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木から落ちた猿

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インドネシア文化圏におけるアルジュノの原型

 引き続き「チュムポロ アルジュノ特集号」からシンギ・ウィビソノ博士の論説を紹介する。

インドネシア文化圏におけるアルジュノの原型
Prototipe Arjuna dalam budaya Nusantara

シンギ・ウィビソノ(ジャワ言語学者)
Oleh Drs. Singgih Wibisono (Ahli linguistik Jawa)

Cempala : Edisi Arjuna ; Januari 1997, Humas PEPADI Pusat

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ソロ・スタイルのアルジュノ Arjuna

 ヒンドゥー教の書「マハーバーラタ」を源泉とする古来の文学作品は、パンダワとコラワの物語がその大部分を占めている。それはジャワ古語 Jawa Kuna のみならず新ジャワ語によるもの、またマレー語の作品においてもそのようである。そしてパンダワのサトリア〈クシャトリア〉たちの中で突出しているのは、アルジュノ〈アルジュナ〉とビモ〈ビーマ〉である。この二人の人物は、敵方の強欲から世界を守護し、平定するという神への献身 darma bakti の道を体現するサトリアなのだ。二人は類い稀なる超能力と戦闘能力を持ち、アルジュノとビモは幾百幾千の物語において勝者として立ち現れる。
 しかし、この両者の外見は大きく異なって描かれる。ビモは上背高い剛力の者とされる。その力は千の象に匹敵する。七本のナイフの鋭さと切れ味を備えたポンチョノコ Pancanaka の爪を持ち、その爪の破壊力は無双である。話し方はぶっきらぼうで、丁寧な言葉づかいを知らない。その性格は剛直である。その歩みは速く、遮るものあらば、一飛びで三つの河を越え、つねに烈風を身に纏う。
 対してアルジュノは中背でスリム、言葉づかいは上品である。その容貌は美しく、あらゆる女の心を奪う。服装は質素で、装飾品も身に着けていない。だが、ひとたび敵と対峙すれば、その動きは目にも止まらず、一撃で相手を死にいたらしめる。苦行所に行き苦行すること、ブラフマン〈僧侶〉に師事してさまざまなイルム〈ilmu=教訓・教義・英知〉を学ぶことを好む。
 アルジュノという人物の優秀さは、立派な体格、勇猛な身体に依拠するものではなく、戦略・戦術を知悉すること、そして内面的強靭さに支えられているのである。さまざまなイルムに通暁する彼は、あらゆる災いから身を守ることができる。その穏やかな物腰は、如何なる状況をも切り抜けることのできる自身の能力への自負の反映なのである。自らを高め、正しく高貴なる行動を信念とし、つねにサン・マハ・プンチプタ Sang Maha Pencipta 〈創造神〉からの守護と手助けを得ることができるのだ。
 ワヤンの造形美術においてアルジュノは『バムバンガン・ルルフ bambangan ruruh 』に属する。これは小柄な身体で頭を垂れた造形である。『上演 pakeliran 』におけるその動きは、完璧な滑らかさをそなえ、歩行は緩やか、話し方も上品である。スラカルタ Surakarta 〈ソロ〉スタイルのワヤン・ウォン wayang wong 〈役者が演じるワヤン劇〉では、上品な所作と話法をそなえたサトリアとしてのアルジュノを表現するため、女性の踊り手によって演じられる。これは、その源泉たるインド版アルジュナの人物造形とは異なる。インドのアルジュナは美しい顔ではあるが、その肉体は強靭な筋肉をそなえたものとして表現されるのである。敵と対峙して劣らぬ外見をそなえているのだ。
 さらに、ダランの語りにおいてアルジュノは神に愛されるサトリアとされ、クレスノと共にウィスヌ神の化身であり、世界中から一目置かれる男性として十指に数えられる者とされる。これらすべては、宮廷詩人プジョンゴ pujangga たち、インドネシアのダランたちによる、インドの人生哲学とは異なる民族固有の世界観・人生観に基づく創造なのだ。
 如何なるタイプのサトリアを苦行所に招き入れるのかというこの違いが、インドネシア文化の人生観の中でアルジュノ像を変化・発展させ、「マハーバーラタ」の書に見られるインドの造形パターンから自由にしたのである。この問題に答えるために、アルジュノと同様の役割・性格を持ついくつかのインドネシアの著名人物像を比較研究する必要があるだろう。

