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木から落ちた猿

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双子の兄弟ナクロとサデウォに違いはあるのか? その1

スドモロ物語の主役はサデウォだ!

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 ナクロ Nakula 〈インドではナクラ〉とサデウォ Sadewa 〈サハデーヴァ〉はジャワの影絵芝居ワヤン・クリ・プルウォ Wayang Kulit Purwa のマハバラタ Mahabarata 演目群における中心人物、パンダワ Pandawa 五王子の四男・五男である。彼らは双子で容姿も瓜二つ、パンダワ五王子のなかでもまことに地味な存在で、ワヤンでもほとんど活躍の場がない。活躍するのは、長男・次男・三男のユディスティロ Yudistira 〈ユディシュティラ〉、ビモ Bima 〈ビーマ〉、アルジュノ Arjuna 〈アルジュナ〉であり、末の双子は添え物状態である。語り部であるダラン Dalang も彼らを紹介するさい「このふたりは双子だ。」ですませてしまうくらいだ。
 膨大なワヤンの演目のなかでも彼らが目立った働きをする場面は、数えるほどしかない。もっとも本家インド版マハーバーラタでも彼らは目立たない存在であるから、ワヤンで地味なのはやむなしであろうが。
 そんな彼らであるが、ジャワで重要な物語とされる『スドモロ Sudamala 』では、弟のサデウォが主役に抜擢され、バタリ・ドゥルゴ Batari Durga 〈ドゥルガー女神〉を魔除けするという重大な役割を担っている。ここでの魔除けはジャワにおいてはルワット Ruwat と呼ばれ、古代ではグルワット Nguruwat とも呼ばれた。ジャワのワヤン専門雑誌「チュムポロ Cempala 」の記事を引用しよう。
 「グルワット Nguruwat も、マラプタカ malapetaka(災厄)を除く聖なる儀式である。
 グルワットは、個人個人あるいは、一定の集団によって行われ、また、あるマラプタカ(疫病)から国を守るためにも行われた。
 「スラット・プストコ・ロジョ・プルウォ Pustakaraja Purwa」によれば、グルワット・ヌゴロ Nguruwat Negara(国家の厄除け)がスリマハプングン Sri Mahapunggung 王によって行われた。そのとき彼の国は疫病にみまわれていたのである。コロ〈Kala=現代のジャワで魔除けの対象となる魔物〉以前の時代に行われたルワット・ヌゴロの証拠である。古代においてルワット・ヌゴロがあったという他の証拠は、モジョパイト Majapahit 時代の遺産であるチャンディ Candi 〈祠堂〉としての二つのモニュメントである。それによれば、幾人かの専門家がルワット・ヌゴロの儀式に関係している。それは、あるスピリチュアルな方法で、マラプタカから国を解放するものである。そのチャンディとは、チャンディ・スク Candi Sukuh であり、そこには、スドモロ説話のレリーフがある。
 チャンディ・スク以外に、もう一つのモジョパイトの遺産で、ルワット・ヌゴロの儀式に関係するのは、チャンディ・スロウォノ Candi Surowono である。このチャンディには、スドモロ説話のルワタンの場面が描かれたレリーフがある。デウィ・クンティ Dewi Kunti 〈パンダワの母〉の出発から始まり、サデウォがドゥルゴのルワットに成功し、スドモロ(病を癒す者)の異名を受けるまでである。
 専門家の解釈では、スドモロ説話を伴ったチャンディは、国家安泰を願って建設された。スドモロ説話は、今にいたるもブルシ・デサ bersih desa (村の大掃除)やブルシ・カディパテン(kadipaten は王制時代の貴族の領土に相当する行政区)の儀式において、ふつうに上演される。だから村やカディパテンの感謝祭の儀式において、『スドモロ』は最も選ばれることの多い演目なのである。」〈“Ruwatan Negara di Masa Lampau” Cempala : Edisi : Muruwakala Ruwatan , Oktober,1996〉
 スドモロの物語はバリ島にも渡って、かの有名な『バロン・ダンス Barong Dance 』のもととなっている。「スドモロ」物語自体はジャワのオリジナルであり、インド版マハーバーラタには存在しない。モジョパイト時代に創られたルワットを主題とする物語は「ビーマ・スワルガ Bima Swarga 」や「スタソーマ Sutasoma 」、「チャロナラン Calon Arang 」が著名であり、ルワットに関わるマハーバーラタの登場人物としてはビーマ〈ビモ〉が最も重要な役割を担っていた〈“Bhima pada masa Majapahit” Hariani Santiko : Cempala : Edisi : Bima ,Nopember 1996 『モジョパイト時代のビーマ』参照〉。
 しかし、「スドモロ」においてはサデウォが主役に抜擢され、ドゥルゴ女神をルワットする。ドゥルゴは今日でも、ジャワの民間信仰においてはバトロ・コロと並んで畏怖の対象となる強力な神であるにもかかわらず、である。なぜビモではなく、また双子の兄であるナクロでもなく、サデウォなのか。たまたま彼が選ばれただけなのか、それとも彼でなければならない理由があるのか。ここではその問題を考えてみたいと思う。

