ブログトップ

木から落ちた猿

gatotkaca.exblog.jp

<   2011年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧

ぼんくライブ(錦影絵トーク)inさばの湯@経堂

a0203553_13392028.jpg


 ボケボケの幽霊写真で申し訳ない。なんだと思われますか?
 実はこれ、錦影絵で用いる種(タネ)板と呼ばれるものである。
 錦影絵は、一種のスライド映写機を用いて演じる幻灯芝居ともいうべきものである。「風呂」と呼ばれる映写装置(錦影絵では四台用いる)、フィルムのコマのようにカラーの絵が描かれたスライド式のガラス板「種板」、そしてそれを映写する和紙のスクリーンで、ひとそろいとなる。
 風呂には電球が内蔵され、レンズが仕込まれている。種板は演目ごとになん枚かがセットになっいる。上演に際しては、四台の風呂を並べ、風呂を切り替えたり、種板をすばやくスライドさせたりして動きをつける。場合によっては、風呂をかかえて動かし、人物が歩くさまを演出したりもする。
 江戸時代後期に発展し、明治頃までは専用の小屋があるほど隆盛を極めたが、活動写真の登場に伴って、急速に衰退した。
 *錦影絵についてはここに詳しい。

 ワヤン協会の盟友にして敏腕編集者、中村伸氏からのお誘いで、昨夕(5/30)催された、「ぼんくライブ(錦影絵についてのトーク)」(於:お湯かふぇ さばのゆ 世田谷区・経堂)に行って来た。桂吉坊さんと錦影絵などを応援する「ぼんくら」プロジェクト・ライブの一環である。(出演:桂吉坊さん、ゲスト:中村伸さん、恩田えりさん)
 桂吉坊さんは故・桂吉朝さんのお弟子で、桂米朝さんの孫弟子にあたる方である。
 *桂吉坊さんのサイト
 米朝師匠がかつて、錦影絵の技術を伝承する山田健三郎氏から、その機材一式を譲り受け、以来米朝一門による上映会が開かれている。吉坊さんは桂まん我さんとともに吉朝・米左コンビの後を受け、錦影絵の上映活動をおこなっておられるのである。
 今回のライブはその錦影絵の紹介および、実演もまじえてのなかなか贅沢な催しであった。
 現存する風呂と種板は、明治後半(45年だったかな?)に製作されたもので、長年の酷使と老朽化でいよいよ使用に耐えなくなってきているとのことであった。吉坊さんは、各所に熱心に働きかけ、このたび、歌舞伎や時代劇の道具を作っている藤波小道具で風呂と種板が復元された。新品の風呂を抱えて吉坊さんもご満悦の様子であった。(とはいえ、実演の際、お古の風呂をいとおしそうに扱う姿もまた心地よい)
 藤波小道具の若手の方々四名で、この復元プロジェクトに協力なさっておられるとのこと。会場には四方もおみえになっており、お話を伺うことができた。風呂に使用する木材の選定から、ガラス絵に使用する顔料まで、試行錯誤と挑戦魂でしずかに、しかし熱く語る彼らの姿に胸が熱くなった。
 軽妙かつ真摯な語りと、センスのよい風呂さばきで、みごとな錦影絵をみせてくださった吉坊さん。応援してます。デジタルでタイムリー重視の輿論の中で、アナログでアナクロな世界を愛する人々に乾杯!
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-31 17:39 | 影絵・ワヤン | Comments(0)