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パンジと従者たち Panji & Punokawan

 まずは、インドネシア文学で書物のみならず口承文学にも登場するパンジ Panji に登場願おう。パンジ物語は東部ジャワで成立し、タイ、ビルマ、そしてカンボジアにまで伝播している。伝承の拡大はマジャパイト時代に生じたと考えられる。しかしその物語の歴史的背景はさらに遡り、クディリ Kediri とシンガサリ Singasari のサトリア、王たちの物語である。主人公はジュンガラ Jenggala 王国の王子、パンジ・イヌ・クルタパティ Panji Inu Kertapati である。その恋人はダハ Daha 王国の王女、チョンドロキロノ Candrakirana またの名スカルタジ Sekartaji という。このほかにもパンジ物語には幾十もの説話があり、その主人公も異なっており、それらは口承の民話として各地に広がっている。このようにパンジ物語は、パンジという人物そのものがさまざまなヴァリエーションを持つため、一定の物語群を形成してはいない。ワヤンの物語はアルジュノソスロ Arjunasasura 演目群、ラマヤナ Ramayana 演目群、そしてマハバラタ Mahabarata 演目群といったように、明確な主人公を擁した説話群からなるが、パンジ物語では、イヌ・クルタパティとチョンドロキロノ以外にもさまざまなパンジたちが主人公となるのだ。とはいえ、一般的にパンジ物語と称する場合にはパンジ・イヌ・クルタパティを指す。
 パンジ物語のワヤンが上演される場合には、ワヤン・ゲド Wayang Gedog の形式で演じられる。スラカルタ王宮でワヤン・ゲドは王宮のダランたちによって育まれ、その上演には特別な慣習・ルールが用いられた。おおむねワヤン・プルウォ Wayang Purwa の上演形式と大差なく、徹夜で上演され、三つのパテット patet 〈ガムランの旋法〉が用いられるが、ララス Laras 〈調律〉はペログ Pelog 音階である。
 興味深いのは、パンジの人物造形がワヤン・プルウォにおけるアルジュノとその全体像が似通っていることである。そのワヤン人形はアルジュノのワヤン人形と同じサイズで、スリムで小柄であり、頭を垂れた(ルルフ)姿である。違いは、パンジや他の人物たちは髪型がテクス tekes という扇形の髷であること、ドドト・ラムペク dodot rampek を着ていることである。ラムペク型の着衣はワヤン・プルウォではウドウォ Udawa 〈クレスノの宰相〉やサブラン sabrang 〈異国〉のプンゴウォ punggawa 〈役人〉のいくつかが着けているものである。
 パンジもその言動は上品で滑らかであるが、超能力を有し、戦闘に秀でている。その愛の物語もアルジュノのそれと似通っている。彼はしばしば身分を隠して放浪し、訪れる国の王女とロマンスを織りなす。チョンドロキロノの人物像もスムボドロと似通っている。恋人に置き去りにされた彼女も、身分を隠して彼を追う旅に出る。物語はいつも、最後に二人が変装を解いて再会することで終わる。アルジュノと同様に、パンジはその放浪の旅においてダルマ・バクティを実践し、彼を必要とする者には誰あろうと守護と手助けを与え、邪悪と強欲を殲滅するのである。
 ワヤン・ゲドにも、ワヤン・プルウォにおけるビモに相当する人物を見出すことができる。それはパンジ・クルトロ Panji Kertala である。その容貌はワヤン・プルウォのビモに似ており、背が高く、立派な体格である。その性格も剛直で、ビモを思わせる。むろん、ワヤン・ゲドもワヤン・プルウォも互いに影響し合って成長・発展して来たものであるから、その人物造形や物語も影響し合っている。ワヤン・ゲドのいくつかのラコン〈演目〉がワヤン・プルウォのラコンの変容であることも、またその逆もある。ワヤン・プルウォのラコン「スマル大道芸をする Semar Mbarang Jantur 」は、ワヤン・ゲドのラコン「バンチャ・ドヨ大道芸をする Bancak Doyok Mbarang Jantur 」の改変であり、ラコン「パンジ・アングレニ Panji Angreni 」はワヤン・プルウォのラコン「ウィダレトノ・ラルン Widaretna Larung 〈ラルンは漂流の意〉」に改変された。

