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木から落ちた猿

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アルジュノの生涯 その7(最終回)

 アルジュノの戦いの最大のものは大戦争バラタユダである。コラワの戦闘指揮官セノパティ、コラワの息子たちの多くがアルジュノの手にかかって死んだ。最愛の息子アビマニュが戦死したことを知った時、アルジュノは感情をむきだしにした。アルジュノは激怒した。〈息子の仇〉ジョヨドロト Jayadrata を殺そうとコラワ軍に猛攻をかけた。ジョヨドロトとデウィ・ドゥルシロワティ Dewi Dursilawati の息子ウィソクスモ Wisakusuma もアルジュノの怒りの前に生贄となった。激烈な攻撃の中で、アルジュノはその日の陽が沈まぬうちにジョヨドロトを殺すと誓いを立てた。果たせなかったときには、アビマニュの遺骸を焼くポンチョコpancaka の炎の中で自らも焼かれるであろうと。
 アルジュノの誓いを聞いたコラワたちは、幾重にも守りの兵でジョヨドロトを取り囲み、彼の姿が見えないようにした。スリ・クレスノは、護衛/守備隊の囲みを破ることが難しいと見て、太陽目がけてスンジョト・チョクロ senjata Cakra を放った。たちまち太陽の光が遮られた。戦場はあたかも日没時のように暗くなったのである。
 太陽はますます暗くなり、ジョヨドロトの護衛隊の囲みが緩んだ。アルジュノの脅威から逃れることができたと思ったジョヨドロトは、首をもたげて辺りを見回した。鋭いアルジュノの眼光が、コラワの幾百もの兵たちの中から飛び出したジョヨドロトの首を見つけた。光のごとき速さでパソパティの矢が放たれ、稲妻のように空を切り、ジョヨドロトの首を搔き切る。彼は崩れ落ち、死んだ。
 パソパティの風圧でジョヨドロトの首は飛ばされ、育ての父であるブガワン・スムパニ Bagawan Sempani の膝の上に落ちた。ブガワン・スムパニは生命の水「ティルト・アマルト Tirta Amarta 」をふりかけ、ジョヨドロトの首は生き返らせると、その口に小刀を咥えさせた。小刀を咥えたジョヨドロトの首は戦場で暴れ回り、アルジュノの三人の息子たち、クモロデウォ Kumaladewa 、クモロスクティ Kumalasekti 、プロボクスモ Prabakusuma を殺し、ビモのルジョポロ Rujak pala の一撃で粉砕されてようやく鎮まった。(ラコン「ジョヨドロトの戦死 Jayadrata Gugur ーーバラタユダ第四の戦い『ランジャパン Ranjapan 〈切り刻むの意〉』」)

 アルジュノの優れた弓術は、ブリスロウォの手にかかって死に瀕していたアルヨ・スティアキ Arya Setyaki を陰から救うことになった。これはスリ・クレスノの奸計によるものである。
 スリ・クレスノはブリスロウォに取り押さえられ身動きできなくなったスティアキを見て、素早く行動した。アルジュノの弓の腕を試すふりをして、スリ・クレスノは彼に一本の髪の毛を撃ち落とすよう命じた。その先にはブリスロウォの右腕があったのだ。アルジュノの矢はスリ・クレスノのつかんだ髪は二つに裂き、さらにブリスロウォの右腕を切り落とした。ブリスロウォは驚愕し、スティヤキの身体をはさみこんでいた力が緩んだ。その隙にスティヤキは自由を取り戻し、ゴド・ウシクニン Gada Wesikuning 〈棍棒〉を取り、ブリスロウォの頭を砕いた。ブリスロウォはあえなく斃れた。(ラコン「ブリスロウォの戦死 Burisrawa Gugur ーーバラタユダ第五の戦いティムパラン Timpalan 」)

