(0)