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木から落ちた猿

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カテゴリ:雑記( 10 )

花 三態

 細君の誕生日に、いつも彼女が使っている化粧品のインターネットショップから送られて来た薔薇。到着した時は蕾だったのだが、結構豪華に咲いてくれた。
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 こちらは、下の娘(小学三年生)が学校で育てていた おくら。夏休みで我が家においてあったのだが、花を咲かせた。おくらの花もなかなか可愛いものである。
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 これはお隣さんの庭に咲いた睡蓮。睡蓮はとてもすきな花なのである。
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by gatotkaca | 2011-08-27 09:33 | 雑記 | Comments(0)

いつのまにか

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 2011-06-14「蝶の手前」の子のその後です。いつのまにかからっぽになっていました。今朝庭をとびまわっていたアゲハがそうなのでしょうか?
 まずは元気そうでよかった。
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by gatotkaca | 2011-06-30 23:26 | 雑記 | Comments(0)

橋口五葉、渡辺庄三郎、伊東深水

 千葉市美術館へ◆生誕130年 橋口五葉展◆2011年6月14日(火)~7月31日(日) を観に行ってきました。
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  橋口五葉はずっと気になっていた人なのだが、画集もでていないし、彼の全貌というのは皆目見当がつかなかったので、たいへんありがたい展覧会であった。五葉については「我が輩は猫である」をはじめとした漱石の著作の装丁者、そして東京江戸博物館のおみやげ絵はがき「髪梳ける女」の作者ということぐらいしか知識がなかった。今回四百点におよぶ展示は壮観であった。
 晩年の五葉は浮世絵の研究から自らの版画制作に着手し、大正三年「浴場の女」を発表。大正九年までに私家版木版11点を完成させたが、翌大正十年二月、流感から中耳炎を患い、脳膜炎を併発してわずか41歳で没した。これらの木版画および画槁も観ることができた。
 五葉が版画制作にはいったきっかけは、浮世絵商から出発し、一連の「新版画」の版元となった渡辺庄三郎との出会いであった。絵師・彫師・摺師を版元が演出し、錦絵にかわる現代の風俗画、風景版画を世に問うことをめざした渡辺庄三郎は、高度な彫摺術を活かした新作の下絵に、洋画家でありながら浮世絵に造詣の深い五葉を起用したのである。これが「新版画」最初の美人版画「浴場の女」を生んだ。
 しかし五葉はそのできに満足せず、五葉・庄三郎の共同は一作のみで終わった。その後庄三郎は、鏑木清方を通じて、当時十八歳の新鋭伊東深水の協力を得る。以後、深水は庄三郎のもとで六十数点にもおよぶ美人版画を製作した。「新美人版画」は伊東深水の名で記憶に止められることとなり、五葉は半ば忘れられた画家となっていった。
 「五葉,深水それぞれの第一作を出版した庄三郎は、その美人版画を比べ、五葉の繊細な才能、技術は認めながら、形は整っていて美事であるが、内面からにじみ出る女があまり感じられない、一方深水は、人間味そのままの女がにじみ出て感じられる」と述べた。(版画芸術60号・1988)
 たしかに巨星・伊東深水とくらべれば五葉の絵は若干生命力におとることは否めない。しかし、装丁・ポスターなどの仕事にみられるようにすぐれたデザイン感覚を持ち合わせていた五葉は、そのバランス感覚ゆえ、深水のようなデモーニッシュなまでの爆発力はついに発露させ得なかったのではないだろうか。今回あらためて五葉の諸作をみると、そのあやういまでのバランス感覚と繊細な美しさは、彼のはかない人生と相まって、とても愛おしいものにみえた。五葉、好きです。
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by gatotkaca | 2011-06-22 16:37 | 雑記 | Comments(1)

蝶の手前

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 今朝、玄関前にて。もうすぐさなぎになるのでしょう。元気な蝶になってね。
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by gatotkaca | 2011-06-14 08:23 | 雑記 | Comments(0)

小岩菖蒲園再び

 2011-05-29で取り上げた小岩菖蒲園。今日は子どもの学校が早く終わったので、一家で出掛けた。
 満開!
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 言うことなし。

 これがムジナモ発見の碑。
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 帰り際、ふと菖蒲園入り口を見るとインド人の屋台が出ていた。サモサを食す。うまかったが、なぜここにインド屋台?
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by gatotkaca | 2011-06-08 16:51 | 雑記 | Comments(0)