切り絵作り3

 雨がやんだので、貼ってみます。
 切り絵の裏にスプレーのりをかけます。我が家の場合、室内ではのりが霧散して大変なことになるので、玄関先でやります。であるから、雨が降っている時はできません。

a0203553_157611.jpg


 裏にスプレーのりをかけたら、クッキングシートの上に仮置きしておきます。クッキングシートはのりのかかった紙を乗せてもくっつかないので、仮置にとても重宝します。あまり使いすぎると調理担当からクレームがつくので、できるだけ使い回します。
 のりは、あまり粘着力の強くないものを使った方が、貼り損なったときの整形や貼り直しがきくので便利です。私は3Mの55を使ってます。以前77を使っていた時はぐちゃぐちゃになった時修復不可能で、泣きました。

a0203553_14434068.jpg

 クッキングシートごと、台紙の上にのせて、どの辺に貼るか見当をつけます。

 シートの外に切り絵を少しずらして、台紙に一部分だけてんてんと貼ります。そのままシートだけそっと引き抜いて、切り絵を台紙に固定します。

a0203553_14435011.jpg

 とりあえず完成。あとは台紙の余分を裁ち落して、気が向いたら額に入れたりします。
a0203553_1444977.jpg

 the End
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-30 15:00 | 切り絵 | Comments(0)

切り絵作り2

a0203553_11273262.jpg


 半分くらい切り終わりました。切る順番は外周の細かいところから中心に向かって進めます。
a0203553_1127917.jpg

 切り終わり。下は同時に切り抜いている下絵のコピーです。ものによってはこちらも切り絵になります。
a0203553_11272162.jpg

明かりに透かすとこんな感じ。
a0203553_11271244.jpg

 この後台紙に貼りますが、我家の場合、雨の日はできません。
 To be continued
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-29 11:34 | 切り絵 | Comments(0)

菖蒲と燕

 先日、江戸川区の小岩菖蒲園へ気晴らしに出掛けた。
a0203553_013998.jpg


 江戸川河川敷のグラウンド脇にある公園なのだが、5万本ほどの株があり、満開なら見応え十分な菖蒲園である。
 さすがにまだ満開とはいかなかったが、ちらほらと花が咲き、ツバメが飛び交う。遠足の小学生達の甲高い声さえも、ここでは心地よい。
 ちなみにここはムジナモ発見の地であるそうで、記念碑がたっている。もうすこししたらまた行ってみよう。そのときは菖蒲も満開でありますように。
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-29 00:30 | 切り絵 | Comments(0)

さいたまスーパーアリーナ 骨董アンティークフェア

 今日(5月25日)、月光楽団の森繁さんにお誘いいただいたので、「さいたまスーパーアリーナ骨董アンティークフェア」へ行って来た。230店舗が出店する大規模な骨董市である。
 眼目の月琴はみあたらなかったが、薩摩琵琶を発見、食指が動いたが、17万円以上の値がついていたので、断念。薩摩琵琶にしてはやけに小振りだったので、もしかすると飾り用のレプリカか?
 キセルやタバコ盆にも目がいった。値段が微妙に買えそうな設定なので、小銭を持っていたら散財必至である。根付けも可愛かったなぁ。
 月光楽団のコスプレ用に袴を物色する。(バイオリン演歌師の扮装用である。)袴2千円なりを購入し、ふと目を移すと……。紬の羽織、着物、長襦袢、帯のセットで1万円を発見!よこで森繁さんがしきりに「おお!これはいいですねぇ。お買い得です!」と耳打ちする。結局、計1万2千円の散財となった。
 家に帰り、さっそく着てみると、丈が足らん。う〜む、仕立て直さねばならぬか……。さらなる散財の予感。
 なんだかんだで、男と言えど、お買い物は楽しいのである。
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-25 20:16 | 雑記 | Comments(0)

犬はむづかしい

a0203553_2220744.jpg


 う〜む、犬はむずかしい。
 黒い紙に直接下絵をかいてダイレクトに切ってます。(めんどくさいから)
 gardenさんも犬はむづかしい、とブログにお書きになってました。(diary 2011-05-22 17:35)
 http://gardenote.com/index.htm
 この方は動植物を繊細に描いて、とても美しい切り絵を作られます。そのgardenさんもむづかしいとおっしゃるのであるから、(gardenさんの切る犬はとても美しいです)やはり犬はむづかしいのであろう。(僕がへたというだけではなく)。そういえば、浮世絵・日本画でも、油絵でも古今、犬を満足のいく絵にしたてたものは少ない。