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ダマルウラン Damarwulan

 ワヤン・クリティク Wayang Klitik またクルチル Krucil の名で知られるワヤンもある。その物語はマジャパヒトの歴史を背景としたもので、主人公はダマルウラン Damarwulan という。この人物の外見・容貌もアルジュノに類似しており、パンジと同じくテクスの髷とドドト・ラムペカンをそなえる。ダマルウランは祖父であるブラフマン、ブガワン・トゥングル・マニ Begawan Tunggul Manik と共にパルハムボ Paluhamba 村に住んでいた。父はマジャパヒトの前パティ patih〈大臣〉であったウドロ Udara であり、彼は苦行者として暮らし、その後モクサ moksa 〈涅槃〉に入った。重大な出来事が起こるたびにパティ・ウドロは不可思議なかたちで姿を現し、息子であるダマルウランを守り、手助けした。ダマルウランは叔父であるパティ・ログンデル Patih Logender に仕えたが、彼はダマルウランが二人の息子、ラヤン・セト Layang Seta とラヤン・クミティル Layang Kumitir のライバルとなるであろうことを恐れ、ダマルウランには大臣邸の馬の世話係の仕事しか与えなかった。そこにはパティ・ログンデルの娘、アンジャスモロ Anjasmara がおり、彼女はダマルウランに夢中になり、やがて二人は恋に落ちたのである。ブラムバンガン Blambangan のアディパティ〈領主〉、メナジンゴ Menakjingga が、マジャパヒトに叛乱を起こした。マジャパヒトの女王ディヤ・クンチョノウング Dyah Kencanawungu は神の予言を受けた。メナジンゴを敗るのは村からの者、その名はダマルウランであると。パティ・ログンデルはラトゥ〈ratu=王〉・クンチョノウングにダマルウランを会わせざるを得なくなった。ついにダマルウランは、メナジンゴの持つゴド〈棍棒〉、ウシ・クニン Wesi Kuning を奪い、宝剣ソコヨノ Sokayana を用いて彼を弊した。その報償としてダマルウランはディヤ・クンチョノウングを妃とし、マジャパヒトの王に即位したのであった。アンジャスモロも彼の妻となり、王妃のそばに仕えた。
 ワヒト Wahita 、プニュンガン Punyengan 、メナジンゴの二人の妃も、ダマルウランを手助けし、アディパティ・メナジンゴ討伐に功ありと認められ、ダマルウランの妻に迎えられた。
 ダマルウランもまたアルジュノと類似した人物として描かれている。サトリアとしてだけでなく、愛のロマンスにおいても秀でた人物とされるのである。

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プラブ・アングリンダルモ Prabu Anglindarma

 ワヤン・マディヨ Wayang Madya は、マハバラタのパリクシト時代以降からパンジのカディリ Kadiri 王国時代までの物語をあつかうワヤンの一種である。ワヤン・マディヨにはアングリンダルモ Anglingdarma という賢者の王が登場する。彼は動物の言葉を理解することができた。この超能力のせいでプラブ・アングリンダルモは重大な試練にさらされることとなった。妃がプラブ・アングリンダルモの秘密を教えてもらえないなら、火に入って死んでしまうほうがましだと言い出したのだ。はじめ、王は妃とともに休息所でくつろいでいた。その時とつぜん王は、壁を這う二匹のトカゲの会話を聞いて笑った。王妃は、なぜ王が笑ったのか知りたがった。しかし王はわけを話そうとはしたがらなかった。というのも、動物の言葉を理解することのできる超能力を持っていることは、決して明かしてはならない秘密であったからである。
 ワヤン・マディヨのアングリンダルモもまた、体格や性格においてアルジュノと似通った人物像として描かれている。芸術家たち、プジョンゴや文学者たち、さらにはダランや大衆の中のワヤンの専門家たちの思考の内には、一つの基本的概念が存在し、物語の主人公を想定する際に、インドネシア風の表現の基本形として一定の人物像として現れるのであろう。それは外部の文化から引き継いだものでもなければ、借り物でもない。