インド版マハーバーラタにおけるナクラ・サハデーヴァの機能と相違点

 まずは、インド版マハーバーラタにおいて双子の兄弟ナクラとサハデーヴァに違いが見いだせるのか、という点から検討してみよう。ここでは沖田瑞穂氏の『マハーバーラタの神話学』〈2008年、弘文堂〉で詳しく論じられているデュメジルとウィカンデルの説を引用する。
 スウェーデンのインド・イラン学者ウィカンデル S. Wikander は、パーンダヴァ五王子の構成を「パーンダヴァ伝承と『マハーバーラタ』の神話的下部構造」と題する論文においてデュメジル Dumezil の三機能体系説を用いて解釈した。三機能体系とは、階層化された三つの機能の働きによって世界が成立し維持されているとする、インド・ヨーロッパ語族特有の観念である。三つの機能はそれぞれ、聖なるものや法律、王権に関する領域をつかさどる第一機能、主として戦争における力に関わる第二機能、そして豊穣・美・平和・多数性など多岐にわたる生産と関連する領域を司る第三機能として分類される。ヴェーダ祭式において召喚される神々としてミトラ・ヴァルナ、インドラ、アシュヴィン双神がある。ミトラ・ヴァルナは宇宙の主権者であり第一機能を、戦士であるインドラは第二機能、そして医師であり人間と家畜の繁栄を司るアシュヴィンが第三機能にそれぞれ位置していると考えられる。
 マハーバーラタにおいてパーンダヴァ五兄弟の誕生は次のように語られる。パーンドゥ王にはクンティーとマードリーという二人の妃があった。しかし王は女性に触れると死ぬという聖仙の呪いによって、自らが子をもうけることができなくなってしまう。王妃クンティーは、望んだときに好きな神を呼び出し、その神の子を宿すことができるという祝福を授かっていた。そこでパーンドゥはクンティーに呪文を用いて神々を呼び、子を授かるよう求めた。クンティーはまずダルマ神を呼び、ユディシュティラをもうけた。次に風神ヴァーユによってビーマを、神々の王インドラからはアルジュナをもうける。クンティーに素晴らしい三人の息子ができたのを羨んだもうひとりの妃マードリーは、自分にも息子がほしいと望んだ。クンティーは一度だけという約束で彼女に呪文を貸し与える。マードリーはたった一度の機会から最良の結果を得ようと、双子の神アシュヴィンを呼び、双子の息子ナクラとサハデーヴァをもうけたのである。
 ウィカンデルは、パーンダヴァ五兄弟の父神であるダルマ、ヴァーユ、インドラ、アシュヴィンがインド・イラン神話における三機能体系の各神と対応すると主張した。そしてパーンダヴァたちには父神たちの機能が忠実に再現されていることを明らかにしたのである。「マハーバーラタ」時代にミトラ神と置き換わったダルマ神の息子ユディシュティラは王権・聖性の第一機能を、ヴァーユとインドラの息子、ビーマとアルジュナは戦士としての第二機能、そしてアシュヴィン双神の息子ナクラとサハデーヴァは美と豊穣・生産を司る第三機能を継承している。ここではナクラ、サハデーヴァにみられる第三機能との関わりのみ記す。第一・第二機能とパーンダヴァの上の三人との関係の詳細は上記『マハーバーラタの神話学』を参照していただきたい。
 ヴェーダの若く美しい双子神アシュヴィンは、牛や馬などの家畜を保護し、人や家畜の傷や病を癒し、青春や安産を司る豊穣神であり、互いに瓜二つで、つねに行動を共にする。ヴェーダ文献では双神の差異はほとんど示されていないが、例外的に『リグ・ヴェーダ』第一巻一八一歌第四詩節では、双子の出自の差異が語られている。それによれば、双神の一方は「裕福な戦争の勝利者」であり、他方は「幸運な(subhaga)天の息子」である。戦争の勝利者とされるアシュヴィンの一方には戦士機能との関連が想定され、幸運な天の息子とされるほうのアシュヴィンには、天上の主権機能との関連が窺われるという。
 アシュヴィン双神の差異に関してはわずかな資料しか存在しないが、ウィカンデルは「ナクラとサハデーヴァ」〈Wikander, “Nakula et Sahadeva”, Orientalia suecana Ⅳ(1958):66-96. 〉と題する一九五八年の論文において、「マハーバーラタ」におけるアシュヴィンの双子の息子、ナクラとサハデーヴァに当てられている形容句を詳細に検討することで、第三機能の双子の間に見られる差異を明らかにした。彼によれば、ナクラとサハデーヴァは双方とも第三機能の代表者に相応しくその美しさを賛美され、また叙事詩のすべての英雄と同様に戦闘における強さも持ち合わせている。