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木から落ちた猿

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ワヤンの女たち 第10章

10. デウィ・トゥリジョト、スウェロギリとの連絡に成功した素晴らしき女スパイ

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 「ブアナ・ミング」1976年8月22日号、スバギヨ・I・N Soebagiyo I.N 氏のコラム『スパイ Spionase 』でワヤンの中のスパイのひとりとして女スパイのことに触れておられた。『アルジュノ・ウィウォホ Arjuna Wiwaha 〈アルジュノの婚礼宴〉』でのスプロボ Supraba のことである。今回は別の女スパイのことをお話ししよう。それはデウィ・トゥリジョト Dewi Trijata である。その物語は‥‥。

 ラウォノは不機嫌だった。幾度となくデウィ・シントに言い寄り、誘惑しようとしたのだが、いつも無駄に終わっていたからである。トゥリジョトに慰めてもらえるのがせめてもであった。さもなくば、どうなっていたか分からない。欲望がつねにめらめらと燃え上がり、今すぐロモとラクスモノの首を切ってやりたいところだった。おそらくそれだけがデウィ・シントの心を折る手立てであったろう。
 その時、ラウォノは属国からの朝貢として、ロモとラクスモノにそっくりな双子のサトリアの訪問を受けた。
 ラウォノの心はざわついた。デウィ・シントを欺く悪だくみが浮かんだのだ。とつぜん彼は大笑いし、前に侍っている皆を驚かせた。シントを失神するほど驚かせ、そして彼のものとするのだ。
 「やあ、美しいサトリアたち。」ラウォノは語気強く言った。「名は何だ?なにゆえわしへの献身の証としての財宝を持って来なかったのだ?」
 「おおラウォノ王陛下。」双子のサトリアたちの声はふるえた。「お許しください。我らの名はソンドロ Sundara (Sondara) とソンダリ Sundari (Sondari) でございます。我が国は貧しく、王さまに捧げるべき財宝もございません。代りに我ら二人は喜んで陛下の奴隷となりましょう。」
 いつもなら大いに怒るところだが、奇妙にもラウォノは恐ろしげに大笑いした。
 「だからどうした。用があるのは財宝だけだ。そなたらの力なぞいらぬ。何の役に立つと言うのだ。ただ面倒がかかるだけだ。それにお前たちに飯も食わせてやらねばならぬではないか。」
 「ああ、王陛下。どうかお許しあれ。本当に財宝など無いのです。」
 「ふん、もういい。」ラウォノは鼻を鳴らした。「お前たちの望みを聞いてやろう。さあ、厨房へ入るのだ。十分飯を食ったら、義務を果たしてもらうぞ。」
 列席していた者たちは不思議がった。今回のラウォノは穏やかで、属国の者に対してやさしいのだ。
 夜になり、ラウォノはアルゴソコ Argasoka の園へ向かった。気楽な表情であった。トゥリジョトに促されてシントが現れると、ラウォノはまたもや口説きにかかった。
 「おお、デウィ・シント。お願いだから、わしに仕えると言っておくれ。わしの心遣いを無駄にしてはならん。そなたは我が妃となるのだ。そなたの望みは何でも叶えてやろう。七階建ての家が欲しいか?花に溢れた美しい園か?メルセデス・ベンツ550か?それとも10カラットのダイヤモンドか?我が愛を受け入れればすべてが手に入るのだ。」
 デウィ・シントは押し黙ったままであった。彼を見ようともせず、背を向けたままだった。ラウォノははなはだしく気分を害し、怒った。そして足を踏み鳴らし、ソンドロとソンダリの切り落とした首をデウィ・シントの前に放り出したのである。
 「さようなる態度であるなら、そなたに土産がある。お前の愛する者のために泣き、跪くがいい。」ラウォノは生首を放り投げながらわめいた。
 シントは激しく動揺した。まさしくそれはロモとラクスモノの首であったからだ。シントは悲鳴をあげ、気を失った。とっさにトゥリジョトは彼女を支え、寝台に運んだ。女官たちがせわしなく手助けした。トゥリジョトも、血を流しながら転がる首を見た時はおおいに驚いたが、すぐにそれが伯父の汚く残酷なたくらみであることに気付いた。デウィ・シントが目を覚ますと、トゥリジョトは慰めて言った。
 「おお、奥様。あの首はソンドロとソンダリの首ですわ。制圧された王たちです。これはプラブ・ラウォノ伯父の汚いたくらみに違いありません。信じてください。あの方は欺くことにおいて『抜け目無く』、ずる賢い戦術に長けた方なのです。けれど念のため、私がスウェロギリ Suwelagiri 〈ロモの幕舍〉へ赴き、確かめて来ることをお許しください。」
 かくてトゥリジョトは夜の闇にまぎれ、スウェロギリへ出発した。むろんトゥリジョトはグナワン・ウィビソノ Gunawan Wibisana 〈ラウォノの弟。正義の心を持ち、この時はロモの陣営に寝返っていた〉の子である。信頼できる諜報員だ。スウェロギリに到着すると、トゥリジョトはすぐさまロモとラクスモノの前に拝謁した。幸いにも彼女はすでにアノマン Anoman 〈ロモ陣営の超能力の白猿〉と顔見知りであった。そしてトゥリジョトは、正義のためにスリ・ロモに組みしたウィビソノ(父)に再会し、心情を吐露した。ロモが現れるとすぐさまトゥリジョトはアルンコで起こった出来事を話した。
 スリ・ロモはトゥリジョトの報告に心動かされた。
 「おお、トゥリジョトよ。そなたの主人〈シント〉に伝えておくれ。私はすぐに会いに行くと。そなたは主人に誠実に仕え、彼女を護ってくれている。必ずそなたに報いようぞ。」
 お辞儀し、父(ウィビソノ)に暇乞いして、トゥリジョトはすぐにアンソコの園に戻ろうとした。しかし、しばしラクスモノに見とれてしまった。優しい笑顔を向けたラクスモノを見てトゥリジョトの胸はどきどきし、その姿は彼女の胸に深く刻まれたのだった。心にかなうサトリアを残してスウェロギリを去るのは残念な思いであった。帰路の途中、彼女はアノマンに呼び止められた。感動の再会であった。猿の姿とは言え、アノマンは威厳ある偉丈夫である。
 「デウィ・トゥリジョト。」アノマンは大声で言った。「デウィ・トゥリジョトよ。アルンコにお帰りになる前に、私の白い毛をお渡することをお許しあれ。目印として、またサン・デウィがスウェロギリにいらして、グスティ・ロモ〈Gusti は王への尊称〉とお会いになられた証となりましょう。」
 かくてトゥリジョトはアルゴソコの園へ戻り、スウェロギリであったことを話した。たしかにロモとラクスモノは無事であったと。

 さて、古のワヤンの時代にも女性のセスコ SESKO とセスパ SESPA *)はあって、情報・諜報・調査の教育が行われていて、トゥリジョトはそこの優等生だったにちがいない。
 この勇気ある冒険の結末は?それは次回のお楽しみ。

1977年3月6日 ブアナ・ミング

*)SESKO(sekolah staf dan komando)士官学校
SESPA(Sekolah Staff dan Pimpinan Administrasi)管理指導者養成学校


(つづく)
by gatotkaca | 2013-07-10 00:40 | 影絵・ワヤン
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