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ワヤン・ゴレのアミル・アムビヤ(ジャエンロノ) Amir Ambya/Jayenrana (Wayang Golek)

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ジャエンロノ(ワヤン・クリ) Jayenrana (Wayang Kulit)

 現代の大衆、特にイスラム教徒の中に生き、好まれているワヤンはワヤン・メナク Wayang Menak である。このワヤンは木偶人形であるワヤン・ゴレ wayang golek で上演される。ヨグヤカルタ Yogyakarta 〈ジョクジャカルタ〉以外にも、クブメン Kebumen 、プカロンガン Pekalongan 、またいくつかの東部ジャワの地域に広がっている。スラカルタ王宮にもワヤン・メナクはあり、ここではワヤン・プルウォの造形芸術に匹敵するワヤン・クリの形式で上演される。
 ワヤン・メナクはアラブの地でイスラム教布教につとめたナビ・ムハンマド Nabi Mhammd の叔父、アミル・アムビヤ Amir Ambyah の物語である。メナク物語は、マレーに発祥し、「ヒカヤット・アミル・ハムザ Hikayat Amir Hamza 〈hikayat=サガ、冒険物語〉」の書が著された。このヒカヤットは船乗りたちによってジャワにも広がった。その後、スラカルタ王宮の宮廷詩人であるプジョンゴのひとり、キ・ヨソディプロ Ki Yasadipura が、このヒカヤットをトゥムバン・モチョパット tembang macapat の詩形式でジャワ語に翻案し、「スラット・メナク Serat Menak 」の書を著した。数十巻の書物は、とりわけ「アル・クラン Alquran 〈コーラン〉」に基づく多くの訓戒を含むことから、大衆にたいへん好まれ、興味を持って迎えられた。
 ワヤン・メナクの主人公、アミル・アムビヤもまたその外見・性格においてアルジュノと似通っている。スリムな体格で、頭を垂れ、物腰柔らかで、言葉遣いが上品である。メナク物語の定型は、異教徒の国々にアミル・アムビヤがイスラム教を布教するというものである。主要な敵役は彼自身の義父であるメダイン Medayin 国王プラブ・ヌシルワン Prabu Nusyirwan である。幾多の異教徒の王たちが、彼の煽動によってアミル・アムビヤに敵対する。これらはプラブ・ヌシルワンの大臣パティ・ベスタク patih Bestak の奸計によるものだ。扇動者である彼こそが、王を悪の道に招き入れているのだ。
 毎回アミル・アムビヤは異教徒の王を征服し、イスラムに改宗させる。そしてつねに彼に心魅かれる娘、王の妹や王女がいて、最後には結婚することになる。ここでまたもや我々は、ウォン・アグン・メナク・ジャエンロノ Wong Agung Menak Jayenrana とも呼ばれるアミル・アムビヤという人物が、アルジュノと外見のみならずその個人的性格においても同形であることを認め得るだろう。彼は戦闘においても、女性の心を征服することにおいても優れているのである。
 ワヤン・メナクにはビモを想起させる人物も登場する。ラムダフル Lamdahuru 王がその人で、彼は背が高く、剛の者である。彼はつねにアミル・アムビヤに随行し、戦略を整え、敵との戦闘を遂行する。ワヤン・メナクにおけるラムダフルの人物造形はビモからインスピレーションを受けたものと考えられるが、さらなる研究が必要であろう。
 ロムボク Lombok にはワヤン・ササク Wayang Sasak と呼ばれるワヤンがあり、これもメナク・アミル・アムビヤの物語を題材とする。ワヤン・ササクのダランたちの種本は、ヨソディプロ作の「スラット・メナク」である。ワヤン・ササクは島の住民たちへのイスラム布教、ダワー da'wa の手段として用いられた。
