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木から落ちた猿

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ワヤンの女たち 第35章

35. ムストコウェニ、秘密文書を盗んだ女

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〈デウィ・ムストコウェニ Dewi Mustakaweni 〉

 国家の機密文書を探る諜報活動を描いたワヤンの物語として、ムストコウェニ Mustakaweni の話をしよう。ムストコとは頭を意味し、ウェニは髪の毛を意味し、ムストコウェニとは頭脳明晰であることを意味する。ここで彼女が盗もうとするのは『情報 baen-baen 〈知恵・脳〉』ではなく、一個の書としての『カリモソド』(国家の機密文書)である。国家機密を知るということは、その国の弱点を握るということだ。であるから、カリモソドを手に入れるということは、パンダワたちの命運がムストコウェニさんの手中にあることになる。
 ムストコウェニはパンダワを滅ぼそうとしてカリモソドを盗むのである。なにゆえか?プラブ・ブミロコ Prabu Bumiloka 〈ムストコウェニの兄〉とムストコウェニは、マニマントコ Manimantaka 国王の祖父プラブ・ニウォトカウォチョ Niwatakawaca がアルジュノに殺された復讐を目論んでいたからである(ラコン〈演目〉『アルジュノの響宴 Arjuna wiwaha 』)。
 ムストコウェニは何故、盗みをはたらかねばならなかったのか?彼女は盗みに長けたラクササ〈羅刹〉の一族であり、その美しさから適任とされたからである。ムストコウェニはプラングバルジョ Pranggubarja 国(マニマントコ国)の軍士官学校 Akademi Angkatan perang 出身の女戦士である。彼女は諜報活動分野の優等生であり、さまざまなトロフィーも受賞していたほどだった。
 諜報活動、軍事、戦略、詐術に長けた彼女は、ガトコチョ Gatukaca 〈パンダワの次男ビモの息子〉に変身することにした。彼女がドゥルパディ(ユディスティロの妃)の前に現れたときも、スリカンディ〈アルジュノの第二夫人〉以外には誰も疑わなかったのだ。スリカンディはこの客に妖しい匂いを感じた。多分ムストコウェニは歯磨きを忘れていて、歯に挟まった生肉の匂いがしたのであろうと思われる。それに彼女は、パンダワ一族が普段使っている『アンドリヨ・ディオール Andrya Dior 』の香水をつけるのも忘れていた。彼女はまずアマルト国の近所に開店したばかりのサロン『アンドリヨ』に行って、縮れッ毛を直してもらっておくベキだったのだ。とはいえずる賢く、抜け目ないムストコウェニは、まんまとジマット・カリモソド Jimat Kalimasada を手に入れて逃げおおせた。その知らせを聞いたスリカンディはとても驚き、金庫の鍵の番人を怒鳴りつけた。「チャンディ・サプトアルゴ Saptaarga 〈チャンディは祀堂〉の建設現場で検査作業中の兄上ユディスティロさまが、命令書も無しにカリモソドの書を外に持ち出す指示をなさるはずが無いわ。」

 不安になったスリカンディは、ムストコウェニを追跡する。スリカンディとムストコウェニの一騎打ちとなった。しかしムストコウェニは空を飛んで逃げ去り、スリカンディはそれ以上追跡できなかった。今風に言えば、怪盗ムストコウェニは国境にヘリコプターを用意してあり、さっそうとヘリコプターに飛び乗り空の靄の彼方に消え去ったのであった。
 幸運にも、そこに一人の若者が現れた。プリヤムボド Priyambada である。彼はアルジュノの息子と名乗った。それを聞いてスリカンディは驚いたが、喜びもした。彼が航空士官学校 Akademi Militer Jurusan Udara 卒業生であったからだ。プリヤムボドはムストコウェニ追跡を請け負った。『剣士 fighter sabre 』としても優秀な彼は、素早くカリモソドをムストコウェニから取り返した。慌てたムストコウェニは、すぐさまスリカンディに変身した。プリヤムボドは騙されて、偽のスリカンディにカリモソドを返してしまった。偽のスリカンディはムストコウェニの姿に戻る。ムストコウェニに嘲笑われたプリヤムボドは己を恥じた。彼も変身能力を学んでいたから、プラブ・ブミロコに変身すると、ムストコウェニを迎えに来たふりをしてまんまとカリモソドを取り返したのである。ムストコウェニはバラ色の頬につたう汗を拭いながら、髪の花飾りをひきちぎった。かくて激しい騙し合いとなった。プリヤムボドはペトロ Petruk 〈ワヤンにおける道化、プノカワンのひとり〉のもとへ行き、カリモソドを預けて、プラブ・ダルモクスモ〈ユディスティロ〉以外の者に渡してはならぬと申し付けた。ムストコウェニはプリヤムボドの超能力の矢(愛)で射られ、着物を剥ぎ取られて、恥部を隠すスレンダン selendang 〈片掛け〉一枚となってしまった。恥ずかしさで、河に身を投げようとしたが、果たせなかった。
 これはひとつのシムボルである。何を意味するか、読者諸賢自身でお考えください。男と女が戦えば、恋に落ちるのである。
 カリモソドを持たされたペトロはどうなったか。彼はそのまま逃げてしまった。というのもカリモソドを持つものは王になれるからである。もちろんカリモソドを手にしたペトロは王様になった。
 この物語からある推測がなりたつ。これは15〜16世紀頃に成立したラコン〈演目〉であり、そこでは人々はチャンディ〈ヒンドゥー・ブッダの祀堂〉を建設してはならず、他形式の礼拝場を建設した。というのも、チャンディを建てるとカリモソドを失うからである。カリモソドを手にした者は、乞食であろうと王になれるのだ。
 昔の話ではない。今もそうである。チャンディ建設は別の崇拝に取って代わられた。それこそが『ビネカ・トゥンガル・イカ・タン・ハナ・ダルマ・マングルワ Bhineka Tunggal Ika tan hana dharma mangrwa 』(異なっているが、ひとつである。真実は二つに分けることができないから)なのだ。

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〈バムバン・プリヤンボド Bambang Priyambada 〉

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〈王になったペトロ、プラブ・ドゥルタワルノ Prabu Durtawarna (Petruk dadi ratu) 〉

1976年8月8日 ユダ・ミング


(つづく)
by gatotkaca | 2013-08-06 09:44 | 影絵・ワヤン
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