しかし双子のうちナクラだけに用いられる形容句には、「美しい( darsnya )」「無比の戦士( atiratha )」、「あらゆる戦に長じた( sarvayudhavisarada )」など、美しさと強さを強調するものが目立つが、これらの語が単独でサハデーヴァに用いられることはない。これに対してサハデーヴァは、賢明さ、謙虚さ、温厚であることなどによってナクラと区別されている。こういった差異を明瞭に示す一例をあげる。『マハーバーラタ』第十七巻において、パーンダヴァとドラウパディーは山へ最後の旅に出かけ、そこで次々に倒れて死んでいくが、この時それぞれの死は、各人の犯した罪に対する神罰として説明される。ナクラの罪は「他の人間たちよりも美しいと主張したこと」であり、サハデーヴァは「より賢明( prajina )である」と主張したことであった。また第二巻の骰子賭博の場面で、ユディシュティラは双子の性格を次のように表現している。ナクラは「浅黒い肌の若々しい英雄、炎の瞳、獅子の肩、長い(たくましい)腕を有する」、サハデーヴァは「ダルマを教示する者で、世界において賢者として知られている」。
 またウィカンデルは、双子のそれぞれと三人の兄たちとの協力関係においても一定の傾向が見られることを指摘している。戦闘において五人のパンダーヴァが互いに協力しあう時、ビーマはナクラと、ユディシュティラはサハデーヴァと共に戦う。第十四巻において、アシュヴァメーダ(馬祀)の準備のためにユディシュティラが政治を離れた時、サハデーヴァは彼の代理として内政を任され、ナクラはビーマと共に王国の防衛を担当する。
 この論を補足する意味で、デュメジルは次のような例をあげて双子の差異をより明確にした〈G.Dumezil, Mythe et epopee Ⅰ, Gallimard (Paris), 1968, P80〉。放浪の旅の十三年目に、兄弟たちがヴィラータ王の宮殿で変装して過ごしたさい、ナクラは馬丁に、サハデーヴァは牛飼いに身をやつす。馬はインド・ヨーロッパ語族の代表的戦闘手段である戦車を牽く動物であることから戦士機能と関連し、牛はその産物である乳製品が祭式に不可欠であることから、聖なる機能と関連する。つまり、馬丁となったナクラは第二機能に、牛飼いに変装したサハデーヴァは第一機能に近い性質を示している。
 以上からマハーバーラタにおいて、ナクラとサハデーヴァの双子には次のような差異が認められることになる。ナクラは美しさと強さに秀でており、兄弟の中ではビーマと特に親しく、第二機能・戦士機能との結びつきを示す。サハデーヴァは知恵、正義、賢明さなどの分野に優れ、ユディシュティラと協力関係を示しており、第一機能・聖性・王権と密接な関係にあるということになる。
 もうひとつ重要な要素をあげておくと、パーンダヴァの五人は始めから密接な関係を築いているわけではないということがある。デュメジルはインド・ヨーロッパ語族の神話では、上位二機能と第三機能は元来対立関係にあったが、ある事件を契機にその対立が解消され、それによって三種の機能神による神界が形成されるという構造の説話が語られていたことを示した。北欧のアースとヴァンの戦争と講話の物語などがこの構造を最も明瞭に表しているという。
 インドでは「マハーバーラタ」第三巻第十二章から十五章に語られているインドラとアシュヴィンの争いの物語に、この構造が見て取れる。この物語では、かつては神々の一員と認められず蔑まれてきたアシュヴィンが、ソーマにあずかる資格を獲得し、神々の一員となることが語られている。
 ウィカンデルによれば、これと同じ構造がパーンドゥの五人の息子においても見られるという。パーンダヴァの五人のうち、ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナの三人は第一夫人クンティーの息子だが、ナクラとサハデーヴァの双子は第二夫人マードリーの子である。その後パーンドゥはマードリーの体に触れることで、聖仙の呪詛が発現し急逝する。マードリーは夫に殉じて炎に身を投じる。残された双子はマードリーの遺言によって、クンティーが育てることになる。クンティーは五人の息子を分け隔てなく育て、兄弟たちも皆、最後まで彼女を実母として敬うのである。ここではマードリーの死という重大事件と引き換えに、異母兄弟の関係にあった五人が、等しくクンティーの息子として緊密なグループを形成することになるのである。つまり第三機能は始めは異物として存在し、一定の契機を経て上位二機能と合流することになるのである。

