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木から落ちた猿

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ワヤンとその登場人物〜マハバラタ 第28章

28. ビモ・セノ、分け隔てなき偉大な戦士
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 セノ Sena 〈ビモ〉はパンドゥの息子であり、パンダワ五王子のひとりである。ウルクドロ Werkudara またブロトセノ Bratasena とも呼ばれ、それは『完全なる行為者』を意味する。ビモは年配の人たちの間では神秘主義 mistik の重要人物と看做されている。しかし若年層からは『若き戦士』、揺るぎない信頼と固い意志、独立心に満ちた行動をする超人的人物の象徴と看做されている。ビモは強さの極みにありながら、絆には弱い。だから師や、花を意味する名を持つ長兄ダルモクスモ Darmaksuma 〈ユディスティロ〉の指示や命令には従順に従うのである。
 ビモは正義と公正のために喜んで自らを犠牲にし、その双肩に担う。これこそ『aji ungkal bener 』、つまり固い石のようだが真実であること、それは神の恩寵なのである。ビモは別名をクスモ・ディロゴ Kusma Dilaga 、またトゥングル・パムナン Tunggul Pamenang とも言う。これは彼がつねに戦いに勝利し、戦場の華であることを意味する。今ならさしずめパングリマ・コマンド・マンダラ Panglima Komando Mandala 〈広域作戦司令官〉といったところであろう。しかし部隊も武器も、補佐官すら必要ない司令官だ。彼の率いる軍は吹きすさぶ風、嵐であり、武器は生まれて以来伸ばしている親指の爪、クク・ポンチョノコ Kuku Pancanaka だけである。
 その拳は握りしめられ五本の指はひとつとなる。それは堅固さ、強さの結集の象徴である。
 ダランは語る。「セノはリンタン・ビモ・サクティ lintang Bima Sakti〈天の川 lintang=星〉のよう真直ぐに立ち、国の勝利を見守るのである。」
 彼は自分自身を見つけるために海に飛び込んだ。それは『真実』を見つけることでもあった。ビモは自分自身を信ずる者であると語られる。彼はゴドgada〈棍棒〉の形をした武器、ルジョ・ポロ Rujak Polo を持つ。ポロ polo をかき混ぜる merujak ために打つものではない。ポロは脳を意味するからだ。彼が戦う際には脳、つまりロジックを使い、それは『ngawur かき混ぜ』られてはいないから。
 ビモはポロス polos 〈平らな・分け隔てなき〉人としても知られる。彼は誰に対しても飾らず、偽らない。使う言葉は『ngoko ゴコ』〈目下、対等の者に使う言葉〉、つまり普通語だけである。これは彼が誰に対しても率直で、おもねりが無く、偽らないことを象徴する。彼は称号や地位、王に対しても分け隔てが無い。セノは『クロモ krama 』(ジャワ語の敬語)を用いず、拝跪し跪くこともない。ただひとつの例外はデウォルチ Dewaruci つまり自分自身である。さらにセノはその内も外も香しいと語られる。それは彼がタマリンドのような、白い花を刺した『スムピン・ガジャ・ゴリン Sumping Gajah Ngoling 〈髪飾りの一種〉』をつけているからであり、それは『wangi njobo terus njerone 〈内も外も香る〉』のである。それゆえ彼はセノ・ヤン・ワンギ Sena yang Wangi 〈香りたかきセノ〉とも呼ばれる。
 そのワンギ〈芳香〉ゆえに、セクレタリアト・ナショナル・プワヤンガン・インドネシア Sekretariat Nasional Pewayangan Indonesia 〈インドネシア・ワヤン事務局〉はその略称を『セノワンギ SENAWANGI 』としたのである。
 今の時代も多くの人々がビモ・セノを見本とすることを願う。ビモが特別な地位にあり、崇拝を受けるように。

1976年2月22日 ブアナ・ミング
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by gatotkaca | 2013-05-24 17:15 | 影絵・ワヤン | Comments(0)
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