 なぜなのか?猫は犬より楽である。なんとかさまになる。暫時熟考………。

 ユリイカ!
 犬はアホヅラだから絵にならぬのだ!犬はカリカチュア的に描く場合はよいのだが、シリアスに描こうとするとどうしてもさまにならぬ。それは犬の基本顔がアホヅラだからなのだ。オオカミであればかっこよく絵になるし、猫もまた然り。馬も牛も絵になる。
 彼らは人間を心からは信用していない。だから時折びっくりするほどシリアスな顔をする。しかし、我らがワンコは、これはもうまったく人間を信頼しきっているのである(虐待を受ける等の特別の場合を除く)。だから人間が絵に描こうとすると、こちらに向ける顔が必然的にアホヅラになる。よって少なくとも人間が彼らを描こうとすればアホヅラを描かねばならぬ。これは絵にならぬ。
 納得!
 
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-24 10:00 | 切り絵 | Comments(0)

切り絵作り1

 切り絵作りは、我流です。
 まず鉛筆でコピー用紙に下絵を描きます。
a0203553_16164230.jpg


 下絵をコピーして、黒画用紙にホチキスでバチバチ止めて固定します。
a0203553_16165828.jpg
a0203553_1632789.jpg
針は表に針先が出るようにうつと、切り抜きに入ってから、カッティングマットにひっかかりにくくなります。

 切り抜きに入ります。下絵コピーと黒画用紙を二枚重ねで切り抜きます。カッターは100均もの。
a0203553_16322382.jpg


 下絵の線より若干外(内)を輪郭をつくるように切っていきます。
 こんな感じ。
a0203553_16324166.jpg


 To be continued
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-23 16:45 | 切り絵 | Comments(0)

月光楽団

a0203553_9545024.jpg



 この楽器、月琴という。NHKの「龍馬伝」などご覧になった方はご存知であろう。あの、おりょうさんが弾いていた楽器である。
 5月21日に行われた明治大学リバティアカデミーのオープン講座、「世界の民族音楽を聴く『幻の明清楽(みんしんがく)と木琴の謎』 レクチャー&コンサート」のお手伝いで、月琴を弾いてきた。
 講師の森繁行敏さん(洗足学園音楽大学現代邦楽研究所)は、インドネシアはジャワ島の民族音楽ガムランを演奏する「ランバンサリ」の重鎮でもあり、僕がかかわるジャワの影絵人形芝居「ワヤン」を上演する「日本ワヤン協会」の公演で音楽を担当していただいたことも多々ある。その縁で僕にも、お手伝いの機会がめぐってきたのである。

 *明清楽については、加藤徹さんのホームページ内の「明清楽資料庫」に詳しい。
  http://www.geocities.jp/cato1963/singaku.html
a0203553_10393369.jpg
*森繁行敏+月光楽団(明治大学リバティアカデミーパンフレットより)

 講座には130名ほどのお客様がいらっしゃった。講座内容・曲目・使用楽器は下記の通り。

第一部 月琴と明清楽
 算命曲(さんみんきょく)
 九連環(きゅうれんかん)
 茉莉花〜水仙花(まつりか〜すいせんか)
 中山流水(ちゅうざんりゅうすい)
 金盞花(きんせんか)
 沙窓(しゃそう)
 獅子(しし)

第二部 明清楽その後
 九連環と「かんかんのう」
 法界節から「さのさ」へ
 沙窓からエーゾ節、復興節へ
 明治の民衆歌の変遷
  抜刀隊からバイオリン演歌へ

第三部 木琴いろいろ
 世界の木琴映像資料
 天竺徳兵衛より(歌舞伎の木琴演奏シーンに挑戦)
 すががき(近世最古の箏譜と三味線譜を木琴で)
 長崎六段(名古屋に伝わる胡弓入り六段と木琴)
 千鳥の曲、金剛席(幕末新箏曲、明治新曲の動向)