ありがとう

 僕は双子の弟として生まれた。いまは一人である。兄は五つで死んだ。交通事故死だった。その時のことは、鮮明に憶えている。父はその日からほぼ一年ほど僕とひと言も口をきかなかった。死んだ者と同じ顔をした存在は重かったのかもしれない。だから父が悲嘆にくれていたのは、はっきりしている。それは別に不思議でもなんでもない。

 先日、町内会の寄り集まりがあった。僕は地元の者であるから、子どもの頃のことを知っている人もある。その中で、近所で「かじや」と呼ばれていた万屋の息子さんと数十年ぶりに再会した。何となく見覚えのある顔だなぁ、と思い、後で母に聞いてみると、「なんだ、あんた憶えてないの?小さい頃よく遊んでもらったじゃないの。とくに豊(兄)が死んだあとはお前ひとりだったから、わざわざお前を誘って遊んでくれてたんだよ。」そうだったのか?よほどの罰当たりと見えて、僕はよく憶えていなかった。ただ彼の顔を見てとても懐かしい、という思いだけがわいてきたのであった。
 その彼が、「君は大和(母の実家の姓)さんのお孫さんだっていってたけど……」と話しかけてくれた。
 「ええ、そうです。」
 「双子の子がいたよね。」
 「はい。その生き残りです。」
 「ああ、やっぱり。あの時の子がもうこんなに大きくなったんだ。」
 「しっかりおじさんになりました。」
 「ご両親は元気?」
 「父はだいぶ前に死にましたが、母は元気にしてます。」
 「お父さんは亡くなったのか。あの時、お母さんすごく泣いてたね。でも君が立派に育ってよかったね。」
 そのとき、僕はかるく衝撃を受けた。僕には母が泣いていたという記憶が無かったからである。というより、その日の母の様子を記憶していないのであった。
 なにしろ、僕に親切にしてくれた近所のお兄さんである彼のことも禄に憶えていない非人間であるから、母の涙も忘れたのであろうか?それにしては、父の悲嘆にくれた様子はよく憶えているのだ。
兄の割れた頭を整形している包帯の白さもまたはっきり憶えている。一緒に暮らしていた祖父と叔父の涙も。

 母は僕の前では泣かなかったのである。あの時、その場にいる全ての人々が、死んだ子どもを想って、誰にもはばかることなく涙に暮れていた。それは当然だ。その涙の中で、事故の時、隣にいながら兄を助けられなかった僕は、生き残ったことに罪悪感のような思いを抱いていた。
 しかし、母だけは僕に対しては涙をみせなかった。それは多分、精一杯のはげましだったのではないか?それは僕にとって救いであったはずだ。だからこそ、僕はそのことをおぼえていないのである。人は不幸や不満は忘れないが、真の救いは記憶に残らない。

 「かじや」のお兄さんは、慟哭する母を見た。母もやはり涙していたのであった。僕のいないところで。

 ありがとうお兄さん。大事なことを教えてくれて。
 そしてあらためて、

 ありがとう。おかあさん。
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by gatotkaca | 2011-06-07 01:44 | 雑記 | Comments(0)

月影のワヤン

 東京エスムジカが「月影のワヤン」という曲を出していた。「World Scratch」というアルバムに入ってる。
 YouTubeにも上がってました。
 なんといっても題名にダイレクトにワヤンといれてくれたのがとってもうれしい。そして詞にもちゃんと影絵のワヤンのことを入れてくれている。
 楽曲も個人的にはとても気に入りました。ツインボーカルの掛け合いが僕好みである。僕はブルーグラスなどが好きなので、音楽もひとりで朗々とやっているものや、全員が一致団結してシャカリキに合奏するというものよりも、複数のメンバーが自由な雰囲気で掛け合い風にからむ音楽が好きである。ガムラン然り、ブラザース・フォー然り、ジェリー・リード&チェット・アトキンスのギターバトルとか。おれがおれがと自己顕示欲まるだしのは嫌い。お互いの分をわきまえて自分のパートに全力を尽くすってのが理想です。「敬意を表せ!」(bySBR)ってやつかな。

 昨夕は女神様の写真を入手したので狂喜乱舞。しかし、同時にちょいとへこむ情報もあり。まあ、巡り合わせというものはまさしく人為の及ばぬものではあるからしかたがない。「数(すう)なるかな」。ともかくはめでたい。