 アルジュノ・タイプの人物はジャワ以外の伝統的な演劇のいくつかにも見出せる。バンサワン Bansawan 、ムンドゥ Mendu 、ドゥルムルク Dulmuluk 、ママンダ Mamanda その他といった演劇である。これらすべての演劇においても物腰が柔らかく、上品な性格の男性が、民衆の守護者として、正義と公正の側に立つ。これらはアルジュノとひじょうに似通った人物像である。
 バンサワンは北スマトラ地域で著名な大衆演劇である。言葉は高マレー語〈bahasa Melayu tinggi =王宮環境で用いられるマレー語〉が用いられるが、ジョークでは地域後がしばしば用いられる。この大衆演劇がバンサワンと呼ばれるのは、当初その物語が古来のバンサワン〈貴族〉たちの生活・王国の物語を題材としたからである。物語はひじょうにたくさんのヴァリエーションを持つが、つねに正義の側が悪・強欲の側に勝利するさまを描く。そして興味深いのは登場する主人公はつねに高潔で、物腰・言葉づかいが上品でありながら戦闘能力に秀で、超能力を有し、邪悪を根絶するサトリアとして描かれていることである。伝統的演劇であるムンドゥはリアウ Riau 地方、また西カリマンタンで発展・成長した。ドゥルムルク劇は南スマトラで発展し、ママンダ劇は南カリマンタン地方でポピュラーである。ムンドゥ劇、ドゥルムルク劇、またママンダ劇も、その上演形式はバンサワン劇とそれほど違いは無い。これらの伝統演劇は上演の形はそれぞれであるとしても、共通して物腰が上品で、若く美しい英雄を主人公にしており、その人物像はワヤンのアルジュノを思わせるものなのである。
 上記のような伝統演劇に現れるさまざまな人物を概括してみると、それらには共通点が見出せるだろう。登場する主人公は若くてハンサムなサトリアであり、体格は小柄か中背、物腰は柔らかで正義と公正を守り、つねに邪悪でほしいままに振る舞う敵たちを敗るのである。
 これらの人物の体格・性格の共通点は、太古以来のオーストロネシア民族の文化の共通項であると考えれば合点がいくだろう。列島〈Nusantara=インドネシア列島〉に広がる民話においては、しばしば神の使いとして民衆に生活・文化をもたらす文化的英雄が登場する。彼を通して人々は農業、機織り、薬の生成などの知識を得るのである。その文化英雄はつねに徳高い性格で、ハンサムで英知を身につけた人物として現れる。彼は絶対神ヤン・マハ・クアサ Yang Maha Kuasa に自身を捧げ、その物腰は穏やかで、迷いや恐れを知らない。
 民話には教育的役割、社会的役割、ストーリーテラーとしての役割があるが、その最も重要な機能は共同体のモラル、行動規範を確立することである。民話はまた、個人ひとりひとりの性格形成に有用な訓戒・責務のあり方をも内包している。同様に、共同体で生活するための良識ある行動の鋳型でもあるのだ。有史以前の文化英雄のプロトタイプは、インドネシア列島の民衆文化社会の生活の中に広がり、自身のうちに新しく生まれたもののみならず、異文化から取り入れられた人物に対しても投影された。かくてパンジ、ダマルウラン、アングリンダルモ、アミル・アムビヤといった人物たちが生まれ、マハーバーラタのアルジュナという人物にも影響を与えている。またこの文化英雄の原型は、インドネシア列島に広がるバンサワン、ムンドゥ、ドゥルムルク、ママンダといった伝統的演劇形式にも現れるのである。
 スンダのワヤン・ゴレ、バリのワヤン、パレムバン Palembang のワヤン、ワヤン・ブタウィ Wayang Betawi 、そしてワヤン・バンジャル Wayang Banjar (南カリマンタン)でもアルジュノという人物は著名である。その全てもまた、上記のインドネシア列島の文化英雄の原型を受け継いでいるのである。
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by gatotkaca | 2015-01-10 16:58 | 影絵・ワヤン | Comments(0)
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