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木から落ちた猿

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「トリポモ、サトリヨ精神の神髄、そしてサストロ・ジェンドロ」 その7

6.デウィ・クンティ、バスカルノに願いを拒まれ、悲しみに泣く

 太陽はすでに高く昇っていた。バスカルノは真直ぐに立ち、光り輝く太陽を見詰めていた。両手を挙げ、己が信念に従って祈りを捧げる。太陽は眩いばかりの光を放っていたが、それはバスカルノにとっていつものことであった。
 ガンゴ河の水が逆巻く音をたて、風をふいごのように送ってくるのも気にかけることはない。思考と感覚をひとつにして、恩寵にあふれるトゥハン・ヤン・マハ・エサ(唯一最高の神)に感謝の言葉を捧げる。平穏にして幸福なる生を得られますように、と。
 ひとりの女性がバスカルノの祈りの終わるのを真剣な眼差しで見守り待っている。祈りを終えたバスカルノに女はすぐさま声をかけた。
 「バスカルノ、我が息子よ、私はクンティ。そなたの母です。」
 蜂に刺されたようにバスカルノは驚いて『ジンカット〈jingkat=片足で飛び上がる〉』した。その声はまさしくデウィ・クンティだった。彼はデウィ・クンティが突然現れ、彼を息子と認めたことを訝った。かつて赤子の時、デウィ・クンティは慈悲も無く彼を河に捨てた人なのだ。彼は答えた。
 「おお、サン・デウィ。あなた様のお出でを知らずにいたことをお許しください。なにゆえ、あなたはとつぜん私をご自身の息子としてお認めになられたのでしょう?私はアグン・ビナトロ〈Agung Binatara=神のごとき力を持つ偉大なる〉なる王の妃を母に持った憶えはありません。私は貧しき馭者アディロトの子にすぎません。そして王妃に育てられた憶えはありません。私を育ててくれたのは馭者の妻、名はニ・ノンドです。」
 「おお、我が子バスカルノ。そなたの母の話を聞いてください。そして母の過ちを許してください。」デウィ・クンティは悲しげにため息をついた。
 「おお、サン・デウィ。お許しを。私はすでに我が出自に関する話を耳にしております。とはいえ、ニ・ノンドとキ・アディロトが我が父母であるということを忘れることはできません。彼らこそ、私を成人するまで育ててくれた人、彼らこそが私を導いてくれた人なのです。」カルノは冷淡に答えた。
 「おお、我が息子バスカルノ。そうは言っても、あなたは私の血と肉を受け継いでいるのです。今一度この母は許しを乞います。私が全てを悔やんでいることはあなたも知っているはず。人間とは過ちを犯さずに生きることの出来ないものなのです。私はつよくあなたにお願いします。パンダワに戻って来てください。すべてを平穏に収めるために。バラタユダが起こることはもはや確実です。すべてがなるようになる。おお、息子よ、バスカルノ、あなたは私に英知の道を示す、心にともる一点の灯りなのです。」デウィ・クンティは悲しげに言った。
 「ああ、サン・デウィ。なにゆえ今に至る事態が起こらねばならなかったのか。私には分かっております。我らの生も死も、永遠のものではない。私にとって意味をもつものは、聖なるものへの献身だけです。私には分かっております。あなたはアルジュノを深く愛しておられる。知られよ、サン・デウィ。私の記憶に誤り無くば、プラブ・クレスノもまた私にパンダワへ参集するよう求められました。これら全てはアルジュノの安全のため。バトロ・インドロもまたそのようでありました。神は私の超能力の持物、『クタン(Kotang、kutang=ベスト、ちょっき)』と耳飾りを所望されました。その無理も聞き届け私はそれらを与えました。それはプンデト(僧侶)の願いは拒まないという、我が誓いのゆえなのです。そのプンデトが偽物であっても。おお、サン・デウィ。すべてはアルジュノがバラタユダで勝利することのできるためなのです。
 おお、サン・デウィ。アルジュノの勝利に益するため、バトロ・インドロが私を欺いたような行為が、はたして卑劣でない行いといえるでしょうか?おお、サン・デウィ。すべての成り行きに対して私はお許しを乞う。私には分からない。なにゆえ偉大にして高名なる一個のサトリヨが、紛れも無い事実に対して疑念を抱き、恐れるのか。私の実の母たるサン・デウィのお望みがそのようであるなら、外面は敵であっても、我が心はあなたの息子です。それゆえ献身的なる息子として、私を息子としてお認めに成ったあなたの願いに敬意を表し、従い守る他に道はありません。
 おお、サン・デウィ。あなたの幸せのため、私は誓いましょう。アルジュノと対峙した時、敗れるのは私です。私はあなたの幸せのために喜んで我が身を犠牲にする。正義のために。とはいえ、私は言葉をたがえ、心をたがえ、行いをたがえる偽善者ではなく、優柔不断なる者でもない。私は、私に高貴なる宝、地位、名誉、そして形ある様々な物を与えてくれたドゥルユドノ陛下を裏切ることも望みません。また、私は幼き日より一人前になるまで愛情をこめて私を育て、はぐくんでくれた両親、キ・アディロトとニ・ノンドを傷つけ、彼らに偽りを為すことも望みません。
 私は戦士として、生に対して勇敢であるように、死に対しても果敢でありたい。それこそが真正なる生き方というものでありましょう。真正なる生とは私にとって、具体的存在であり幻ではない。思うに、私が母たるサン・デウィにしてさしあげることのできるのは、これより他にありません。我が生と死は母上と真実なる正義に委ねるのみです。これこそがサン・デウィに捧げる我が献身です。」
 デウィ・クンティに拝跪し、バスカルノは素早く馬車に乗り、疾風のように去っていった。土煙が高く舞い上がった。
 デウィ・クンティは頭を垂れ、涙を流しながら、馬車に向かった。アスティノ国への道すがら、クンティの心は悲しみに満ち、ふさぎ込んでいた。様々な思いがない混ぜになって。

 大戦争を前にした母と子の会話はこのようであった。
 さて、スマントリ(プスタカ・ワヤン2巻参照)、クムボカルノ(プスタカ・ワヤン2巻参照)、そしてカルノ(クンティ/カルノに関してはプスタカ・ワヤン3巻、4巻参照)、この三人のサトリヨのうち、ダルマと真正のサトリヨの神髄を体現した最上のサトリヨ、サトリヨ・ウタマ Satria Utama は誰か?
 編集部に寄せられた約百通ものお答え、ご意見の中からいくつかのお答えを紹介していこう。

(つづく)
by gatotkaca | 2012-10-05 00:04 | 影絵・ワヤン
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