「スドモロ」のあらすじ

 さて、「スドモロ」のあらすじである。ここではイル・スリ・ムルヨノ著『スマルとは何者か』〈“Apa & Siapa Semar” Ir.Sri Mulyono : PT Gunung Agung, Jakarta 1982〉にある『スドモロの書 Kidung Sudamala 』の記載にそって紹介しよう。現在上演されるワヤンでの「スドモロ」も基本プロットに大きな変化はない。ここではこの物語の最初期の文献である『スドモロの書』におけるプロットを用いる。各プロットに付した番号は、筆者の便宜による。

スドモロの書
1. 呪詛されたバタリ・ウモ Batari Uma
 サン・ヒワン・トゥンガル Sang Hyang Tunngal とサン・ヒワン・ウィセソ Wisesa はバトロ・グル Batara Guru 〈シヴァ神〉にデウィ・ウモが夫を裏切ったと訴えた。バトロ・グルは怒り、美しかったデウィ・ウモは呪われ、醜い女ラクササの姿のバタリ・ドゥルゴにされた。彼女はいつの日かサン・サデウォの名を持つパンダワの末っ子によって魔除けされるだろうと告げられた。かくてバタリ・ドゥルゴはセトロ・ゴンドマユ Setra Gandamayu 〈魔物の国〉において精霊たちの首領となることを命じられた。

2. チトロセノCitrasena 呪われる
 サン・チトロセノとチトランゴンド Citranggada という二人のガンダルウォがいた。彼らはバトロ・グルに対して無礼を働いたため、罪を負った。サン・バトロがその妻と共に池で沐浴していた時の事である。二人のビダドロ bidadara 〈天界の住人〉もまた呪われてラクササとなり、カラントコ Kalantaka とカランジョヨ Kalanjaya の名を与えられた。後に彼らはプラブ・ドゥルユドノ Prabu Duryudana 〈コラワ(カウラヴァ)百王子の長兄〉に仕えることとなった。

3. クンティの不安
 今やコラワたちが、二人の超能力のラクササの助力を得たことが知られ、それはパンダワ陣営も知る所となった。その知らせを聞いてデウィ・クンティはひじょうに不安になった。困り果てて彼女は自らセトロ・ゴンドマユへ赴いた。そこで彼女はバタリ・ドゥルゴと対した。デウィ・クンティが二人のラクササの消滅を願うと、バタリ・ドゥルゴは命じた。その願いは承認される。もしデウィ・クンティが赤い山羊(ここではジャワ人を指す)を一匹贈る事にどういするなら、と。サン・デウィはその願いに同意したが、ドゥルゴの狙いがサデウォであることを知ると、同意を止め、その場を辞した。

4. クンティ記憶喪失となる
 クンティが辞した後、ひとりの女セタン setan 〈悪魔〉、カリコ Kalika がドゥルゴに呼ばれ、デウィ・クンティを追い、憑依するよう命じた。サン・デウィは憑依され、記憶喪失のようになった。彼女は再びバタリ・ドゥルゴに伺候し、サン・バタリの願いに同意して王宮へ帰った。