最後に長崎の不思議な歌としてNHKでも人口に膾炙した
「でんでんらりゅうば」をお客様と合唱した。

a0203553_13111056.jpg

*木琴を弾く天竺徳兵衛
(コスプレby O君)

 使用楽器
 月琴、古琴、明笛、秦琴、三弦、片鼓、木琴、洋琴、銅鑼、太鼓、短琴、胡弓、箏、鉦、一節切(ひとよぎり)

 僕は第一部で月琴合奏に加わり、第二部の「エーゾ節・復興節」でバイオリンを担当した。
 森繁さんは音楽の楽しみをよく知る人である。そして探究心といたずら心にあふれている。そういう人と時を共有できることは幸せだ。久しぶりに心から楽しいイベントであった。
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-22 13:16 | 音楽 | Comments(3)

それでも花は咲く

a0203553_9252550.jpg

 玄関先に小さな花が咲いていた。一見クローバーのようだが、クローバー(シロツメクサ)ではない。
 調べてみると、オキザリスというものらしい。

*オキザリス
「ブラジリエンシス」
カタバミ科
花期・・・10~5月 中南米、南アフリカ原産。
カタバミ属の植物のうち球根性の種類を園芸上はオキザリスと呼ぶ。
葉はクローバー形で、色彩の変化。赤紫・斑入りなど多彩。
花色も紅、紫紅、桃、藤、黄、白に複色など多彩。
夏植えで秋咲きの種類が多いが、冬~春咲き、夏咲きの種類もある。
球根は指先ほどの小型です。無霜地帯では庭植えもできる。

 世間は放射能汚染の話題で喧しい。チェルノブイリ並みの汚染であれば、僕の生きているこの町も、その度合いはともかくとして、汚染圏内であろう。メディアは騒々しく、恐れをなして関東圏内から北海道に居を移した人もあるという。(この方はドイツ人だそうだが)
 行徳というこの町に生まれ育った僕は、とりあえずこの先も、この町で生きていく。

a0203553_926367.jpg


 なんと弱々しく可憐な花なのだろう。けれど、怒りも、恐怖も、憎しみももたず、いままでそうしてきたように、この春もまた花を咲かせているのだ。
 生きている。
 そして、生きていく。
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-22 09:51 | 雑記 | Comments(0)

茉莉花

a0203553_61670.jpg


 夜、近所の自販機に飲み物を買いにいく途中、ふいに強烈な花の香りにむせった。ご近所さんが庭に植えているジャスミンの花であった。昼間もその家の前はよく通るので、花が満開なのは気付いていた。けれど昼間の喧噪の中では、ジャスミンの香りは特に感覚にのぼっていなかった。
 いや、それとも、ジャスミンは夜にこそ、その芳香をより強くふりまくのであろうか。
 長女の名にこの花の名、茉莉花をもらった。その子が保育園を卒園するとき、記念の写真集に自らの名の由来を、親に書いてもらえとの要請があった。そのとき僕はこのようなことを書いたのだった。
 「あなたにはジャスミンの花の名をつけました。ジャスミンは日本と支那では茉莉花と呼ばれます。夏に生まれたあなたには、南国で咲き、愛される花の名をもらったのです。インドネシアのジャワ島では、神様にお願いをするとき、この花をささげます。ジャスミンは人々の切ない願いを神様のもとへとどけるお使いをしてくれる花なのです。あなたも、自分のためだけにアタフタと生きるより、あなたをとりまく人たちの願いを神様にとどける、このジャスミンの花のように生きてくださいますように。」
 ジャスミンが自らのためだけに生きない花であるならば、その香りもひっそりと、誰のためでもなく夜のしじまに漂うほうがふさわしいのではあるまいか。
[PR]
by gatotkaca | 2011-05-14 06:08 | 雑記 | Comments(0)