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木から落ちた猿

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ワヤンとその登場人物〜マハバラタ 第30章

30. ウルクドロ、羊膜に包まれたまま生まれる。それは『現前』の時代を象徴する。


質問
 「私は長い間、ワヤンでのビモの誕生は羊膜 bungkus に包まれたまま生まれて来るのだと思っておりました。しかしヘルダラン、イル・スリ・ムルヨノ氏はなぜ、ビモが人間の姿で生まれたとお話しされたのでしょうか?わたしは『混乱』し、困惑しています!」という質問が読者の方からよせられた。それだけでなく、1976年5月にプルウォケルト Purwokerto 〈中部ジャワ、カブパテン・バニュマスの都市〉で行われた『セノワンギ SENAWANGI 〈セクレタリアト・ナショナル・プワヤンガン・インドネシア Sekretariat Nasional Pewayangan Indonesia インドネシア・ワヤン事務局〉』のセミナーで、中部ジャワのダランたちからも質問された。なぜビモはブンクス〈羊膜に包まれて〉で生まれるのか?
 答えは少々難しいのだが、できるだけ分かりやすく話してみよう。
 R・M・スタトロ・ハルジョワホノ Sutatra Harjawahana の『カウダル kawedar〈普及版〉 』(1936年、207頁)にあるヒンドゥー版マハーバーラタの説ではこのようである。そこでは、ビモはブンクスとしては生まれず、人間として生まれるのである。ワヤン上演版で、ビモがブンクスの姿で生まれるのはインドネシア独自の解釈であるということになる。この異説、物語は、ある目的を持ったワトン waton(法)に則っている。その意義は何か?それはオントロジー ontologis 〈存在論〉である。ジャワ Nusantara の神秘主義者は、この存在論という語を『サンカン・パラニン・ドゥマディ sangkan paraning dumadi 』と呼ぶ。
 オントロジーとは、『存在』に関する哲学であり、そこには『人は何処から来て、何処へ行くのか』という問題が含まれている(『Sangkan paraning dumadi 』)。
 多くの人が『サンカン・パラニン・ドゥマディ』を『形而上学 metafisika 』であると言うが、私は『存在論 ontologia 』と言ったほうが良いと思う。存在論は(ジャワ)古典文学 kesastraan の中に多数あるスロ suluk の書〈神秘学の奥義を記した書〉の多くに見出せる。たとえば、『スロ・ウジル suluk Wujil 』の12、13詩節や81から88詩節。また『スロ・アモン・ロゴ suluk Among raga(チュンティニ centini )その他。ワヤンにおける存在論では『スロ・デウォルチ suluk Dewaruci 』がある。
 徹夜のワヤン上演、特にラコン〈演目〉『デウォルチ』は、神秘主義的行為、つまり『サンカン・パラニン・ドゥマディ』を求める人間の姿を象徴しているのである。
 「スロ・デウォルチ」はドゥマク Demak 王国〈 Kesultanan Demak は、15世紀から16世紀にかけてジャワ島北岸に栄えたイスラム国家〉のはるか以前にインドネシアの民族によって創られたものである。であるから、ワヤンは物語においてはヒンドゥーの影響を受けたが、その影絵芝居としての本質自体の根幹は変わっていないのである。
 ムクスウォ mukswa 〈涅槃〉やスーフィズム sufisme 〈イスラーム神秘主義〉といった教義の入る以前から、ヌサンタラ〈ジャワ〉には神秘主義と存在論があったのだ。それは一般に『マヌンガリン・カウロ・グスティ Manunggaling Kawula Gusti 〈主(神)と僕(人)との合一〉』、そして『サンカン・パラニン・ドゥマディ』と呼ばれて来た。むろん現在のように文字に書かれたものではなかったけれど。だから西洋の歴史家ブルグマン Brugmans は1940年にインドネシアには土着的哲学は存在しない、などと益体も無いことを書いたのである。
 この西洋歴史家の勇み足が誤っていることは、ズートムルデル博士 Zoetmulder の反論でも明らかである。東洋では人々は単なる科学としての哲学を求めなかった。東洋の哲学は西洋のように脳内だけを活動領域とするものではなかったのだ。それは哲学自体を知の頂点とするものではなく、存在の源泉たる『彼〈神〉』を知り、『彼』との関係を保つためのものであった。
 さて、あらためてビモがブンクスとして生まれた問題に立ち返ろう。
 読者諸賢はソロ近郊のチャンディ・スク candi Sukuh 〈チャンディとはヒンドゥーの祀堂のこと〉をご覧になったことがあるだろう。そこに、ヴァギナ(女性器)のレリーフがあり、その中にバタリ・ドゥルゴ Durga (ウモ Uma )〈シヴァ神の妃〉によって化粧されているビモが描かれている。今ならさしずめビューティーサロンで「メイク・アップ」しているといったところだ。そのレリーフが表しているものは、人間というものは『不存在』つまり『スウン Suwung 』、空 kosong, Hampa また『トヨ Taya 』から生まれたということである。しかし『不存在』とはその実『存在』なのである。こういうことだ。ビモがアルチョポド Arcapada つまり現実の世界に生まれる以前からすでに『存在』したものがある。それは『Awang-awung』、『空』、『静寂』、『トヨ』である。この状態が『存在以前の存在』であり、プラトン Plato の言う『現前 pra eksistensi 〈presence〉』である。
 ビモが地上に生まれた後で人間の姿になる、つまり「存在を得る」とは如何なることか?次章に続く。
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〈チャンディ・スクにあるビモとドゥルゴのレリーフ〉

1976年11月14日 ブアナ・ミング
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by gatotkaca | 2013-05-26 13:27 | 影絵・ワヤン | Comments(0)
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