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Karna Tanding

 バラタユダの戦いにおいて、アルジュノの強靭さと勇猛が試される時が来た。母を同じくする兄であるアディパティ・カルノを相手に戦わなければならなくなったのである。アルジュノとアディパティ・カルノの戦いは、クルセトロ Kueusetra の荒野におけるコラワ対パンダワの大戦争バラタユダのハイライトであった。千人を超えるビダダリ、ビダドロたちが日傘を手に天界から降りてきて、乾ききった戦場に陰を落とし、涼しい風が吹いた。
 焼かれず、埋葬されるいとまも無く斃れたままの兵士たちの死体が放つ腐臭に代わり、ビダダリたちの発する芳香があたりを包む。世界最高の二人のサトリアが対峙した時、戦場は宗教的ともいえる厳かな空気で張りつめた。クルセトロの荒野を静寂が支配し、兵士たちが固唾を飲む。その姿瓜二つの母を同じくする二人のサトリアは、この今互いの信念をかけ、敵として対峙した。
 アルジュノは、長い間コラワ一族に奪われていたアスティノプロ国の継承権を取り戻し、正義を守るために戦う。いっぽうアディパティ・カルノは、愛国心にもとづく「ダルマ・サトリア dharma satria 〈クシャトリアの業・責務〉を果たし、かつて自身が表明した誓いの言葉に殉じるためにこの戦場に立つ。ルシ・ビスモ Resi Bisma 〈アスティノの長老〉がそうしたように、カルノも敵から祖国アスティノを護るために戦うのだ。ひとりのサトリアとして、カルノは自らの誓いに殉じようとする。馭者アディロト Adirata の子であった彼にアウォンゴ国王の地位を与えてくれた、親密なる友、ドゥルユドノを守り通すのだ。
 母を同じくする瓜二つの兄弟たちの戦いは、あたかも双子の英雄が優雅に踊っているかのようであった。機敏な動き、卓越した振る舞い、武器の扱いにおける熟達。その力は拮抗し、その超能力は互いに譲らない。アディパティ・カルノは最後の宝具、キヤイ・ウィジョヨチョポ Kyai Wijayacapa を取り出す。正確に、注意深く狙いを定める。狙うはサン・アルジュノの首である。その必殺の武器 warastra が放たれる直前、カルノの戦車の馭者をつとめるプラブ・サルヨが、馬の手綱を意図的に引く。馬は驚いて跳び上がり、戦車が揺れる。キアイ・ウィジョヨチョポの弾道はそれ、アルジュノの髷 gelung をかすめていった。
 アルジュノの馭者であるスリ・クレスノが合図する。アルジュノは反撃に最後の武器を放つ。アルジュノはすばやく強弓にパソパティをつがえ、注意深く狙いを定める。パソパティが稲妻のようにアディパティ・カルノの首を射抜く。
 目にも止まらぬスピードでカルノの首は搔き切られ、その首は胴体にまっすぐ乗ったままであった。彼は戦場に屹立したままだ。アルジュノは、近くに来いと叫ぶカルノの声を聞く。その声は重代の武器キアイ・ジャラ Kyai Jalak からのものである。一歩を踏み出すと、カルノの首は胴から落ち、彼は大地に倒れ臥したのである。
 同時に、天界から幾千もの花々が降り注ぎ、アディパティ・カルノの遺体を色彩と芳香でつつみこんだ。喜びのうちに死せるサトリアは、その信念を守りとおしたのみならず、母との約束をも守った。母デウィ・クンティに彼は誓ったのだ。クルセトロの戦場で何が起ころうと、パンダワの数は五人のままであると。誓いは果たされ、パンダワ一族は勝利し、虚栄・貪欲・強欲の欲望は滅ぼされた。カルノは喜びのうちにバラタユダの戦場に散ったのである。(ラコン「カルノの一騎打ち Karna Tanding 」)

 アルジュノの最後を語ろう。アビマニュとデウィ・ウタリ Dewi Utari の息子、アルジュノの孫であるパリクシト Parikesit がプラブ・カリモトヨ Prabu Kalimataya (アスティノ国王となったプントデウォ/ユディスティロの称号)に代わってアスティノプロ国王に即位して数年後、アルジュノは兄弟たちとともに解脱 mukso した。
 その献身と行動、善良にして高貴なる性格のゆえ、アルジュノの魂はヒワン・ジャガド・ウィセソ Hyang Jagad Wisesa により天界スワルゴロカ Swargaloka に招き入れられた。その傍らには13人の妻と(バタリ・スプロボとバタリ・ウィルトモを除く)40人のビダダリたちがあった。

・キ・ワルヨ Ki Waluyo

ーーー注:「マハーバーラタ」の書によれば、アルジュノはバラタユダ終結後、プラブ・ドゥルユドノの未亡人となったデウィ・バヌワティとも結婚した。しかしこの結婚は長く続かなかった。復讐のため、赤ん坊のパリクシトを狙ってアスティノ王宮に侵入したアスウォトモ Aswatama の襲撃にあい、デウィ・バヌワティは殺されてしまったのである。アスウォトモ自身は、赤ん坊のパリクシトが足下に置かれたパソパティを無意識に蹴ったのに当たって死んだ。(「アスウォトモ・ランダック Aswatama Nglandak 〈ランダックはハリネズミの意、アスウォトモの夜襲をハリネズミの習性に例えた〉)
 アルジュナは、ヤーダヴァ王朝が棍棒戦争で滅んだ後、スリ・クレスノの15,997人の妻を引き取った。昇天する前にクリシュナは、ルシ・バララーマ〈ボロデウォ〉の助言により16,000人の妻たちをアルジュノに委ねることにした。しかし16,000人のうち、デウィ・ジュムボワティ Dewi Jumbawati 、デウィ・ルクミニ Dewi Rukmini 、デウィ・スティヨボモ Dewi Setyabama の三人はベロ・パティ bela pati 〈殉死〉し、炎の中に身を投じたのだった。
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Parikesit

(おわり)
by gatotkaca | 2015-01-06 16:42 | 影絵・ワヤン
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