 話はかわるが、今朝また玄関先に咲いていた花です。
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 こんなとこに咲いていた。
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 こういう咲き方をされると、雑草でも刈るのはできない。謙虚なのかずうずうしいのか微妙なところがとても良い。こういうのを庶民的というのか。ささやかな幸せはそこかしこにある。
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by gatotkaca | 2011-06-04 11:24 | 雑記 | Comments(0)

さいたまスーパーアリーナ 骨董アンティークフェア

 今日(5月25日)、月光楽団の森繁さんにお誘いいただいたので、「さいたまスーパーアリーナ骨董アンティークフェア」へ行って来た。230店舗が出店する大規模な骨董市である。
 眼目の月琴はみあたらなかったが、薩摩琵琶を発見、食指が動いたが、17万円以上の値がついていたので、断念。薩摩琵琶にしてはやけに小振りだったので、もしかすると飾り用のレプリカか?
 キセルやタバコ盆にも目がいった。値段が微妙に買えそうな設定なので、小銭を持っていたら散財必至である。根付けも可愛かったなぁ。
 月光楽団のコスプレ用に袴を物色する。(バイオリン演歌師の扮装用である。)袴2千円なりを購入し、ふと目を移すと……。紬の羽織、着物、長襦袢、帯のセットで1万円を発見!よこで森繁さんがしきりに「おお!これはいいですねぇ。お買い得です!」と耳打ちする。結局、計1万2千円の散財となった。
 家に帰り、さっそく着てみると、丈が足らん。う〜む、仕立て直さねばならぬか……。さらなる散財の予感。
 なんだかんだで、男と言えど、お買い物は楽しいのである。
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by gatotkaca | 2011-05-25 20:16 | 雑記 | Comments(0)

それでも花は咲く

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 玄関先に小さな花が咲いていた。一見クローバーのようだが、クローバー(シロツメクサ)ではない。
 調べてみると、オキザリスというものらしい。

*オキザリス
「ブラジリエンシス」
カタバミ科
花期・・・10~5月 中南米、南アフリカ原産。
カタバミ属の植物のうち球根性の種類を園芸上はオキザリスと呼ぶ。
葉はクローバー形で、色彩の変化。赤紫・斑入りなど多彩。
花色も紅、紫紅、桃、藤、黄、白に複色など多彩。
夏植えで秋咲きの種類が多いが、冬~春咲き、夏咲きの種類もある。
球根は指先ほどの小型です。無霜地帯では庭植えもできる。

 世間は放射能汚染の話題で喧しい。チェルノブイリ並みの汚染であれば、僕の生きているこの町も、その度合いはともかくとして、汚染圏内であろう。メディアは騒々しく、恐れをなして関東圏内から北海道に居を移した人もあるという。(この方はドイツ人だそうだが)
 行徳というこの町に生まれ育った僕は、とりあえずこの先も、この町で生きていく。

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 なんと弱々しく可憐な花なのだろう。けれど、怒りも、恐怖も、憎しみももたず、いままでそうしてきたように、この春もまた花を咲かせているのだ。
 生きている。
 そして、生きていく。
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by gatotkaca | 2011-05-22 09:51 | 雑記 | Comments(0)

茉莉花

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 夜、近所の自販機に飲み物を買いにいく途中、ふいに強烈な花の香りにむせった。ご近所さんが庭に植えているジャスミンの花であった。昼間もその家の前はよく通るので、花が満開なのは気付いていた。けれど昼間の喧噪の中では、ジャスミンの香りは特に感覚にのぼっていなかった。
 いや、それとも、ジャスミンは夜にこそ、その芳香をより強くふりまくのであろうか。
 長女の名にこの花の名、茉莉花をもらった。その子が保育園を卒園するとき、記念の写真集に自らの名の由来を、親に書いてもらえとの要請があった。そのとき僕はこのようなことを書いたのだった。
 「あなたにはジャスミンの花の名をつけました。ジャスミンは日本と支那では茉莉花と呼ばれます。夏に生まれたあなたには、南国で咲き、愛される花の名をもらったのです。インドネシアのジャワ島では、神様にお願いをするとき、この花をささげます。ジャスミンは人々の切ない願いを神様のもとへとどけるお使いをしてくれる花なのです。あなたも、自分のためだけにアタフタと生きるより、あなたをとりまく人たちの願いを神様にとどける、このジャスミンの花のように生きてくださいますように。」
 ジャスミンが自らのためだけに生きない花であるならば、その香りもひっそりと、誰のためでもなく夜のしじまに漂うほうがふさわしいのではあるまいか。
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by gatotkaca | 2011-05-14 06:08 | 雑記 | Comments(0)