5. サデウォ生贄となる
 息子たちは母の到来を迎えた。彼らは困り果てていたところであった。というのも、母が目的も知らせずに出かけていたからである。今や彼らは心安らかになった。しかし突如、サン・クンティはサデウォがバタリ・ドゥルゴに捧げられることを求めた。もし与えられなければ、疑いなく彼ら全員が呪われるであろう、と。サン・サデウォはデウィ・クンティに曵かれてセトロ・ゴンドマユへ運ばれた。バタリ・ドゥルゴにサン・サデウォが捧げられた後、彼女は王宮へ戻り眠った。カリコはサン・デウィの身体から抜け出てセトロ・ゴンドマユへ帰った。

6. サデウォ、スマル Semar に守られる
 それからラデン・サデウォは(スマルの待つ)森のカポック綿の樹(ポホン・ランドゥ pohon ranndu)に縛り付けられた。そこへカリコがやって来て、もしサン・サデウォが彼女を好いてくれるなら、彼の束縛をといてやろうと言った。かくて縛縄は解かれた。しかしサン・サデウォはカリコの望みに従わなかった。カリコは怒り、合図の音を鳴らした。あらゆる種類の怪物が、皆、叫び声を上げながら現れた。ムカデやサソリ、あらゆる悪鬼たちがサン・サデウォを苦しめた。しかしサン・サデウォの心は平静を保っていた。
 そしてバタリ・ドゥルゴが到来し、サン・サデウォに魔除けを頼んだ。サン・サデウォは同意しなかった。怒りに駆られてサン・バタリ・ドゥルゴは彼を飲み込もうとして脅した。しかしサン・サデウォは落ち着いたままであった。

7. マハデウォがバトロ・グルに報告する
 見守っていたブガワン・ナロドはサン・サデウォが殺されようとしていることを知った。彼はソルガに戻り、サン・ヤン・マハデウォにサン・サデウォの状況を知らせた。サン・ヤン・マハデウォにサン・サデウォを奪い返す勇気は無かった。そこでサン・ナロドと共にバトロ・グルに伺候した。

8. ドゥルゴ、サデウォに魔除けされる
 バトロ・グルは彼を取り返すことに同意した。彼はセトロ・ゴンドマユに降下し、サン・サデウォに命じた。「バタリ・ドゥルゴを魔除けせよ。余はそなたに入魂する」。バトロ・グルが憑依したサン・サデウォは言った。「バタリ、私は我が主にまっすぐ立つ事を願います」サン・バタリは彼の求めに応じ、その時彼女の姿は変わり、美しさを取り戻した。

9. サデウォ、スドモロの名を与えられる
 森の中の様子も一変した。薮や灌木は全て庭園となった。セタンやハントゥ hantu 〈悪霊〉の全ては神に変化した。サン・バタリはサン・サデウォに大いに感謝した。かくてサン・スドモロ(汚れを浄化する者の意)の名が与えられ、さらにプラン・アラス Prang-Alas の苦行所のブガワン・タムブロプトロ begawan Tambrapetra の娘デウィ・パドポ Dewi Padapaとの結婚が命ぜられた。かくてバタリ・ウモは天界へ帰った。

10. サデウォの結婚
 サン・サデウォはスマルと共にプラン・アラスへ向った。そこでブガワン・タムブロプトロの娘との結婚が行われた。スマルも結婚を望んだ。彼に選ばれたのはサン・デウィの侍女、ニニ・トウォnini Towok (冗談・滑稽の意)であった。
 弟を追って、ラデン・サクロ(ナクロ)がセトロ・ゴンドマユを目指して来た。そこは既に庭園と化し、カリコが守っていた。カリコはサン・サクロをサン・サデウォと勘違いした。サン・サクロは彼がサン・サデウォの兄弟であると明かし、サン・サデウォのところを教えてもらった。兄弟の再会の後、サン・サクロはサン・パドポの姉妹、サン・ソコ Soka と結婚した。

11. チトロセノ、サデウォに魔除けされる
 二人のラクササ、サン・カラントコとサン・カランジョヨはパンダワを攻撃して来た。戦闘が勃発し、パンダワは敗れた。兄たちの敗戦を聞いて、サン・サクロ、サデウォは迅速に国に帰った。挨拶を交わし,互いの慕情が解消して、彼らは戦場に身を投じた。二人のラクササは敗れ、ビダドロに変じた。彼らはサン・サデウォに感謝を捧げた。

(つづく)
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by gatotkaca | 2014-03-02 01:06 | 影絵・ワヤン | Comments(0)
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